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| 別チームの先生方。担当医でなくても、回診のときにはみなさんが声をかけてくださいます |
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国立がんセンターから来たH先生。明るく、やさしく、患者さんたちに頼りにされていた。
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S先生。以前は長野県の病院だったが、2003年5月から
勤務。<追記>2005年7月からの主治医。
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看護師長のIさん。看護師さんたちの代表として登場いただいた。
<追記>2005年7月他科へ
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03/9/16(月)
再入院?外来?それが問題だ |
昨夜は最悪で、あまり眠れなかった。寝たきりのTさんが日中は寝ていて、夜眠れないらしく、向きを変えてほしいだのあれやこれやと看護師さんを呼び出したらしい。そのたびにカーテンの向こうに照明がつき、看護師さんが呼びかける声が聞こえる。これまではそれでも寝られたのだが、この日は特にひどかった。
Mさんも朝になって「あれじゃ眠れないよ、ほかの患者が病気になっちまう」とぼやいていた。
ようやく寝られたと思ったら、洗面室から水を使う音がジャージャー。時計を見ると4時過ぎである。以前、看護師さんにぼやいたら、「お年寄りの方は4時頃には目を覚ましているので5時頃が限界みたいです」としかたがないといったニュアンスだった。こういうときこそ「他に迷惑をかけるのはやめましょう」とやさしくたしなめるのが、老人教育ではないのか。
このことでは相当頭に来ていたので、退院の際に渡される「病院のアンケート用紙のご意見・要望欄」に起床時間を徹底させるようにしてほしいと書いておいた。こういうのを聞いてサッと対応してくれるようならば素晴らしいと思うが、大体において無記名のアンケートなんて、名目だけのものが多いから当てにはしていない。
朝、院長先生が泉尾看護婦長らを引き連れて回診に来た。3月から入退院を繰り返しているMさんもこれで2回目という、めったにない機会だそうだ。
●再入院、それはないよ
やった〜、いよいよ退院である。堀尾先生が8時頃に病室を訪ねたときに、「今日は退院ですね」と言ってくれたので、うれしかった。Tさんは他の病院に転院し、他にも退院する人はいたが、新たに入院してきた人もいた。悲喜こもごも。
回診は坂口先生と飛鳥田先生。飛鳥田先生は夏休みかと思ったら、病気でダウンしていたそうだ。たまたま回診に来たときに、韓国映画「ラストプレゼント」の2回目を見ていた。これは大リーガーの新庄選手が「めったに映画を2回以上見ないけど、これは3回見ちゃった。ほんと、いいよ、これ」と推奨していたので、ビデオをレンタルしたもの。確かに、オススメ。
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奥さんが不治の病で死ぬということがわかっていて、売れない漫才師の夫に厳しく当たる。夫になんとかしっかりしてほしいからだが、夫も妻の病気を知り、妻が会いたい「初恋の人」を探そうとする。その間、夫が「新人お笑いコンクール」を勝ち抜いていく話が盛り込まれ、結果的には優勝する。その決勝の舞台を見ながら妻は・・・という話。内容を説明すればありきたりだが、しみじみと夫婦の情景が描かれていて、親を大事に、伴侶を大事にする韓国の一端も伺われ、韓国に対しても好感がもてる佳作。初恋の人は誰かという意外性もあった。最後、人間の痛みや悲しみを知れば笑いの質も高まると思うといった妻からのメッセージに共感した。日本のお笑い番組やドラマの質が低いのは、相手(視聴者)に対する思いやりや、相手の気持ちに立って考える姿勢が欠如しているからだろう。
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韓国ドラマの話になったら、「冬のソナタ?」などと坂口先生がきく。飛鳥田先生はあれだけ話題になった「冬のソナタ」を見たことがないと言っていた。やはり中高年女性に人気だったらしい(私は毎回DVD録画した)。
