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12月31日
おかげさまで

 12月9日から続いていた声枯れも30日にはすっかりよくなった。元の美声?に戻らなかったらどうしようと心配したが、よかった。今日一晩寝て来年になったら、病気がケロリと消えていたらいいのに。来年が良い年でありますように。


12月28日
今年最後の外来

 今日の予約は9:30だったので、いつもよりもやや遅く行く。といっても到着したのは8:05。そうしたら、あーら、びっくり。いつも8時前に行くと20人ぐらいが受付を待っているというのに、5分も過ぎれば誰もいない。年末だからすいているのだろうか。
 とはいえ、採血の順番は当然遅くなる。この日は11番目。これまで当たったことがない女性技師さんだったが、何も言わずにいたら、右腕をトントンとさすりながら「寒いから血管が出にくいですね。今日は寒かったですね〜」と話しかけてきた。腕を曲げてくださいと言われ、狙い定めてブスリ。グイグイ刺していって、めでたく血管にたどり着いた。「ずいぶん深いけれど、よかった」とホッとしているので、いつもはほとんど腕からはとれないことを告げると喜んでくれた。

 ■診察室にて
 今日は少し遅くなるかと思っていたら、待合室への呼び出しがかかる前に「2番診察室へ」のメッセージが出た。バックライトがついていないのでとても字が見にくい。診察室に入ったら「待合室へ」というメッセージが鳴って一同笑い。つかの間なごみの空間に。

 K先生は真っ先に、「(腫瘍マーカーが10.4に)下がりましたよ。お薬が効いているということですから、よかったですね」と前回の結果を伝えてくれた。治療に携わる者としては、治療効果が出ていることを何よりも喜んでくれるのかもしれない。「はい、10以下を目指します」と私も張り切って答えた。「でも、病気じゃなくて、高脂血症でやられるのではないかと周囲からは笑われています」というと、「そんなに食欲があるの?体重増えた?」
 「はぁー。これから心を入れ替えて少し減らします」
 
 13日から始まる週はあんこう鍋、フランス料理フルコースを食べたし、20日から始まる週は、21日が中華料理てんこ盛り、22日は忘年会でふく料理を満喫、24日はすきやき肉(700g)の贈答があり、満足、満足……といった具合で、食欲が落ちるなんてことはとてもありえない。今年はしかたがないからデブを続行することにした。
 風邪だけはずっとひきっぱなしだが、血液の数値は全く問題なし。
 

 診察室に入る前に血圧と体温を測っておいて先生に伝えなければいけないのだが、なぜかこの日は2人ともコロッと忘れてしまった。診察室を出てトイレに入り、ふとそのことに気付いたら、外で看護師さんが私を呼ぶ声がする。あわててトイレを飛び出し、体温を測り始めたら、看護師さんが脇に立ってニコニコしている。
 「K先生、几帳面だから待っていらっしゃるんですよ」
 「先生、(几帳面な)O型だもんねー」(と答えつつも、カルテの画面を再オープンするのが面倒だからだろうなどとひそかに思う。
 「元気だから、診察には時間をかけずに1分くらいで終わろうと思ったのに、かえってご迷惑をかけちゃいましたね」と私。
 「1分診療ですか」と看護師さんが笑う。それからあたふたと診察室へ行き、データを先生に手渡す。さっきは「良いお年をお迎えください」と爽やかに挨拶してドアを閉めたのに、今度はそそくさと退場した。私ってとどめはドジなんだなあ。

 ■点滴はいやだ
 点滴担当は前回と同じ先生。「前回(腕に点滴が入った!)がまぐれでないようにがんばって」とエールを送ったのだが、ククク残念……。結局、左手の甲(人差し指の下方)に入れたが、針が刺さったときから手首の辺りに妙なしびれがあった。そのことを言うと、看護師さんがタオルを手の下に置いてくれた。こういうことは学校では教わらないが、患者さんとのいろいろな会話を覚えておいて対処するのだという。おかげですごく助かったが、途中からはやはり手首がしびれてきて、この日ほど早く終わってくれ〜と思ったことはなかった。そして、「(病気よりも)注射と点滴がいやだから絶対に治してやる〜〜」と決心した。抗ガン剤も飲み薬でバンバンいいものができればいいのに。


