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  12月31日
(土)
miyaさんの昔話<17>シャワー付き新幹線!?
 本日のソーラーネコは文京区の企業で作っている招き猫です。見かけましたら、ごひいきに。
 皆様、1年間ありがとうございました。まじめに更新するようになったら、2日間休んだだけで心配のメールをいただくまでになりました。腰痛もよくなり、年末年始のごちそうに備えOKです。これから都下にある私の両親の家へ行きます。miyaさんにとっては料理をしなくてよいハッピーな数日間になります。最後はやはりお笑いで締めてもらおうと思い、miyaさんの昔話にしました。来年もまだまだ続きます。yururi同様、よろしくお願い申し上げます。皆様よいお年を!!

 12月30日から先に読んでね!!

 ■miyaさんの昔話<18>シャワー付き新幹線!?
 大阪に新幹線で行くことになった。Yさんは相変わらずうっとうしい。そりゃ、そうだ。人の性格はそう変わるものではなく、うっとうしさは増すばかり。
 困ったね。あいつも、もうちょっとくだけないとだめだね。
 じゃぁ、まぁ、一つ。そんな阿吽の呼吸で芝居は始まる。新幹線にまだビュッフェがついていた時代の話である。

 「いや〜、朝早いからさ〜、お風呂入れなくて頭かゆいなぁ」
 「そうだね、俺もかゆくてさぁ」

 誰かが離れた席の仲間の所へ行く。 
 「今、ちょっと伏線張ってきたからね」
 「じゃ、ちょっとタオル出してくるわ」といって、トイレに行き、頭をぬらす。しばらくして頭をふきふき、顔もふきふき、「あ〜、さっぱりした」といって戻る。
 
 他の人は、彼を見るなり「あ、早いじゃない、もう帰ってきたの。じゃ、空いてるね」
 「うん、空いてるよ。早く行って来た方がいいよ。あと1時間くらいで名古屋に着いちゃうから」
「じゃ、俺もちょっと行ってくる」
 その人も手順よろしく頭をぬらして「あ〜、さっぱりした」といって戻ってくる。
 
 Yさん怪訝な顔をして「どうしたの?」
 「シャワー浴びてきた」
 「え?なんで」
 「なんでって。新幹線にシャワーついてるの知らないの。みんなついてるよ。こだまはついてないけど。だって朝早い人困るじゃん。あ、失敗したな。神田のビジネスホテルにでも泊まっちゃえばよかったなぁ、朝早いからなぁ」
 
 「あれ、2人はもう帰ってきたの」
 「俺が帰ってきたときは空いてたよ」
 「じゃ、ちょっと行ってくるわ。クリーニングもあるといいんだけど」
 「そこまで要求しちゃ無理でしょ」

 「あれ、Y君、ヒゲが伸びてるけど」
 「朝早いから風呂入る時間なくて」
 「シャワー行ってくればいいじゃん」
 「早く行かないと、お湯無くなっちゃうよ」
 「新幹線にシャワーなんかないでしょ」
 「何言ってるのよ。みんなさっぱりして帰ってきてるじゃない。ジャズはね、なんて言ってる場合じゃないんだから。おジャズなんてもう終わったプロジェクトなんだから」
 
 「ここは6号車だから一番前まで行くんだよ」
 「それ運転席だよ」
 「そこの下にあるんだよ。宣伝はしてないんだからね。知ってる人しか入れないんだよ。運転席のドアをコンコンコンと3回叩くんだよ。そうしたら開けてくれるから、800円でおつりは出ないから、細かいの用意してね。タオル自前だから忘れないでね」
 
 じゃ、と行って出かけていったのを見届け、みんな抱腹絶倒、視察隊がこっそり後をついていくと  「あ、叩いてるよ。出てこないからまだ叩いてるよ。プププ。そりゃそうだよ。2人とも運転してるんだもの」
 車掌室ならば出てくるが、運転室は出てくるはずはない。今年だって運転席に子供を入れた人が免職になったぐらいだ。

 5分位トントントンと叩き、「嘘だったよ」と不満げに戻ってきた。
 「嘘じゃないよ。誰か入ってたんだよ」
 といっているうちに名古屋に着いた。
 
 「また、次の機会に入ればいいじゃない」
 「一応、新大阪行きは、名古屋でサービス終了だから」 
 「あんまり人に言っちゃダメだよ、混んじゃうからね」
 そこで、車内アナウンス「次は京都、京都」
 「あっ、次は京都だって、降りる支度しなきゃ」と網棚の楽器ケースを降ろしだした。
 「あーあ、まだ1時間もあるんだからー」
 「だって、次は京都って言ったよ」
 その次にきかれたときには、「サービス終わっちゃったんだね。ゴメンゴメン」
 
