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2002/12/10 
今年最後の診察を受ける

  予約は14時50分。いつも待たされるからと思い、14時45分に行った。すると診療の進行時間を示すボードに「予約通りの進行」と書いてある。こういうときに限って遅くきちゃったよ、順番を後回しにされたらどうしよう、と思ったが、やはり1時間待ちになってしまった。それでも、15時40分には名前を呼ばれたから早いほうかな。 


  病院ロビーにクリスマスツリー

  「いかがですか」と先生。
 目の内側を見るために、両手で目の下をもち「舌を出してください」と言いながら首筋を押されてしまった。そこへ、電話。
どうも聞いていると、入院患者がいつ退院できるのかを聞いていたようで、2人ぐらい空きベッドを確保できたみたいだ。

  診療途中に電話に出たので気を遣ったのか、私の好奇心を満たそうとしたのか(すでに好奇心が強いのはバレバレのようだ)、先生のほうから説明してくれた。
「いつも今ごろは込むんですよ。理由は二つあります。一つは年末になるまでに手術を終えて正月を病院で過ごそうという多いから。それと、お年寄りの多いので、寒くなると肺炎とかいろいろ引き起こして病気になるんです」

 ここで気になっていたことを切り出す。
 「そういえば、今日加藤先生(加藤内科胃腸科クリニック)のところに行ったのですが、基準となる腫瘍マーカーって……。」
 がんが再発すると、腫瘍マーカーの数値が上がるのでわかるが、その人のもともとの数値がどのぐらいかによって判断の基準が違ってくると、加藤先生が説明をしてくださったのだが、よく理解していなかった。だから、森山先生にきくときには、ほにゃらかになって語尾をごまかしてしまった。
 「○○さんの場合、術後も高くなっていなかったんですよ。指標になる数値はないですねぇ」。
 前回の血液検査で、「腫瘍マーカーも正常値」と言われたので、あまり気にしないようにしよう。次回の予約は1月7日。必然的に薬代は1か月分かかるわけであり、1万2760円也。
 
飲んでいる薬と、その働きは
1)アクディーム(90mg)
タンを切れやすくしたり、はれを抑えたりする。
2)ムコソルバン(15mg)タンや鼻汁を切れやすくする。
3)セルベックスカプセル(50mg)荒れた胃の粘膜を正常に戻す。
4)ユーエフティ 

 地元の薬局で、「お薬の内容」というのをプリントしてもらったとき、ユーエフティだけ「注意事項」は7項目も書いてあるのに、「薬のはたらき」という項目がなかった。ズバリ抗がん剤だけど、がんという病名を知らないで薬をもらう人もいるからなのか。この薬が高額なために、1か月の支払いは1万円以上ということになる。それでもって、母親が初回はプレゼントしてくれたアガリクスが2度目からは自分で支払うことになった。2箱で5万円以上もする。これを飲んだら絶対よくなるというのならば飲むのだが、さりとて優柔不断なため、身内がよいと思ってすすめてくれるのだから、まぁいいか、と思ってしまう。

 かくて、家賃のために働くという大義名分に、薬代が加わった。ビンボーだとがんにもなれないのだから、勘弁してよ〜と言いたい気分だ。「無理をしない」という忠告を守ってきたら仕事がずれこみ、ついに年末年始に一日も休めない状況になった。でも、仕事がない人から見たら、ぜいたくというものだろう。感謝、感謝。

 そういえば、今日は、9:30に歯科、10:00に眼科、11:00加藤内科胃腸科クリニック、14:50に駒込病院と1日に病院4カ所をかけもちした。文京区は医療環境が抜群によいと思う。上野と早稲田リーガロイヤルホテルを結ぶバスは路線の大半を文京区が占めているので、多くはシルバーパスの人たち。「ジジババ・バス」と言われているけれど、私は家賃を払い続けられるかどうか。ワ〜ン、シルバーパスほしいよー。それまで住みたいよ〜。


