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2002/07/11 
がんと宣告

  駒込病院、胸部外科待合室。大勢の人が待っている。順番が来た。 相棒miyaにもついていってもらったが、私一人で診察室へ。
 すると、「初期の肺がんですね。肺がんの場合、手術、抗がん剤、化学療法の3つの治療法がありますが、あなたの場合は初期なので、手術がよいと考えます」

 森山先生は加藤先生に教わった通り、やや太め体型で、声も大きかった。
(おいおい、がんを患者に告知するって、いろいろデリケートな問題があるんじゃないのぉ。あまりにサラリと、しかも大きな声で言うと周りに聞こえちゃうじゃない)と思った。
「わかりました。イチローが活躍するのをまだ見たいから手術します」
 (バカッ、こんなときになぜ唐突にイチローのことなんか口にするんだと思ったけれど、いまはイチローを応援しているから、これは偽らざる心情だった。)
 
 7月15〜16日に検査入院し、病気のほか、麻酔に耐えられるかどうかを検査。手術はそれからなのだそうだ。
「8月の初め頃に手術しましょう」という話になったので、「7月終わり頃になんとかお願いしたいのですが」と申し出た。もうひと声、といった感じで、野菜を値切っているような気分。7月25日にはすべてその月の仕事を終わらせる心づもりだったので、あまり間をあけたくなかったのだ。

 頼りがいのありそうな看護師さん(後で婦長さんだと知った)が気遣うような、安心感をもたせるようなモナリザの微笑といった感じの表情で見守っていてくれた。
 待合室に戻るとき、その婦長さんがついてきてくれて、「家に戻ったら、ご家族にちゃんとお話してくださいね」という。一緒に来ていることに気が付くと、「ご家族も一緒に病室に入っていいんですよ」と話してくれた。

 それにしても、加藤内科胃腸科クリニックから駒込病院まで、地域医療体制のおかげでスムーズに事が運んで驚いた。有無を言わさずといった感じでさえある。駒込病院が、がんと感染症で実績がある病院であったことも私には幸いした。

 かかりつけの病院をもつことのありがたさも実感した。加藤先生がおかしい!?と感じて、すぐに昨年のレントゲン写真と比較してくれたのが、とりあえず命拾いのきっかけ。他の医療機関であれば見過ごされていたかもしれない。

 肺がんは難治性がんの3つに入る病気で「初期で発見したとしても5年後の生存率が70〜80%ぐらい」と森山先生はあっさりと言ってのける。生存率なんて自分自身にとっては、生き伸びることができれば100%だし、死ねば0%。でも、統計だからしかたないか。

 タバコも吸わないし、食生活にも気を付けている私がどうして肺がんなのだろうと思う。がんは遺伝子が関係するとのこと。確かに、母の系統には乳がんになった人がいるが、肺がんは遺伝とはあまり関係ないらしい。

 原因を考えてみると、やはり不規則な生活がたたったのか……。昨年は夜中すぎまで仕事をする状態が続いていた。やりたくないのに引き受けた仕事もあり、ストレスはあったと思う。毎月何日かは徹夜になったから、結局、1年でその仕事は降りていた。

 「こんなことをしていたら、死んじゃう」。明け方までパソコンの前に座ってそう思ったこともあった。夜が遅いと、翌日まで疲れを持ち越してしまう。すると、仕事がはかどらないからまた夜の仕事になる。連日この繰り返し。それでも、あまり健康に危機感をもっていなかった。飛行機事故があっても自分だけはだいじょうぶと思っている人も多いだろうけど、私もそのひとり。
 ある日突然、病気が意外な形で現れてくるとは思いもしなかった。


2002/07/09 
「行間を察してください」

 CT検査の結果は後で連絡するとのことで、1週間くらいはかかるのだろうと思っていた。すると、翌日には加藤先生から電話があった。
 その日は外出の予定があったが、先生は「いつ戻りますか」「戻りしだいこちらに来てください」と言う。1日くらい延ばしても、と思ったものの、先生自ら電話をかけてきたので、胸騒ぎがして3時すぎに出かけていった。

  すると、「残念ながら、ほぼクロ」という判定結果を知らせてくれた。そうと決まればすぐ入院したほうがよいとのこと。加藤先生が駒込病院に電話して、森山先生を呼びだし、翌日の診察日を手配してくれた。森山先生はまだCT写真を見ていないとのことで、加藤先生は「StageI、2cm大と思われます」と報告していた。

 その後、私に対しては「良性かもしれないけれど、悪性の可能性もあります」と説明。「それって、がんということですか」と聞くと、「行間を察してください」。この言葉、一緒に結果を聞きにいった私とmiyaの間では受けた。

 加藤先生も受付にいた看護師さんも駒込病院出身で、森山先生のことはよく知っている。


  行きつけのクリニックなので、すっかりおなじみの看護師さん

 加藤先生が「体格がよくて、明るいなぁ。彼は陽性人間だな」と説明してくれた。ただでさえ、こわい病名なので落ち込むかもしれないが、先生はこわくないよ、やさしい先生だから安心して、と言いたかったのだろう。

 その後、彼女たちは私が入院し手術をすると決まってから、野菜のゴーヤをあしらった小さなマスコットをお守り代わりにくれた。うれしくて入院のときに持っていった。


2002/07/08 
CT検査

 「このレントゲン写真も持っていってください」とA3大くらいの箱を手渡され、紹介状をもらって、午前中に駒込病院へCT検査に出かけた。
 病院というと、予約があったとしてもメチャメチャ待たされるという先入観がある。診察を受けるよりもむしろ、待たされるほうがいやだなぁと思ったら、駒込病院は予約優先で少ししか待たなかった。これは助かった。


2002/07/07 
結果を聞かされる

 文京区民健診の結果を加藤内科胃腸科クリニックに聞きに行った。「コレステロール値が高いので、薬を飲み続けましょう」などいくつかのアドバイス。続いて今年と去年のレントゲン写真を見比べながら、「それでですね。ちょっと心配なのが肺の影なんです。去年はないのに今年の写真にあるんですよね。精密検査したほうがよいと思います。駒込病院へ検査のアポをとりますがどうですか」と言ってどんどん話をすすめていく。

加藤内科胃腸科クリニック院長
加藤先生
 

 同行した私のパートナー、miyaははっきりと写真にある影がわかったというのだが、私はわからなかった。
 「腫瘍ができている可能性もありますね」 
 まだこの段階では精密検査を受けておいたほうが安心ですよ、というニュアンスだった。でも、このとき加藤先生はかなりの確率で疑っていたのだろう。


2002/6月末 
区民検診

 文京区民検診に行った。私にとって、年1回の検診と5年に1回の節目検診だけが、健康をチェックする唯一の手段となっている。ついつい忙しさにかまけてあとまわしにしてしまい、今年もギリギリになった。昨年の検診で要治療とされてコレステロールを下げる薬は服用しているので、「ほかはなんともないだろうけど、いちおう受けておくか」という軽いノリだった。だが、この検診を受けていなければ、1年後にはどんな結果が待ち受けていたか、想像するだけでもおそろしい。なんせ昨年は何もなかったところにがん細胞ができていたのだから。