そういった楽しい話の後で、坂口先生が差し出したのは「入院申込書」。「えーっ、外来でできるって言ったのに何だよ、チクショー、K先生ったら」と悪態をつき(ジョーダン、冗談、半分本気)、先生2人に笑われてしまった。いくら白血球が下がったからって、また3週間も入院するのかよ、とめちゃくちゃ頭にきて、あっちでグチグチ、こっちでグチグチ、大荒れだった。迎えに来た相棒からも「仕事が大切か、命が大切か」と言われたが、「仕事がなくなったら入院だってできないよッ」とまたまた荒れた。「だったら、死んだほうがまし」と言ったら、「窓開いてるよ」と言われた。どう考えても10月29日以前には入院できない。かくて1か月も治療が遅れ、間隔があいて、がんがムクムクと大きくなる姿が目に浮かぶ。
患者さんの何人かが「そのころならまだいるかもしれないから」と慰めてくれる。5号室に行ったら、肺のがんの中でも、ものすごい難病の人が再発の疑いありとのことで検査入院していた。
某病院では「治療方法がない」「あきらめてください」と言われたそうだ。その後数カ所回ったが、同じような答えで絶望したところ、駒込病院で「体力があるからやってみましょう」と昨年、西村先生と森山先生が手術を手がけてくれたそうだ。10数時間にもわたる手術で、その後、起きて動けるようになるまで1週間もかかったが、そんな大手術をしたというのが嘘のように元気そうだった。
「駒込病院は本当にすごいですよ」と感に堪えたように言う。今回の入院でも病院を信頼しているという姿勢が伺われる。私はたまたま地域に駒込病院があったというだけで、ここへ入院したけれど、それはものすごくラッキーだったのかもしれない。青い鳥は駒込病院???うーん、そう思うとなんとしてでも都合をつけて3週間の入院をすべきなのか。
8月27日から9月16日までの入院費約20万8000円を支払い、やはり10月29日と入院希望を書いて戻ってきた。退院を知らせた関係先に電話したら、な、なんと3月から仕事をしていた分を支払うのを忘れていたということで、その金額が入院費の倍近くあった。おーっ、少しずつでも積み重ねてきた金額は大きい。振り込みを確認していなかった私もノー天気だったが、一挙に地獄の気分から天国へ。
明日からは「お仕事モード」だと思って、午後はこのホームページ作り。仕事関連のホームページも趣味で作成しているけれど、シコシコと作成していると、そろそろ悠々自適の生活をしてホームページ三昧をしたいと思えてくる。このサイトにしても、「こんなに明るくちゃだめ、世間が求めているのは、治る見込みがないという人の涙、涙のサイトなんだから」と言われる始末。でも、小売業ならば買い手の視点が必要であるように、医療でも患者側の視点が必要なはずだから、もっと医療や病気のことに関心をもってみよう。
●K先生より電話、やった〜、外来でできる!!
夜8時頃、K先生から電話があった。K先生は外来だったから今日は会っていない。第一声のモシモシだけで、「キタ〜!入院の打ち合わせだ」と思った。
入院希望が10月29日となっていたが、他の先生からの話を聞いて外来でやることにした。ついては、白血球が下がった3週目などに4〜5日入院することは可能かどうかとのことだったので、「無条件に可能」と請け合ってしまった。これにて一件落着。それであれば9月中にも次の抗がん剤治療が受けられる。バンザーイ。坂口先生、飛鳥田先生を通じてK先生に私の発言が伝わったのかもしれない。
電話を切ったら、地獄から天国へ。K先生はたちまちサイコーにいい先生に昇格した。おまけに外来で抗がん剤治療をするときには時間が午前中になるそうで、朝9時という「あまり待たなくてよい、夢の時間帯」を指定された。こんなことで幸せになれるのだから、患者とは単純なものだ。でも、今日から夜更かし(9時過ぎに寝るのを夜更かしというならね)もできるし、いままでいやだいやだと思っていた仕事もフレッシュな気持ちでできるし、入院の効用は大きい。
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03/9/15(月)
のどかな休日 |
朝採血。坂口先生が昼頃に結果を教えにきてくれた。白血球が20100、好中球が16150にはねあがった。す、すごい。いままで健康診断のときの数字でも白血球は5000〜6000だったのに。「これじゃ白血病だね」と坂口先生は笑う。高すぎてしまって、また要治療になったらどうしようと怯えてしまうではないか。
このとき、血小板や赤血球も記録しておいたほうがいいとアドバイスくださった。これらはおおもとの細胞は同じなので三点セットでみたほうがよいそうだ。おおもとの細胞が元気ならば、ある意味ではこういう状況にはならない。抗がん剤は使う量にもよる。1回にドカンと使う量が多い場合と小分けする場合といろいろある。1回にドカンと使うとあとは何か月も何週間も使わなかったり、1剤でやる場合と数剤でやる場合など様々。それと、私が記録しているノートを見ながら、抗がん剤はccでなく、mgの単位でいう、水溶液に溶かして100ccになっているとのことだと説明してくれた。
