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1月25日(水)
miyaさんの昔話<21>
びっくら留置場体験
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24〜25日の2日分まとめてアップしたから見てください!!
これは23日、彦根城の前にある招き猫屋さんでGET。彦根は3回目だから、前もって行く予定にしていた。うれし〜。
地域おこしでつくられた店の「夢京橋オリジナル招き猫」。1月15日発売の2006年版。今回が第1号で7年間集め続けると七福神が揃う。7年か〜長いなぁ。1050円で限定500個発売。背中の袋には「福」と書かれている。こういう企画はgoodアイディアでお宝になればいいな。
ちなみに今日の昼食は、私はカツ丼、miyaさんは天丼でした。最後まで読めばなぜだか分かります♪ |
ライブドアの一件があって、miyaさんはお金儲けはヘタだけど、悪いことはしないからいいや、それだけがとりえだと思ったら、 「そういえばね」と話し出した。
ギョギョギョ、留置所を体験していたなんて‥‥というお話。
■miyaさんの昔話<21>びっくら留置場体験
1982年大火災を起こしたホテルニュージャパンがまだ営業しているころ、当時バンドマンだったmiyaさんは月に数回(代役で約3か月)地下のクラブに演奏に行っていた。1976年に日本に戻り、札幌へ行く前(まだ20代の終わりごろ)だから、1978年前後の秋の話だそう。
午前2時すぎに終わってから帰るのは面倒だし、始発を待って帰ろうと、バンド仲間たちは朝までやっている近所のスナックに行った。そこにはジャックポットという硬貨を使う賭博機械があり、お金の代わりになるメダルでなく、直接100円玉を入れて遊んでいた。
無許可でそのようなことをしているのだから、賭博行為でもちろん犯罪である。
そこでみんなが興じていたら、見知らぬ人が来て「儲かりますか」ときく。「全然だめですよ、これはお金吸引器ですね」というと、とたんにその男はテーブルの脇に変な箱を置き、ピカピカとストロボが光り始めた。
「はい、みんな動かないで〜。ちょっと伺いたいことがあるので愛宕警察まで来てもらいます」
バンド仲間全員(4人)パトカーにのって警察へ。
「今日は賭博の現行犯だから泊まっていってもらうからね」
夜10時を過ぎてからの取り調べはできないことになっている。
「おっ、それじゃ宿直室なんかに泊まるのですか」
「4人も、宿直室に泊まれるの」
「私、(絶壁頭だから)パンヤの枕がないと寝られないんですよ」(←miyaさん)
「俺、いびきが……」
「パジャマはどうするの、私、サイズはLLでないと苦しくて」
「何を寝ぼけたことを言っているの。そうじゃないよ。みんなネクタイとベルトを外して、私物はこの袋に入れて。下へ行くから。ハイ、全員、入って、入って」
かくて、留置場に入れられ、鍵をかけられた。
中で毛布を広げ、
「ずいぶん毛布があるねー」
「結構、清潔だよこの毛布」
「今夜は俺たちだけみたいだね」
「酔っぱらいのヲヤジとか、覚醒剤の売人とかいないの」
「しかし、警察来たときはびっくりしたねー」
「私、暴力団がショバ代の未納を咎めに来たのかと思ったよ」
「全く。背広の着方、顔つき、体格、歩き方、話し方どれを取っても、モノホン(本物)、影が薄いね」
「写真、組事務所に飾ったら、歴代幹部で違和感全くないね」
ベチャベチャしゃべり、冗談を言い合ったりしながらギャハハハ騒いでいたら、担当係官がやってきた。
「静かにしろよ。おまえたちは賭博現行犯の被疑者なんだぞ。明日は9時から取り調べがあるから」
「スイマセン、ハイハイ寝ます」
「なんか修学旅行みたいだね」
経営者など店舗関係者は違う房に留置されている。口裏合わせなどをさせない配慮のようだ。
翌朝、8時頃に朝食が出た。アルミの弁当箱に麦入りごはん、黄色いたくわん(通称東京たくあん)3切れ、みそ汁である。このみそ汁というのが、「目玉が映るような薄いみそ汁」。
みんなはこれが話に聞くクサイ飯というものか、どんなまずいものかと口に運ぶと、意外にも旨いじゃないの、おかずが少ないから、しっかり噛んで食べると米と麦の甘みが感じられ、「健康にいいね、これは!」
「犯罪者は、贅沢な食事をしている」
「やはり、食事はゆっくりとするのがよいね」
「これで天変地異の時も、炊き出しに文句をつけることもないね」
「いろんなことを経験するのは大事だ」
などと反省の色は全くなかった。
その後、取り調べ室で、賭博行為とはかくかくしかじかと解説と説教をみっちりされ、指紋をとられ、調書に拇印を押した後、身元引受人を呼べといわれた。