さて、これから両親宅へ。
飛行機雲が見えた。

 それにしても、よくこんなにチームワークよく人をだませると思うことだろう。断っておくが、miyaさんは決して言い出しっぺではない。彼らはコソコソ打ち合わせをしなくても、融通はつく。それだけ臨機応変に対応できなければ演奏なんてできない。
 「お、やってるなということは見たら分かるのですぐ合わせられる」というが、よくそんなバカなことを考え出せるとあきれてしまう。これはリアルタイムで話をきくと、miyaさんの身振り手振りの演技もあって本当に抱腹絶倒なんだけど、文章ではうまく伝えられないのが残念だ。


  12月30日
(金)
miyaさんの昔話<16>飛行機は土足禁止?
 

 

 

 

   帰省ラッシュである。私たちは帰省といっても31日に都下の親元へ戻り数日間を過ごして戻ってくる。
 miyaさんによると、バンドマン時代、年末はあまり移動の仕事はなかったそうだ。

 とはいえ、空港や新幹線の様子がテレビのニュースで映ると「そういえばね」と出てくる。かつてはバンドマンなんて過去の遺物だといって話をするのをいやがっていたのに、昔話の評判がいいよといったら、近頃は「話のストックは有限だから1回に1つの話ね」なんて生意気なことを言い出した。O型もおだてに乗りやすいようである。

 ■miyaさんの昔話<17>飛行機は土足禁止
 バンドマンの中でも、少々うっとうしいのはすぐに「ジャズとはね」と始まる人である。演劇の世界ならば芝居も下手なのに演劇論を振りかざすタイプ。
新しく入ってきた4番テナーのYさんはかけだしで、ドサや演奏の経験はあまりないのに、やたらジャズ論を振り回す人物だった。

 「なんだろね〜そんなに構えなくたっていいのに。悲壮感漂わないとジャズはできないという感覚だからだめなんだよ」
 それでいて、Yさんはややトンチンカンなところもあった。

 ある日飛行機で札幌に行くことになった。
 皆で羽田空港に集合する。当時はANAカードなどなく、友の会のスタンプを押してもらう方式だった(←本当なのか???)
 「あれ、友の会のカードどこ行ったかな、しばらく乗ってないから探さなきゃ」
 搭乗手続きをしないで探しまくるが、航空会社の人は飛行機がまもなく出発時刻なのに気がきではない。
 「早く登場手続きしてください」
 「ちょっと待って友の会のスタンプが先なんだから。そんなこといったって乗っちゃったらスタンプ押してくんないでしょ。中でスタンプ押してくれるの? 押してよ。いいよ遅くなったら、直接旅客課の○○さんに話をつけて遅らせてもらうから、ねぇ。マネージャー」
 「だめだよ、早くしないと遅れちゃうよ、私はもう押してもらったから」
 そんなこんなでバスで飛行機のタラップまで着く(←昔の羽田空港札幌便はそうだった)

 ここからが、バンドマンたちのチームワークのよさである。彼らはYさんが飛行機に乗ったことはないことを知っていた。
 「あ、だめだよ、靴ぬぐんだよ。中は絨毯敷いてあるだろう。持って上がるんだよ」
 スチュワーデスさんは気配を察し変な顔をしている。
 「どうか、なさいましたか」
 「スリッパ借りるんだよ、ほら100円出して出して。席番号言わないとスリッパ貸してくんないんだからさ」
 そこで、メンバー全員が靴をぬいで中に入る。
 他の乗客が目を丸くして見つめる中を靴をぶら下げて歩く一行。
 「座る前に席番号を言って、ほら、スリッパもらわないと裸足で歩いたって仕方ないでしょ。えーっと、28のAね」
 スチュワーデスは何のことか分からないので、「早く座ってください」と丁重な中にもイラダチを押し隠す声。

 素知らぬふりしてゾロゾロ靴をぬいで歩いていって、後でやっと気がついたように言った。
 「あれ〜、最近、変わったんだね。土足でよくなったみたい、ごめんね。しばらく乗らないからわからなかった。ほら、友の会だってこんなにスタンプちょっとしかなくて、こんなに間が空いてるからさ、変わったんだね。へぇ〜」