手術、放射線療法、化学療法といったこと、手術はどのようにして行われるのかなどについてもザクッと教えてくれた。先生も奥さんも長野県出身だそうだ。駒込駅に近い豊島区に住んでいるらしいので、ご近所同士でもある。子供が小学校にあがる頃には環境のよいところで育てたいといっていた。何をおっしゃる、坂口先生、東京都の中でも抜群に環境のよい駒込に住んでいて、そのようにぜいたくなことを言うとは。私など半径500m圏内しか動きたくないというのに。ここにずーーっと住みたいというのに。
「でも、こんな病気になっちゃって。少しこのへんで休んだほうがよいということですよね」と言ったら、そうかもしれないねとうなずいていた。今日の回診は坂口先生が一人だったので、こんな調子で各患者さんと長話をしていたらしい。ふつうは9時半頃からの回診で10時までには3号室を訪れるのに、坂口先生が姿を表したのは12時前だった。「休みの日はこれぐらいのんびりするのもいいよね」と。先生と患者さんたちとの貴重なコミュニケーションの時間だったのかもしれない。ここの先生方はざっくばらんに聞きやすいのでありがたい。
●憤る患者のOさん
患者さんの体験談を今回もボチボチときいているのだが、退院前のかけこみで、隣室のOさんに話をきくことができた。Oさんは時々部屋の前の非常口ドアの前に立って外を見ていることがあるのだが、「太陽に向かってお祈りをしている。みんなの病気が治りますようにって」と教えてくれた。
骨転移があると痛みが相当らしいが、モルヒネで痛みを抑えているといって腕を示して見せた。こうなるとまさに闘病生活といった感じで言葉もない。Oさんはいまの医療の現状に深い憤りを感じていた。闘病記は意味がないでしょう、と指摘されたが、さりとて「がん撲滅」といって、何か役に立つ運動なりキャンペーンなりを自分が先頭に立って進めていくというのも難しい。今の医療体制にいくら怒りを感じたとしても、社会そのものを変えていかないと福祉国家の道は目指せない。医療に目を向けない政治家を選んでいるのは私たちの責任でもある。Mさんも「そういえば、自民党総裁候補の人たちは医療に関してなんて何も公約していないね」と言った。
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03/9/14(日)
有望な新薬はあるのか
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皮下注射3日目。同じ注射なのに打つ位置によって痛さが違う。ひじを曲げた近くに注射されたので、今日のは一番痛く、青紫色の痣になった。
白血球を上げる注射は「ノイトロジン 遺伝子組替ヒト(なんたらかんたら)」と書いてある。遺伝子組替と書いてあるだけでもコワッとなってしまう。
K先生が回診にきたときに聞くと、「あ、それは全く問題ありません」との答え。これで白血球が上がるのならばもう3日目だし、上がっていると思うからなんとか外泊させて、と神妙にお願いしたのだが、例のごとくK先生はきっぱり、キリリと「それはだめです」という。
「これは骨に血液をつくらせる注射ですが、急いでつくらせるから多少無理がある。わかりますよね(笑)。そのうちに自然に(白血球)を作らせるようになる。だから、どれぐらい上がっているかわからないから、だめ」とのこと。うーん、突貫工事をすると手抜きでボロが出るというニュアンスがよく伝わってきた。あとで看護師さんは好中球を白血球の赤ちゃんのようなものという表現をしていた。これが自前で増えてこないとだめなのだそう。
K先生に日頃の疑問を聞いてみた。
患者たちは、いまの薬が効かなくても、がんばっていればよい薬がまた出てくるだろうと期待しているが、アメリカやヨーロッパで日本では認可されていないが、これから有望という薬はあるのか。
先生の答えは明快だった。アメリカ、ヨーロッパも同じくらいのスピードで認可されていて、現在話題の新薬はない。
乳がんの薬が一番進んでいるが、肺がんもがんの中では薬がいろいろ出ている。組み合わせの問題になるが、いちかばちかというレベルではない。脱毛はいや、副作用のきついのはいや、血管痛は少なくしてほしい、外来でやってほしいなど、患者の希望をききながら治療をすすめていくそうだ。
「せっかく外科で手術をして全部とっても、再発するとがっかりでしょう」と質問したが、「肺がんは再発しやすいですからねぇ」と本音は語らなかった。
●抗がん剤治療
夜、洗面所で暗い顔をしながら歯磨きをしている女性の患者さんがいた。聞くと泌尿器科の患者さん。手術をした後、抗がん剤治療をする予定だが、みんなが苦しい治療だというので、やる前からこわい、心配だというのだ。私は副作用が出なかったし、隣のベッドの人もだいじょうぶだったから、副作用には個人差がありますよと言うと、私の言葉を聞いて元気が出たといってくれた。
