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12月21日
(水)
あきらめないこと |
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昨日病院で会った人たち。病院で顔を
合わせるうちに会話をかわすようになった。
★Aさん
(他病院で)余命2ヵ月といわれたのに13年、先輩患者の16年を目指すAさんに久しぶりに会った。私を見て「ね、全部抜けたでしょ。眉毛描いてるものね」と笑う。そんな会話でもおかしくてアハハハ。
採血のときに血管1本あげると冗談をいったのもこの人だ。 |
ちょっと具合が悪く病院までのタクシーを呼んでいたのに、救急車で運ばれたこともあったそうだ。
「朝着いてほぼ1日点滴をつけなければいけない」というから、「さんざん待って3分診療よりも来た甲斐があっていいじゃないですか」といったら、後ろの席にいたおばさまが「あたしゃ、3分診療だわ」などというからまたアハハハハ。
★Fさん
Fさんのこともとても心配だった。診察を終えて出てきたら、待合室にいた!! 元気そうで何より。また火曜日に治療になるから会えるねと挨拶。彼女は3年間に
原発、転移で10回も手術をしている。長い時期に6回手術をした人の手記を読んだが、そんなものではない。とれるものならばとってほしいという患者の意をくんで、
病院内での反対があったにもかかわらず主治医は手術をしてくれた。肝臓も手術をしたのに、またまた腫瘍が出てきて、今後はもう手術ができないという。1つ目が見つかるまでは何年か経過しているのに、次の転移はすごく早かったと他人事のように淡々と話す。
「先生どうなんですかってきいても………ってなかなか答えてくれないの。最後までぼくが面倒みますって(笑)」。QOLを落とさない方向で治療をするらしい。さりとて余命を告げられるということはない。すぐかもしれないし、まだまだだいじょうぶかもしれない。
だからといって、悲しんだり怒ったりはしない。そんなことをしても何も変わらない。1日1日を大事に積み重ね、温泉に行ったり本を読んだり好きなことをしている。
電車で通う会社勤務もやめていない。
「好きなことって何をするの」
「劇団のシニア対象のオーディション受けたら受かっちゃった。来年から週1回レッスンにいく。おもしろそうじゃない?」
シニアといっても彼女は40代後半か。そういうことを話すときは笑顔である。あっさりと話すので、気を遣わずにすんでとてもありがたい。
ホームページやブログの闘病記は、大変だ、大変だ、死にそうだ、と書いてあるのを読んでもちっとも元気が出ないから見ないといっていた。
知人を通して国営放送からあった申し入れも断っている。マスコミにすれば末期でも頑張っているという格好な事例だろう。
「テレビは出なくていいから、本を書いてよ。そんなに多くの手術をした人なんて日本全国にもそんなにいないよ」
「そうかな」といって笑っていた。
「仕事をしているときは走っていたけど、病気になって、それまで見えなかったものが見えてきた。小さな花を見ても、お、結構、がんばってるじゃんて」
「私たちって最高の病院、お医者さんにかかっているから、ここでだめっていわれたら他へ移れないよね〜」などと二人で笑い合った。
後から気がついたのだけど、互いの病状を報告しあっても重苦しくならないのは、愚痴を言ったり、医療の悪口を言ったりはしないからではないか。かかっている
病院が気に入らなければ転院すればいいし、そこを信頼したら、医師、患者&家族で頑張ってそこで力尽きても後悔しないという決意のようなものが根底に流れている。彼女からは主治医を信頼している気持ちが伝わってくる。診察室に呼ばれたのでお互いに「お大事にね」と別れた。
★Kさん
Kさんとは先週言葉をかわした。時々待合室で会っていたけれど、キャップをかぶり、あるときは髪がカーリーロングヘアなのに、次のときにはショートカット。帽子
とヘアスタイルがすごく似合っている。アレ?もしかしたらかつら???と思っていたので、先週点滴治療で一緒になり、、思い切ってきいてみた。
そうしたら、付け毛を使って自分で作ったと答えたのでビックリ。インターネット通販では付け毛つき帽子が売られているが、帽子を斜めにかぶった人の髪の長さが左右違っていて、あれではな〜と思っていたのだ。
作り方をきいて「!!」。これならずれない。蒸れない。風でとばない!!
インターネットでもぜひ紹介してと許可が下りたので、Kさんのページとして紹介する予定。
★Hさん
私と同じときに手術をして無事3年経過したHさんは2か月に1度の診察。午後1時からというのに午前11時にはきていた。そんなに早くきてどうするのといったら、「12階に行って富士山を見てくる」という。Hさんならばそこで、見知らぬ入院患者さんたちと話をして励ましてあげることだろう。
★Wさん
Kさんが診察室に呼ばれたので、ハタと隣を見ると「アラ〜」。点滴治療室で2回も隣のベッドにいた人だった。いつも気持ちが悪くなるのに、この間は薬を代えてだいじょうぶだったそうだ。この人も顔色を見ると、どこががん患者?というタイプの人で、笑った顔しか思い浮かばない。
いい薬が出るまでずっと頑張らなくてはと自らを励ましていた。
ほかにも何人か知り合いになった人がいるが、この日は見かけなかった。たまには愚痴っぽいことをいう人もいるけれど、その愚痴はごもっとも。Tさんは味覚障害でメロンを食べてもピリリ、リンゴはスライスしてチンして食べ、イチゴはお湯につけてからでないと食べられない。個室に入院していても一歩も動けない状態があったわけで、それが現在のように通院できるようになっただけでもありがたいということらしい。会話をかわすようになったら、明るくておしゃべりな人だと分かった。
人間って、すごいと感じる。自然体であきらめないこと。 |
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12月20日
(火)
年内最後の診察 |
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寝坊してあわてて飛び出す。途中、主治医のS先生がママチャリでひゅ〜っと追い抜いていったので、「Sせんせぇ〜い、おはようございます」と手を振った。S先生は気軽に声をかけられる雰囲気がある。
7:45着。8番目だったが、採血は1番だった。
ゆたぽんをもっていたので腕を5分暖めたら採血も一発。 |
男性技師さん「○○さんは(血管が)細いからなぁ」「あ、覚えられてる」「そりゃ覚えますよ」。顔見知りの隣の患者さんは「私の血管を1本分けてあげたい」と笑っている。技師さんが針を刺した後「お、逃げる、逃げる」というから失敗したと思ったら、刺さっていた。「やった〜〜」なんて喜ぶものだから、周囲も笑顔。採血の針が入ってこんなに喜ぶ人も珍しいかもしれない。
■診察室にて
診察予約は9:00だが、呼ばれたのは3人目で9:35。
S先生「(白血球)下がってます。(上げるためのノイトロジンを)今日打って、明日も打って、明後日も打って」
「フン、いつもと同じじゃないですか」
「で、天皇誕生日にくるか」
「え〜、天皇誕生日お休みですよ。そんな、先生、いくら近いからってそんなに酷使しなくても……」
「だって、しょうがない。患者様のためだから」
「何が患者様のためだよ〜」
ギャハハハ
「今日は、ホラ、暖めたら採血一発で決まったんですよ」とゆたぽんを見せる。
「あ〜、よかったじゃないですか。(注射は)あきらめが肝心。バナナ食べてるんでしょ」
「リンゴ」
「リンゴか、リンゴにしたからいけないのかも。でも、リンゴはいいですよね」
「先生、爪がこんなふうに横筋が入っているのもタキソテールのせい?」
「そうなんです」
「ほんと?そういう人多いんですか(ハイ)これは何なのですか」
「末梢循環障害だから」
「それで、こんなふうになってる? 足の一本(←左足薬指)だけ痺れるのですが」
「なると思いますよ。でも、痛風じゃないんですか。アハハハハ」
「食べ過ぎで?」
「アハハハハ、あ、言っちゃった」
「痛風でもなるのかな。でも、痛くないもん。しびれる程度」
先生が電子カルテに打ちこみを始める。
「飲み薬、効かないじゃん」
「効いてるんですよ」
「これでも効いてるんですかぁ」
「じゃあ、(注射)やめてみようか」
パチパチパチと拍手しながら「一歩も外に出ないでじーっとしてるから(そうそうそう)寒いときに出てきたらストレスたまるかもしれないし……」
「やっぱり十全補湯はおいしくないんでしょ。正直に言ってどうなんですか」