2002/11/26 
血液検査とレントゲン結果を聞く 

 病院は予約時間の10分ほど前に行くようにと書かれているのだが、たいていは20分前くらいに着いてしまう。もしかしたら予約がスムーズにいって、早め進行になっているかもしれないと思うのだが、たいていは延々と待つことになる。私は重病人ではないので先生との話は3分くらいですむことが多い。
 行列をして待たされた店ならば、腹いせに多くの料理を注文し行列を横目に自分もゆっくりと楽しむということが可能だが、病院はそういうわけにはいかない。
 こんなに遅れるのならば、予約時間を1時間遅らせろ〜とか、病院内でポケベルをもたせて診察時間が近づいたら呼び出しをかけるようにしてくれ〜(実際にそういう病院があるらしい。そうなると呼び出したのに時間までに来ないなどということも起きそうだ)などと考えてしまう。病院に行くとよけいに体の具合が悪くなるというのも待ち時間で滅入ってしまうからだろう。

 入院していたときに1日だけ一緒だった人も来ていた。「病院にいてくれたほうが安心して働ける」と言っていた息子さんが、母親に付き添って来ていた。結局は退院して通っているらしい。隣に座った人と話をしていて「ホームヘルパーを頼めばいいのに」と言われ、息子さんは「自分でできる範囲は自分でやろうと思って」と答えていた。
 診察を受けてから抗がん剤の点滴を受けるらしい。その間2時間ほど息子さんは待つことになる。付き添いの人も大変だと思うが、治療を受ける本人はもっと大変で、治療開始を待つ間、体がつらくなったようで椅子を3つほど占領して横になっていた。長椅子であればもう少し楽に横になれるのに。この待合室は外科、脳外科、整形外科の人が一緒なので、「こんなに大変な人がいるのだ」とびっくりするような人も来ている。予約時間の誤差が30分ぐらいであれば我慢できるのだが、さすがに1時間以上になると、待っている人の顔にも「怒り」「あきらめ」「絶望」いろいろな表情が現れてくる。
 遠方から来ている人は半日がかりかもしれない。私も家を出てから約2時間半だが、診察は5分程度だから、考えてみれば時間がもったいない。

 ●順調です
 やっと私の番が来た。
 先生は前回のレントゲン写真と見比べて、「順調ですよ。切り取った残りの部分の肺が元に戻ってきました。これを我々の言葉では残肺が大きくなってきたといいます。肺にたまった水もなくなってきました」

 「えーっ、肺に水がたまってるんですか」
 「そうですよ。手術をしたので肺に数mlの水が入っているのです。それがなくなってきています」と肺の下の部分を指す。
 先生はカルテに両肺の図を書いて、レントゲン写真を見ながら青鉛筆で塗り分けていた。

「血液検査の結果も良好です。貧血なし、白血球の増加なし、タンパク質、アルブミン、肝機能正常、尿酸値が高めですね(数字は言わず)。コレステロールは231、中性脂肪は264、血糖値97です。腫瘍マーカーも正常値です」

 森山先生がニコニコとうれしそうに言うので、こちらもそうなのかなと思ってしまう。
 「次は2週間後にしますか。1か月後でもいいですよ」と言われた。ずっと2週間ペースで来ていたから、ようやく1か月ペースになるのかと思ったが、用心して「2週間後」とお願いした。

 「先生、外に出るときはマスクをするようにとのことですが、もうしなくてはだめですか」
 うがいをよくしてください。人ごみに出るときにはマスクをしてください。それから部屋の中はよく保湿してください
 慣れていることとはいえ、いつも「三か条」がスラスラと出てくるなぁと感心した。話をするときに、「お話したいことは三点あります。一つは〜」というように整理して話したいと常日頃思っているが、なかなかできないからだ。
 診察室を出る瞬間に「お待たせしてすみませんでしたね」と声をかけてくれた。先生が悪いわけではないが、これで不満いっぱいだった気持ちも少しは収まるというもの。


 ●加藤内科胃腸科クリニックにて
 ちょうど薬が切れるので、帰りに加藤先生の所にも寄って、コレステロールと中性脂肪を報告した。クリニックで6月にはかった数値と比べると、コレステロールは274から231に、中性脂肪は380から264に下がっていた。それでも、まだ高いそうだ。
 帰りがけに「風邪をひかないようにね。風邪をひくと苦しいですよ」と言われた。


2002/10/24 
先生からお願いされちゃった!