そうだよなぁ、私も抗がん剤には副作用がつきものと聞いて、飛行機に乗ってせっせと集めた吐き袋をもっていっていた。吐くための容器は病院にあるが、間に合わないといけないと思っていたのだ。
検査入院のときに一緒だったFさんは副作用でかなり気持ちが悪くなったそうだ。「車に酔ったときのような吐き気ですか」とたずねると、「車に酔ったことがないのでわからない」とのことだった。「じゃあ、二日酔いになったときみたいな感じ?」ともきいたのだが、なんとも説明のつかない吐き気との説明を受けた。こわい、こわいと思っていると、かえってマイナス思考になってしまう。先ほどの女性は表情も明るくなって、その後会ったときにもお礼を言われた。このごろの抗がん剤は副作用が出ないように様々な薬と合わせて打つことになるから、何事もなく乗り切ってほしいと思う。
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03/9/13(土)
ジェムザール
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またしても朝5時頃から洗面の音。水の音がジャージャーと聞こえる。ここは病院も、先生も、看護師さんもいいけれど、一部患者は全く非常識だ。人に迷惑をかけないという範囲での規則も守れないのか。一昨日は注意書きを書いて鏡に貼っておいたので、昨日は比較的静かだった。朝早く洗面する人は常連だろうから、これで一安心と思っていたら、ガッカリ。
病院だからしかたがないとしても、暗〜い顔をしてうつむき加減に歩く人もいる。ある男性病室はずーっと仕切りカーテンをしたままで挨拶もかわさないから、いつも休憩室に出ていると、Sさんは言っていた。病気の具合は様々でつらい時期もあるけれど、病は気からということもあるから、明るいほうがいいのに。ま、この程度のことは人に迷惑をかけるというレベルではないからどうでもいいのだけれど。
朝は白血球を上げるための皮下注射2日目。
●回診でH先生に聞く
この日の回診は堀尾先生。白血球が下がってしまったことについて聞いた。
「抗がん剤を投与した日を1日目と考え「ディ1」、次にやるのは「ディ8」なんですよ。通常でいえば(○○さんにとっての)9月12日は「デイ15」となる。「ディ15」で2200というのは、白血球の底になる時期というのが2週間前後ですから、2200は底なんですよ」
――昨日、K先生が「ふつうの人の出方より遅い」と言っていたのですが。
「だから、ふつうはこれ以上下がらないんです。2000切るか切らないかぐらいで、ふつうは2000以上あればまず感染症の心配はないんですよね。でも、好中球が減っている。いまジェムザールとパラプラチンですよね。ふつう下がるのが大体10日すぎから2週間だから、だいたい今が(白血球の)底です」
――でも、先生、これで効かなかったら、違うのをやっていろいろ苦しい思いをしなければいけないんでしょう?
「あー、薬をね。でも、今回はなんともなかったんでしょう? まだいろいろあります。たまたま合っていないかもしれないし、合っているかもしれない。それはわからない」
――医薬品だけは効かなかったからご返却というわけにいかないんですものね。ジェムザールっていつごろ申請されたお薬なんですか。
「治験の段階では前からあったのですが、認可されたのは3年くらい前ですかね。肺がんとすいがんの認可が大体同じ頃です」(その後、ネットで調べたら1999年3月だった。ジェムザールを販売をしている日本イーライリリー社のプレスリリース参照)
――抗がん剤って、すい臓がんにとか、肺がんとか、病気別に認可が違うのですか。
違います。使えないんですよ。あれ(「ブラックジャックによろしく」のこと。私が以前に読んだといってあったので、先生覚えていたらしい)にも書いてあったでしょ。だから、ジェムザールを胃がんに使ってよいかというとだめなんです。そういうふうに法律がなっています。なんでもかんでも使ってよいとなると、医療費の高騰につながりますしね」
――10年前の自由診療で高額だったものを現在使ってもらえるなんてうれしいなと思って。
(先生、笑って)「白血球の底の時期をNadir(ネイダー)っていうんですよ」
うーん、仕事の情報収集は少しマンネリになっていたけれど、多くの患者がそうであるようにまさかなるはずがないと思っていたがんになってみて、いろいろな新たな知識を学べるのは毎日が新発見でなかなか楽しい。「ミンザイ」が睡眠剤だったことを知らなかった人もいた。入院すると、結構新発見も多い。
●お小水