グッと詰まって「……おいしい、ハタと思い出して飲むんですけど。飲んでますよ。たまに」
ここで先生、カルテにバタバタ打つ。
「だめッ。風邪はひいてないね」
今日はここで帰れると思ったら、先生、今、気づいたといった風情で「あれ、もう予約入れちゃってたよ。あ、(白血球が)下がってたなぁと思って……。だから今日、やりますよ」
「先生、だました。ギャ〜」
■臨床試験について
その後、ロハスメディカル1月号13ページで、東京大学医科学研究所附属病院外科が「癌ペプチド・ワクチン療法」を患者さんにというタイトルで「臨床試験のご案内と参加者の募集」をしていた件をきく。
(12.21追記:HPを調べたところ、「今回の臨床試験は、これまでに標準的なものとして確立されている他の治療法(手術や化学療法など)を行なっても効果が見られない患者さんを対象に行なっています」と書かれていた)
「これ、どう思いますか」
「うちはワクチン療法をやっていないので、やるのは全然かまわないと思いますよ」
「どうも原理からいって免疫力というのは信用できないかと」
「いやいやいや、癌ワクチンというのは確かに今開発中なんです。医科研は今研究してますからね。エビデンスというか、科学的根拠をもった治療がこれからはどこへいっても推奨されるようになってくるけれど、それは臨床試験をやらないと本当に有効かどうかわからないわけですね。人間でやってみないと最終的なことはいえないので、参加していただけるかどうかをよくよくご相談してやるというものなんです。ちょっと私はやりたくないということであればやらなくていいと思うし、新しいことに積極的に参加しようという意思があればやっていただいてもかまわない。それぐらいの意味ですよ」
「医科研も近いしね」
「それはいいですよ」
「でも、私は再発個所も分かってないわけだし……先生、物言わぬ臓器ということで、膵臓とか肝臓だったらどうしよう」
「う〜ん、それはそのときだね」
「先生、それって冷たくないですか」
「CTは撮っているから、そこは問題なかったですよね」
「膵臓は見つかりにくいし」
「見つかりにくいけど、CTで分からないものをどうしろといわれても限界があるからね。あとはPETだね」
「PETも出なかったんです」
「また、どこかでやるかどうかということだけど。腫瘍マーカーが上がってきたらですね」
「先生、この間、(腫瘍マーカー)鈍化したんです」
「それはどこかでフラットになるのだから、しょうがない。じゃ、マイナスになってもいいのかという話になるでしょ。必ずどこかでフラットになりますから」
「フラット状態を保つのですか」
「保てばいいと思います。保てなくなったときにどうするかと考えればいい」
「保てなくなったときの限界は私、40ぐらいですか。40ぐらいで保っている人がいるのですが」
「40ぐらいっていうから年齢のことかと思った(笑)。いま(腫瘍マーカーは)13ぐらいですから、また前のところに戻ってきたら考えればいいんじゃないですか」
「40になると先生が薬を代えましょうという話になる」
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「今まではそういう話になるよね、たぶんね……コレステロール下がったじゃないですか。なんでこの前はこんなに高かったの」
「いろいろ食べてたからでは……え、どこどこどこ?」
「ほら、前はこんなに高い」
「お薬飲み始めました。ベザトール」
「まずいんじゃないの。こっちの方が心配だな、ほれほれ。グラフにしちゃう? たぶん前の日の食事の影響があると思うけど。おもしろいですね。電子カルテっていろいろできて」
グラフを見ながら、ホッとなごむ風情の先生。 |
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4-7、9月、12月13日、12月20日の折れ線グラフ
。上がコレステロール、下が中性脂肪。
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「で、先生、今日はこれで終わりですね。医者にだまし討ちをくらった……でも、年末だから打っておいた方が安心かな」
次回予約をとるために予約画面を開いたら、すでに来年1月10日の分まで入っていた。
「毎日、予習しているんですよ。えらいなぁ(←プリモプエル風)ただここに来てやってると思ってません?ちゃんと予習してここに来ているんですよ。復習はあまりしない人だけど。だから、いけないんだけど、でも、えらいねぇ(笑)」
と自分がすでに入力してある予約画面を満足げに眺める。
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この後、先生は祭日にもかかわらず、「赤紙の召集令状」を出すつもりだったが、注射後4日目には白血球も上がっているからといって勘弁してもらった。
「寒い中、来るのは大変だから」といったら、「あれだけ元気だったらだいじょうぶでしょ」だって。朝、大声で挨拶しなければよかった。
「金曜日、会いたいならきますが」
「いや、いいです」
というわけで、年末の挨拶もすませてきた。 |
ノイトロジンの注射をしてくれた看護師さんに「診察室というより漫才みたい」といったら、「S先生、昨年の外科の忘年会で、近くだったのにほとんど話さないから無口な方だと思ってたんですよ。
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下で外来診察するようになっておもしろい先生だと知りました」と笑っていた。人見知りをするタイプなのかもしれないが、戻ってからmiyaさんにいろいろ説明すると、いつも「いい先生」だという。
今日は診察が終わった後、患者さん4人と友達感覚でそれぞれおしゃべり。その話は日を改めて。私、元気すぎて目立っているかも……。 |
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12月19日
(月)
仰木前監督も肺がん |
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仰木前オリックス監督が15日に肺がんのため70歳で亡くなった。近鉄では野茂、吉井を育て、オリックスではイチロー、長谷川、木田選手ら、メジャーリーグに行った人材を多く育てた。イチローはもともとの才能と人一倍の努力もあったとは思うが、仰木監督がいたからこそのびのびと才能が開花し活躍できたといえるだろう。
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不思議なもので、選手時代に脚光を浴びていたからといって監督になっても花開くとは限らない。西鉄時代、仰木さんは7〜8番を打つ地味な選手だったが、「神様、仏様、稲尾様」といわれた稲尾さん、ホームラン飛距離が伝説にもなっている中西さんよりも、監督しては名声を得た。
仰木さん自身がスター選手でなく、下積みの苦労を知っていたので、監督になったときにみんなに平等にチャンスをあげられたからだろう。イチローの打撃フォームを直そうとはしなかったし、カタカタ名のイチローの名付け親になった。
阪神大震災で被災した年「がんばろう神戸」の合言葉の下に優勝したとき、今では感情を表すことが少なくなったイチローが胴上げシーンで、ピョンピョン飛び跳ねて体中で喜びを表していたっけ……。
仰木さんが病気だということは知らなかった。あるスポーツ新聞のニュースには「壮絶な野球人生を歩んだ仰木氏の死をしのび」などと書かれていたが、「壮絶な」とは何をもっていうのだろう。終わりよければすべてよし、どんなに苦労を重ねたとしても、イチローファンも含めて、オリックスファンの多くから慕われる幸せな野球人生だったようにみえる。
仰木さんが亡くなった日にイチローが「Best Defensive
Player」を受賞した。これからは自分が育てた選手たちの成長を天国で見守るのかな。
■NKさんのこと
仰木さんの突然の死をきいて、HKさんのことを思い出した。全国連組織の専務理事として組合員のための活動に打ち込み、最後は理事長として亡くなった。組合員規模は小さくても役所に対して大きな団体と同様にわたりあえたのは、ひとえに彼の政治力、統率力、明晰な頭脳と判断力によるものが大きい。
人間は地位と財産を手に入れてしまうと後は名誉を欲するものだが、彼は専務として組織を支え、名誉欲は一切なかった。
なんたら褒章や勲○等など、亡くなった後に勲等がひとつ上がったとしても何の役に立つのかと思うのだが、男性はえてして組織の長になって名誉をほしがる。