だが、誰も自宅に電話したがらない。仕方がないから、じゃんけんして負けた人の家族に一括引受人になってもらおうと段取りをしていたら、警察の人たちは「あんたら本当にびびらないね〜、ふつう留置所に入ったらシュンとしておとなしくなるよ」とあきれる始末。
最後に一言、「あの〜、質問があるのですが」
「なに」
「取り調べの時、映画とかTVドラマなんかでは、カツ丼とか天丼とか取ってやるから話したらどうだね、というのをよく見るんですが」
「そんなこと聞いてどうするの」
「いえ、今日は何も出なかったので、あれは本当だろうかと妙に気になったもので」
「そんな物出ないよ!! 警察の予算にそんな物はないねー。朝食、昼食、夕食と金額が決まってるんだよ。まあ、あんまりかわいそうな被疑者の時は担当者がポケットマネーで出すことはあるけど、ごくごくまれだねー。いいの、こんなトコで」
「ありがとうございます。参考になりました」
それで、迎えがきてくれたので嬉々として戻ったが、「今度やったら次は検察庁送りのちゃんとした犯罪者(?)だよ」と念を押された。
「はい、今後は真人間になります」
「二度と戻ってきませんから。約束します」と深々と頭を下げた。
しばし後、「最後は、なんか社会派映画の出所シーンみたいだね」ギャハハハ |
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1月24日(火)
関西出張 |
23〜24日と1泊2日の岐阜・彦根・大阪出張。
ひょえ〜、23日の彦根は雪がちらついて寒かったこと。そんなときに限って約束の時間よりも早く着いて時間が余ったため、彦根城の博物館を見た。井伊家ゆかりのものが数多く展示されているのだが、どれが一番のお宝なのだろうという目で見てしまう。
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三島辺りでは快晴。鉄橋がなければいい写真が撮れるのに。
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岐阜羽島駅前には円空生誕の地の塔が建っていた。新幹線開業当初からの駅だが、 政治家の力は偉大。
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彦根駅は雪まじりの天気。雪が降っている間、時間があったので駅前の喫茶店で時間をつぶす。
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晴れたので彦根城を見に行くことにした。しかし、道路は雪まじりだし、寒い。
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彦根城(矢印)コースは50分といわれ、右側建物の彦根城博物館へ。
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庭園は美しいけれど、とにかく寒い。彦根の仕事を終えて、新快速に70分乗れば安上がりだったが、米原へ出て新幹線で大阪へ。
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とにかく寒く、仕事を終えたら米原経由で大阪へ。彦根泊まりにしなくてよかった。と思ったら、大阪も朝は雪がちらついたそうで、十分寒かった。
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そして24日、大阪の仕事も無事終了。同行したスーさんがANAのマイルをひたすら貯めていて飛行機で帰るというので、私もつきあって昨夜特割予約をとってもらった。結果は、新幹線で戻るほうが早い時間に終了したのだがともかく関西空港へ。新今宮から南海電車の特急で空港へ出たが、「できるだけ後ろの座席をお願いします」と頼む人がいて、スーさんは「ほらね、脱線したら後ろのほうが安全なんだから」といっていた。彼は電車は後ろ、飛行機は前の座席に乗るということで徹底している。
私は空港からの移動を考えると、一人のときは北海道、九州ぐらいしか飛行機に乗らない。羽田空港からの移動が疲れるなぁと思いつつ、夜9時40分ころ帰り着いた。 |
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先頭部がスターウォーズに出てきそうなイメージでかっこよかった。
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23日夜はライブドアの堀江社長が逮捕されたニュースをホテルで見てびっくり。もともとmiyaさんが「IT企業でもなんでもない。実態のない会社なのにどうやって利益を出しているのか」と評していて、それでもお金を儲けるからいいのにと思っていたのだが、マスコミのこきおろしようはすごい。牛肉のことや偽装建築のことはどうなったの?
