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1月10日(火)
腫瘍マーカー9.2、初の10以下突入 |
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寒いと病院へ行きたくない。7時45分に着いたら10番目で、採血は4番目だった。
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ゆたぽんで30分ほど腕を温めたというと、採血技師さんは感激し、隣の技師さんも大笑い。 |
ゆたぽん効果で見事腕に一発で成功した。 |
待合室では、乳がんが肺に転移し12月に入院していたMさんのお姉さんに会った。Mさんはmiyaさんみたいなお父さんだったらいいなといってくれた人だ(12月15日)。でも、正月早々に亡くなったと挨拶された。転移はやはり厳しい。他科のがん患者で親しく話すFさんもこの3日間、風邪と疲れと副作用で何も食べられず、お小水も出なくて大変だったそうで、今日は治療をせずに私よりも早く帰った。
■腫瘍マーカーCEA&コレステロール下がる!! 中性脂肪・・・
9:30予約で9:45に呼ばれた。中へ入ると、S先生が採血結果の画面を開けて待っている。
その画面の1点を見て「やった〜」パチパチパチ。
「下がってますよね。(腫瘍マーカー)10の桁がないですよね。9.2でしょ。コレステロールの数字は出てないの? 1週間も魚料理食べてきたのに」
「だめだめ。しっかり吟味しましょ。ほんとだね、下がったね。すごいね(やった〜パチパチパチ)ふだんの行いですかね」
「先生、じゃ、ステーキ食べてもいい? 今日」
「だめだよ(笑)」
「コレステロールは?」
「177(パチパチパチ) それはいいだろうけど、中性脂肪(376H)がかえって増えちゃったじゃない」
「どういうことなんですか」
「反動で上がったんじゃない。食べ方で違うんじゃないの。何食べたの?またバナナじゃないの」
「魚料理ばかりですよ。腫瘍マーカーが出るという日にコレステロールを気にしている人も珍しい……」
「そうだよね〜」
先生はこれ(腫瘍マーカー)を顕著に見てみましょうとマーカーをグラフにしようと試みる。その間、先生はパソコン操作。
「先生、よかった。タキソテールいいオクスリじゃないですか」
「よかったね、ね」
「ケケケケ、心がけがいいから」
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ここで画面に腫瘍マーカーのグラフが燦然と光り輝いて(←そのように見えた)映し出される。
画面を見たとたん、2人ともどよめいた。
「すごいね〜ウォッフォッホッホッホッ」「すごい、ヒヒヒヒ」(←男女逆)
「ちょっと待ってください。(と写真撮影)ヒヒヒヒなんていっちゃった。ハイOK」
「いいじゃないですか。ちょっと記念にこれも印刷しましょ」
「じゃ、まだずっとはげちゃびんでいかないといけないですね」
「まぁ残念だけどしょうがない、それは。まぁ、いいじゃないですか。効いていない人だったらやらないのだから」 |
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タキソテールで治療を始めた05年6月から下がってきた。2ヵ月停滞したけれど、再発してジェムザール、タキソテールと抗がん剤治療をしてきて、初めて9.2まで下がった。次回上がってもいちおう10以下の記録が作られたのだからうれしい。 |
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「先生、だって眉毛も睫毛もないと結構こわい顔になるんですよ」
「いいじゃない。睨みがきいて。よくここまで下がったね〜、ほんとうに」
「うれし〜。ここで気を引き締めないとだめなのかな。先生、たとえば抗がん剤治療中にひどい風邪をひいたときは最寄りの病院ですか、それともここ? 正月休みに風邪をひいたらどうなのだろうとすごく心配だったので」
「うちのほうがいいんじゃないかな」
「先生、NHKのがん特集って見ました?」
「あ、やってたね」
「見てないでしょ」
「もうあまりにも当たり前のことをやられると、こっちも見づらい」
「そう思いますよね。ここでは当たり前にやってることが多いですし、本とか読んでいると知っていることが多い」
ここで先生はカルテに打ち込み出す。脇から「元気!元気!」と報告するが書いてくれない。「コレステロールを気にしている」などと書いている。
「肺がんで死なないでコレステロールで死んじゃったら大変だもの」
「ありうるね(笑)」
「タキソテールが急に心を入れ替えちゃったって感じ。先生、CEAが5くらいまで下がったらもう打たなくてもいい?」
「これでもかというところまでいったらやめるけどね」
「でも、ここで上がるのよね、きっと。あっ、弱気はいけない。すごいなぁ。先生、ありがとう。漢方薬もまじめに飲んで、注射(G-CSF)しないようにしよう。先生、ノイトロジンを置いていない病院もあるんだって」
「高価だから? グランとか他の似たような薬があるんですよ。中外製薬がノイトロジン、グランはキリンが作っているんです。キリンはお酒のキリンです。いろいろな会社が作っているのですが、中外のは人のG-CSFに近いので比較的上がりやすいという印象を私はもっているので、こっちを好んで使いますけど、効けばどっちでもいいです。グランも使った時期はありましたが……。どこかでCTをやりたいなぁ。やっていいですか」
「だって、効いているんですよ、今」
「いや、腫瘍マーカー下がっていても何か違う病原が出てくる人がいるんですよ。中には」
「腫瘍マーカーってCEAだけじゃないでしょ」
