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  10月20日(木)
長谷川投手とケロボール
 
 火曜日に引き続き、おタキ様(おタキソテール様)のおかげでご機嫌です。背中や腰が痛い副作用も今回はまだ出ていないし、このままうまくいってほしいと願っています。

 ともかく今日はルンルンの100乗。この幸せを皆様にも分けてあげたい。生きているといいことあるよね。
 

 がんが幸せをくれたといった文を見たことがある。そうかな。がんは確かに人生観を変えてくれたけれど、だからといって、がんになってよかったと思ったことは一度もなかった。

 しか〜し、今日だけは別である。がんになってよかった!!
 人生って不思議。がんになったからこのホームページを開いて、いろいろな人たちと友達になり、そして、なんやかんやあってこんな素敵な贈り物が本日届いた(マリナーズの人形は自分で買ったもの、隣のムース君は苦手な炭酸飲料であるペプシを懸命に飲んで集めたうちの一つ)。
 野球に関しては超ウルトラ・ミーハーな私は、めちゃめちゃうれしい。ベーブルースからホームランを約束された病気の少年のような心境になった。スポーツマンって病気の人にいっぱいの希望、元気を与えてくれる。

 私はイチローは選手として応援しているが、長谷川投手は明るいキャラで人間的にも大好き。そうしたら、長谷川選手をご存じという方から、なんと私のためにカエルをわざわざ書いてくださったボールが届いた。
 贈り主の方が、名前を入れたり、闘病がんばれのメッセージを入れてもらえばよかったねとおっしゃってくださったが、なんのなんの。飛び上がるほどうれしい。

 長谷川投手はワールドシリーズで優勝するのが夢なのに、マリナーズに移ったとたんにエンゼルスが優勝した。それでも彼の2003年の活躍は素晴らしかった。8月16日(日本時間)、ボストンレッドソックス戦の長谷川さんは最高。イチロー選手が6回裏に満塁ホームランを打って10-5でマリナーズが勝ったが、8〜9回に長谷川投手がクローザーを務め、3三振を奪って素晴らしい気迫で乗り切った。この時のインタビューでは「1球1球を大事にした」と語っていたが、この日で1勝12セーブ、28イニング連続無失点記録を作った。解説の与田さんは「30球団ナンバー1のクローザー」とほめていた。

 この年、NHKでは「日本人メジャーリーガーの群像」という番組を制作し、長谷川投手は「35歳。メジャー7年目。2勝4敗16セーブ、防御率1.48、オールスター初出場。セットアップマン&クローザーとしての素晴らしい活躍」として取り上げられた。
 私が感心したのは、長谷川選手が日々の様子をこまめに日記に残していたことである。
 「今年は最高のシーズンだった。最後まで胸を張って」
 「負けた後に真価が問われる」
 「クローザーに今年なれたこと自体がよかったのではなく、ゴールを設定してそれを達成できたことがこれからの自分の人生にすごく大きいような気がする。不可能と思うことを毎日の積み重ねによって可能にする。達成することほど楽しいことはない

 といった日記の言葉が流れた。
 長谷川投手の野球に関する本はもっているけれど、今度は英語の本も買おうかな。

 ■西鉄ライオンズ〜仰木監督〜オリックス出身大リーガー 
 ところで、私の野球好きの歴史は古い。
 両親が九州出身だから、野球は西鉄ライオンズ、相撲は井筒部屋の鶴ヶ嶺→逆鉾・寺尾とファンの立場を引き継いだ。エース稲尾、1番高倉、2番豊田、3番中西、4番大下という西鉄ライオンズ全盛時(1957年)、仰木さんは7番打者だった。打者としては渋い活躍だったが、後に監督としては一番成功した。
 その仰木監督が育てた近鉄の選手が野茂、オリックスの選手達が長谷川、イチロー、田口さん。だから、昔から応援していた。

2003年8月16日、1回と2/3を投げきって、見事火消し役を果たした(NHK)
2003年8月16日のスコアボード(NHK)
2003年最後の試合。ウィルソン捕手(2005年引退)と。NHK「日本人メジャーリーガーの群像」より

 また、稲尾さんがロッテの監督になった当時、彼を尊敬していたのが落合さんだったので、落合選手もずっと応援してきた。だから、日本のチームでは落合監督の中日が好き。
 というわけで、すべての元は西鉄ライオンズという古い、古いお話であった。中学生の頃は週刊ベースボールを毎週買っていたが、スポーツ記者になっていたら、いまごろは大リーグのレポーターができたかなぁ。
 好きなことをしていれば違った人生があったかもしれないけれど、いまさらリセットできないから、この道を行く。
 長谷川さん、ありがとう。来年の活躍期待しています。○○さんご夫妻、ありがとうございました!!