でも、まぁ、眠いから今日はおやすみなさい。 |
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1月23日(月)
コプリさん
会社の考え方 |
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今日はコプリさん(←中央の文字はプリンのプ)からの投稿を掲載します。この土鈴は千葉県の芝原人形。仲の良い翁と媼です。お顔もやさしさをたたえたウィッキー。最後まで読むと、どうしてこの土鈴を選んだかお分かりいただけるはず。といっても、中の文章と土鈴を組み合わせるのは、土鈴がたくさんないと難しいのですけどね。現在はスタートしたばかりだから、どれにしようかなと楽しんでいます。「患者を取り巻く問題点」に同時収録。 |
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コプリさん (2006.1.23) 会社経営 |
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馬酔木の花が好きというコプリさん
(60代)。馬酔木には白やピンクの花があり、花言葉を調べてみると「あなたとの旅立ち・犠牲・献身」などでした。製造業の会社をおこし順調に歩んできたものの、2000年に取引先の都合で会社の主要事業が中国企業に奪われることが分かり、下請けの悲しさを味わいました。会社対社員、会社対会社は非情なものになってきているようです。しかし、日本人の優れた特質である開発力や技術をないがしろにし、財務優先に走るツケは将来必ず出ると思います。会社としての意見の底に、コプリさんの温かさが感じられる投稿です。
【おまけ】は、メールのやりとりで印象に残ったコプリさんの言葉を紹介させていただきました。
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【がん患者に対する会社の考え方】
癌を告知された従業員が出た場合の会社の対応は、世間一般の所謂上場企業は、他の病気と同様の扱いをするのではないでしょうか。会社の戦力にならない社員を慈悲で、給料を支払い続けて雇い続けることはしないと思います。そして、癌患者の方々には厳しい意見ではありますが、企業のその対応は非難されるべきではないとも考えます。資本主義社会では、労働の対価が給与だと思うからです。
癌だけではなく、事故による障害で働くことができなくなる場合もあります。私の幼馴染も、4年前ですが、一流企業のトップになる寸前に脳の障害で、記憶喪失になり、今も私を認識できない状態にあります。もちろん働ける状況になく、退職されているはずです(確認はしていませんし、できません)。プロ野球の選手も、相撲取りも、怪我でプレーができなくなれば、一貫の終わりと言うのが、プロスポーツの世界であります。
働けなくなる場合のことを想定して、保険も含めて、個人個人がリスクマネージメントしなければならないのが、現状の資本主義を是認している日本国家と国民が選択した道だと思います。
上述したことは、私が冷静に判定した現状です。もちろん、これでよいとは思ってはいません。
私は、かつて女性社員の従業員のご主人が不慮の死を遂げられた時、給与を翌月から3万円アップして差し上げました。もちろん生命保険の補償金額は受け取られたでありましょうが、未だ独立していない息子さん2人を抱えておられましたから、将来への不安があるだろうと、金額は多少ではあったにしても、経営者として、私はそうしないと気が済みませんでした。
これは零細企業だからできたことであり、普通の会社ではあり得ないことであります。そして、そんなことをするからということも一つの因として、私は最終的には全員解雇するという社長失格の憂き目にもあいました。仕事の大半を請け負っていた発注先が突然中国企業に切り替え、仕事を打ち切られてしまったのです。それでもくじけずにまた再出発しました。
心ならずも心身の異常で働けなくなった人の生活保障に関しましては、個人の備えとしての民間保険がありますが、それだけではなくて、国として何らかの施策が必要かも知れませんね。働きたくても働けなくなる心身の障害というものは、誰にも起こり得ることです。
でも、サラリーマンだけではなく、商売をしている人も、スポーツ選手も、全ての国民を想定したシステム作りをしないといけませんから、そう簡単に解決する問題ではありません。
●妻の親友が亡くなって感じたこと
一昨年、私の妻が無二の親友を失いましたが、癌告知を受けてその主人の第一声が「お金がかかるなぁー」だったことで、非常に胸を痛めました。その主人は正社員でなくて働いていたから無理もないのですが、現実は、二重の苦しみ、三重の苦しみだったと思います。私達は経済的支援ができる状況ではありませんでしたので、メール交換、お電話とか贈り物で励ますしかありませんでした。
妹さんが、かなり治療費を負担されて、よく横浜へ治療に行かれていました。生命保険の受け取りを妹さんにされたことを聞いていました。