HKさんは正義感が強くダンディー、70歳をすぎても姿勢がピンシャンとして格好よかった。笑顔が素敵だった。
その彼が会って話すたびに咳をするようになった。姿を見ないようになって肺がんで入院したと聞いても驚かなかった。事務所にピース缶50本入りが常備されているぐらいタバコ好きだったので、本人も自分が死ぬなら肺がんだと笑っていた。
だが、彼のすごかったのはここからだ。どの段階で見つかったのかは知らないが、延命治療は一切しなかった。秋に入院してその年の暮れには亡くなったが、覚悟の死のようでもあり、HNさんらしく潔いといわれた。死ぬのに「潔い」などという言葉はないと思うのだが。
好きなタバコをやめるぐらいなら、肺がんで死んでも本望と大口を叩く人がいるが、実際にがんになって死を目前にしたらあたふたするに違いない。リスクを承知でタバコを吸い続け、肺がんになった人は“自己責任”で病気になったともいえる。最初に入院したとき、タバコを吸う人の肺は手術で切り取った後の残肺が回復しにくいときいた。そういうリスクは以前からいわれていたのに、俺は大丈夫だと無視し続け、発症した途端に医者がどうこうとか医療のことをあれこれいう人にはあきれてしまう。入院したときにそういう人がいた。
でも、自己責任で病気になったのではない人は、理不尽な病気に対して頑張って、がんばってガンバリ抜こうね。 |
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12月18日
(日)
たんぽぽさんとゆたぽん |
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12月12日に書いたカイロの話がきっかけで、たんぽぽさんから「カイロじゃないけど、湯たんぽ愛用者の私。電子レンジでチンするタイプのものですが、これがものすご〜〜〜〜く便利。家のは、ピンクの羽がついたひよこの正面顔のカバーに入れるものです。昼間も、暖めて膝に乗せていると、ストーブなしで、PCやテレビの前に座っていられます」というメールが来た。 |
よさそうだと思い、さっそくネットで検索、ひよこの「ゆたぽん」は北九州からはるばる旅して到着した。本当に暖かい!! 朝チーンとして数時間背中に当てて仕事をしているが、私も手放せなくなりそう。帽子、膝掛け、ゆたぽんちゃんは、目下必須アイテム。これのカエル版も作ってほしい。
今日の東京は快晴なのに、風がメチャクチャ冷たい。イチョウの葉も全部落ちてしまった。寒風の中、道路の角にマンション案内の立て札をもって立っている人がいる。こんな日は案山子だっていいのに、じっと立っているのはつらそう。マンション販売会社は人のことなんて考えず、売らんかなの体質だから、酷なことをするなぁ。そもそもあの人が立っている費用対効果ってあるのだろうか。
ところで、「手術後1年目の患者さんへアドバイス」の「抗がん剤の副作用」の項目にたんぽぽさんから届いた下記の追加情報を掲載しました。たんぽぽさんは手術後、予防のための化学療法を3クール受けてきました。たんぽぽさんの場合、副作用がとても強く出て、効いていると思わなくては乗り切れないぐらいつらい治療でした。
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ところが、3クール目を投与するために必要な白血球になかなか回復せず、2週間延期になりました。白血球が低下していても、まったく自覚症状はないので、その間に、体調もどんどんと良くなり、指のしびれもほとんど気にならないくらいに、回復しました。
そして3クール目。翌日にははっきりと指先の痺れが戻りました。寒さが厳しくなっていたので、冷たいものに触ると、特に痺れが強く意識され、痛いような感じもしました。そしてまた、10日間程度の副作用期間に突入しました。
あまりにもつらく、もう、これ以上、がんばる気力がなくなったので、4クール目の中止を主治医に相談しました。3クールでも、4クールでも予防効果には大差はないだろうとのこと。
万一、再発したときに「あのとき、あと1回やっておけばよかった」と後悔しない決心がついているかどうかが、判断のポイントです、とのこと。
「効果に大差はないだろう」という言葉を信じて、中止を決断しました。 |
この決断は大変だったろうと思います。当初は4クールといわれていたけれども、副作用が強く出てつらい、どちらでも効果が分からないならば3クールでやめたい……。先生とのやりとりを見て分かるように、万一再発したとしても医師側に責任はないのです。最後の1回をしないからといって再発することはたぶんないでしょう。再発したときには目に見えない小さなものがすでに飛び散っていたということで後からはいくらでも理屈付けできるのです。
医者も実のところ分からないのでしょう。こうして重要な決断は患者に委ねられることが多いのです。
ここから患者の考え方の違いが出てくるわけですが、いったん決めたら、自分の選んだ道が最良最善だと思うのが一番です。たんぽぽさんは、病院から帰る道すがら、よくがんばった自分へのご褒美にケーキを買ったそうです。うちでも腫瘍マーカーが下がったらステーキを食べたように、治療に関する一つ一つのうれしい出来事にご褒美を与えることは、とても励みになります。
でも、残念ながら、私は「ダメッ、カルビは減らします」と言い渡され、ククク……。 |
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12月17日
(土)
miyaさんの昔話<13>
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これはちょっと分かりにくいけれど、中央は繭で作った一見トリ風の招き猫。左手の翼をあげて、右手には福という小判をもっている。右は金の招き猫の根付け。おなかに小判が入っている。
土曜日は関係先からの電話連絡等もなくなるものだから、ついついちょっとお散歩パターンになった。街はクリスマスの飾りがあって楽しい。 |
昨日はお一人様1万円で2時間飲み放題の中華料理を食べてきた。おいしかった〜。最初の予定は12月20日で「その日は白血球が下がるからダメ〜」と訴えたら、変更してくれた。なんてやさしい関係先。目黒は日頃ほとんど縁がないのだが、料理のうまさと、トイレの立派さにひたすら感心して戻ってきた。その店では大皿で運んできたものは取り分けてくれるので、ゆっくり食事ができる。こういうのって「さあ、さあ、yururiさんから」などと料理をとる順番が一番最初だと「みんなに渡らないかもしれない」と遠慮して少ししか取れない。たくさん盛ると「最初からあんなに欲張って……」などと思われないかと変に勘ぐってしまう。だから、大好きなクラゲも思い切って取ることができず、数本ちょろんと盛ることになる。
じゃあ、最後の方がいいかというと、もはやあまり分量が残っていなくて「ちょっとぉ〜、前の人たち、もう少し遠慮というものを知らないの」などとムカツク。2回り目までくるのはたいていそれほどにはおいしくないもので、たいていは第1周目で片がついてしまう。そして、中華料理の皿数が進むにつれて、「ま、どうぞ、まだ残ってますよ」などと恐怖の押し付け合いが始まるのだ。
その点、こうやってより分けてもらえると「あ、あの大皿、まだ残っているから食べようっと。おっさん、グズグズしないで早くとってよ。食卓回したいんだから〜〜」とやきもきすることがない。安心して食べられ、会話に熱中できる。サービスしてくれる人(個室なので専属)は「みなさん、おなかいっぱいになって後の方になると残す人もいらっしゃいます」といっていたけれど、私は「中華の懐石料理みたいだったね」と感想をもらし、あきれられた。行くときには「寒いから腰が痛い」だのなんだのと不調を訴えていたのに、帰りにはルンルンになった。おいしい食べ物は人を幸せにしてくれる。
ところで、これから宴会が多くなる季節である。
椅子に座っての食事はいいけれど、おつきあいの「宴会」というパターンはいやだよねというと、「宴会を逃げる話はね〜」とmiyaさんが乗り出してきた。miyaさんは、この日お留守番で一人わびしくそばを食べていた。
■miyaさんの昔話<13> 宴会を逃げる口実
バンドマンは宴会が嫌いである。中日(なかび)や打ち上げは仕事の一部だから仕方がないが、興業先など、関係者のハッタリ親父がタレントと顔つなぎしたいためにやる宴会は辛いので勘弁して欲しい。だいたいにおいて、やれ俺はなになに事務所の社長と親しいとか、誰それの売れないときに面倒を見てやったとか、やれ、この前TV局の何某が挨拶に来たとかいう話の後は、説教まで始めるというパターンが圧倒的。全国的に規約でもあるのかと思うぐらいだ。どこへ行っても同じなんだからとぼやく。