お小水を入院以来、ためていたのだが(ためた後、計量機に入れる)、今日からためなくてもよいと言われた。でも、ついついお小水をためるカップのある場所へ最初に行こうとするから、習慣とは恐ろしい。
お小水カップは1リットルくらいためられる。一晩中トイレに行かずに朝行くと、380MLくらいたまるということがわかった。看護師さんに聞いたら、1日だと1.5〜2リットルくらい出していると教えてくれた。水分の補給がいかに大切であるかがよくわかる。ところで、お小水をためるのは、意外に大変だった。洋式トイレで前方から入れるとカップが大きくて取り出すのに不便なので、後ろからできるかと思ってやってみたが、それは原理的にも難しかった。その点、男性はやりやすくていいなぁとうらやましく思った。お小水をためるのは大嫌いだという患者さんも多いが、最大限の量を出す患者はいないだろうから、もっとカップを小さくしてくれれば作業がしやすいのに。
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03/9/12(金)
大ショック、白血球が下がった
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●退院に待った。好中球500スレスレ
朝採血の結果で白血球が上がらなかったら退院延期となる。でも、本人はすっかり退院する予定で、衣類や必要なものは1日分だけ残して持ち帰ってもらった。
回診は堀尾、坂口、伊志嶺先生。「好中球が上がらなかったとき、どうしようかと考えてるんです」と伊志嶺先生。「そこをなんとか」「おまけして」「目をつぶって」「もう一声」「特待で」と思いつく限りのお願いをしたが、やはり結果待ちということで笑われてしまった。まるで野菜のバーゲンセールだ。
結果は10時半頃とのことだったが、休憩室で他患者さんの体験談を聞いていたら、伊志嶺先生が病室の前で手招き。「残念でした」と言って、ナースステーションに連れていってパソコンの数値を見せて説明してくれた。
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9/12 |
9/10 |
9/8 |
9/4 |
9/1 |
| 白血球 |
2200 |
3200 |
4600 |
3900 |
私の記載忘れ |
| 好中球 |
510 |
1500 |
2390 |
1460 |
2680 |
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好中球が500以下になると、白血球が上がる注射を打つ必要がある。3日間注射を打って15日に血液検査をするということだった。白血球が下がると、感染しやすくなる。112病棟内であっても外から見舞客がきたときには注意。売店など病棟以外へ行くときにはマスクをしたほうがよい、うがいもするようにとの注意を受けた。
うゎーん、今日は外泊許可も出ない。病気を治して長生きしたいと思うから治療を受け、1日1日のありがたさは身にしみているはずなのに、病院の1日に退屈しきっているという矛盾。
昼過ぎに白血球を上げるという筋肉注射を肩口にブスッ。抗がん剤治療を受けている患者にはすでにおなじみの注射である。Mさんから「すご〜く痛い」と脅されていたが、液が入るときにもちょっと痛かったぐらいでそれほどでもなかった。
●K先生からも説明
夕方の回診時、休憩室でWさんとおしゃべりしていたところ、K先生が探しにきた。
「白血球の上がる注射を3日間し、採血の結果を見たら退院できるでしょう」
「注射をしても上がらなかったら?」と私。
「それはだいじょうぶ、上がります」
「これでは外来でできないですか?」
「今回は抗がん剤100%で使ったけれども90%にするとか、白血球が下がったときに手を打つとかして外来でできます」
ここで、脇にいたWさんが続いて質問。彼女はちょうど私より1週間遅く抗がん剤治療を始めたのだが、仕事をもっているのでどうしても9月25日には退院したいのだそうだ。だが、その時期は白血球が下がる時期と重なる。
「私の白血球が下がるのは25日なんですが、その日に帰るのは無理ですよね」とWさん。「下がる時期は様子を見ないと。○○さん(私のこと)のようにふつうよりも遅く白血球が下がる人もいるし、人によって出方が違うので、下がった時期に退院というのは」
「ダメ?」。「そうですね」ときっぱり。そこで、Wさんは、この私でも聞かないだろうと思う質問を臆せずにK先生にぶつけた。
「先生、1日繰り上げて抗がん剤を打つのはだめですか」。案の定「それはだめです」とK先生、きっぱり、キリリと回答する。Wさんも細かくメモをとっていて、いろいろなことを先生に聞いて確認するタイプだが、いろいろな突っこみを入れられて先生も大変だろうなぁ。
●ちゃんと答えて