 ■アホクサ
 ところで、日テレは来期のドラマで乳ガンの女性を取り上げるらしい。そのタイトルが「87%−私の5年生存率」ときいて、ずいぶん高いんだなぁと逆に生存率の高さに感心してしまった。一般の人には刺激的なタイトルだろうけど、肺ガン患者にしてみれば何それ〜という感じ。肺ガンだと「○%-私の3年生存率」となって、○の中に入る数字は限りなく低くなり、年数も3年になるから、数字的にはもっと恐ろしいことになる。タバコを吸わない女性に肺腺ガンが増えているなんてことは私も病気になるまでは知らなかった。

 一つのドラマが当たると各局似たようなドラマが続き、日テレも2004年はガン、ダウン症など病気のドラマが多かったが、その路線をまだ続けるらしい。ドラマがアンハッピーエンドの時にはたいてい主人公をあの世送りにして、不治の病がガンだもんね(笑)。ドラマ作りの発想がものすごく安易になっているから、視聴者のドラマ離れがおきているのだと思う。


12月14日(火)
いいことが3つあった日

  8時ぎりぎりに行って、受付は十数番目位だったが、採血の順番は3番だった(今までで一番早いかも)。初めての男性技師さんの前に座る。こういう場合に「いつもどこからとりますか」と聞かれるのは定番になっている。採血しにくい手だから、一度で採血してもらえるならば手の甲からでもいいと言ったのに、「それでは痛いですから……一度腕の方でやってみていいですか」
 「はぁ〜(生返事。やってもいいけど、むだかもと思っている)」
 「……(あきらめて再び手首を見る。だんだんあせっているのがわかる)」
 すると隣の技師さんから助け船が。
 「Xさんに代わってもらっていいですよ」(あのベテラン技師さんだ、うれしいな)
 「あ、じゃ、○番の方へ」と目の前の技師さんは案内すべく立ち上がる。
 「あ、だめだめ。患者さんを動かしてはいけません。技師の方からこちらへ移動するようにします」
 
 あら〜、そんなことはちっとも知らなかった。そういうマニュアルがあるんだ。
 希望を言わせていただけば、最初から、採血しにくい人は慣れている技師さんに振り分け、一発で決めてほしい。おもむろに技師のXさんが私の前に腰掛け、一度で決めるにはやはりこちらねと言いつつ、ブスリと思い切りよくさしてくれた。それでも緊張するんだわ〜。ホッ。「チョー気持ちいい」が今年の流行語大賞をとったが、治療をしているとチョー気持ちいいということはほとんどなく、「チョー痛い」「チョー緊張する」の連続。といっても、気分の問題だろうけど。
 
 ■診察
 採血は、やはりすごいストレスになっているらしい。8時3分の血圧測定では最高122、最低76、脈拍数88だったのに、採血後9時1分では、173-101-98とすべての数字が上がっている。体温は35,3℃(冷血動物みたいに低い)。K先生が血圧を書いた2枚の紙をチェックし「今日は2回さされたの?」と聞いてきた。
 ずっと風邪をひきっぱなしで、金曜日には声が出なくなったことを「ゼーゼー音の実演入り」で先生に報告。
 「病気のせいで、声が出なくなることがあるといわれたけれど、月曜日には声が出るようになったので、風邪のせいですねって言われちゃいました」
 先生「そうですね。がんのせいで声が出なくなることもあるけれど、それは元に戻りませんから。風邪のせいでCRP(炎症反応を起こすと高くなるらしい)が上がっていますが、白血球は6800で、熱もないから打てますね。腫瘍マーカーの数字はまだ出ていません」
 
「風邪のせいで、腫瘍マーカーが上がるということは?」
 「それはありません」
とあっさり却下。
 「それにしても、今年の風邪は声が出なくなるようですね。看護婦さんたちにもいますよ」