バンドマンたちは会場に行く途中バスやタクシーで見た「これはちょっと覗いてみなければいけないな」という雰囲気のところ(古めかしい暖簾に「めし」などと書かれた店)にあたりをつけているから、ヘタに「はい、今日は宴会ですよ」といわれると、冗談じゃないよ〜とガッカリするのである。
でも、まぁ、しょうがないか。
とりあえずカンパ〜イ。
そこで、きこえよがしに、仲良くしているメンバーに声をかける。示し合わせていなくても、阿吽(ア・ウン)の呼吸である。
「○○ちゃん、今日の1回目の4曲目最低だよ。あれじゃ出だしのところわからないよ」
「なんだよ、おれにそんなこという立場じゃないだろ。50年早いよ」
「生きてねーよ。ちゃんとやんないとさぁ、カンバンに悪いじゃん(←一応ヨイショ)。おれたちカンバンのおかげでギャラもらってるんだし」
「そんなこといったってあんただって4曲目の最後のコーダのところ、全然どうしようもないジャン」
「おれは、そういうふうに書いてあるから弾いただけだよ」
「ちょっと、前からいおうと思ってたんだけどさ〜」
そうやってグダグダ話し、「ちょっと表に行って話さない? ここじゃ酒飲んでる人に悪いから、表、出ようよ。ほかにも色々言いたいことあるし」
「あ、いいよ、おれだって言いたいことは山ほどあるから」
すると、すぐそこへ割り込む人がいる。
「だめだよ、喧嘩なんかしちゃ。おれが間に入って話をするから、穏便にいこうよ」
「お、あんたにだって話したいことはいろいろあるんだよ」
「上等じゃないか、表に出ろよ」
ざーっと表に出る。
旅館を出た瞬間、声も晴れ晴れと
「さぁ、行こう行こう。“めし”っていう暖簾が出てた“いい店”を見つけておいたんだよ」
「バスから見ただけじゃないかよ」
「あの暖簾は間違いない。昨日今日始めたわけじゃないんだから。ベテランだよ、ドサは」
残った現場では……。
「あいつら、心配だなぁ、けがなんかしたら明日の仕事にさしつかえるし、おれ、心配だから、ちょっと見てくるよ」
「それがいいね。一人じゃ殴り合いになったとき困るから、△×ちゃん、一緒に行ってくれる?」
こうして3人が「あいつらの行っているところはだいたい分かるよ」といって、あたりをつけておいた飲み屋に行くと、先の3人が「待ってたよ〜ん」
さらに残った連中。
「あいつら、逃げやがったな。宴会逃げるなんて冗談じゃないよ。何様だと思ってるんだよ。俺が呼び戻してくるから。◇□ちゃん、手貸してよ」
ゾロゾロゾロ。
「待ってたよ。あと残っているの誰」
「親方と3番アルトと4番テナーだけだよ」
「いいよ。3番、4番は、人質においておけば。修業修業」
「気がつかないやつはほっとくの。おれたちだってそうやって修業してきたんだから」
「ところで、この魚うまいねー」
「オバサン、ところでこの魚? え、これがサンマの刺身なの、イワシかと思った」(←当時はサンマの刺身は珍しかった)。
「追加でナマコとお酒」
こうして楽しい時間は過ぎていった。
「もう宴会終わったかな」
「きっと親方、ハッタリ親父とさしで飲んでくだまいてるよ。でもうまいね、魚」
ただし、このやり方は何度もやると、すでに先を見越したタレント事務所のマネージャーに釘を刺される。
「だめだよ、音楽の話しちゃ。みっちり最後までいてもらうからね」
バンドマンのように何の保証もない仕事をしていると、人の指図、人から使われるのはいやというのが基本である。
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左のノラ猫ニャンコはオーリーと呼ばれている。顔も姿もいいので、男優のオーランド・ブルーム(指輪物語)から名前をとったとか。確かに、うちに遊びにくるウシ猫(こんな名前じゃかわいそう)よりも、見目麗しい。でも、右の猫のように情けない顔の猫もかわいい。 |
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12月16日
(金)
ポチ&たかこさんのアメリカだより |
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昨日のクリスマスコンサートで、抗がん剤などをくっつけて運搬する台の正式名が分からなくて、コロコロなんて書いたのだけど、しげじじさんよりそれに関するメールが届いた。
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そう言えば、病院の「ころころ」は、私の入院していた所では「ポチ」と呼んでました。点滴袋下げて、「は〜い、ポチ。こっちおいで」「ポチ、そんな所に引っかかってちゃダメだよ!」。
患者さん一人一人専用のポチが当たるから、みんな袋だのアクセサリーだの下げて、ポチをかわいがっていましたね。 |
そっかぁ、コロコロより、ポチの方がずっといい!! 私のポチは柴犬だな。やっぱり。
これは北海道レポートでした!!(地区限定なのかなぁ)
病院で当たり前の呼び名でも、初めての患者には???ってある。私は当初「サンカマ」(酸化マグネシウム)って、どんなオカマだろうと思った。
たかこさんから最新アメリカだよりが届きました!!
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たかこさんのアメリカだより |
送っていただいたロハス・メディカルをあらためて読み返しましたが内容の良い本ですね。飛ばして読むところが無く、すみからすみまで情報一杯です。
文中の「患者様」というのが、ひっかかりましたが・・・。そんなふうに呼んでもらうことを求めているわけではないのでどうぞおよしになって、という感じです。
やたら丁寧ならいいってものでもないでしょうが、私が今日訪ねた医師のオフィスでの出来事で受付の女の子に一番近いトイレはどこでしょうかと訪ねたら私のほうを向きもせず何も言わず持っていたボールペンでトイレのある方向をポイントしました。
おのれ〜。
ロハスの11月号に漢方のことがのっていました。
癌や難病を患った方のサイトを見ると処方薬以外にいろいろ試されている方が多いなあと感じます。
私も病気を抱えているので、親も含め友人知人いろいろな人にいろいろなサプリメント(黒豆だの、ビワの葉っぱだの、何とかプロテイン、にんじんジュース等)を薦められたのですが、根が疑い深くそういうものは水晶玉の次に怪しいと思っているので何一つ試したことはありませんでした。
今、ちょっぴり気に入って飲んでいるものがあり、免疫力UPがうたい文句ですが、今のところ誰にも勧めず、かつ夫にばれないようにコソコソ飲んでます。いつも、そういうものをバカにする私の発言を夫は常日頃聞いているものですから(笑)。
ところで日本ではクリスマス(もしくはお中元・お歳暮)に日ごろお世話になっている医師やそのスタッフに何かギフトを渡すのでしょうか。
というのも、こちらではこの時期かかりつけの医師やスタッフへのクリスマスギフトを持っている患者を待合室でよく見かけます。ギフトといっても手作りのクッキーとかチョコレートやキャンディーの詰め合わせとか高いものではありませんが。中を見たわけじゃないけどきっとそう。
日本に住む友人の親が手術することになり、執刀医であり、その大学病院の副院長でもあるその医師にお金を包んだという話を聞き、まだそんな悪しき習慣が残っているんだなあと思いました。まさか、ここアメリカでも外科医たちって患者家族からうちの人を特別によろしくね、のお金をもらうことがあるのか興味があったので聞いてみたら「聞いたことないなあ。何にもくれなくていいよ、治療費ためずにちゃんと払ってくれたら」と言ってました。
ちなみにこれは友人の白人の内科の医師に聞きました。
内科だからもらうチャンスないだけかしら。
今度勇気を出して他の医師にも聞いてみよう。 「僕にくれるの〜、いくらくれるの〜」っていわれそうです。私がかかっている先生たちに聞いたら。 |
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12月15日
(木)
証人喚問の続き&K病院のクリスマスコンサート |
12月14日分は15日朝にアップしたのだけれど「なんだったのでしょう?昨日の証人喚問!!!」と同感です!!メールをいただいた。
妻が入退院を繰り返していれば、みんなあんなことをしかたなくするのか???