「他のはあまり悪くないですよ。
でも、どこかで骨の検査とか全部やり直したほうがいいね。最近いつやりましたっけ。上がってからにする?」
「上がってからにする。でも、どうなんだろう。ここでやらなかったがために、ドバッと転移が出てくるなんてことは」
「まぁ、分からないけれど」
「お医者さんは慎重なことしか言わない」
「うん、そうね。(漢方薬の処方箋を入れながら)本当に飲んでるの。これ」
「少し在庫あるけど飲みます」
「いいですか、今日出しても」
「はい、だって先生、腐らないでしょ。飲みます。今日、漢方薬の臭いしません? ちゃんと朝飲んだんですよ。でも、来週も(注射に)くるんですね」
「来たほうがいいんじゃないかな。それとも(タキソテールの)量を減らすか、でも、効いているのに減らす理由もないよね」
「いいです。注射さえくればいいんだから。違うよ。白血球が上がりさえすればいいのだ」
「そうそう、まぁ、いちおうやりましょ」
ここで次回予約をきちんととったかどうかを確認し、採血の表などをプリントしてもらった。
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「先生、よくなっている人たちだけだったらいいのにね」
「うーん、少ないんですよ、そういう人のほうが」
「そうなんですか。だって、ジェムザールもタキソテールもいちおう効く3割に入ったから、イレッサだけ入らなかったらどうしようと思って」
「効く人は効くんじゃないかと思うんですけどね。 えーと、体温は35.5?」
「35.2。体温が低いとがんに好まれそう」
「そうだね」(タイプ中なので生返事) |
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帰り際に立ち上がって、ゆたぽん自慢。
「ありがとうございました。先生、これ(←ゆたぽん)ひよこだから温めるといいわけですよね」
「これ、電子レンジで温めるやつでしょ」
「そう。これをカエルにして、ケロンポなんていうのを作ったらどうかと思ったんだけど」
「カエルがかわいそうでしょ」
S先生はカエルを温めるとゆでガエルになるからかわいそうだと思ったらしい。いいところがある。
■点滴処置室にて
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点滴を刺しにきたのは1月から胸部外科にきた研修医N先生。せっかく温めていたのに「一発ならば手です」といわれ、あきらめたら薬指と小指の間にブスリ。チクッと痛いですよと言われる前から痛そうで縮み上がる。いてぇ〜よと心の中で悪態をついていたけれど、「乳腺外科で鍛えましたから」といわれ、思わず「先生、あまり痛くなかったです」と答えてしまった。乳
がんの人たちって頻度高く抗がん剤をするので手に点滴することが多いときいている。 |
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NHKが放映した二夜連続のがん特集番組は最初の「格差」について見たという。「医師の立場と患者の立場と違いますから、患者さんはそう考えるのかということがわかりました」と感想を述べた。治療格差があるという現実には驚いたそうだ。
無事点滴を終えて戻ってきたのは午後1時半だった。
miyaさんの友達2人が駒込にきてくれたので、いつもの串焼き屋さんでコースを食べ、お酒を飲み、満腹になったころ、未来の肺がんオジジ3人と相席になって、タバコをスパスパ吸うのにたえきれず店を移してショットバー風の店で水割り、ロングアイランド・アイスティ(ジン・
ウォッカ・ラム・テキーラ・ホワイトキュラソー・レモンジュース・砂糖・コーラなどのミックス
。メグ・ライアンが出る「キスへのプレリュードで、旦那役のアレック・ボールドウィンが飲んだそう)を飲んで戻ってきた。帰途考えたら、今日は抗がん剤治療をした日だったがかなり元気だった。
■NHK二夜連続の特集番組
そういえば、朝、病院へ行って待っている間、NHKの7-8日のがん特集を見たかときいたが、5人中1人しか見ていなかった。
「がんの番組を見ようとすると、家族が気を遣ってチャンネルを変えてしまう」
「他におもしろい番組があった」
「いい病院にかかっているし、緩和治療はまだ自分には関係ない」
「暗くなるのでいやだ」というのが見なかった主な理由。
正月明けの三連休中にぶつけたが視聴率はあまり期待できない。
こうした番組は視聴率を気にせずに作ってほしいけれど、多くの人に見てもらいたいのも事実。メールがきていろいろ話した中には患者&家族の発言に対して一部疑問やNHKに対する批判意見があった。
「生活ホットモーニング」で放射線を取り上げたときには「放射線治療」に対する理解を深めるという意図が明確にあった。だが、格差や緩和治療については地域や病院の現実問題であり、これだけ問題が山積していると一般の人はどうしようもない。また、がん関連の様々な本を読んだり、ネットで
情報を多く得ている人には目新しいことは少なく、2時間見続ける集中力が保てなかったという人もいた。
一般の人に広く見て考えてもらうためには「がんにならないための予防キャンペーン」をしたほうが日本国民の将来にとって有意義だろう。 |
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1月9日(月)
miyaさんのしみじみ昔話<19>
羽振りよかりし頃 |
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今日もmiyaさんは場末歩きにでかけた。
ジョイフル三ノ輪商店街から仲町通り商店街と歩いたが、祭日なので休みが多くてつまらなかったといって帰ってきた。