他の病と異なり、精神的なストレスも大きく、その上に多額の治療費が必要ですし、個人レベルでは私も何とかならないかと思っています。それでも、会社という立場からコメントすると致しましたら、このようになってしまいました。
これからも考えてまいります。
【おまけ】
●私のこと、癌という病気に対して思うことなど
人間誰しもですが、なかなか当事者の気持ちにはなれません。癌の方のお気持ちは分かりませんが、実は私も10年前から糖尿病で、インシュリンを毎朝注射している身です。糖尿病は、食事療法と運動療法ですが、食欲は昔から旺盛ですので、制限は辛いものがあります。運動は週3回はしていますし、毎日早足散歩を2時間していますので、これは優等生。癌患者の方が癌と共生するという考え方同様、糖尿病と仲良く付き合っているところです。人生は得たものがあれば、必ず何かを失っているはず。失ったならば、何か得たものがあるはず。美しい薔薇には棘がある……。そう言い聞かせながら、一所懸命生きているところです。だから、馬酔木の花が好きなのでしょう。
「いのちの落語」を毎年1回主宰されている樋口強氏が出演されたラジオ番組をきいたことがあります。癌と真正面から闘う、克服するということではなく、むしろ癌と共に生き抜いて
いくのだという姿勢に感動しました。
そして、一番感動し、共感を覚えたのは、癌患者にとって、先輩の存在ほど説得力のあるものはないという言葉でした。ほかのどんな励ましや、医者の説明よりも、同じ癌の告知を受け
、生き続けている先輩の存在が何より説得力のある励ましだという言葉は、当事者でしか分からないものだと思いました。
そして、この先輩の存在の大切さは癌患者の皆様だけのものではなく、人生の苦難に突き当たっている多くの人々にもいえることです。やはり非常な苦労に遭遇しませんと、人間の眼は内向きにならないのではないかと思います。
正直に言って、死は怖いです。人間、恐らくは死ぬまで、自分の死は信じられないのではないかと思います。でも、その想いの強さ加減は年齢もあることでしょう。
私は幸いにして、これ以上ない伴侶に恵まれました。こんな伴侶に巡り会えただけでこの世に生まれた意味と甲斐があったと思っています。経営で味わった絶望的な思いも
ともに乗りこえることができました。妻がこれからの老後を大過なく生きていける見通しがたったなら死を受け容れてもいい……。ただし、今は死ねないぞ!
真摯に生きるという意味ではみんなお仲間ですね。 |
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1月22日(日)
miyaさん
風邪をひく
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miyaさんはこのごろ早寝でとても健康的な生活を送っていた。それなのに、今日は「おなかがシクシクする。インフルエンザの注射はしたのに風邪かなぁ」といって、家で休むために3時すぎには帰ってしまった。
「6時半ころには戻ってきてね。食事の支度しておくから」
ククク〜、これでは糟糠の妻ではないか。
それにしてもあれだけグースカ寝ていて、風邪をひくとはまるで軟弱野菜だよと友達にぐちったら、「おなかが痛いときの料理はできが悪い。夕食が心配」と返事がきた。
同じマンションに住み、ずっと単身赴任で会社経営をしてきたが、昨春関西に戻り仕事(特殊技能あり)をしている友人Vandaさんである。うちらは「おっちゃん」と呼んでいる。
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「今夜は一人で食事。鉄板焼き。牡蛎とほうれん草のバター炒めを大根おろしとポン酢醤油でいただく。
今朝の体重は69.0キロ。目標65キロ。朝紅茶、昼ジュース、夜酒抜き普通食
、1日7000歩、でも体重減はなかなか進まない。減食すると飢餓細胞が活発になって栄養吸収と蓄積が良くなるらしい。飢餓細胞増加分だけまた減食する必要がある。一昨年は84キロにまでなっていたのだから、よく辛抱したとほめてあげてる」(Vandaさんより) |
食べないダイエットも飢餓細胞とやらを抑えるのに大変らしい。ならば、食べるほうがいいや。それにしてもいつもはホームページを楽しくシコシコ、miyaさんが病気のときに限ってネジを巻いて仕事シコシコ、本当にシブトイというか懲りない私。
23〜24日岐阜・大阪へ出張するけれど、予定原稿まで作ってでかけるのだ!! ←って、入れ込みすぎだって(陰の声)。本日、土鈴はお休み。
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【21:00
追記】 |
それでもって、指定された18:30に戻ったら、ちゃんと夕食ができていたけれど、悲しいことに少ししょっぱかった。味見したのに、舌が苦かったんだって。