 外来。
 「先生、がんになりやすい人はどうやったってだめなんですよね」と私。
 「そんなことないですよ。よく笑って、睡眠時間をたっぷりとって、バランスのとれたよい食事をして適度に運動をすればだいじょうぶです」
 「この間、仕事を片づけられなくて……手術の後は少しバカになったみたいです」
 「そんなことありません。手術の後でも頭が冴えている人はたくさんいますよ」
 「じゃ、私は例外かも……」とポソリ。

  森山先生はまじめに受け答えしてくれるから、いい人だと思う。ばかにしたり、えらぶったりしない。でも、せっかく先生が手術をして「がんばって治療しようね」と言っているのに、「だめなものはだめ」と患者側からあきらめてしまったら申し訳ないということに後から気付いた。

 「先生、いまは納豆、オクラなど粘りのあるものを食べるようにして食事はさらに気を付けています」
 あきらめたような発言をするかと思えば、長生きしたい発言もあり、リハビリ患者の心理は複雑である。

 「先生、今、いろいろながん関係の本を読んでいるのですが、いろいろな説があり論争していておもしろいですね」
 「一般の人を巻き込んで論争になるのは我々医者としても心苦しいのですが……」。先生は、薬や診察日の事務的作業でパソコンに向かっているので、表情はわからない。

 最後に、仕事のことを聞くと、従来通りでなんら差し支えないという。でも、軽く頭を下げてこう言われた。

 「仕事をしたいというのはわかりますが、代われる仕事は代わってもらって決して無理をしないでください。お願いしますよ」
 疲れたら、休むこと。無理をしないこと。重いものはもたないことは十分に気を付けなければならない。

-退院後の状況-

 退院後は、脇の下の傷口よりも、右胸の下あたりから胸の間あたりにかけて痛みがずっと続いた。神経痛のような痛みが走るということは聞かされていたが、予想以上に痛かった。
 それで、寝るときも、起きるときも、痛い痛いを連発。介護ベッドがあればと思ったものだった。咳をするときは半身起きあがらないとうまく出ないので、頭のほう半分に毛布を敷いて少し高くするようにした。咳をするときはクッションを脇腹に当てたが、それでもすごく痛む。だから、しばらくの間、湿布薬を貼り、胸帯を巻いて過ごした。

 日中、外に出るときもブラジャーをすると傷口に当たって痛いので、胸帯をした。この状態が約1か月、寝るときには真上を向くか、手術していない左側を下にせざるを得ない状態が1か月半続いた。

 1か月を過ぎると急速に回復していく。先生も患者によって個人差はあるが、2〜3か月で痛みはなくなりますと言っていたから、信じるしかない。
 
 ●テレビ
 日本テレビの24時間テレビで、がんになった父親を渡辺謙、母親風吹じゅん、娘を安倍なつみが演じるというドラマがあった。昔、バンドマンだった父親にもう一度演奏させてあげようと、娘が昔の仲間を集めるという筋書きである。
 でも、途中まで見て、どうせこういう設定では父親は死ぬというお涙ちょうだいドラマだろうし、あまりにも病院の設定が安直なので途中で見るのをやめて寝てしまった。

☆病院の屋上にがんの患者があがれるということ自体おかしい。病気を悲観して飛び降りを試みる人もいるかもしれないし、手すりぎわは危険。現に父親は、手すりに足をかけて娘と話していて、突然気を失い、倒れてしまった。
☆休憩室で休んでいた患者は階段を登って病室に戻っていた。だから、肩に手をかけて介護されながら登っていく。階段はおしゃれなのだが、こんな病院には入院したくない。
☆がん患者らしくコホコホ咳をし、看護師でもある母親が背中を抱えておこしてあげるシーンがあった。個室なのに、ベッドが傾斜する介護ベッドではないのかとあきれた。病室はデラックスでも介護ベッドでなければ、患者にとっては快適ではない。
☆余談だが、渡辺謙さんはかつて白血病を患ったそうだ。そのころ若者の自殺が問題になっていたが、朝日新聞の声欄に「命を大切に」という渡辺さんの投書が掲載されたときには感動した。


2002/09/10 
胸部外科

 外来。毎週火曜日は胸部外科の外来に来ている人たちが多い。ご主人が肺がんの治療中という奥様が「がんは冷たいのを好むから、温かいものを飲まないとだめ」とか、いろいろアドバイスしてくれた。ご主人は健康診断で精密検査に行くようにと2年続けて言われたのに、仕事が忙しいのでほうっておいたのだそうだ。症状が出てから医者に行ったときには、がんが進行していることも多く、抗がん剤治療を受けていた。