  10月19日(水)
miyaさんの昔話<4>

  これはもう10年位前の話。アンケートの分析を頼まれ、結果を印刷用に加工したデータで頂きたいといわれた。まだ、通信環境はISDNという状況だった。でも、データの量はたかだか数百キロバイト、圧縮すると半分くらいの量なので、電子メールの添付ファイルでも充分送れると説明したが、先方のたっての希望でFD(フロッピーディスク)に入れ、、バイク便で送った。そうしたら、翌朝、送り先企業の女性から電話がかかってきた。

 「昨日、いただいたものは印刷してしまいました。追加印刷しなければならないのでもう1枚FDを送ってください」
 miyaさん「昨日送ったものに何か不都合でもありましたか」
 「いえ、あれはもう印刷してしまったんです。もう1部印刷したいのでもう1回送ってください。今日中になんとかなるでしょうか」
 miyaさんは説明しようと思ったが、数秒考え、相手に理解してもらう説明は不可能という結論に達し、すぐに「お、送ります」といってまたバイク便を走らせた。相手は大手人材派遣会社で「当社は派遣社員に専門のコンピュータ研修を自社研修ルームで徹底的に行います。本来は業者の方にも受けていただきたいのですが」といわれたそう。人の事はいいから、自社の社員に最低限の知識を教えてほしいと思ったものだ。 
 その後、その会社はむだなことに労力を使うということは改善されたのだろうか。


  10月18日(火)
やった〜、CEA下がった。おタキ様、ありがとう

 うれしいことがあったから、ひょっこりひょうたん島の博士君ととらひげさんにも参加してもらいました。私たちはドンガバチョファンです。
 miyaさんは「ネコジャラ市の11人」も好きで、都下八王子(トカハチオウジ)やミケランジェロ姫などのことをよく覚えています。

 今日の採血は若い技師さんだったが、なんと正中線でとることができた。よかった、よかった。
 そして結論からいえば、腫瘍マーカー(CEA)が下がった。バンザーイ。

 ■診察室にて
 

 「まだ出てないですよね」
 「出てなかったね」
 「終わりに伺って帰ります」
 「じゃ、いいですね。今日はやります?どうする?」
 「えっ、なんでですか」
 「いやいや、もし(腫瘍マーカーが)高かったら、どうする?」
 「そうですよね」
 「ね、まぁ、でも、今日予定としてはやる?」(←疑っているのがありあり)

 「はい。そういうこともありますよね。先生、じゃ、すごく高くて今日はやってもむだだというときには、後で」
 「まぁまぁ、とりあえずいずれにしても今日はやりましょう」

 「先生、それでね、この足のこのへんぐらいに(と描いていた下手な図を見せる)変なこれぐらいのコリコリしたシコリっぽいのがあるんですけど。でも、調べるとそんなところにがんってないから、だいじょうぶですよね」
 「いや、あるかもしれないよ」(笑)
 「先生、笑わないでまじめに答えてくださいよ」
 「いやいやいや本当に」
 「そういうのって皮膚科ですか、婦人科ですか」
 「え、何が、何が」
 「こういうところに何かちょっとコリコリしていて蚊に刺されたのかなと思ったんだけど、ずっと2週間ぐらいかためのが治らなくて。前に乳がんの人にさわらせてもらったら、お、こんなにコリコリなのかと思ったんですけど、場所が場所なんで、皮膚科なのか婦人科なのかわからなくて」
 「これ、女性性器の方ですか、それともお尻の方なんですか」
 「いえ(といって説明する。Hな場所ではない)」
 「じゃあね、皮膚科でもいいし、婦人科か(←どっちだよ)、まぁでも皮膚科でもいいかもしれない」
 「がんだったら皮膚がん?」
 「皮膚がんになりますね」
 「そんなところにできるのなんてインターネットで調べてもなかったんですけど」
 「いやいやそんなことはないですよ。ぼくは手術したこともあるから」
 「本当?婦人科の方がいいかなぁ。場所が場所だけに(笑)。自分じゃ見られない」
 「どちらでもいいと思います。気にしすぎかもしれないけどね」
 「そうですよね。口の中に口内炎ができていてこんなに大きいようなつもりでもほんのぽっちりだったりするから。わかりました。でも、早く行った方がいいですか。もう少しほうっておいても平気?」
 