我慢強いMさんだが、放射線治療を受けているので喉が痛く、昨日ぐらいから頭が痛いと言い始め、今日は胸が痛いといっている。
回診のとき、シップ薬を貼ってもよいか、温熱か、冷たいのかどちらがいいだろうとか坂口先生にきくのだが、それをしてもあまり効果はないですよとか、あいまいな答え。
あとからMさんは「たぶんとか言わないでちゃんと答えてほしいのに。それでは患者は信用できないよ」などとぐちっている。坂口先生はやさしい、人がいい、と日ごろはほめているから、本気モードでぐちっているわけではないところがはたで見ているとユーモラスだ。あちこち痛いとぐちっているので、外泊するのを1日延ばすかと思ったが、いそいそと出ていった。
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03/9/11(木)
楽しい先生 |
朝病院の周りを歩いていたら、うさぎ座りをしている人がいる。足を広げて座り、グッと背中を伸ばす。そこでおならをする。こうすると壮快になるそうな。入院してからはうさぎのうんちのような便しか出なかったのがよくなったと言っていた。
朝夕5周して元気な人はとても病人には見えなかったのだが、6階の化学療法科に入っているということがわかった。まだ治療は長くかかるそうである。「同じ病気ですね、お互い頑張りましょう」と言った。
回診のとき、K先生に「外来のT.A.さん(体験談参照)、元気ですか」と聞くと、顔をやや曇らせた。「亡くなったんですか、いつ?」「ことしの6月か7月頃です」「じゃ、5年は生きたんだ。幸せだったと言ってましたよ」と伝えた。K先生が食物が入るように、一生懸命してくださったことに感謝していたっけ。必死に闘病していた人が亡くなったという話を聞くとさびしくなる。
同室のMさんは放射線に行って不在。回診に来た坂口先生に「(Mさんに)何か伝えておくことは」というと、「何かあったら何でも言って」というので、病室を去る先生に「やさしい先生、ありがとう」と手を振った。坂口先生は、からかわれていると思ったかな。坂口先生はちょっとしたことで結構楽しい突っこみを入れるので、姉御肌のMさんとのやりとりがなぜか楽しい「言葉のバトル」になるのだ。マジな本音バトルではないものの、はたで聞いている先生方はハラハラするらしい。ちょっと口は悪いけど、根はやさしいという坂口先生は外来には出ていないから、入院しないと会えない。入院のお楽しみのひとつにするのもいいかもしれない。
●遺伝子から5年後生存の可能性を予測
がんでは5年後の生存率とよくいうが、肺がんでは3年が勝負になるときいた。3年間再発・転移しなければひとまず安心というもの。朝日新聞の9月11日付には、こんな記事が掲載されていた。これらを癌学会で発表するという。
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肺がんの手術を受けた患者が、5年後も生きていられるかどうかを遺伝子から予測する方法を、愛知県がんセンター(名古屋市)が開発し、11日発表した。同センターは、予測で早くから再発対策を講じれば死亡率が下げられると期待している。
96〜97年に同センターで肺がんの手術を受けた患者50人のがん組織から、約1万種類の遺伝子を取り出した。患者の5年後の状態と、遺伝子の関連をコンピューターで解析したところ、特定の遺伝子の使われ方をみることで、5年後の生存の可能性を約9割の確率で判定できることをつきとめた。
肺がんは、がんの中で最も死亡者が多く、年間5万人以上が亡くなっている。この方法を使えば、手術後に再発・転移で亡くなる恐れのある患者には、これまでより早い段階で抗がん剤による補助療法を始めて生存率を上げられる可能性がある。一方、生存の可能性が高い患者には不要な抗がん剤を使わないなど、個々の患者にあわせた治療が出来るという。 (以下略) |
【2003.11.7記】退院後、愛知県がんセンターのホームページで確認してみた。「公開講座、学会発表」「第62回日本癌学会」とたどっていくと、「がんの本態解明から制圧へ!」というページがある。そこの分子腫瘍学部の発表が新聞記事とほぼ同じ内容のものだった。新聞記事はややかみくだいて書かれているが、どちらもわかりやすい。 「今後はより大規模な検討により予測システムの精度を確認し、高度先進医療としての承認を経て、臨床応用に結び付けたい」と書かれているので、大いに期待したいが、実現するのはまだまだ先か。
愛知県がんセンターのサイトには「がんの情報広場」のページがあり、その中で、「肺がんの克服を目指して」というページもあり、参考になった。全体にページの表示が重いのが残念。
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03/9/10(水)