 タバコはどんな病気にも害があると思われるのに、食堂の喫煙室や、病院出入口近くの喫煙室でパジャマ姿のまま喫煙している姿を見ると、そのしぶとさにあきれかえる。命のためだと思ったら、タバコくらいやめられると思うのだが。

 診察室にて
「食欲はどうですか」
「下痢はしますか」
「咳は出ますか」
と矢継ぎ早に聞かれる。
「たんの絡まない乾いた咳ならばだいじょうぶですよ」
「痛み止めはもう要りませんね。痛いときに飲めるように少し出しておきます」
 そこで、私。「10月は出張があって新幹線に乗るのですが、だいじょうぶですか」
「全く問題ありません。今日乗っても問題ありませんよ」
「先生、TC434というのは抗がん剤なんですか。髪の毛が抜けたりすることはありませんか」
「そうですよ。経口抗がん剤です。作用はやわらかです。今までは手術をした後、薬を飲んでも飲まなくても再発の度合いは変わらなかったのですが、京都大学のチームを中心に日本で開発されたこの薬だと、飲んだ人のほうが生存率が高いという結果が出ています。予防の意味を込めて、飲んでおきましょう」
「肺にがんができたので、静脈にのって他の器官への転移する可能性も全くないとはいえません」
「ということは、長生きできないんですか」
「癌は5年生存率といわれていますが、肺の場合、3年たって再発しなければだいじょうぶだろうと見ています」
 

 血液採取
 血液採取室にて。私は静脈がなかなか見つからないタイプ。はじめは女性がチャレンジしてくれたが、2回失敗して「2回だめだったら、他の人と代わらなければいけません」と、今度は男性に交代した。男性は、最初から「あきらめてください」と言って手首近くから採取した。

 そして、「血管が固くなってくると、針を刺しても逃げるんですよ」だって。要は、年をとると血管がかたくなるということを言いたいのだろうけど、私は若いときから血管が見つかりにくかった。一発でちゃんと見つけられる上手な人もいるのに、言い訳がましいなぁと思った。

 入院仲間にバッタリ
 入院時一緒だった男性Yさん(62歳)が外来に来ていた。3か月は会社を休んでリハビリをするつもりだという。2か月したら出社しようと思ったが、コンディションが悪いらしい。特にここ数日のぐずついた天候で、背中、腰、胸など、あちこち痛いところだらけ、今日はレントゲンを撮るのだそうだ。上のTさんを見舞いたいのだが、抗がん剤を打っていれば寝ているし、たまたま休憩室に出てきていればよいが、病室までは行きにくいと言っていた。私もTさんのことは気がかりだが、いったん退院すると顔出ししにくいのは同感である。

 Hさんとも会った。Hさんは悪いところを全部とって元気らしい。もともと腫瘍が1cmほどの小さな段階で見つかっているから、問題ないのだろう。でも、ここ数日は切った胸の痛みが強く、いろいろなことを聞かなくてはというので箇条書きにしてきたそうだ。帰りに薬局のところでも会ったが、スナック菓子がたくさん入っていた。「こんなの食べちゃだめですよ〜」と言うと、「だって、ひとりだと口寂しいんだもん」。それもよくわかる気がした。


2002/8/27 
抜糸

 外来。ドレインの管を入れていた糸が抜かれる。
 病理の結果が出ていた。
「切り取った肺に浸潤が見られました。○○さんは肺がん年齢にしてはまだ若いからねぇ。心配だから薬を飲んでいきましょう。薬を飲まないで治療する人、薬を飲んで治療する人を比べると、薬を飲んで治療する人のほうが高い生存率を示しています。生存率50%くらいです」
 「あ、先生、どんどん生存率が下がってる〜。この間は70%くらいだって言ったのに。ということは、もう少し早く見つかっていればよかったということですね」
 「そうですね」という返事。
 「えーっ、まだ先生とおつきあいしていくのか〜」と言ったら、「はい、残念でしたね」と言われてしまった。
 薬は全部で4種類。これまでの分にTC434というのが加わった。


