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術後一番最初に困ったことは、ICUでの姿勢だった。寝返りを打っていいのかどうかわからず心配だった。 |
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翌日は、たんが出なくて、あるいは上手く出せなくて困った。やはり体を動かさないと出にくい。 |
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硬膜外麻酔の麻薬のせいで、私の場合2、3、4日目の3日間に渡り夕方に幻覚があった。 |
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入院中は、看護婦さんの言うように歩いたりすることが必要だった。つい億劫になった。 |
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術前術後の呼吸の練習は、必須。 |
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術後、家に帰ると、階段で呼吸が困難になるが、息をハアハアしてはいけない。吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出すこと。 |
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痛みと咳で大変な毎日が始まる。入院中は、ネブライザーがあるので咳も抑制できるが、自宅では、マスクと保湿が重要。 |
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胸痛と咳は、お風呂に入ると、うそのように消えた。しかし、調子に乗って毎日入って風邪をひかないこと。 |
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自宅へのお見舞いは、しばらくお断りしていただくほうがいい。知らずに疲れている。 |
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咳止めは、薬のほか、私の場合は、浅田飴と龍角散でしのいだ。咳が出ると胃の中身まで出て空気をゲボゲボしたが、これはどうすることもできなかった。 |
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電話は避けないと咳をつい呼び込んでしまう。しゃべろうとしたり、話すことに力んだりすると、咳が出やすいので注意。 |
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私は、退院して4日目から散歩をしたが、その時から咳が出始めた。呼吸も苦しかったので休み休み歩いた。ちょうど天候が悪い頃に当たっていたので、散歩するような機会が少ない日々だった。 |
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術後1ヵ月目に職場に行ったが、体力がなく夕方には、胸が苦しくなり夜は胸痛と咳き込みで悩まされた。4日ほどで、再び休む。 |
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術後、2ヵ月目から職場に復帰できるようになった。それまで散歩をして体力を慣らす練習をした。長い散歩で、2時間を目安にしていた。雨の日が多かったのであまり機会に恵まれなかった。 |
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術後、2ヵ月頃から薬を連用しなくなった。 |
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術後4ヵ月、ほぼ通常に近いが、出張やデスクワーク以外は、無理をすると体に堪えた。 |
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体力は慣らすしかなかった。アリナミンAを買って飲むようにしていた。他にいろいろ補助薬品を試したが効果は不明。アリナミンは今も飲んでいる。 |
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冬は、胸痛が射すような痛みがあるが、あらかじめ医師から痛みはしても器官的に問題はないときいていたので心配はしなかった。でも、体調のバロメーターだから、体の声を聞くべし。 |
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痛み方は、看護婦さんから、退院時に「痛み方が変わりますから、薬をその時は飲んでください」と経験している人のように言われ、その通りだったので、感心した。まさに七変化の胸痛だった。内部の鈍い痛みから表面に移行して、そして胸部上を徘徊するような感じであった。 |
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左を切ったので、傷口の神経がなくなってさびしかった。特に乳首の感覚にまで影響してきているのでさびしい。 |
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冬は3重のマスク、手洗い、仕事では防塵マスク、うがいが大事だった。完全には守れなかったが。また、入院中に看護婦さんから、「毎食後、歯磨きを」と言われた。これも感染等の病気予防のためだと思った。そして、水を飲む時は、一度口をすすいでから飲むようにアドバイスされた(うがいも含むと思う)。 |
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最大の難関は、術後の予防抗がん剤の返事だった。悩んだ。医師からは返事を自発的にされるように言われ、悩んだ。インターネットも役に立ったが、かかりつけの腎臓内科や、友人に呼吸器の医師もいるので相談した。誰も明確に答えを出せない。職場復帰があったのと、腎臓が悪いといわれていたことと、効果は統計的に10%の上乗せというので微妙な数値だった。また、抗がん剤の時は始めの1週間再入院と言われたので困った。娘の言葉に押されて「お父さんは大丈夫だと思うよ」と。最終的には抗がん剤を止める決断をしたが、しばらくは気になっていた。 |
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飲み水が冷たいときや熱いとき、食道に流れると飲み物の温度が伝わってくるのに、違和感を覚えた。入院中はそうでもなかったが、退院後何時からか始まり、今に至るまである。
別段、困る症状ではないが気になる感覚。
体温に近い飲み物が良いと思う。 |