ちょっと行かないと老人経営の店はなくなってしまうので、商店街は思ったときが買い時。次回はもうないかもしれないという緊張感をもって行かないとだめですねなどという。 |
三ノ輪の商店街では、カツパンを売る店が2軒あったが、1軒は、とうとう食べないうちに消えてしまった。
miyaさんはパンというと「カツパン!」というくらいにカツパンが好きだ。以前、近所にまことにおいしいパン屋があったのだが、ご主人が亡くなって廃業した。いわゆるモダンな横文字のパン屋ではなく、ガラスケースにアルミのお盆にカツパン、コロッケパン、サラダパン(ポテトサラダ)など並べ、紙の袋に入れてひと捻り、主人は不機嫌そうで、オバサンも愛想がないが、東京の昭和30年頃はみんなこんなものだった。ずっとシャッターが閉まり、やめてしまったことが分かったときは、カツパンとの永遠の別れをとても悲しんだ。スーパーなんかなくなったって代わりはあるけど、名人の代わりはないからねーと憮然としていた。
■miyaさんの昔話<19> 羽振りよかりし頃
「もっと、この、羽振りのよい話はないの」
「そういえば、昔、海兵隊の仕事(兵隊でなく、慰問のバンドマン)で戦時下のベトナムへ行っていた頃は、週$2000($1=\360の時代)位になったこともあったねー。ラスベガスの一流バンドのスタープレーヤー並みだったね」と懐かしそう。
「それで、一つショロン地区の貸家を、一緒に行った仲間4人で借りることになったのよ。広い部屋が8つくらいある豪邸(日本の感覚)で、確か$500/月だったような記憶があるけれど、なんたって週$2000だから成金お大尽ですよ。
部屋は広く、よく映画に出てくるような造り、しかもオリエント風。寝室が4つもあり、食堂ですよ、食堂!!(←チンケな日本のダイニングではないことをいいたいらしい)。天井も高くて扇風機も付いているんだから」
白い麻のスーツなんか着て、カンパリソーダでも飲んで、メイドに指図なんかしていれば根っからのお金持ち風。
ところがmiyaさん達は、ヨレヨレTシャツ、半ズボン。
「部屋が広くて落ち着かないね。天井高くて不安だね。猫なんか背中の上に天井があると落ち着くというじゃん。
大体ね、ドン(←ベトナム通貨)に交換したときに、ドルは強いねー。現地通貨に交換したら、こんなに紙幣が来たよ。いくら使っても減らないねと言っていたのに、ドンを持った瞬間に、一気に現地通貨の価値に切り替わり、なんか購入するたびに、えっー。高いジャンという始末。
「当然外国だから、ハウスメイドがついているわけですよ」
「それで、それで、どうしたの(←miyaさんの羽振りのよいころなんて信じられないyururiツッコミ)」
「現地の50歳くらいのおばちゃんが白い服を着て通って来るんだけど、掃除と洗濯何でも頼めばやってくれる。何しろ、日本にいたときだって、ねーやなんかいるわけもなく、もちろんメイドなんか使ったことないから遠慮してしまって、あれしろ、これしろ、買い物にいけとかいえなくて、妙に卑屈になり、あ、それは自分でしますへコヘコ。後でやるからいいですヘコヘコ」
「情けないなー、オバサンはすることがないと困ってしまうんだから」
「じゃ、あんたが号令係で、指示すればいいじゃない」
「いや、なんか、お袋に命令するみたいで、ちょっと、アレですよ」
「だれか、ちゃんと出来る人いないの」
「ほら、買い物に行くけど、必要な物を言えと行っているよ」
「頼むと、悪代官がお人好し農家の老婆をいたぶっているという感覚がしない?」
「・・・・・」
「だって小学校で自分のことは自分でしなさいという教育、受けたじゃない」
「じゃ、教育が間違ってたんじゃないの」
結局、頼むのだけど、頼んだ後、みんなはヘトヘトに疲れて、やっぱり自分でやったほうが楽だねぇと根っからの貧乏性。
知り合いの外人の家へ行くと、堂々とメイドを使って、メイドの存在なんか感じないふうだったが、miyaさんのところではメイドがお客様という感じになっていたそうだ。
「やはり、貧乏人が金を持ってもなかなかスマートに使えないねー。金持はやはり天性の才能かねー」といって、しばらくしてからまた安宿へ移り、暇なときには市場へ舞い上がりに行っていた。
それって、ちっとも羽振りのいい話じゃないじゃん。で、安宿に移り、お金がどんどんたまったかというと、もちろんたまった。だが東アジアとインドの一地域の経済に大きく貢献して、帰国したときはやはり貧乏に舞い戻っていた。
結論。バンドマンは金をもてない。だから、バンドマンなのだ。
【追記】 お金がたまったのに、なぜ貧乏になったのかという問い合わせメールがきたので、即効でお答え。
半年近く働いたころ、米軍の戦況が不利になってサイゴン陥落が近づき、サイゴンから外へ出てくれといわれた。軍の仕事で沖縄の普天間基地からタンソンニェット空港(軍の空港)に入っているので、査証をとっていない。ということは、出入国が記録されていないということなので、密入国になってしまい、どこへも行くことができない。それで、トンキン湾の沖合にある空母に兵隊さんたちと一緒に撤退。フィリピンの米軍基地へ行き、米軍から軍の仕事をしていたという証明書類をもらい、フィリピンの入国管理事務所へ行った。すると、日本を出国していないから入国はできない、日本大使館へ行けという。そこで、日本大使館へかくかくしかじかという説明をしたら、
「いったん東京へ行って出国の手続きをしないとだめじゃないか」
「出られないから言ってるんですよ」
「そんな前例はないから」
「だから、米軍の書類もってきたじゃない」
「だ・か・ら〜、それをもって東京へ行けばいいじゃないか」
(もう一度頭から繰り返し)
それで、日本国民であるだの何だのの証明書を書かされた。パスポートはあるのに、なんと面倒くさいのか。役所の対応は、どこへ行っても同じだねと嘆息。