「なんかやってない?」と妻から疑惑のまなざしを向けられた夫は昨日一日で日本国内に何人いたことか。miyaさんは「私が姉歯さんならば、すみません。質問がないのなら帰ります」といったねと笑っていた。
その方のメールに「あんな重要な証人でも、タクシーや地下鉄を乗り継いで帰るんですね。それこそ“身の危険”があるでしょうに」と書かれていた。
miyaさんに「ホントだね、危ないね」と同意を求めると、「アメリカならきっとFBIが証人をがっちりガードして……あ、モルダーとスカリー(←Xファイル)だとそうじゃないな。誰でも入れる場所で証人にここを動かないでくれといって、どこかに行って戻ってきたらアララということになるよね。どうしたのモルダー!! 宇宙船がムニャムニャ、超能力がムニャムチャ」
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ともにいただいたもの。中央はくまちゃん。カーソルを当てると大きな写真へ。
背中に<自分が幸せと感じたらその幸せをちょっぴり誰かと分かち合いませんか?バーンロムサイからのメッセージです。
この売り上げはHIV感染孤児施設バーンロムサイの運営に使わせていただきます。>と書かれていた。第5回「UNDER THE TREE展が12/9〜12/17まで六本木で開催されている。
ハッタリや目立つことだけを考えるキャンペーンもあるが、こうした地道な活動を応援したい。 |
■miyaさんがお父さんだったら……
一昨日、外来診察を待っているときに、待合室で声をかけられた。私は今年7月4〜8日の5日間入院したが、3日目ぐらいに肺に転移したという同年配の女性Mさんが入ってきた。その方のお姉さんだった。姉妹で別々のがんにかかり、彼女は月1回の外来診察できたという。
Mさんは他臓器に転移したことがショックだったのか、カーテンをいつも半分位閉めていたから、あまり他と接触したくないのだろうと思って、退院時に少し会話をかわしたぐらいだった。
肺は手術しよくなったのだが、原発がんの病状が思わしくなく、11月に続いて、12月に再度入院したとか。なぜたった一度挨拶をかわしただけの私を覚えていたかを話してくれた。
「私たちの小さいころに父は亡くなりました。私は父を覚えているのですが、妹はお父さんを知らずに育ったんです。そうしたら、妹が、あの人のお父さん(=miyaさん)は料理をするんだって。やさしそうで、ふくよかで、あんなお父さんだったらいいなといっていたから、印象に残っていたんです」
Mさんにとっては、miyaさんみたいな人は、「お父さん+旦那さん」として理想のやさしさに映ったようだ。その話をきいてジ〜ンとした。病気にならずに幸せになってほしかった。治療後お見舞いに行ったけれど、夏に会ったときの面影がないぐらいにやせていて胸
が詰まった。Mさんは状況が悪くなってからK病院に転院してきたので、いくら名医がいても厳しい……。
Mさんのお姉さんもがんを体験したが、親戚の医者から「医者は病気を治せるかもしれないが、寿命は延ばせない。医者を恨んではいけないよ」といわれたそうだ。神のみぞ寿命を知ると思っていれば、あきらめがつくかもしれない。でも、今日、夏に乳がん手術をした仕事仲間の女性がきて、「もし今、死んでしまったら私の人生は何だったのだろうと考えちゃいます」といっていた。せめて70、いや80、いやいや90歳位まで生きられたらあきらめもつくかもしれない。
■クリスマスコンサートの夜
ところで、14日は午後5時からK病院でクリスマスコンサートがあった。
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【スケジュール】
17:00 オープニングは職員・首都大学東京看護学生によるキャンドルサービス。ここで病院長の挨拶があって第1部はフルート、ヴィオラ、ピアノトリオによるコンサート。曲目はクリスマスキャロルメドレー、アヴェ・マリアなどで約20分間、その後、第2部はみんなで合唱15分間。 |
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来客があったので遅れ、我々は合唱の2曲目のときに着いた。
曲目は「雪」「ふるさと」「見上げてごらん夜の星を」「世界に一つだけの花」「ジングルベル」。
この後患者代表から花束贈呈があり、エンディングはきよしこの夜。看護師さんたちが患者さんに絵はがきをプレゼントした。
驚いたのは、元気な患者さんが多いのかと予想したら、車椅子や、治療のコロコロ(←専門用語が分からない)をもった患者さんがすごく多かったこと。女性もバンダナ姿が目立ち、抗がん剤治療で脱毛しているということが分かる。
か細い歌声だったが、みんな歌詞カードを見ながら一生懸命歌っていた。終わったときに、具合が悪くなって看護師さんらに抱え込まれながら車椅子に座る人もいた。 |
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入院生活が長く、こうした催しで気晴らしをしたかった人が多かったのだろう。司会をした先生が「来年また会いましょう」と挨拶をしたとき、かすかな笑い声がきこえた。多くの人が来年もクリスマスコンサートを聴けるだろうか、聴けますようにと願ったに違いない。
車いすの若い患者さんが「感激して涙が出ちゃった。人生いろいろ考えちゃう」と周囲の人たちに話していた。槇原敬之の「世界に一つだけの花」をきいたときに胸いっぱいになったとか。
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<世界に一つだけの花 ひとりひとり違う種を持つ
その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい>
<小さな花や大きな花 ひとつとして同じものはないからナンバーワンになれなくてもいい
もともと特別なオンリーワン>「世界に一つだけの花」より |
病気というシチュエーションで聴くと、若い人には心に響くのかもしれない。世代によって歌の感覚は違うようだ。でも、そこにきている人たちの満足げな表情を見て「よかったですね」と声をかけたくなった。
書いたものをmiyaさんに「どう?」ときいたら、「しみじみとしていいです」とほめてくれた。とたんに目に涙がにじんできたのでびっくり。「泣いてるの?」
昨夜の情景を思い出したらしい。
「心温まるものがあったね……」 |
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12月14日
(水)
証人喚問&miyaさんの昔話<12>インチキ |
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昨日、病院に行って、「ちょっといい話」もあったので、それを書こうと思っていたら、姉歯元建築士の国会証人喚問があったので、急遽変更。仕事をしながらテレビを見てしまった。
招き猫だって、いつも笑顔はしていられない。今日の猫はちょっとムカツクといった表情で、口角も下がっている。これは何を呼び込んでいるのだろうなぁ。 |
姉歯元建築士はmiyaさん同様、母子家庭である。miyaさんと出会ったときにはコンピュータの仕事をしていたが、母子家庭で育ったならば親孝行しようと思って安定した職業を目指すだろうに、なぜ音楽大学を4年で中退して(すでにアルバイトで儲かっていたからとはいえ)バンドマンになったのか。そのへんの思考回路がどうしても理解できなかった。でも、世間から冷たい目で見られることもなく無事に生活できているのだから、天国のお母さんも安心していることだろう。
姉歯元建築士を見ていて、今日はチョッピリ同情した。職業選択を間違えればみんなが姉歯さんになる可能性は出てくる。できれば個人に責任を押しつけず、構造にメスを入れてほしい。ところで、姉歯さんってカツラ族の敵と嫌っていたが、もしかしたら、公はあの姿で通し、素に戻って出歩くときにカツラを脱いで眼鏡を変えたりして変装するのではないかと思った(←逆変装)。
■証人喚問
姉歯元建築士を証人喚問した国会議員は、自分がこれだけ調べ上げたということを自慢するように受け取れるタイプが多く、質問をせずに持論を延々と話し、さながら時局講演会のようであった。姉歯元建築士が質問の意図を再度聞き返すのも納得できる。中には、経歴などをきき、そんなことは何もこんなところできかなくても自分で調べれば分かるだろうと思った。だから、選挙負けたんだね、あの党は。「危険が危ないと……」などと言った人もいて、懐かしいね〜、小学校の頃の冗談だね〜。そりゃ、危険は危ないよなぁなどとギャハハと笑った。
最初の経緯として、プレッシャーをかけられたときには、まだ建築士として誇りがあったが、妻が入退院を繰り返していて仕事を断ったら無一文になってしまうことからやってしまったと語っていた。
彼は母親が乳がん、子宮がんを患い、子供の頃は決して暮らし向きは楽でなかったという。それでも、工業高校から2級建築士、1級建築士と取得し、キャリアを積んで独立した。努力家でまじめな彼がなぜ?となるわけだが、身近な例でいくと原産地表示の偽装だって、生産者の責任にされた多くの事例で、被害者面している大手流通業者から「これだけ揃えなかったらいつでも他に変えるよ」といって取引を断られるのを恐れてやった場合が多いとみている。ここにも取引先(建築業者)が大事で、消費者(マンション購入者)のことを考えないことが成り立つ。