 Yさんは駆け出しのくせにタバコを吸う。バンドマンは何でもするとお思いだろうが、下ネタやタバコは意外に嫌う。
 「だめだよ、タバコ吸っちゃー、離陸するまで禁煙だよ」
 「なに、タバコ持っていないかだって」
 「私は、タバコ、吸わないのよ」
 「どうしてもほしいの?しょうがないな」
 「あそこのカーテンあるでしょ、あそこを少し開けて、黙って300円出すんだよ。そしたらタバコ、手に乗せてくれるから、タバコ売ってるなんて公にしてないから、デカイ声出したらダメだよ」

 「おれホープしか吸わないんだけど」
 「種類は選べないの!」
 「札幌行きは、ハイライトと決まっているんだよ」

 国内のタバコがまだ80円の時代で、禁煙ランプが消えればタバコを吸ってもよかった。
 「本当に行っちゃったよ、どうしてあいつはああやって信じちゃうんだろうね」「いいじゃない、人を信じ切って生きていくのも」「交差点でも、誰もいないと信じて突っ込んで行くのかな。麗しいね」
 残った連中は笑いをかみ殺すのに苦労したらしい。戻ってきたら、またサッと仮面のマスクになる。
 Yさんは「恥かいたよ」と多少むくれて戻ってきた。
 「あ、ごめん、最近変わっちゃったんだね、ごめんね」
 この話には続きがある。また明日。

 【yururi近況報告】 この立ち直りのはやさよ。もうすっかり元気復活。miyaさんは日ごろ、お肉屋さんやお魚屋さんに見えざるしっぽを振って、いろいろ親切にしていただいているから、これ、お得意さんが来たら見せようと思っていたんだという言葉にコロリといって、な、なんと、ステーキ用の素晴らしい肉を買ってしまった。ワナワナワナ。2人で1万円近い。でも、まだ胃腸はそこまで丈夫ではなさそうなので、本日は半分。前回、腫瘍マーカーが下がったお祝いにステーキを食べたとき、生肉を見せなきゃとアドバイスをいただいたので、本日はバッチリ撮影。ジャジャ〜ン。

100g2000円だって。ということは、レストランなどで食べたら、ヒャ〜とのけぞる金額になる松阪牛。塩コショー少しでおいしかった。
1枚の5分の3位で、この大きさ。写りがよくないけれど、ワインもあります。デザートはマンゴープリンと飾りきりをしたリンゴ

  12月29日
(木)
暮れの腰痛、
イタタタタ

 昨日の昼頃からおなかがシク(シクシクとまではいかない)、背中から腰全体にかけて痛いという症状が現れた。中学生の頃から1年に1回位こういう痛さの記憶があるけれど、よりによって医者が休みになるこの時期にイタタタタという悲劇。

 「お昼のマグロに当たったのだろうか」という私に、miyaさんは「今年の風邪はおなかにくるそうだから、風邪だよ」という。
 「大体ね、明るい診察室なんていって、抗がん剤治療中に風邪をひいたらどうすればいいかといった肝心なことは何もきいてこないじゃない。だめです。そんなことでは。今度から私が一緒にきいてあげます」などと注意を受けてしまった。ごもっとも。

 昨晩熱を測ったら37.5℃もあり、「おーっ、いつも低温動物の私にすれば、一般人の38℃にも匹敵するよ〜」と脅え、夜もゆたぽんを抱いて寝た。

 29日は平熱(それでも36.5℃と高い)に戻るものの、「痛いよ〜」と言いながらグダグダと布団の中で過ごした。風邪のはずなのに、咳も鼻水も出てこない。

 今回の痛さは、がんとは関係ないと思っているから、治ると信じているが(というよりほぼ治ってからこれを書いているのだが)、がんの痛みだと今日より明日の方がひどくなっていくわけで、それはつらいものだなぁと思いながらウンウン寝ていた。
 
 そうしたら、「お正月のご馳走が食べられなくなると大変なので、暮れの間は、おかゆやうどんで、胃腸の休養を!」というメールがたんぽぽさんからきて、ビックリ。
 あ〜ら、以心伝心。
 まるで、私の状況が見えているみたい。B型は思考回路が単純なのだろうか。そういえば、韓国映画の「B型の彼氏」が正月第2弾の映画封切りになる。どうせB型なんてお笑いの対象として描かれるに違いないが、日本受けをねらったのだろうか。
 ちなみに私はB型で、miyaさんはO型なので、理想的である。 


  12月28日
(水)
miyaさんの昔話<15>こたつの思い出

 