次に行ったフィリピンの入国管理事務所は輪をかけて交渉に苦労した。フィリピンの英語はスペイン訛りなので、チンプンカンプンなのだ。ハンバーガーのことをハンバルグワァールという。とにかく禅問答のようなものだった。
さんざんな思いをして、正式に民間人として入国した後は、フィリピン、インド(旧カルカッタ周辺)、タイ、カンボジア、インドネシア、ラオスなどを約半年間、旅して帰ってきた。フィリピンでバンド仲間と別れ(みんな、インドには行きたくないと言ったから)、miyaさんは一人旅をした。その間のホテル代など生活費に消えたのである。
「だって、バックパッカー(←荷物をもって歩いている貧乏旅行)じゃないもん。ランクは下でもいちおうホテルに泊まったよ」といばっていた。
一人旅をしたアジアのことは、また書くそうなので、お楽しみに。 |
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1月8日(日)
未来さんのしみじみ
miyaさんのしみじみ昔話<18>場末歩き |
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1年目のアドバイスに協力くださった四国の未来さんから1月6日に届いたメールにあったエピソードを了解を得て一部ご紹介。それと、miyaさんがお散歩に行ってきて思い出した昔話。本日はしみじみシリーズ二本立てでどうぞ!!
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しみじみ第1弾〜未来さんのお話 |
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詳細はわからないのですが医学は日々進歩してるのですね。
ネットに出ていた情報です。
「オリンパス、肺がん早期発見の遺伝子診断技術を開発――2008年実用化目指す(日経)」
これを受ければもっと多くの人が肺ガンを防げたり、早期発見になるのであればうれしいことです。
昨年春ごろに、どこかの製薬会社と大学の共同開発で、癌に調節働きかける抗がん剤が5年後をめどに開発予定の記事が出ていました。これなら副作用が激減するだろうと。
ほぼ1年経ちましたのであと4年なんでしょうか。
このことを退院後の検診の時、入院病棟に行き、同じ病室だった患者さんに話しました。初対面の患者さんも抗がん剤治療をしておられました。明るい感じの方でしたが、「でも5年後かあ、生きとるやろか」とおっしゃいました。
半年でも数ヵ月でも早く実用化になれば、副作用と闘っている多くの人が苦しまなくてすむのに。ノーベル医学賞をあげるべきだと思うのは私だけでしょうか。そりゃ飲めば100%癌が治る薬なんてあればもちろんそれを開発した人はノーベル賞でしょうが・・・・。(未来)
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miyaさんの昔話<18>場末歩き |
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好天に誘われて、午後、miyaさんは場末歩きに出かけた(その間、私は仕事ガンバルの巻)。
王子、東十条、十条界隈をプラリプラリとめぐってきたといって赤い顔をしてご機嫌で帰ってきた。
十条から東十条へ出る道の途中で、場末劇場の殿堂「篠原演芸場」の前を通り、祝花の多さに「大衆剣劇は不滅だね〜」と感激したそうな。
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→篠原演芸場(昔は、場末感とトイレの香りが漂っていたが、今はきれいになったそう)の祝花。 |
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昔、ドサ回りをしているとき、岡山の某新聞社が経営する山の上のヘルスセンターに、今はもう亡くなった国民的歌手の仕事で行った。仕事を終え、何だか疲れてステージの脇でぼんやりしていたところ、普段やっている剣劇一座の人から声をかけられた。
「あのー、失礼ですが、この仕事で幾らぐらいもらっているのですか」
「この仕事は3並びです」
「うちの一座でいかがですか、1回の定席で、かなりの金額になりますよ」
「でも、カツラかぶって、国定忠次とかやるんでしょ」
「国定忠次は座長の役です。はじめはその他の役です」
「じゃー、すぐに切られて死んでしまうの」
「舞台の最後にやる歌謡ショーの、電子オルガン弾きがいないんですよ。それに、移動の時、道具運び、力仕事する人も欲しいんですよ」
わかったことは、基本給が5万円/月位、後の収入は、歌謡ショーのおひねり生活。先方にいわせると、赤いビーズの上着なんか着てやるとおひねりバンバン。はねたあとは、ご贔屓の宴会に顔出し(ご祝儀あり)。ただし、宿泊は舞台の上だということだった。
「力仕事は、私、不調法なもので」と丁重に断った。
後で、一杯飲み屋でみんなに話したら、
「あんたにはぴったりの仕事」
「あんたは演歌のフィーリングが世界一」
「場末評論家のあんたには適職。でも、俺達だってあんまり変わらないね。むしろ開き直りがある分いいね」
「そうやってトラックで全国を回るのも悪くはないかもしれないね」と、一同しみじみとお酒を飲んだ。
そんなことを思い出しながらmiyaさんは、帰りに王子の立ち飲み屋で、おでんと熱燗を飲んで帰ってきた。経営者のおばさんもすでにいなくて、モダンなにいちゃんがカウンターにいた。1年半ほどいかないと変わってしまうなぁと嘆息。ちなみに食べたのは、昆布、大根、こんにゃく、薩摩揚げ、ちくわと酒2杯で1000円少々。昼酒飲めるのが場末の醍醐味
ですとニコニコ。 |