 「はぁー、周囲では静かでいいと言われています」
 先生、カルテを打ちながら笑っていた。

 「(12月)28日はどうしますか。(抗ガン剤を)打つ?」
 「打つ!!」
 (これではまるで「山、川」の合い言葉のようだ。打てば響く元気な答え。抗ガン剤を喜んで打つ人もあまりいないだろうなぁ。針の恐怖があるからできれば打ちたくはないのだけれど)
 「全然(副作用の)影響ないですから」と私。
 すると先生が「強いよね」と一言。
 このようにほめられると、なんだかスパイダーマンか何かになったようなタフな気分になってしまった。

 待合室では「待合室へ(ベルで)呼んだってまだ先生が来ていないのだから」とか「予約で1時間、診察で1時間待ちだからなぁ」なんて患者さんたちがぼやいているから、割と順番が早めに呼ばれる私は少しでもスピーディに診察が運ぶように心がけている。かくて今日の明るい診察室の会話も「以上終わり」。

 ■点滴が腕にささった! 腫瘍マーカーが下がった!! いつもの猫にあえた!!!
 今日はいいことが3つあった。
 点滴を刺してくれたのは、前回に引き続きT先生。ところが、な、なんとしたことか。左腕に一発で刺してくれたのだ。「先生がここへ来てから最初に腕に 刺してくれた人だ」と大感激して話し、T先生をも喜ばせてしまったけれど、実際には、入院中にもお世話になったA先生、I先生に続き3人目ということになる。まぁ、でも点滴を打つ部屋では最初のドクターだから、注射の上手な研修医として記憶にとどめておこう。「今日はいい日だなぁ〜」と言ったら先生もうれしそうだった。
 
 そして、2番目にいいこと。腫瘍マーカーが前回11月5日は12.0だったのが、10.4に下がっていた。上限値が5.0だから、目標はあと5.4だ。GEMちゃん(ジェムザールのこと)、頑張ってとひたすら現在の抗ガン剤を応援し続けているのだが、このままずっとGEMちゃんの粘りを期待したい。
 
 3番目にいいことは、03年9月30日に写真を掲載した猫に会えたこと。病院脇の原っぱで背中を向けて寝ていたから、「にゃんこ」と声をかけてツンツンとつついたら、こちらを振り返ったのに、また寝てしまった。しばらく会わなかったノラが元気だと本当にうれしい。
 
 キャハ、病気になると、喜びもささやかだね〜。もう世俗の欲は超越したと言いつつ、新しいDVDプレーヤーがほしい、デジタル一眼レフがほしいとほざいている年末である。


12月11日(日)
風邪15日目、声が出ない!!

  風邪は万病の元とはよく言ったもの。11月26日朝から風邪気味になり、以後2週間引き続けたことになる。4日、4日、3日と薬をもらって、だいぶよくなったから後は薬に頼らず自力で治そうと思ったら、9日午後4時過ぎに突然声がしゃがれ、ぜーぜー声になってしまった。
 家では適当に手を使って意思を伝えているが、意外に伝わるものだと感心する反面(我々はギャハハと笑いながら明るく即席手話をしているが)、やはり細かなことは伝えられなくて、あらためて口がきけるというありがたさを感じた。
 今朝、K病院へ行く途中というTさんに会った。このごろ会わなかったけれど、元気そうだったので安心した。
 私はかかりつけの加藤内科胃腸科クリニックへ。声が出ないので相棒に説明役として一緒に行ってもらった。
 
 診断の結果は、「風邪で声が出なくなったのかもしれないし、熱も咳も出ていないということだと、大きな病気をしているからそのせいで神経に作用して影響が出ているということも考えられるし、……、でもその場合は声がつぶれた感じになります。トローチなど薬を出しますので様子を見て、治らない場合は耳鼻咽喉科で声帯などを検査してもらう方がいいですね、とのこと。抗がん剤を打って10日目だから感染しやすかったのかなぁと急に心配になってしまった。
 周囲が「せっかく白血球が手薄な中でも闘ってくれていたのにねー。風邪なんかひくものだから、そちらへみ〜んな出払っちゃって、ここぞとばかりに腫瘍がむくむくするかもしれない」と脅かす。白血球さん、数が少なくなっているというのに過重な労働をさせてゴメンナサイ。