 

 

 

 今日の招き猫はお休み。miyaさんがリクエストに応じて、抹茶ういろう猫ちゃんバージョンを作ってくれた。招き猫にするのはなかなか難しいそう。下にミカンの葉(長崎県の伊木力ミカン)を敷いたら、タヌキだね。でも、これならばいちおう猫らしく見える。この間の小豆ナマコは、勾玉とか、三日月とか、見る人が見れば美しい形に見えることが分かった。まだチョコレートの顔がうまく描けない。 でも、ほのぼのウィッキー。

 底冷えする寒さが続いている。
 昔は寒いとこたつの中に入り込んでウトウト寝るのが楽しかったなぁ。いまは和室がないからそんなことはできないが、こたつだけは懐かしい。
 「こたつか〜、あ、思い出した。そういえばね」とmiyaさん。

 ■miyaさんの昔話<15>こたつの思い出
 miyaさんが30歳前後のころ、中央線沿線のバンド友達と久しぶりに仕事で一緒になり、新宿に流れて4人で飲んでいた。
 話が弾んで、いつのまにか夜が更けている。
 「うち泊まっていきなよ。新宿から電車で近いから」
 「4人も泊まれるの」
 「だいじょうぶだよ。こたつもあるし」
 「そっかぁ、こたつがあると4人ちょうど入れるね。仮眠したら朝早く帰るから、じゃ泊めて」
 「朝早くって11時かい」
 「いや、そんなに遅くないよ。10時ころには起きるよ」
 
 そうこう言いつつアパートに到着。小説の書けそうな風情である。
 「おじゃましまーす」と部屋に入ると、4畳半に立派なベッドがド〜ンとある。
 「お、すごいダブルベッドじゃん。部屋は隣にもあるの?」
 「いや、これ一つ」
 「こたつないじゃん」
 「だいじょうぶだよ。いま押し入れから出すからね」
 「どこ置くの? どこ置くのさ」
 「ベッドの上だよ」
 3人は想定外の展開に言葉もない「!!……」

 「ベッドの上にこたつって初めてだよ。ふつう、こたつって畳の上じゃないの」
 「いや、うちではここが所定の位置なのよ。説明書にベッドの上に置いてはいけないとは書いてなかったよ」
 「まぁ、マニュアル書く人もそこまで気がつかないわね」
 「とりあえずセットしたからね。あ、こたつ布団はベッドと共用なんだ」
 
 「ダブルベッドの布団だとちょうどこたつにいいねぇ」
 「でしょう?」
 「入っちゃったはいいけど、出るの、大変だねぇ」
 「冷蔵庫の中からビールと乾きものでも出すか」
 「わ〜ぉ、出るたびに揺れるね」
 一人が立ち上がるとユッサ、ユッサと揺れる。残っている者は一斉にこたつを押さえて、揺れるに任せる。前屈みになっては後ろへオットット。
 「なんだか落ち着かないね。ベッドがフワフワしてお辞儀しちゃう」
 「対面(といめん)の人に失礼がなくていいんじゃないの。それじゃまるで船徳(桂文楽の十八番の噺)だねぇ」(←こんなことをいうのはmiyaさんである)
 
 お酒を飲みながら「最近何かレコード買った?」
 「西口トザワ(←中古のレコード屋)で10枚ほど買ったよ。聴いてみる?」
 「いいねぇ。あ、そこんとこ、もう1回かけてくれる」「そこのフレーズ、渋いね」などと酒を飲みながらウダウダ、グダグタ、よた話。

 「ところで、4人どうやって寝るの?」
 「そりゃ、4人は無理さ。2人はこたつを真ん中に置いてベッドに互い違いに寝る。あとの2人は床だよ」
 はい、ジャンケンポン。
 「げっ、負けちゃったよ」(←じゃんけんにめちゃ弱いmiyaさん)

 「ここで寝たら肺炎になっちゃうよ」
 「だいじょうぶだよ。この間他のやつがきたときに、寒いからといって段ボールと新聞紙もってきたから、それ使って。コツはね、段ボールを先に敷いて、その上に新聞紙、乗っかってから全体に新聞紙をかけるんだよ。幅広くかけないと寝返りをうつとすぐどこかにいっちゃうからね。新聞紙かけたら、その上に段ボールをのっけて、座布団を枕にしてね」
 