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たいそうご機嫌で、今日の日記にこのことを付け加えてねというから、「おんどりゃ〜、あたしゃ、仕事してるんだよ。トットと自分で書きな」というニュアンスをオブラートにくるんで言ったら、miyaさん歴史上初めて最初から最後まで、写真説明まで添えて自分でシコシコ書いてくれた。
ところで、miyaさんの国定忠治が見たかったのに残念。miyaさんは顔がでかくて絶壁頭なので、以前「あんた、時代劇に出たことない?」ときかれたことがある。時代劇のヅラが似合いそうな顔なのだが、絶壁だからどうなることやら。その意味でも絶壁頭のプリモプエルちゃんには妙に親近感を覚えるようである。 |
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1月7日(土)
たんぽぽさんの
がんセンター
美容室情報 |
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昨日の続き。(その前にひとこと。カエルちゃんの写真にカーソルを当てると大きくなります)
たんぽぽさんの温泉記を読み、頭はタオルを巻くだけでよいのかどうかが気になった。お湯に濡れて重みがついてバサッと外れたりしたら、ひぇ〜おそろしい。それで、シャワーキャップはしたの?とたんぽぽさんにきいたところ、こんな答えが返ってきた。やはり苦労しているなぁ。ウルウル |
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◆たんぽぽさんの答え
タオルの上にシャワーキャップをかぶったか?
1湯目では、タオル&シャワーキャップ
2湯目では、タオルのみ
3湯目では、湯上り用の綿の帽子のまま
・・・という具合に、いろいろやってみました。
帽子のままのときが、一番、周りの反応がありました。
特に子供はじーっと見る子が多かったですよ。
そりゃ〜「ん?なんか変。この人」って思いますよね。 |
ここで、私たちは髪の毛の話で盛り上がる。
たんぽぽさんは築地のがんセンターの美容院を利用し、ウィッグも購入したとか。脱毛の不安を抱えて美容院に行くのはなかなか勇気がいるもの。そこで、がんセンターの美容室についての「たんぽぽさん情報」。アドバイスのページは、未来さん(イラストはネズミを希望)を加えて少しリニューアル、見やすくしました。これらの項目で体験談メールお待ちしています。
■たんぽぽさんの築地がんセンター美容室情報
ココに http://www.voi.co.jp/tcia/lp0024.html ちらっと紹介が出ています。
もちろん、だれでも利用可。病院の休みの日は休みです。
雰囲気は子供の頃に街中にあったパーマやさんって感じ。
それだけ気楽、おばちゃん美容師ぞろい。(失礼!!)
でも、抗がん剤の脱毛に関しては、知識豊富。
私は抗がん剤をやることを外来で決めた日に、髪が抜けることがショックで、相当、落ち込んでその美容室の前をウロウロしていました。
中からひょっこり顔をだしたおばちゃん美容師さんが、「お話だけでもどう?」と声をかけてくれました。
どんな風に抜けていくのか?
抜け始めたら、短くしておいた方が楽だし、残っている髪に絡み付いてしまうことを防げること、
なによりまわりのお客さんが、さっとウィッグをはずして、シャンプーとブローお願いね〜(もちろんウィッグの)と、平然とはげ頭を出して、鏡の前に座っているということが、「不幸なのは私だけじゃない」って、思わせてくれました。
美容師さんの口調には、可哀想とか気の毒という感じは全くなく、頭のことで困ったら、いつでもいらっしゃい!という自信が感じられ、安心しました。
その場で、いくつかのウィッグを試着させてもらいました。
抜けると頭が小さくなることや、状況に合わせて、ウィッグの髪をすいたり、切ったり、パーマをかけることも可能なことを話してくれました(パーマは人毛に限る)。
ウィッグのカットは、本人がかぶった状態で行います。ジャキジャキと、自分の髪を切っているときと同じ感触なのには、ちょっと驚きでした。
入院中、毎日、ここでシャンプーをしていた患者さんもいました。パジャマのまま、点滴を刺したままというお客さんもいます。私も、初めての抗がん剤治療で2週間入院していたときに、副作用からようやく抜け出した日に、パジャマのままカットに行きました。
せっかく19階にあるのですが、窓際にはウィッグの箱が積み上げられ、あんまり景色は見えません。
これを読んだyururi。コロッと話題を変える。
「今まで帽子をかぶらずに寝ていたら、頭がスースーしていたけれど、このごろ寒いから帽子をかぶって寝たら、意外にずれないし、暖かいのね」
すると、すぐに「たんぽぽさん情報」が届きました。
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◆たんぽぽさん情報
飛行機みたいに通信販売のカタログが、座席ポケットに入っていました。その中に、まさに私たちにぴったり!という帽子っていうか、被り物を発見。
スピードスケートの選手みたいに顔だけが出て、首まですっぽりかぶさるものなんです。寝るときにいいなあと思って見ていましたが、夜中にふと見たら怖いという意見により却下しました。
耳も隠れちゃうのですが、マスクができるように、耳の位置に出っ張りがついていました。
カタログの宣伝文句は、寒い中での自転車・屋外作業に重宝というもの。確かに、上からヘルメットをかぶったり、つばのある帽子をかぶったモデルさんが載っていました。けして、はげて寒い人の就寝用ということは書いてありませんでした。
【その後、訂正のメール到着。】
みつけました!!