12月4日(日)
風邪9日目

 風邪が治らない。咳はあまり出ないが、気管支炎のように引っかかる感じの咳で、鼻の調子がおかしい。鼻をかみたいのだけど、かんでも出ないという状態。なんとなくだるい感じで、仕事の効率も上がらない。早く治さなければと、一昨日は夜10時、昨日は9時に寝て熟睡しているというのに、朝起きても爽快ではない。加藤先生から4日分、3日分と薬をもらって経過を見ていたが、今日また新たに薬をもらってきた。

 なんとなくだるい。まさに「だるいだるい病」。がんが転移して悪くなった人から、どうしようもないだるさが続くと聞いたことがあり、そのことがいつも頭に引っかかっているのだが、こういうだるさがもっとひどくなって続くとしたら、本当につらいだろうなぁ。
 
 あまりやる気が出なくなっているのが年のせいなのか、風邪のせいなのかわからない。手術をしてから風邪だけはひかないように注意してきたというのに。思えば、先週の木曜日に電車に乗っている時、咳をしている人の前に腰掛けたのが悪かった。「風邪をひくな、風邪をひいている人に近づくな」が鉄則だったのに、あー、残念、無念。


11月30日(火)風邪気味

  先週の金曜日に喉が痛いと思ったら、すぐに風邪のような症状が出てきた。明日は咳一つ出したくない仕事が入っているので、すぐに加藤内科胃腸科クリニックへ。風邪薬を飲んでも眠くならないこと、咳をしないですむ薬をお願いした。
 その効き目たるや驚くべきもので、土曜日の仕事は念のためトローチをなめたこともあって無事終えることができた。
 ところが日曜になると咳が出てきて、なんとか火曜の外来診療までには治したかったのに、咳は出る、鼻は花粉症のようなおかしな状態だし、声は枯れるしでヤバイ状況になってきた。

 そして外来当日。この日は注射も左手の甲に一発で決めてもらい(右手の方が血管が出やすいので、点滴のためにおとりおきすることにした)、外来へ。
 このごろは先生とも特に話すことはなくなったが、とりあえず風邪をひいたことを報告。それなのに先生は「風邪気味」とカルテに入力していた(風邪気味じゃなくて、正真正銘風邪なのに……)。便りがないのはよい知らせというけれど、診察室での会話もとりたてて自分から報告することがないということは、変化がないということでかえってよいのかもしれない。

 白血球は5200(風邪をひくと白血球が上がる場合があるとか)で、熱もないので点滴は打てるとのこと。風邪をひいていると点滴を打った後に気持ちが悪くなるのではないかと心配したが、どうってこともなかった。


11月16日(火)闘ってやる〜

 今日も採血は2回、私に初めて当たる人は、採血しにくいと説明しても最初は腕にチャレンジしたいみたいだけど、やはりだめで右手の甲ということになった。それでも、「2回も痛い思いをさせてごめんなんさい」とあやまってくれたので痛さも少しは癒された。 2回も注射されると血圧はビョ〜ンとはね上がるのだけどね。

 診察室では腫瘍マーカーが下がったのでよかったですねという会話。調子を聞かれたので、「仕事が忙しいと点滴した日もあまりだるくならないが、それほどでもないとだるくなる。気分の問題もあるみたい」といったことを話した。

 点滴は左手の甲。かなり確実だと思うのに、入れてから微妙にグググと探るから「いて〜〜っ」と言っちゃった。「痛い」なんて生やさしい表現では医者には通じないだろうなぁ。点滴を終えて針の跡は点になるはずなのに2mmぐらいの赤い線になっていた。帰宅後「かわいそうな手」を撮影し、記録にとどめることにした。

 採血を待っている時でも「上手な人と下手な人がいるから」とぼやいていた男性がいたが、私が観察したところでは、下手な人は「血管が出にくい」など言い訳をし、上手な人は黙って探ってグサリと血管に命中させる。スーパーで荷物が少ない人が並ぶ特設レジのように、血管が出にくい人だけを専門に採血したり点滴したりするスペシャリストがいればよいと思う。そういう病院はないのだろうか。