マンション偽装なんて他でもやっていると思われるが、今後は地震が起きて崩壊したらすぐに偽装だと騒いで問題になるのかもしれない。そのたびに税金の投入か。
私はバーゲンで買うものもあるが、極論すれば家を買うのに相場より安いから買おうとは思わない性格だ。買うならば設計事務所,、監理会社、施工会社がきちんとした会社かどうかを見極めて選ぶ。しかし、我々は生活程度に応じて、賃貸を渡り歩く方が合理的と考えている。
根本は“物持ち出世”という貧しかった時代の感覚をひきずっているのが一番の問題だろう。将来が不安というならば、ローンを抱える方がもっと不安だ。貧しい自由業だととてもそんなことはできない。
検査が通れば内容はどうでもいいという考え方も問題である。検査を通るための書類を作る。そして、今回は検査機関が検査の役割をきちんと果たしていないのだから、詐欺同然である。出版の世界で、「ダンコンの世代」なんて作家が書いてきて見過ごしたら、それは作家のせいでなく、校正をした出版社の責任である。役所の利権確保のためならば検査機関などは要らない。資格は何のため?構造や強度のおかしいのが見抜けなければ資格だって不要だ。いまごろになって「そんなことをするとは思わなかった」と検査機関が性善説をいいたてるならば、最初から自分たちの存在を否定していることになる。
「形だけ整えばいい」というハンコ行政の弊害が現れている。
この問題に関連してmiyaさんが「そういえば」と思い出した話。
■miyaさんの昔話<12> miyaさん、小学生でインチキをする
miyaさんは企業のイベントがあるとWebで登録をしたり、イベント終了後、アクセス状況を分析するような仕事もすることがある。先日もレポートを作成していたら、仕事の発注を受けた代理店から電話があった。
「○○ちゃ〜ん、今回の、カタログページのアクセス状況はどう?」
「そのページは平均2000アクセス/日ぐらいですね」
「気持ち、前回より少ないね〜。ちなみに、媒体の広告出稿は○日、○日、○日ですから」
「ログに記録されているとおりですよ」
「いや、別にとりあえずお知らせまでということですよ」
「ということは?」
「特になんでもないけど、でもいちおう覚えておいてね。クライアントが無駄な出稿というとうるさいから、ね!ね!」
それで、miyaさんは仲間とも相談し、広告出稿の日から数日間はアクセスの数字に私情をはさみ、たぶん相手が喜ぶであろう内容にした(←実際は、しょうがないねぇ〜などとボヤキつつ)。
miyaさんの記憶によると、こういう“インチキ”は小学生のときにもやったという。
「夏休みの宿題は、いっぱい割り算とか掛け算のくだらない計算をやらされたよね。どうしてそうなるかと考えるのでなく、5÷4などといった羅列があるのに答えを書いていくだけ。実用算数の訓練なんて最初のいくつかだけやって、後は四則演算を覚えていれば同じなんだよ。
宿題の1〜2ページをやってハタと思い当たったのは、そういえば去年の宿題は間に合わなくて後ろは白紙が出したなぁということ。でも、何にも言われなくて、よくできましたスタンプが押してあったし……そうだ、後ろは見ていないな。ということは、数字が書き込んであればやりましたということになる。それで3ページ以降は数字を1〜10までランダムに書き込んで、算数練習帳完全書込みにしておいたんだ。そうしたら「頑張りましたねスタンプ」がペンと押されて戻ってきたよ。
翌年はもっとひどくなって、宿題をやったという結果を机の上に並べたら、先生が前から見て歩くだけ。こっちも嘘ばかり並べておいたけどね。宿題をやる効果を考えたら結果をきちんと検証すべきだし、形だけの宿題ならばやめた方がいい。小学生のときは実用算数の訓練なんかしなくて、ほかにすることはいくらでもあるんだから。書いてあればよい、色が塗ってあればよいなどというのは時間の無駄遣いですよ。
団塊の世代が粗末な教育だったとはそういうこと。だったら、やらなければいいじゃんと思うことがいっぱいあった。 |
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12月13日
(火)
腫瘍マーカー微減&ウィッキー・プレゼント |
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今日、治療を終えて戻ったら、一足早いクリスマスプレゼントが届いていた。腫瘍マーカーが微減だったのでトボトボ歩いて帰ったら、キャッホ。こういう心やさしき友を「赤毛のアン」でいえば「腹心の友」というのかな。
そういう友が増えてきた。
さて中身は??? |
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7時30分に病院到着。クリスマスツリーが飾られていた。受付は8番、採血4番、腕に一発、点滴も一発だった。採血はやはり思い切りが大事だ。
■診察室にて
9:30の予約で9:35ころ診察室へ。先生は採血結果を見ていた。
「中性脂肪、高いんじゃないの」
ゲゲッ、中性脂肪値が赤字になっている。 |
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「じゃ、先生、タキソテール飲みながら、ベンザトール飲んでもいい?」(←行きつけのお医者さんからは抗がん剤治療をするならば飲まない方がいいかもねといわれていた。)
「最近太っちゃたんじゃないの?」
「すごい太っちゃったの。(やっぱりそうか)あんぱんマンかって言われるぐらい。先生、ベンザトールはいい?」
「ベンザトールって」
「すみません、ベザトールです。間違っちゃった」
「コレステロールを下げる薬でしょ。でも、薬としてはえらく古くない? 吸収を抑制するお薬じゃない?」
先生は調べるために席から立ち上がり、また戻ってきた。
「飲むのは別にかまわないでしょう」
「そのお薬はまじめに飲んだ方がいいらしいですね。飲んだり飲まなかったりでは逆効果だといわれたのですが」
「飲むならばね」
それからS先生、電子カルテの打ち込みを始める。
「特に変わりはなかったですね」
そこで、来月の治療日3日後の長野に行ける仕事を断った話を少々。長野はS先生のふるさとで、 「寒いですよ」といわれ、ホッとした。「あのブドウは酸っぱい」の心境……。
■12月1日、NHKテレビ放映の影響
「先生、12月1日のテレビで、K病院が出たけど、あれからみんなが放射線治療がいいってことにならなかった?」
「大変なことになっちゃったらしいよ。☆▽◇※£」
「そりゃそうですよね」
各治療室の仕切りの奥は、病院側の人が行き来できる通路になっているのだが、そこを通りかかったXさん。「あ、そういうふうに言っちゃったの?」
「そういう勢いで言っちゃったらしい」と先生。
「他の患者さんのブログを見てもK病院に転院したいという相談がきたと書いてありましたよ」
「やっぱりね。気をつけてもらわないと(笑)」(Xさん)
「みんなが放射線治療をするということになっちゃって、手術を受けるという人がいなくなるんじゃないかと心配しましたよ(笑)」
「そんなことはないですよ(笑)」
「治ったというように言わなくても、テレビに取り上げられたり本に出たりというだけで、ホームページを調べたりして来る人がすごく多いから。北海道から鹿児島までいますよ」
(Xさん)
確かに、その後の化学療法時に、泊まりがけで関西から来ているという人がいた。治療を受けたら新幹線で戻るので、終わる時間を気にしていた。放射線科で治療を受ける患者が増えれば、呼吸器外科の患者が減るかもしれないから先生方も多少忙しさは減るし、患者も待ち時間が短くなって、じっくり診てもらえるかもしれない。
コンビニのパンや飲料をもって診察室に入る先生方を見ているとよく病気にならないなぁと感心する。
「患者さんは難病の人もよくなったように言っていたから、これはパニクルぞ〜と思って」
「パニクルまではいかなかったですよ。ただ混むだけ(笑)」(Xさん)
「うるさいね(笑)。(電子カルテが)書けないですよ」
「ブホ(笑)、鼻が鳴っちゃいましたよ。きょうは録音するようなことをしゃべってないですね」
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先生、カタカタカタとカルテ打ち込み。
「でも、ヒョ〜ッと(腫瘍マーカーが)上がっちゃったりしたら? まぁ、いいや、やろう」
「それでもいちおうやります。今回は。それとも結果を待ってる?」
「いいえ、やります。下がると信じて」
電子カルテの写真撮影。ここで先生のPHSが鳴ったが、とても丁寧な口調で話している。その後、もう1度CEAをチェックしたが、結果は出てなかった。 |
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「先生、お薬(免疫力を上げるための漢方薬“十全大補湯エキス顆粒”)の在庫はあるけれど、もらっていきます」
「年末があるからね(←院外処方で35日分出たが、倍はもつかも)
なんでこんなに脈高いの。いつも」
この日の最高血圧124、最低血圧64、脈拍106!!