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「はげ用」とは書いてなかったけど、就寝用も用途の中に入っていました。
ね?良さそうでしょう?! |
ところで、1月7日付毎日新聞にこんな記事を発見。「かつら:抗がん剤治療患者に格安貸し出し リサイクル開始」。
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かつらを整えるスタッフら=仙台市青葉区で 抗がん剤治療で脱毛に悩む女性を支えようと、仙台市の市民団体「ホスピス設置を願う会」(小野敬子代表)がかつらのリサイクルを始めた。使われずに眠っているかつらを提供してもらい格安で貸し出すほか、ボランティアの美容師がカットやかつらの相談にも乗る珍しい試みだ。(1月7日毎日新聞) |
要点をまとめると、下記のとおり。
・背景には、医療用かつらが高い(数万円から数十万円)ので、治療費のことを考えると悩む人が多いということがある。そこで使われていないカツラを提供してと呼び掛けたところ、購入分10個と合わせ100個近くが集まった。
・レンタル料金は半年で1500円。
・毎週火曜日にかつら選びの相談に乗るし、患者の髪もカットしてくれる。
こういう組織が東京にもあればいいのに。しかし、がん患者のためにできることっていろいろあるんだなぁ。話をきくとなるほどと思うのに、自分ではなかなか考えつかない。
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1月6日(金)
たんぽぽさん、
温泉へ行く |
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たんぽぽさん、いいなぁ。
新年早々、温泉に行ったそう。これはがん患者、温泉へ入る巻として、「1年目のアドバイス」に収録させていただくことで了解をとり、早速温泉へGO!!
昨日の分も含め、「1年目のアドバイス」にまとめるのは明日になります。新年早々、うれしいことに、お友達にきいたちょっといい話、髪に関するアドバイスなどが続きます。 |
■たんぽぽさん、温泉へ行く (文:たんぽぽさん )
4日の朝、「今日はどこへ行く〜??」と起き、
「雪を見に行こう!!」ということで、長野へ行きました。
ホテルは駅前にとり、善光寺にお詣りに行ったり、おそばを食べたりしました。長野駅周辺も、結構、雪が積もっていました。
長野オリンピックで表彰会場になっていたセントラルプラザは、建物はそのままでしたが、駐車場になっていて、なんだかさびしい感じでした。
1泊して、翌日は小布施へ。
日帰り温泉があるというので、長野電鉄に乗って行きました。
駅への道がわからなくなり、唯一の通行人に声をかけたら、駐在さんでした。
「私も駅に行くから」とご一緒させてもらいました。
「雪を見に行こう」ツアーの目的は十分に果たせて、大満足です。
■そこで、脱毛期の温泉初体験記!!
(はげ頭を出すことに抵抗がない方は、この苦労は必要なしです)
旅館に泊まっているのなら、部屋からタオルを巻いていってしまえば問題なし。
入浴後も、そのまま、部屋に戻ればOK。
でも、今回は日帰り温泉なので、そうも行かない。
脱衣所のトイレに入って、帽子とウィッグをはずし、タオルを巻く(タオルを巻いても、もみ上げがないと、すごく不自然ですね)。
頭を洗うことはあきらめました。
出てから汗をかいている状態でウィッグをかぶるのはいやなので、綿の帽子を用意して、また、脱衣所のトイレで変身。
今回は、お正月でとても混んでいて、脱衣所のトイレもなかなかあかない……。
かぶりもののシャツを着ていると、着脱のたびに、帽子・ウィッグ・タオルがずれて大変なので、できれば前あきのシャツを着ていたほうがいいかも。
3ヵ所で入りましたが、この、変身術で疲れてしまいました。
夫は気にせずに頭を出してしまえばいいのにといいますが、やはり、眉毛もなく、相当、怖い顔になっているので、周りの人が驚くんじゃないかと、勇気が出ませんでした。
ところが、3ヵ所目で堂々と頭を出している60歳くらいの方がいました。でも、髪は1割残っていたし、眉毛も立派に生えていました。
背中の傷は本人には見えないので、ぜんぜん気にならないのですが。
……で洗えなかった頭は、ホテルに帰ってから洗いました。
顔を洗うみたいにささっと洗えるので、便利です。
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秋田新幹線は運休でしたが、長野新幹線は定刻どおりに運転していて、自由席でも十分でした。
あんなに寒いのに雪が降っていて湿度があるからか、マスクをしていなくても、全く咳が出ませんでした。
童(わらべ)観音は、小布施の日帰り温泉「穴観音の湯」にありました。無心のほゝえみと書かれていて、いい表情。ほんものの赤ちゃんくらいの大きさでした。 |
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1月5日(木)
未来さんから
1年目の