「いや〜だいじょうぶだと思うけどね。ぼくはそれぐらいしか言えないから」
 「そうですよね。後になって先生、がんでしたよ。どうしてくれるんですかっていわれたら困っちゃうものね」
 「そうなったら、とるしかない。とるのが一番いいと思います」
 「がんでもそんなところにできるのかな(ひとりごと)」
 「いや、ぼくはとったことがあるから」(ポソリ)
 「マジに?」
 「いろんなことをやってますから」
 「先生、肺だけじゃないんですね」
 「昔(←長野の病院にいた)は、いろいろとやってます。若い頃は」(まだ30代後半で若いのに)
 「あー、よかった。それは(電子カルテに)書かないですよね」

 「先生、あの漢方薬って別に全然まずくなくておいしいんですけど、食後2時間というのをすぐ忘れちゃって。食後すぐでもいいですか」
 「じゃ、食後でもいいです。だめな人にはいいます」
 「でも、あのオクスリ好き。そんなに香り変じゃないもの。バナナの量も減らしましたし」
 「食いすぎだよ。あのねー、ぼく25日いないので、採血してうってください」
 「採血はするんですか」
 「それをしないとどうだったか分からないので」
 「はーい」 
 

 ここでしばらく電子カルテをうっていた先生が、また採血結果を呼び出してみた。
 「出た! あ、18.3、下がりましたよ、先生、パチパチパチ、今日はいい日だ」
 「グラフにしてみよう。下がりましたね。ほんとにぃ。こんなに下がって。効いてるじゃん」
 「今日はいいなぁ。正中線で注射ができたし」
 「台形だよ、とっとく、これ?」
 「とっとくって」
 「いや、写真」
 「あ、そういう意味なのね」

(ここで、プリントアウトして渡されると新たに喜びがわいてくる)。
 「すご〜い、やった〜、タキソテール様」
 「ね、ほんとによかったね」
 「はい、ありがとうございます」
 「なんか台形状変化だね、ハハハ」
 「うれしい。これから上がらないようにしよう(←そんなの無理)、前10ぐらいに下がってからピョ〜ンと上がったから」
 「いいんだよね、後は。じゃ、これで」
 「じゃ、ありがとうございました〜すごく今日はいい日」
 「雨が降ってるから転ばないようにね。骨折しちゃうよ」
 「すごい言葉……」
 
 ■点滴室にて
 点滴はこの間の研修医がやってきた。1度で決めてくださいと手の甲に頼んだら「はい、わかりました……失敗しました。すみません」
 手の甲で失敗したら、どこでするんだよと心の中で悪態をついたが、その後腕で成功したのでよしとしよう。腕で成功したのは4人目ですよというと、照れくさそうながらもうれしそうだった。
 ところが支払いの段になってガ〜ン。2万9390円。これまでは2万26600円だったのに一番高かった。ショック。

 ■おタキソテール様にお供え
 

 戻ってからmiyaさんに報告したら、すごく喜んでくれた。これまで脱毛剤だとかさんざん悪態をついてきたことを知っているので、「そんなに悪口ばかりいわれたら、おタキソテール様も、ばからしくてやってられないよ。自分は違うところに行っているから、勝手にやっていいよとがんに対してあおりを入れるかもしれないよ」とチクリと釘をさす。 「じゃ、支払いまではおタキソテールだったのに、支払い後はクソ・タキソテールになったの?」
 「やっぱりおタキソテール様かな」
 「今日はおタキソテール様にお供えの意味で、ステーキにしよう」
 やった〜、おタキソテール様に感謝。

 お肉屋さんに行って上等のステーキ肉を購入。「塩コショーでやいてね。バターなんかでやくのはバカだね」と昔気質の店主。