熱は37.6℃で、頭と腰に冷湿布を貼り、20:00には就寝。昼過ぎに、足がすごく冷えていたけれど、ゆたぽんのひよこの顔に足をのせるとかわいそうだから、今度顔のないのを買おうなんていっている(内心ゲラゲラ)。
私は夜ごはんの心配はいいよというのだけれど、miyaさんは責任感が強く(?)、よほどでない限り作ってくれる。私が「冷たい人」だと思った人、それは誤解です。
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1)サーモンのソテー、マッシュルームトマトソース添え、キャベツ。
2)つくねとゴボウの吸い物
3)ゆばのせ・こまつなおひたし
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miyaさんはこまつな入りうどん。写真を撮ろうとしたら、野菜を上にもってきて、けなげにミエをはった。
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1月21日(土)
しげじじさん
かく語りき |

クリックして拡大して見てください。 |
札幌時代のmiyaさんの昔話を書いたら、札幌育ちのしげじじさんがひょっこりと現れた(←これじゃまるでキタキツネ。実はメール)。しげじじさんの病歴公開は、初スクープ、はたまた衝撃のニュースに当たるのではと一人ニンマリしている。
しげじじさんは手術だけですみ、抗がん剤も放射線もしたことがないというのだから、天然の免疫力の強さは並じゃない。しげじじさんの事例は大細胞がんと宣告された人に大きな希望を与えるはず。
「患者を取り巻く問題点」に収録。 |
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実は、今日というこの日を数日間待っていた。 アイヌの土鈴もあるし、しげじじさん希望のインディアン関連のイメージアイコンも見つかった。これに北海道のイメージである雪が揃えば最高、と思っていたら、今日は東京にも雪が降った。それっとばかりに六義園へ行き、しげじじさんゆかりの「すだじい」を撮ってきた。しげじじさんのを読んたら、六義園の冬景色を観賞してね。
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しげじじさん (2006.1.21) 大細胞がん |
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北海道在住のしげじじさんは、じじといっても、1957年生まれ。サザエさんちと同じ家族構成で7人家族です。しげじじさんは、マスオさんでなく、波平さん。すなわち、子供はまだ小学生で、な、なんと孫もいるのだ!!(←衝撃の真実)。この楽しい家族がしげじじさんの免疫力を高めているのかもしれません。問題点というよりサバイバー街道をひた走るしげじじさん
からの応援歌と思ってください。
「がんになっても普通に?生活している人が一人でも多くいることを知ってもらうことは、がん患者には励みですよね!」 (しげじじさん)
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【サバイバーしげじじさん、自らを語る】
mori sanさんの、「沢山のサバイバーを見習う」の一言にお尻を押されて…
あ!わたしもサバイバーなんだ。抗がん剤もしないで切って取って完治(自分で勝手に思っている・笑)という、サバイバーでも誰かの励みになるのかな?
と、こんな私の情報は、全然なかったよね(汗)
がんって、本当に人それぞれ。私のは大細胞癌でした。
●早期発見のために、健康診断を定期的に受けましょう
2001年春に会社の健康診断で、右肺の鎖骨に隠れるように影が見つかり、精密検査へ!
この時、自覚症状は全く無し。食欲も、体重も変化無し。精密検査の結果は、しばらく様子を見ましょうだったのですが……。
病院嫌いの私には、自覚症状もないのに何で病院に行かなきゃならないんだ!ってんで…
2002年春、健康診断でまたも影。前回と同じ大きさの影。もちろん自覚症状は全然無し。当然、病院なんかまじめに通うわけがない!
2002年の暮れから、突然の止まらない咳に悩まされる。激しい咳のために気管が切れたのか、血痰が出始める。今思えば、これが自覚症状だったんですね!
2003年の健康診断で、そっこー病院送りに(汗)
しっかりと、育てた私のがん細胞は「5.5センチ×7センチ」までに。手術は背中から脇腹へ約30センチ。肋骨を2本外さないと、出せなかったぐらい(汗)
結果は「右肺上葉大細胞癌・リンパ2つ目からがん細胞」。
リンパは5個とったみたいで、1つ目は異常なし、2つ目からがん細胞が出ました。その先のリンパに飛んでる可能性はありま
すが、定期検診で見てゆきましょうと言われました。でも、抗がん剤の話は全くありませんでした。
1年半後に肝臓に腫瘍発見。ただし、マーカーの変化無し。PETには反応無し。
CT・エコー・レントゲンには毎回、何か写るのですが、このまま様子見ですかね?
2ヵ月ごとに定期検査です!