看護師さんの仕事
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●起床時間前の洗面
朝5時10分。洗面所を使う水の音で目がさめる。病院の規則では朝6時起床のはずなのにうるさ〜〜〜い。病院内の規則には、他人に迷惑をかけるものとそうでないものとがある。病院の一日は長いのに、なぜ朝の1時間をそんなに急ぐのか。消灯を過ぎても、水を使う人、まだ暗いうちから洗面する人、こういう人たちは集団生活を送れないか、家庭でも自分の好き勝手に行動していたのだろう。朝からガラガラガラ、ゲーッ、ペッといわせているのは、だいたいにおいて高齢の男性患者が多いようだ。
●回診
朝採血。病室での採血は一度で採ってくれる看護師さんが多かったが、失敗。腕の先でとられた。堀尾先生が私の顔色を見ながら「だいじょうぶそうですね」とひとこと。「先生、薬が効いていないということはないですよね」「量はちゃんとしているからだいじょうぶです」。続いて回診では、採血の結果、白血球が下がっていなければ11日(木)に帰ってよいとの許可が出た。
●採血結果
伊志嶺先生、颯爽と登場。「残念ですけど」と言いながら、白血球が下がってしまったので様子を見るために金曜日まではいなければいけないということを告げにきた。白血球とその中で約60%を占める好中球がどれぐらい下がるかを見て判断するのだが、9月8日は4600、うち好中球が2300だったのに対し、今日は白血球3200、好中球が1500に落ちてしまった。金曜日はだいじょうぶだと思うが、白血球が下がったのでうがいとかを気をつけてするようにといわれた。白血球を注射であげるのは好中球が500未満になってからで、抗がん剤を入れるとこの数字がガクッと下がりやすいそうだ。
●寝たきりの患者さんは本人が一番つらそう
今、病室には2人の寝たきり患者さんがいる。胸部外科と泌尿器外科の患者だが、栄養チューブやらなにやらいっぱいつけられている泌尿器科の患者さんには回診にきた先生が「生きてますか」と挨拶したので驚いた(もちろん、冗談だとわかる言い方)。この人は目はあいているのだが、いっこうに反応がない。ところが、看護師さんが呼びかけると、目でうなずく。そのまなざしがとてもカワイイ。看護師さんが「癒しに来て癒される」と言い得て妙なことを言った。あとでわかったのだが、もう10年も寝たきり状態なのだそうだ。がんとわかっても手術もできず、体重も20kgを切っているから、ものすごく小さい。ココアのような栄養チューブが命の源になっている。寝たきりでも、親であればやはり生きていてほしいと思うものだ。
もう一人Tさんは入ったときにはベッドにおりることもできたそうだが、寝たきりになってしまった。お通じがあると、病室中臭う。このときに自分で看護師さんを呼んでくれればよいのだが、「体が痛い」「体の向きを変えたい」とかいうときにはすぐに呼ぶのに、お通じがあったときには呼んでくれない。これには同室のMさんとともに、困ってしまった。きっとおむつを取り替えてもらうということにたまらなく恥じらいを感じていたのだろう。ちょっと寝間着の前がはだけていても気にするような慎み深い人だった。
「お通じが出たのがわからないかなぁ。出たらすぐ呼んでくださいね」と看護師さんから言われていた。おむつを替えてにおいがおさまったと思ったらまたそこはかとない臭い。呼ばれた看護師さんが「また、お通じがあったのね、ごめんね、すぐ来られなくて。でも、Tさんのお通じがついちゃった寝巻き洗っていたから許してね」といってあやまっていた。
体力がないから、がんの治療によりますます体力が弱っていく。「夏には歩けたんですよ」「死んだほうがましです」と息も絶え絶えになって言う。腕も皮が張り付いているぐらいに細くなってしまった。イレッサで目に見えてがんが小さくなり、放射線の治療も終えたというのに、本人がガッカリして手足を動かすことをしなかったため、すっかり弱っている。先生方や看護師さんが一生懸命治療に当たっているのだから、それにこたえるように本人が気力を振り絞ってがんばってほしいのに。寝たきりだとすぐにボケがくると聞いていたが、一度「おやすみなさい」と言ったら、「どこかへおでかけですか、行ってらっしゃい」と言われてしまった。今後は、転院して治療に当たるそうだ。昨日お嫁さんから転院の話を聞いたばかりだというのに、看護師さんから「病院移るんですよね、知ってる?」と聞かれて首を横に振っていた。
ところで、この話をわざわざ書いたのは、あくまでも看護師さんの大変な仕事を伝えたいと思ったからだ。
駒込病院の形成外科部長、坂東正士先生のホームページで、駒込病院の特筆すべきことの二番目に、「看護婦さん達が、非常に優しく優秀なことです。本当に献身的で、またプロフェッショナルなので、私もかかるとすればこの病院と決めています」と書いているが、本当に同感。