「信じられないでしょ?」
「どきどきしてるんですか。ぼくに会うから」
「そ〜うなんですぅ(笑)」
「よく言われます。すごく緊張しますって」
「って? でも、さっき計ったら120以上でしたよ。それをここまで下げたんです。体温(35.5℃)が低くて脈拍が高いって、心臓の方が危なそうじゃない?」
「薬のせいじゃないでしょうね」(←と考える人)
「でも前からずっと高いし(そうだよね)。脈拍を下げる薬もあるんですか」
「ありますけど。まぁ、とりあえずいいか」
CEAは治療後に看護師さんにきいて帰ることにした。
去り際に「先生、来週(の予約)忘れていいよ。いや、忘れてくださっていいです」
「いや、もう入ってます」
「ハァ〜〜、なんとか(白血球数)上がらないかなぁ。上がったら3日間も(ノイトロジン)注射打たなくていいですよね」
「バナナはやってるの、まだ」
「バナナはあきらめた。あきらめはやいから。今、毎朝リンゴです」
「リンゴダイエットですか(笑)」
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その後、点滴を受けて戻ってきた。最高血圧124、最低83、脈拍89、体温36.6℃。
CEAの結果は13.1で、先月の13.6から0.5しか下がらなかった。6月28日から始めてまだ6クールしか経過していないのに。軟弱野菜のように頼りないタキソテールだ。せっかく“おタキソテール様”と信奉してきたのに、タクソテールになっちゃう。ジェムザールだって10.4まで下げてくれたのに、根性なし、いくじなし……とちょっぴり昔の恋人ジェムちゃんが懐かしくなった。せめて10台に下がってくれたら、喜びの年末年始になったのに。
でも、まぁ、下がったからよしとしよう。
そうそう、本日の大ウィッキーは支払いがカードになったこと。これからポイントが貯まるからメチャウレシイ。「2万9390円です」といわれても、余裕のウィッキー。
余談だが、なぜかベザトールがベンザトールと記憶されている。言葉のイメージで覚えるとよいといわれるが、どうしても蓋の開いた便座が浮かぶのだ。 |

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11月からの研修医の人がドコモダケをもっていた。いいなぁ。 |
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同じような例で、「下仁田(シモニタ)ネギ」を「下ネタネギ」と言ってお店の人に笑われたことがある。昔、「ダンコンの世代」と何回もいう人がいて、年上だったので「団塊(ダンカイ)の世代」ですと指摘するのは申し訳なくて黙っていた。うちのmiyaさんが「凡例」を「ボンレイ」と読んだときはヤ〜イとからかったが、私も大阪
に出張したとき、電車に乗って「次はフキタだって」と大声で言って同行者に「シーッ、吹田(スイタ)だよ」と恥をかかせた。でも、その同行者は松江で「仕事をすませて、早くジンドウコ行こうよ」と言った。???……宍道湖
(シンジコ)のことだった。
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お待たせしました。中身を公開。缶詰の中には、一番右のカエルちゃんが入っていました。これはイタリア製とか。缶のカエルのイラストもとてもかわいい。サプライズ!!
真ん中にいつものケロちゃんを入れて記念撮影。
左は、起きあがりこぼしになっている招き猫。腫瘍マーカーが上がっては下がる、まるで「七転び八起」の治療だけど、こんなふうに乗り切りたいなぁ。写真にカーソルを当てて大きな写真も見てね。
ちび招き猫も2匹いたけれど、出し惜しみして後日公開。 |
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12月12日
(月)
miyaさんの昔話<11>心も体も寒い話 |
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寒くなったねとmiyaさんにいったら、「そういえば、最近カイロというものを見なくなったね」と切り出した。
今でこそ使い捨てカイロばかりだが、昔は金属製のカイロがあり、四角い形の白金カイロと円形のナショナル製が有名だった。冬、バンドマンの仕事で東北へ行くと会場が寒くて指がかじかんでしまうから、カイロは必需品だった。 |
それでいつしか“白金カイロ原理主義”と、“ナショナルカイロ教”の二派に分かれ、それぞれ自分の使っている製品の方が優れているとして派閥ができていた。
■オイル求めて雪道を歩く
あるとき、青森県か岩手県にドサ回りへ行ったとき、誰もオイルをもっていないことに気づいた。そうしょっちゅう使うものではないので、忘れてしまったのである。
「なんでオイルもってこないのよ。オイルなきゃただの金属の容器じゃないか」
「誰かオイル買ってこいよ」とじゃんけん。
負けた人が「ハイハイ、注文とるよ。白金カイロ原理主義の人はこっち、ナショナル教の人はこっちに個数を書いておいて〜」
どっちも同じベンジンだから、瓶で買ってくればいいのだが、つぎ分けるとこぼしたりして臭くなるから、小分け容器に入った純正品を少し高くても買っている。
miyaさんはじゃんけんに弱いので、負けてしまったが、「白金カイロ原理主義は私が代表して買いに行くけれど、ナショナル教はそっちで入手して」とKさんを誘った。一人で行くのがいやだから、誰かを誘う口実である。
会場となった体育館受付で主催者の商工会の人に「カイロのオイルを買いに行くんだけど薬屋は近所にありますか」ときくと、「北の方に5分ほど行くと薬屋があるよ」
「5分位ならば洋服着替えないでステージ衣装で行っちゃおう。あ、雪が降ってきちゃったよ。ま、5分くらいなら、このまま行ってしまおう。で、どっちが北ですか」
あっちと指差した方角を見ると「地平線が見えるぞ〜。わーぉ、雪で霞んできちゃったから早く行こう。カイロがないとステージ寒いからね〜」
「おいおい、雪で前が見えないよ」といいながら5分歩くと、雪の原野のまっただ中。
「どうする、戻る?」「戻れないよ。どっちからきたんだよ、おれたち」「薬屋で聞かないと帰り道分かんないよ」
雪の中で黒いステージ衣装の二人。
「これで拳銃でも持ってたらまるでフランス映画だよ。でも、あそこに野つぼがあるよ。フランス映画には野つぼなんかないだろう」
「野つぼの出てくるフランス映画かい、シュールだね〜、ギャハハハ」
さらに歩くこと10分。
「どうする。山林みたいになってきちゃった」
「だいじょうぶか?あの受付の奴、人間だったのか。狸とかじゃなかったか。このへんで葉っぱでも拾っておかないと、葉っぱがお金ですといわれたら立場がないよ」
それからさらに10分歩いて、やっと小さな集落が出てきて、薬の他に、本と文房具、サンダルとか売っている店があった。
「この雪でサンダルなんか履く奴いないよなぁ」
とりあえず「おじさん、カイロのオイルください」といったら、大きなベンジンの瓶を出し、これでいいかときくから、「だめだよ、ナショナル教と白金カイロ原理主義と争いになるからだめだめ。純正品」というと、そんなものはないという。
「あんたら変な格好しているけれど、どこからきたの」
「体育館から歩いてまっすぐ来たんだよ」
「そんなところ人は通らないよ」
「え、どこを通って帰るの」
「この前の舗装道路を行けば1時間位で着くよ」
「えーっ、だって受付の人が5分と言ったよ」
「あんたら体育館には何できたの。歩いてきたわけではないでしょう」