 言われたとおりにもぐりこむ。う〜寒。
 「おっ、結構暖かいじゃん」
 「miyaさん、似合ってるよ。違和感が全くないね。すぐ現役でいけるんじゃないの」
 「う〜ん、いろいろ覚えておくと後で役に立つかなぁ」
 「おれたちはあれだね、上を見ればキリがないけど、下を見れば……すぐこれだね」
 「ギャハハハハハハ」

 なんでも体験が大事だ。段ボールと新聞紙の組み合わせはかたくなく、意外に寝心地はよかった。新聞紙は湿気を含んでいないので、おろしたての布団のようだった。ただ、寝返りを打つとカサコソうるさいのが難点か。
 
 床に寝た2人はきっとカサコソカサコソ、巨大ゴキブリのような音をたてていたに違いない。が、ドサ回りで培った特殊技能でどんな環境でも熟睡できるので、いっこうに苦にならなかった。

 ただし、miyaさんは幼少のころからよく寝たそうで、昼寝をすると、そのまま朝まで寝てしまう子供だった。起こして夕食を食べさせるとものすごく不機嫌になるので、ある日起こしたときにトーストにバターをぬって手にもたせたところ、もったままスヤスヤ寝入ってしまった。昭和の時代には、いかにもいそうな子供である。

 miyaさんは20歳まで夜中の0時をこえて起きていた記憶がない。したがって、当時受験生に人気があった、なっちゃんちゃこちゃん、レモンちゃんの深夜放送も、ジェットストリームも聴いたことがなく、除夜の鐘をきいたのはバンドマンになってからである。

  「バンドマンって貧乏なの? なぜそんな狭い所に住んでるの。もう少しいいマンションに移ればいいのに」とyururi。
 「学生時代から住んでて愛着があるようだよ」
 「だってもう少し広い所を借りればいいのに」
 「バンドマンの価値観は違うから、本人が気に入ったらどこでもいいんだ。楽器はコントラバスのいいのをもってたよ。でも、置く所がなくて、天井からヒモをぶら下げて支えていたけれど、すぐ弾けるから便利だと言ってたよ」


  12月27日
(火)
キ〜ッ

 

 

 

 

 

 たんぽぽさんからメールが来て、キャンサーフリートピア代表の土屋繁裕氏が10月8日にくも膜下で亡くなっていたことを知らされた。理想のがん治療を目指して活動していた医師である。
 たんぽぽさんも今年の夏、肺がんになってたまたま買った本が、この先生の「肺がんハンドブック」だったそうだ。
 「とてもわかりやすく書かれていて、初心者には親切な本でした」との感想。

  それにしても49歳とは若すぎる。外科医をしながら、キャンサーフリートピアの活動もしていたわけで、忙しくて無理をされたのかもしれない。忙しい皆様、くれぐれも気をつけて。

 ■よく聞くことは、よく理解できること
 それでもって、私は元旦を除けば年末年始もずっと仕事をしなければならない。
 世の中にはできる人・できない人、りこうな人・そうでない人しかいないのではないかと今、いきりたっている。ちなみに、私は、人の立場を理解「できる人」だが、料理は「できない人」である。りこうな人というのは学歴の問題ではない。
 もちろん仕事が遅れるのは私が悪い。でも、元データさえきちんとした体をなしていれば、こんなに苦労することはないのだ。

 元データだけではまともな文章にならず、あれを調べ、これを調べ、ネットを調べ……これではまるで時間泥棒だ!! 寿命を縮めている。でも、この調査先の対象になっている業種が好きで、知識として得ていたいから、お金がどうこうとかいわずにやっているんだよね。

 「法人成り」なんて仲間内の言葉を使ってどうする、「法人化」だろうが。
 調査に行ってきて美辞麗句形容詞のオンパレード、「素晴らしい」「徹底した」「感謝と奉仕」「最大限の努力」「新鮮な情報」etc。 ちっとも具体的な報告ではない。これは話す能力にはたけていても、聞く能力に欠けていることを示している。聞く能力、すなわち、相手から物事を引き出す能力は大切なのだ。 精神論に走ってどうする。それと、根本的に大事なのは、日本語をきちんと書くこと。

 プロだから書くのが上手とか、先入観念で物をいう人がいるが、それでは正しく見聞きし、判断できない。先入観念をなくして見なければ、見えるものも見えてこない。

 人間、どこかはいいところをもっている。でも、職業として選んだからには常に進歩していこうよ。進歩する人は少しずつでも努力するのに、進歩しない人はいつまでもスタート地点にとどまる。「だめだめワールドの住人」。パンフレットならば叙情的、抽象的な表現も許されるだろうが、パンフレットだって昨今は具体的な内容でないと客にアピールしないものもある。