●看護師さんはエライ
看護師さんはみなやさしいし、献身的だけれども、中でもIさんには頭の下がる思いがする。
たとえばTさんが返事をしなくても、積極的に話し掛ける。
「聞こえたら返事してくださいね」「ちょっと横向きね、がんばってね」「ここお袖通せるかな、よいしょっ、OK、これで寒くないからね」。この間、ずっとTさんに寝間着を着替えさせるために奮闘中。
ところが、そうしたことは無視してTさんが「熱いお茶」とポツリ。「ちょっと待ってよ。Tさん、汚れたの、取り替えるんだから。Tさんはそうやっておうちの人が一生懸命やっているときに、お茶ちょうだいというの。おうちの人えらいね、Tさんもそうやっておうちの人にしてあげてたんだ。Tさんは寒いか(熱があって寒気がするらしい)。看護師さん(自分のこと)は暑くてしょうがないよ。もう汗いっぱい。はい、お疲れ様でした。ちょっとつらかったね(とすぐにねぎらいの言葉をかける)。運動になったね、いっぱいゴロゴロしちゃったね。痛い?どこ痛い?」。
それからリハビリのために車椅子に乗せる作業も一人でやっていた。「ちょっとここをもってね、座れる? いくら100万馬力でも、100万馬力ならだいじょうぶか(と、ひとりごと)、Tさんが自分で少しやってくれないと持ち上げられないよ。どっこいしょ」
あの人は大家族に育った人なのかなぁ(あとで、そういうことはないとわかった)。でも、根っからやさしいのかもしれない。私はこのとき、こっそりパソコンを打っていて(といっても、だいぶ看護師さんたちからは見られてしまったが、見て見ぬふりをしてくれた)、日頃Iさんの対処法に感銘を受けていたので、このやりとりを即座に打ち始めてしまった。だから、ほとんど実録のまま。ジンワリと涙が出てきてしまった。
Iさんに関してはもうひとつエピソードがある。Tさんは昼・夕食は家族が来て食べさせてくれるのだが、朝食は自分で食べることになる。だが、一人ではほとんど食べない。それで、おかゆを食べるのを手伝ったことがあった。私にしてみれば、手伝ってあげてほぼ全部食べてくれたのはうれしかったのだが、Iさんはニコニコと私にお礼を言いつつ、「Tさん、自分の手、動くでしょう。今日は○○さんが手伝ってくれたけれど、○○さんだって気分がよくないときもあるのだから、自分で食べるようにしなくちゃ。さ、(スプーンを)持って食べてみて」と、Tさんを諭した。Tさんはしょんぼりとしながら、ゆっくりと自分で食べ始め、その日はおかゆをほぼ全部食べた。あとで「Tさん、私が手伝ったせいで叱られてごめんね」と言うと、「あの人、きびしいんです」とポツリ。その言い方が、私に気を遣ってくれたようでおかしかった。Tさんは家族にも多くの看護師さんにも口をきかず首を振ったりという動作や顔の表情だけで示すことも多かったが、Iさんの言うことはよくきいて声を出していた。看護師さんたちは全般にやさしすぎるくらいやさしいが、時にはIさんのように厳しいことも大切だと思った。
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03/9/9(火)
自分を大切にすることは
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快晴。東京は32℃になるという予想で朝から暑い。
看護婦長の泉尾さんが病室を訪問。いまは胸部外科の患者が少ないという話になって、駒込病院112病棟はひあがっちゃいますねと冗談を言い合う。
何かの話から、泉尾さんが「自分を大切にすることは相手を大切にすること」といった言葉が印象に残った。 |
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03/9/8(月)
がん検診 |
NHK3チャンネル「健康」の時間で、がん検診のことについてやっていた。
がん検診を受けない人が多いが、1)自分はがんにならないという思い込み、2)検診制度を知らない、3)早く見つかっても意味はないと思っている人が多いので、検診を受ける人が少なく、肺がんでは22.2%しか受診していないそうだ。
肺がん検診は胸部X線検査・喀痰細胞診で行われる。肺がんはできる場所により中心型、末梢型の2つのタイプがある。中心型はタバコを吸う人が煙を吸い込むことによりできやすくなる。こうしたものに対して、喀痰の中に入っているがん細胞を早期に見つけるというのが喀痰細胞診の考え方。胃・肺・大腸がん検診は主に40歳以上が対象。ヘビースモーカー、家族にがんの人、50歳以上の人が特に受診がすすめられるとのことだった。
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