アドバイス |
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四国にお住まいの未来さん(40代)からメールが来たのは11月でした。手術後、「11月の検査では異常なしということで2月にちょうど1年目のCTを撮ります。あんなに痛く、咳も止まらず、寝返りもうてなかった時期もあったのに、全ての症状がたまにぐらいになり、うれしい限りです」と書かれていました。体験談(1年目のアドバイス)をお願いしたところ、新年早々メールが届きました。「手術後1年目の患者さんへアドバイス」に掲載しますが、その前にご紹介します!! |
未来さんは、もともと煙草がきらいでご主人には迷惑なことを訴え続けてきたにもかかわらず、窓を少し開ける程度で、「結局は主人が家にいる間は煙の中」だったそう。病気になってからはさすがに未来さんがいる部屋では吸わなくなりましたが、未来さんとしてはあまり考えるとストレスがたまりそうなので、自分がならなきゃわからない人間もいるんだと半分あきらめながらも(`へ´)プンプン。
そして、うらやましいことに、未来さんはもともと痩せ体質で太りたいのに太れないそうです。
「目標あと5キロ、食べればいいじゃんとお思いでしょうが、痩せてる人間って無理に食べるとすぐ胃腸を壊すのです。だから加減がむずかしいのです。胃腸薬は常に用意してます。頑張って標準近くまで近づけたいです。バナナもいいかなあ?これなら太れるってのありませんかねぇ?」
皆さん、未来さんへ太るコツの伝授もお願いします。
それでは、メール前置きのご挨拶もチョコッと入れて、ご紹介します。
■未来さんからの1年目のアドバイス (文:未来さん)
今年ははやくから四国も雪でびっくりしております。
これぐらいの寒さで大騒ぎなんですから、私は四国・九州・沖縄以外では住めないなあと思いました。
仕事には貼るカイロを背中、つま先に貼り付けて行ってます。
インフルエンザの注射も30年ぶりぐらいにしました。
【痛みはいつまで続く?】
2005年2月10日肺腺癌のため、右中葉を摘出しました。右胸下から背中にむけて20センチほどの痕になりました。
2週間後の組織検査で1A、取ったリンパから癌細胞は認められなかったということで3月上旬に退院して現在にいたります。
手術後の1週間ほどは個室でベッドが電動で体を起こしてくれるのでこれには助かりました。
ほんと参ったのは痛くてぐっすりと寝れないことでした。
上を向いて寝れば背中が痛い、バスタオルをぐるぐる巻いて右の背中の下に入れ、左を下にしてもまた我慢できずに、上を向く。
痛み止めの座薬を入れて2時間ほどは寝れた!ぐらいであとは寝たような寝てないような状況はきつかったです。
退院時はまだ痛みはありますが、痛み止めはなくても我慢できる程度でした。家事をすると痛くなり、横になり、そしてまた起きての繰り返しでした。
痛みが出るのが少なくなったと感じはじめたのは術後4ヵ月ぐらいでしょうか。現在術後10ヵ月たまに痛いぐらいになっています。ゆるりさん、たんぽぽさん同様右乳房の痺れのような感じのほうが痛みより治りづらかったように思います。今も違和感のようなものがあります。
【咳はいつまで続く?】
手術後2週間ぐらいしてから咳が出始めました。実は2004年の12月ぐらいから乾いた咳が続いており、実際この咳は肺ガンとは関係ないアレルギー性のものだったのですが、咳が続いたせいで1月の上旬肋骨にひびが入ったのです。
ひびとはわからない私は、肋間神経痛?
とにかくかかりつけの内科の先生のところへ行きました。
「これはひび入ってるねえ。レントゲン撮ってもひびはうつらないと思うけど、咳も出てることだし、撮ってみよう」ということで撮りました。
「やっぱりひびは写らないねえ、ひびはとにかく湿布して動かさないようにでいいんだけど、それよりこの影が気になるんだ、今から時間あいてない?」
近くの病院に行ってCTを撮ってきてほしい。そして、CT画像を見て、大きな病院で精密検査を早急にと段取りが組まれ、あれよあれよいうことに。
という流れで手術の時にはひびは治りかけの状態でしたので、咳が出始め、やばい!って感じでした。
そして、4ヵ月間は悩まされました。話をすると咳がでました。体を起こしていると咳がでました。
咳をしないために横になりました。横になると咳がでないのです。だから夜寝てる時は咳はでないのです。
そして案の定、わき腹にピキッ!と痛みが走り一瞬息が出来ない状態。また、肋骨にひびでした。わき腹を押さえて咳をしてました。
どうなることやらと心配でしたが6ヵ月後には咳が減ってきたなと感じるようになりました。
10ヵ月後の現在、まだ咳は少しだけ出ています。
【無理をしない!】
これは健康な方でもそうですが今回つくづくそう思いました。
この2年間仕事が力仕事だったもので体がきつく、それでもなんとか続いていたのですが、もう限界かなと転職を考えていた時の発病でした。パートですからすっぱり辞めました。
病気で辛いはずの入院なのですが、手術までの10日ほど仕事しないとこんなに体が楽なの?今までの私の頑張りは何のためだったの?