2003年3月に手術したとき57キロ。体重は維持してくださいね!って言われたけれど、動くと苦しいとか言い訳ばかりで運動不足になり、現在66キロ。体重が減ると心配だったが、増え過ぎもちょっと問題かも(笑)。
もうじき術後3年目を迎えますが、天気の荒れる前は、必ず傷が痛みます。(天気予報には役立っています・笑)
スーパーの冷凍食品のコーナーには、なるべく近づかない。
除雪や激しい運動はすぐに息切れが始まるので、休み休み。
しかし、なんでもペースを落とせば何でも出来る。
術後1年目に、いつもの2倍の時間がかかったが登山にも挑戦!
休み休み、自分のペースでやれば何でも出来るよ!!
焦らない、焦らない。何でも自分のペースが大事!!
●仕事は無理をしないで
仕事の関係で病気の事を隠さないと大変な人もいますが、私の場合、全部話して、仕事も無理しませんから、と、はっきり言って仕事しています。すごく恵まれていると思います(感謝)。
会社で禁煙を始めた人が周りで6人ぐらい出たぐらいです。影響力、大きいかも(笑)。
●夢は大きく――心に希望を持って暮らせるように
今、住んでいるところは札幌市内でも山の方ですが、最終的に山の中にこもって生活するのって、私たち家族の夢なんです。ニセコか富良野でがん患者や家族がゆったり出来て、免疫力を上げてもらえるような所。従業員は登校拒否、引きこもりで社会に不安を持っている人。困った人たちが手をつないで、心に希望を持って暮らせるようになる場所をつくりたいと……。
東京に住んだこともありますが、仕事を辞めて最終的には北海道へ。事業にチャレンジして借金をつくったり、がんになって治療費にびっくりしたり、人生いろいろ。
そんなわけで、夢は先かも知れませんが、夢を持っていればいつか叶うと、家内と一緒に頑張っています。
【おまけ】
●プリンセスしげじじ!?
「すだじい」の木はあっても、「しげじじ」の木はつくれないのですが、花ならできるかもしれません(笑)。
1990年ころ、「蘭」を育てていました。自分で交配して新しい花を咲かせると、イギリスの皇室に好きな名前を登録できると聞いて……でも、難しい(涙)。当時は100鉢ぐらいはあったかな? 素人が簡単につくれるモノじゃ無さそうと思い、あきらめました。老後の楽しみにまた蘭を育ててみようかな。
いずれ「プリンセスしげじじ」なんて蘭が世をにぎわすかも(爆笑)。
●私のイメージキャラクターがインディアンの理由(わけ)
アメリカインディアンの壁画に出てくるような太陽とか動物とか好きですね!
自然を大事にするインディアンとかアイヌとか好きですね。
以前本で読んだのですが、インディアンは3代後の子孫のことを考えて行動するそうです。原子力発電所とか、今の人類には便利かも知れないが残った放射性廃棄物を子孫への贈り物にはしたくない。
便利な社会にするためか山を崩し、川を埋め立て、自然を破壊して人間が住む所や道路を造っているが、私の子・孫には雄大な大自然で泥だらけになって遊んで、綺麗な川・海でおもいっきり水遊びをさせてあげたい。
そんな気持で生活しているのですが、便利だと思うと車に乗っちゃうし(汗)、実行は、なかなか難しいですね! |
以上、しげじじさんでした。今朝は六義園に9時の開門を待って入り、いろいろな木々を撮影。こちらに転勤して2年という管理事務所の人もこんな雪景色は初めてと
感嘆していた。でも、踏み石の雪を掃いたりして大変そう。滑らないでくださいと注意を受けて、グルリ1周。楽しかった〜。
写真はコチラ。
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文字がいつ見てもイイ!! |
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これがすだじいの木 |
ところで、札幌では雪かきのことを「雪はね」というとmiyaさんが教えてくれた。
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【使用例】 |
「雪はねでもしてみっかい」(←語尾を上げる)
「まっ、いたまし」(=まぁ、大変だわね〜) |
しげじじさん、これで合ってますか〜?
たんぽぽさんからもうれしいメールです。たんぽぽ家の今晩は、お鍋ですね。
| 1月21日(土) |
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きりたんぽ |
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寒いですね〜。
宅急便が「きりたんぽ鍋セット」を届けてくれました。
職場の先輩からです。うれしい〜!
比内地鶏と書いてあります。ごぼうもささがきになって入っています。もちろんスープも入ってます。
ところで頭のてっぺんにいきなりにょきっと1本の白髪発見。なんで、こんなに1本だけ長いの?って感じです。鏡と毛抜きで生け捕り成功。
セロテープにつけて日記に保存です。 |
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