 企業だって何だって、つまるところ、人だ。人を大事にしないところに発展はない。目先の利益に追われ、人を大事にしないから産業の空洞化が起こって、しっぺ返しをくらうのだ。あら、方向違いのところへ発想がとんじゃった。

 聡明な人、賢い人、見識のある人が少なくなったなぁ。はぁ〜。
 今日はウィッキーどころでなく、カリカリしている最中に催促というか様子伺いの電話がきて「こんなオバカなもので急げという方が無理」と逆切れしてしまった。反省。
 ゆるりに文章を長々書く間に仕事すればと言われそうだけど、これって食べることと並び、息抜きだし、こんな文章ならばサラサラ書けるから心配しないで。

 ■がん専門病院のビックリ
 ところで、愛知県がんセンター愛知病院で、良性腫瘍を乳がんと誤診し手術したというニュースが27日配信された。病理組織診断で良性という結果が出たという。悪性かどうかは事前の検査段階で分かるはずなのに。病院側が隠さずに発表したことは評価するとして、がん専門病院でこのようなことが起きたことがショックだ。
 
 よし、この2日間はマジメ、プンプンモードだったから、明日はウィッキーだぞ。 


  12月26日
(月)
パクリとモラル
 このネコちゃんはよく街頭の看板で見ますよね。前にカメラをぶらさげていてかわいいのでGETしましたが、白いネコは汚れるので、カバーをかぶせてあります。

 昨日のういろうを見たとき、瞬間的にナマコみたいだと思いました。私はナマコがこわいのです。それで、ナマコのイメージは考えずに、食べたらおいしかったです。速攻で結成した「ういろう友の会」会員になり、「私、食べる人」ですが、miyaさんに招き猫がういろうで作れないかリクエストしています。

 昨日の鳴子こけしについて、「公衆の面前であんな説明をして恥ずかしくないのぉ」ときいたら「恥ずかしかったら演歌のステージなんかやってられないよ。ステージは90分もがまんしなければいけないけど、こっちはやばくなったらゴメンネですむのだから。むしろ、受けるか、受けないかなんだよ。受けない方が恥ずかしい」と言っていた。

 ところで、私が恥ずかしいと思うのは、人の文章や写真をとってきて、さも自分のもののように表現する行為である。以前検索をかけているうちに「なんだか見たことがあるなぁ」と思ったら、丸々私の文章の3分の2がパクられていた。それなのに引用元の記載さえない。意外に役所的な組織はこうしたものにルーズだが、そのときも東北の某県組織であった。
 元の文を活字にしてくれた団体に連絡し、その県組織に厳重注意してもらったところ、すぐに東京事務所が詫びにやってきたのはいいのだが、菓子折は持参しなかった。いくら金銭・菓子折類の授受禁止といっても、慰謝料にそれぐらいもってきてもいいだろうがとお菓子にありつけない私はむくれた。

 ホームページやブログでも無断引用、盗作があるらしいが、他人のものをパクって何の得があるのだろう。私は新聞記事を引用することもあるが、出典元を明示し、違いが分かるようにしている。個人の日記も含め、どんなものにも著作権はあると思っている。

 写真も同様。仕事関連の別サイトでは「出典元を記しますのでこの写真を使わせてください」とメールをいただくことがあるが、断りを入れてもらえれば快諾している。

 近頃は、無料で使える写真やイラストが増えてきたからか、無断使用が平気、あるいはルーズな人が多い。というより、どこが悪いの??? こっちの方が見てもらえるのだからいいことをしているよという感覚のようだ。ブログ自体が借り物だから、みんな「ただ」という感覚なのだろう。
 でも、こういう人って自分が反対の立場になると目を三角にするんだよね。
 そうかと思うとマジメな掲示板で録画依頼などがおおっぴらにあったりして、それはまずいだろうとツッコミを入れたくなる。

 どんなに立派な活動、仕事をしていたとしても、文章や写真をパクッたりしているようではモラルを疑ってしまう。人を感動させるイメージ写真を撮影するのは難しいだろうけれど、ならばひと言断りを入れるか出典を明らかにすべきだ。よく自分のフレーム内でリンク先を表示し、いかにも自分のページのように見せているページもあるがそれもマナー違反だ。
 それともう一つ、jこれはあくまでも個人的な意見だが、会社や組織の場合、独自ドメインをとっていないところはあまり信用していない。私の独自ドメイン取得は単なる趣味である。