「バスできました」
「じゃ、そのバスでくりゃいいじゃない。免許あるんでしょ」
「何言ってるのよ、おれたち大型の免許もってないもん。それに貸し切りバスだもの」
「だって、乗ってきたんだろ」
「客として乗ってきたんですよ」
「しょうがないねー、この辺で車がないと生きていけないよ。じゃ、うちの娘が体育館に行くから乗っけてってやるよ」
というわけで、本当に5分で着いた。
車に乗ってほうほうのていで帰ったら、「なんでステージ衣装そんなにぬれてるの」「頭ぺったりだよ」などと言われた。
かくかくしかじかと説明していると「あ、オイル、もってる奴いたのよ」
それでmiyaさんたちは大むくれ。「もうこのオイルはやらない。旅の間じゅう、おれたちが使う。何か、おれたちに含むところがあって意地悪したわけ」
■哀しきうどん
公演が終わってバスに乗るころには雪もさらに激しく降ってきた。 ふとバスのタイヤを見るとノーマルのタイヤである。
「運ちゃん、チェーンまかないの?」といったら、まかせろといわんばかりに腕をポンポンと2回叩いた。 「だいじょうぶ? 本当に乗るのかよ〜」
さんざんな1日だった。
「早く旅館に行って飯食おうよ。マネージャー今晩どこで泊まり?」
「花巻でいいホテルとってあるから」
「ゲッ、200キロ以上あるじゃない」
「今9時だから1時かそこらには着くよ」
「飯どうするの?」
「旅館まで我慢してね。差し入れのプリンならあるけど」
「胸焼けするからいらないねー」
「でもどんなプリンがあるの?」
タッパーにいっぱい入ったプリンを見て「世の中にはよく分からない人がいるね」「雪の中をステージ衣装着て30分も歩いてカイロのオイルを買いに行く奴もいるからね〜」「商工会の人に頼むんだよ。そういうときは」
「カンバン、今度から何が好きと聞かれたら、ウニとかカニとかカラスミとかキャビアとかが好きですと言ってね」
「おれは塩煎餅が好きだから、今度、塩煎餅って言ってもいいよ」
とにかく腹をすかせた一行を乗せてバスは県道を行く。畑の真ん中、山の中、外は真っ暗な中を延々と走る。
「マネージャー腹減ったよ〜」
「エサは芸が終わってから」
「芸、終わったよ」
「もうちょっとだから」
「そんなこと言ったって後3時間もあるじゃん」
しかたがないから、後ろの席は花札、前の方はグースカ寝ていて、真ん中はヨタ話。
そうすると、前の方にポツンと小さな灯りが見えた。
「あ、自販機だよ、自販機!!」
「とにかく自販機だよ、食い物があったら買うから停めてよ」
「バスをこんなところで停めたら、じゃまになるんじゃないの」
「もう2時間も走ってるけど、車見てないよ」
「あ、うどんの自販機だよ、やったぜ〜」
バスの中は大歓声。
「ほら、押すなよ、押したって出られないよ。扉開いてないんだから」
「どうしてバンドマンは社会性がないんだろうね。食い物というとすぐ血走っちゃうんだから。まぁ、落ち着きなよ、もっと」
「なんでおれの前に出るんだよ」
「おまえだって十分逆上してるよ」
「あ、200円出して。はい、並んで、並んで。握りしめていないと時間がないから」
その自販機というのは、発泡スチロールの器が下りて、そこにゆでめんと天ぷら(タマネギとニンジン)が落っこちてくる、その後、管がスルスルと下りてきて、熱いおつゆがジャーッと出る。
「うまそうだね、なんでもいいから早く早く」
順調に3人目、4人目、5人目……。
「あ、おつゆが出ねぇよ。みんな、待った。おつゆを飲むな。おれの分出ないからおつゆちょうだい」
「あ、おれも出ない。なんだよ、その後全部出ないよ」
5人目以降は発泡スチロールの中に、ゆでめんと天ぷらだけしか出なくて唖然、呆然(miyaさんは8番目くらいだった)。
先の4人に「みんなでおつゆを分けるのだから飲むなよ」
「おつゆなんてちょっとしかないんだから分けられないよ」
「だったら、食い終わったら器ちょうだいよ。それをかけて食うから」
「だめだよ、天ぷら崩しちゃ」「早く食えよ」「容器に口つけないで食えよ」「どうしてみんなのこと考えないんだよ、おまえは。そういうことだからアンサンブルやってもだめなんだよ」
その後3人目ぐらいまではなんとかおつゆに色がついていたが、それ以降はドブ水のようになっていた。それでもみんなで食べて「俺たち戦火を逃れて移動する難民みたいだね」
食べ終わってひと心地つき、「やぁ、結束することは気持ちがいいね」などと減らず口をきいてバスに乗り込んだ。
ドサ回りは哀しいね〜と、寒い道路で心も一層寒くなり、一路花巻温泉へ向かったのである。
花巻では豪華な食事だったが、みそ汁と漬け物とごはんで早々に温泉へ行った。疲れると豪華な食事は喉を通っていかないのだ。旅館の人、ゴメンネ。
寒い季節になるとふと思い出すエピソードだそうだ。今は寒いときでもコンピュータの前でぬくぬくと仕事ができて、ごはんも定期的に食べられて幸せだなぁ〜、カイロも要らないし……とmiyaさんは現在の環境にえらく満足している。 |
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12月11日
(日)
町はクリスマス |
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昨日が今日みたいに寒くなくて本当によかった。
ガタブルと震えつつ午後買い物に行ったとき、前方から歩いてくる人を見て「このごろ若い人で毛が薄い人が多いね」というと、miyaさんが「私の年齢でこれぐらいあればいいか。まあまあだね」
「髪の毛がなくなったら一緒に歩かないからね」
そこで、ハタと気づいた。 |
「アレ?毛がないのは私だった」
「ガハハハハハ……」
嘘のような笑い話。というか、これぐらい日頃は病気のことを忘れている。
ところで私は抗がん剤治療よりも何よりも採血が嫌いな“がん兼業患者”である。そして何より飽きっぽい。
病院に行ったときぐらいしか更新しないでいたら、今春、やさしい患者さんが更新がないのを心配してメールをくださった。見守られるありがたさにこたえ
ようと発奮して書き始めたのが元気な更新につながっている。書くのはとても楽しい。
そうしたら、今度はご親切な人が、HPで絶筆になるのは活発なところが多いことに気がついたといって心配するメールをくださった。
はぁ〜〜、一体どうすればいいの。
せっせと更新するのは、余命の残り火がメラメラ燃えるように見えるのだろう。最期の命をふりしぼっているように見えるのかもしれない。だけど私のHPってそんなに悲愴???
残り火があるとすれば5000メガトンぐらいの燃料はあるからだいじょうぶ。本人はケロリとしているし、生き方も人生観も変わっていない。
がんであろうと何であろうと人はいずれは死ぬのであり、ついこの間話した人が事故で亡くなることもある。病状だって個人差があるし、人にはそれぞれ事情や都合
があり、考え方も違う。
もし本当に病状が悪化したら、私の場合はHPを休止宣言する予定なので無用なご心配なく。
他人への気配りはご自分の健康管理に向けてください。
写真のクッキーは「yururiさんの頭にそっくりなクッキーがあるよ」とmiyaさんが買ってくれた。
クッキー・ウィッキー。
■元気の出るウィッキー写真ありがとうございます!!
Cさん(左)、Oさん(中)から思わずウィッキーとなる写真が届いた。私(右)の写真も追加。
今週もウィッキーウィークになりますように。御安全に。
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