不景気だから辞めたら再就職がたいへんということで頑張ってきましたが、頑張ればいいだけじゃないなあと後悔しきり。
術後、半年でごく近所に店がオープンし、そこでパートですが採用になり、体には気を遣いながら現在にいたります。
【寒さ対策】
この冬の季節になって、だんだん少なくなってきた右胸の痛みが少ない頃よりは多くなってきました。先生が冬は痛みを感じる人が増えるよとはおっしゃっていたのですが、ほんとそのとおりです。
体を冷やさぬようにカイロは必需品です。
他に良い対策法があれば教えてくださいませ。
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1月4日(水)
イチローさん
ドラマ初出演 |
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古畑任三郎ファイナルを見た。イチローびいきだからではないが、イチローは演技がうまいというより、とても自然体なのでそのことに驚いた。一芸に秀でている人は、その他の分野でもエッセーが上手だったり、絵画の腕がプロ並みだったりするが、イチローもいろいろな才能をもっているのかもしれない。小学6年生のときの作文はプロ野球選手になりたいという夢を素直に語っていたが、引退したらぜひ回顧録(特に、ファンが見ていて納得がいかなかったプレーを分析する文章)を書いてほしい。 |
ところで、ドラマとしての出来はどうだったのだろう。古畑任三郎のコロンボ的なねちねちしたところはあまり好きでないうえ、脚本がいかさなくて、あえてイチローを器用した意味もないように感じた。警察関係者が見れば、令状ももたずに捜査するあきれかえるドラマに見えることだろう。こんな捜査のドラマを警察ものだと思って見ていれば、オレオレ詐欺や振り込め詐欺などにコロッとだまされるだろうなぁ。イチローファンでなければ見続けるのはきつかったかもしれない。みんなの興味は「お、イチロー、結構やるじゃん」と隣の兄ちゃんが頑張っているのをハラハラドキドキと最後まで見守るとというノリだったのではないか。脚本があまりにも・・・(涙)。
イチローの意外な才能は発見できたものの、やはりイチローはメジャーリーグで活躍してこそのものだと再認識した。
脚本といえば、正月の「こだわり人物伝」という番組で「いい女」として向田邦子さんを取り上げていたが、人生の機微を描いた向田さんのドラマが懐かしい。向田さんはエッセイも出しているが、文章が人柄を表していて好きだった。一度、向田さんが書いたエッセーと同じタイトルで自分も何か書く訓練をしようと思ったが(なかなかいい案でしょ?)、最初に自分がお金を出して買った本というテーマがあって挫折した。私には自分で買った本の記憶などなかったのである。与えられた全集をいつも寝っ転がって腹ばいで読んでいたことだけ覚えている。
その番組に、作家の村松友視さんとともに出演していた爆笑問題の太田光さんが向田邦子さんに心酔し、とても深く分析していたことに感銘を受けた。今、お笑いで人気がある人の中でも、この人は抜群に頭がよいと見直した。
ちなみに、イチローさんも向田邦子さんもB型人間である。うれしいな。 |
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1月3日(火)
戻ってくる |
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正月三が日はあっという間に過ぎ去ってしまう。昼前には戻ってきた。
箱根駅伝は亜細亜大学の初優勝。どこのチームが勝ってもすがすがしいが、途中ブレーキになった選手たちは本当に気の毒。悔しさをバネに来年はリベンジの活躍をしてほしい。でも、勝つチームがあれば負けるチームもあるのだから、勝負がついたら、翌年を目指さなきゃ。涙のゴールより、笑顔のほうがずっといい。 |
毎年のことながらシード権を獲得したチームが優勝したように喜ぶのがおもしろかった。
午後1:10からBS1でまとめて放映されるMLBの番組を無事録画セット(完全保存版。NHKさん、ありがとう)。後は明日の古畑任三郎ファイナルでイチローが出演するのをバッチリ見なくては。里見八犬伝は小学生のときに夢中で読んだが、ドラマもおもしろかったので、後半が楽しみ。
休み明け提出の仕事があるため、これにて失礼。 |
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1月2日(月)
殿ヶ谷戸庭園へ |
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東京では1ヵ月ぶりの雨。両親が住む国分寺近くにある都立の殿ヶ谷戸公園に行った。地味ながら紅葉や雪の季節には素晴らしいのではないかと思える庭園である。雨降りなので入場者もまばら。無料で甘酒を飲ませてくれる所でも6人ぐらいしかいなかった。そのほか抹茶もいただいて戻ってきた。
写真もたくさん撮影してきたけれど、また後で追加予定。
夜、仕事をしたら、初ストレスになった。(>_<) |
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1月1日(日)
おめでとう
ございます!! |
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皆様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。たった1日たっただけで、なんとなく気分があらたまるものですね。 |
これまでNHKの紅白歌合戦は、4年位まともに見たことはなかったが、みのもんたさんが司会ということで見てしまった。視聴率は上がるだろうと話していたけれど、歌合戦そのものはそれほどおもしろくはなかった。
近所の神社へお詣りし、動物お守りが入っているおみくじを買ったところ、10種類あるうち、私はバッチリ招き猫を当てた。ちなみにmiyaさんにはカエルをとってほしかったのに、亀だった。
「一年の計は元旦にあり」といっても仕事をする気はしないので、今日1日はのんびりすることにした。 |