 もう今日は本当に決心した!! がんを治すというより、採血、点滴のストレス(1回でササッと決めてくれ〜〜)から逃れるためなら何でもやってやれという気になった。いままではがんと共存できればいいやなどと思っていたが、それだとずっと「針の恐怖」を味わうことになる。「チキショー、がんの奴、なめたらあかんぜよ」と戦闘気分になってきた。これがストレスになって、腫瘍マーカーが上がって返り討ちなんてことにならないようにしなくちゃ。そう思うところで結構弱気だったりして。

 この日は久しぶりに患者仲間に会った。副作用が強く出るらしく話を聞いていると本当につらそうなのに、すごく頑張っている。待合室でも「他の患者さんが明るいので元気が出る」と会話している人がいたが、患者同士は他の人が頑張っていることを励みにすることが多いと思う。私だって、おかげさまで今はまだ元気だけど、「手術後やっと2年4か月かぁ、3年まではまだちょっとだなぁ」と、手術前、手術後を基準に年月の経過を考えるようになってしまった。


11月5日(金)腫瘍マーカー下がる

  ■受付風景
 受付開始8時前には10数人がソファーの前に座って待っている。8時になると、一斉に4台の受付機の前に各々行列ができる。銀行のATM待ちで1列に並ぶようにテープが張ってあるのだが、お構いなし。患者たちの暗黙の了解といったところ。常連さんはすっかり慣れたようだ。
 電子カルテ導入以前は採血室は8時前に行っても10番目くらいだったが、導入後は出足が遅くなったのか8時に受付をすませれば5番以内には入れるようになった。採血の検査が始まるのは8時半で、私の場合一度ですめばいいのだが、血管が細いと手の甲や手首でやってもらってもうまくいかないことがあるので時間がかかる。
 初めての技師さんは、右腕で失敗、右手の甲でなんとか入ったが、思い切り痛かった。採血を待ちながら、「上手な人と、下手な人がいる」と言っていた人がいたが、技師さんの方では、「採血しやすい人と、しにくい人がいる」という理由で、自分が下手などとは思わないだろうなぁ。立場によってこうも考え方が違う。技師さん に前回は右腕でとれたのに、今回は出ないのですかと聞くと、「患者さんのその日の状態などによって変わる」と説明してくれた。レントゲン撮影をすまし、診察待合室へ。
 いろいろな所で待っていると、本当にいろいろな患者さんがいるものだと思う。ン十年前に手術をし輸血をした結果、今頃病気が出ている人や、違うガンの手術を2回もしたと話している人もいる。私がそんな病気になったらしょんぼりしているのではないかと思うのに、みんなめげていない。こんなところでも人間ってたくましいと感心してしまう。

 ■腫瘍マーカー下がる
 診察室ではレントゲン写真が目の前にあった。特に異常なし。ゲゲッ、肺のところに2cm位の白丸が見えると思って聞くと、「動脈」との答え。よかった。
 このごろやりとりは定番化。変わりない?はい、元気です。血液検査の結果、OKなので薬を用意しますといった流れ。
 その間に、「元気でも、体の中でガンが大きくなるということはあるのでしょう」と聞くと、「ほとんど症状としては出てこない」とのこと。そのために、腫瘍マーカーを参考にしながら、定期的にレントゲンなどをとるのだろう。数値が上がろうものならより細かな検査が必要になる。
 次に抗がん剤治療。研修医が変わっていたが、やはり腕の部分は見あたらず、左手首になった。「手首の部分はずっと動かせないんですよ。1時間?ならば平気ですね」となかなか親切だった。ここの治療室に移ってきてから、腕で点滴をした試しがない。入院していた時のI先生やA先生は一発で腕に決めてくれていたので、ラッキーな先生に当たっていたのかもしれない。

 治療の間に検査結果が出てきた腫瘍マーカーの数値を看護師さんに聞くと、「下がってます。12.0」と教えてくれた。1ヵ月前から1.4も下がり、なんだかすごくうれしかった。
 表に出たら、入院していた時に一緒だった人に会った。「頑張ろうと言ってもこの病気は頑張れるものではないけど、あきらめずに治療していきましょう」と言い合って別れた。
 いつもは点滴した日はだるいのだが、元気だし、食欲も旺盛で、夜のカキ鍋がおいしかった。その日の体調や、午後の仕事の切迫度合いによるようだ。