|
12月10日 (土) ルンルンの1日 |
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
12月9日 (金) 無相庵さん、鈴木さん、Yさん、ありがとう |
コラムだけでなく法話にも書かれているが、鈴木さんの詩は、同じ法話の部分で、 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
12月8日 (木) miyaさんの昔話<10>札幌時代 |
当時バンド仲間ではスキーに凝っていた。先輩など仕事がないと週に5日ぐらいスキーに行っている。そういう人たちの後押しもあって、「ぜひ成功してくれ」といわれ、札幌に出稼ぎに行った。
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
12月7日 (水) 相馬先生 |
2004年1月21日から1年間にわたって書かれたもので、一晩で読んでしまった。知るのが遅すぎたが、患者及びその家族にはぜひ見ていただきたい内容である。連載ページに掲載されている中で北海道新聞が抜粋したものがコチラに掲載されている。(ともにトップページからは探しにくいので、そこだけ今回リンク)。 読む人それぞれだろうが、左側に感銘を受けた言葉を引用し、右側にその感想を書いた。
ところで、キリギリスのところで、「フレデリック(5匹の野ねずみ)」(レオ・レオーニ作)の話が出てきて何それ? |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
12月6日 (火) miyaさんの昔話<9>イタコとフェルマー |
■miyaさんの昔話<9>イタコとフェルマー |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
12月5日 (月) NHKスペシャルを見て |
今朝も起きたのは8:00。私も注射部位はまだ腫れているが、全然風邪引き症状は出ていない。個人差があるものだと思う。 ■爪が・・・
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
12月4日 (日) ちゃしば先生を応援します!! |
Fumiさんのサイト紹介がご縁で、ちゃしば先生からメールをいただいた。ちゃしば先生は患者さんの掲示板によく書き込みをされているので、患者と同じ目線で考えてくださる先生と思っていたが、放射線治療を受けていない私にとっては「雲の上の人」であった。
先生のサイトを見ての感想いろいろ。
「姑息」という言葉は、「姑息」な手段というように、ニュアンスとしては悪い意味での間に合わせといった感じでなじめなかった。「これは姑息照射ですが」といわれるとガクッときそう。
三省堂の事典によれば、〔「姑」はしばらく、「息」はやむ意〕根本的に解決するのではなく、一時の間に合わせにする・こと(さま)だって。なぜ姑という字なのか不思議だが、この字から受けるイメージがよくないなぁ。
私もこれまで「土壇場に強い」と思いこんできたが、やはり何かに打ち込んで苦労しないと、おいそれとそんなことはいえないなぁと反省した。土壇場まで追い込まれること自体、運がよいとはいえないかもと思ってきたが、そっか〜、吉凶逆転の星といえばいいのだと悟り、目がお星様になった。がんになったけど、凶から吉へ逆転しよう。
いまではサイト自体がCutting Field
IMRTを広く認知普及されることにつながり、理解者が増えているが、最初は大変だったとのこと。当初は周囲に理解されない「変わり者」でも、誠意をもった姿勢であれば、いつか通じる。そういう変わり者が世の中を変えてきた。自分が変われば、相手も変わる――いい言葉だ。ウットリ。
これもすごく共感できる。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
12月3日 (土) がんをおふざけの対象にするな |
たんぽぽさんから12月1日にきたメールにこんなことが書かれていた。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
12月2日 (金) ○年生きるという目標をもつこと |
彼女がいうには、副作用の出ない人、強く出る人の割合は半々だが、残念ながら強く出てしまったので、その後食事をするときにも、胃液が戻ってくるような臭いが悪夢のように思い出され、みそ汁のみその臭いを受け付けなくなってしまった。それで、好きなものだけ食べるようにしたが、それでも精神的な苦痛は残ったと話してくれた。
数ヵ月の余命ならば患者には隠しておいたほうが希望をもてると思うが、私は余命を告げられても、あわてることも騒ぐこともなく、こわくもなく、そんなものなのかなと覚悟した。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
12月1日 (木) Fumiさん出演の番組を見て |
NHKの「がんサポートキャンペーン」第11回は、「人にやさしい治療を目指して。放射線治療最前線」。Fumiさんが出演されるということで録画しておいたのをようやく今朝見た。Fumiさんはショートカットで若々しくとてもお肌がきれい。NHKの経済ニュースで、今朝も
銀行の現地駐在員が「ニューヨークのほうからお伝えしました」などと言い、アナウンサーはディレクターに振られるたびに「ハイ」とうなずいていたが、Fumiさんはそういう言い方はせず、とても聡明な方だと感じる。何よりも自分の体験が少しでも他の患者さんに役立てばということで、地道に患者会活動をされてきたということに敬意を表さずにはいられない。
1人の治療医が2つ以上の施設をかけもちするということがある。日本全国で放射線医師は450人余りといわれるが、県によっては1〜2人しかいない。このことは学会の中でも問題になっている。11月26日に日本放射線腫瘍学会が開催され、このときにも放射線治療医が不足していることがパネリストなどから指摘された。パネリストは「25年遅れている」「放射線治療は特殊な治療法だと思われている」「医学部教育から見直すべきだ」「若い研修医、学生にアピールすべき」などと課題と対策をあげていた。放射線腫瘍学の講座が解決の需要な手段と考えているらしい。そこで、国や社会に積極的に働きかけていきたいと発言している人もいた。
この現状に対してどう考えればよいのかと問題を振られた広川先生は、「医学生は勉強しなければいけないことが多い。その中でどれぐらいの割合をがんの放射線治療を教えるかという基本的な問題がある。各医学部でのカリキュラムで少しずつ放射線治療の割合を広げていくようにしたい」と答えていた。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||