2002/08/16 
おでこにタンコブ

 お盆の途中、うちの近くの遊歩道でドターッと前倒しに転んでしまった。とっさに手をつけなかったので、おでこをゴツンとしこたま打った。木だったからよかったが、コンクリートだったらと思うとゾッとする。
 「あーあ、だめじゃない、よそ見してちゃ」とNちゃんと友人のMさんが助けおこしてくれたけど、見る見るうちにコブができた。お盆の時期だから近くの病院は開いていない。それで、またしても駒込病院へ。受付で聞いて脳外科へ行くように指示された。すると、肺がんを宣告されたときにいた婦長さんと脳外科受付でバッタリ。「予約なしなので時間はかかるけど、きっと診ますから」と言われた。診察。頭のCT撮影などで4時頃までかかった。
 幸いにも、内出血はしていないが、念のため、明日もきてくださいと言われる。

 駒込病院では外科、脳外科、整形外科の診察を待つ患者は同じ廊下で待たなければいけない。15日はK先生、16日は森山先生、西村先生が通りかかって「どうしたの?」ときかれてしまった。会いたくないときに限って、次々と出会ってしまう。おでこのタンコブがもっこりだから、みんなに笑われてしまった。さぞかしおっちょこちょいと思われただろう。もう少し同情されるような病人にならなくてはと思った。


2002/08/15 
「そりゃ痛いですよ、切ったのですから」

 外来。手術の傷口をふさいでいた絆創膏をとってくれた。
 どうですかと聞かれたから、「まだ傷が痛い」と答えると、「そりゃ切ったのですから、痛いですよ。病人じゃないんですよ。もうガンはないんですから。後はケガのリハビリ期間です。どんどん体を動かして日常の生活をしてください。そうしないと治りが遅くなります。
 (以前にウォーキングをしていたことを話すと)
 あ、歩いていたんですか。どんどん歩いてください。マラソンもOKですよ。テニスはちょっと傷にさわるからあれだけど。ただ何をする場合も準備運動をしっかりやってください」

 文字にすると、冷たそうだが、森山先生の話し方はなんとなく励まし型なので、患者にとっては心強い。「先生の話をきくと元気が出ます」と言って、診察室を後にした。
 その後、私とNちゃんの会話では、「そりゃ切ったんだから、痛いですよ」が常套句になった。明快すぎるほど明快だからだ。
 
 病院へ行くと、入院中に知り合った人と出会えるのが楽しみ。Hさんは私よりも後から手術を受けたのだが、傷が痛むので誰かに話を聞きたくてしかたがなかったと言っていた。

 それからもうひとつ。おもしろいことがあった。実は、CT検査に来たときに、肺炎があることもわかって、検査入院から手術前までは肺炎を治すという抗生物質も飲んでいた。本人は全然自覚症状がなかったから不思議だった。この日、診療の最後に、森山先生から「出身は?」「両親の出身は?」「川エビを食べたり、げてものと言われるものを食べたことはあるか?」などと肺がんとはおよそ関係のないことを聞かれた。なぜそんな質問をするのかというと、肺の中に寄生虫がいて肺炎を起こしていたのだとのこと。
 「でも、心配は要りませんよ。つまんでとっておきましたから」
 「えーっ、ほかにもいるんでしょうか」
 「だいじょうぶでしょう」

 肺の中に蚊取り線香のように虫が丸まっている姿が思い描かれた。あとから入手した情報によれば、こんな事例は駒込病院では初めてだそうだ。ウワーン、肺がんという恐ろしげな病気になって気分はすっかり「悲劇の人」だったのに、これでは「喜劇の人」ではないか。こんな話をしたら、みんな笑い転げそうだ。Nちゃんは「病理検査用の容器に入れた虫が夜中にグングンと大きくなって、ある日突然地球を襲う」などといったバカ話を考えついていた。「エイリアン」か、はたまた「パラサイト・イブ」の世界である。虫のほうも、いい気持ちで過ごしていたのに、急に肺の中からつまみ出されて、「なんだ、なんだ」とびっくりしたかもしれない。そう思うとなんだか愉快だ。

 肺にいた虫について、電話で母に話したところ、「肺の手術をしたおかげでそんな虫が見つかったのだから、よかったじゃないの」と喜んでくれた。確かにそうだ。なにごともプラス志向で考えると明るく過ごせる。