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  3月15日(水)
はるるさん、
mickeyさん、
miyaさん

 今日はノイトロジンの注射2日目。その注射を打つためだけに行くものだから、看護師さんに「ご苦労様」といわれる(笑)。
 WBCの日本対米国戦は、アメリカの世論も、アメリカの誤審ということで落ち着いてよかった。
 野球のタッチアップの気分を味わおうと思って、信号が緑になった瞬間に足を踏み出そうとジーッと信号機をにらんで待機していたが、それでも一瞬遅れた。やっぱり捕球より前に走り出すことはできないよと納得した。って、そんなことを試す人、私ぐらい?

 昨日メールをくださったT-familyさんより、あらためて協力者の皆様へのうれしいメッセージ。
 「最近のyururiさんのページにはいろいろな方のお話が登場して、ますますジワーッと温かさが伝わってきます、たくさんのウィッキーをいただいています」
 
そうですよね。私も真っ先にみなさんのお話を読むことができて幸せです。今日は、たんぽぽさんの縁側日記はお休み。はるるさんのお話から。


はるるさん    やったねっ!

中学時代からのお友達Tちゃんがガンを克服された。おめでとう♪♪
6年ほど前でしょうか? 「私コウゲン病なの・・・」
絶句。難病なのではと、とても心配でした。
北海道へ行った折、お見舞いに行くと、ふっくらしている。
強い抗生剤のためむくんでいるとのこと。
でも、ピタッとお薬が合い、先生に「こんなことは珍しい」といわれたとのこと
よかった、よかった。

「はるるさん、マッチ知ってる?この病院のレントゲン技師なんだよね。
私は顔パンパンにはれているし、ばれないだろうと知らないふりしてたんだ」
2人でキャアキャア笑った。あの頃はよく笑った。
「マッチ!!」と大声で言うと、相手の男の子はすごく恥ずかしそうに
真っ赤になってかわいらしい。それでつい何回も・・・。
私たちも悪かったよね〜〜。

それからしばらくして今度は「卵巣がんなんだよ」。
このときはさすがにがっくりしていた。
「男の子を3人も進学校から名門大学に入れて、Tちゃん、子育て大成功だねって、
MちゃんもAちゃんも言っていたし、頑張ったんだもの、
神様がくれたお休みと思ってゆっくりしたら・・・」

長い、苦しい抗がん剤治療を受け、小さくなったところで切除。
最初は卵巣をとろうとして動脈にさわりでもすれば大変で、手術はできない。
余命3〜4ヵ月とのことでしたが見事に乗り切ったのです。

本人曰く「何でこんなに、元気なのに死ななければならないのよねっ!!」(拍手)

でも、入れ替わりに私が・・・。
私がベラ・ベラ喋り、彼女はじっくり落ち着いている。
相手はまだ脱毛状態なのに、気も使わずに「私もそんなになったら
、“今日はロンゲ、明日はストレート”とかいっちゃてね〜〜」とゲラゲラ。
「北海道と大阪でガンの2人がおかしいね」とまたゲラゲラ。


 mickeyさんもミッキーハウスを喜んでくださって、よかった♪ なお、文中に登場する「未来世療法」というのは、アメリカの精神科医ワイス博士が書いた著作からきている。未来は決まったものではなく、現世の生き方や選択によって変わっていくという考え方のようだ。オカルトというより、スピリチュアルなものらしいので先入観でみないでね。紹介されたブログに早速行ってみたら、2004年11月28日の猫の写真が愉快だった。他にも猫の写真があって、猫好きであることが伺われ、それだけでニャンとなく好きになった(←単純)。そうそう、達観したmickeyさんとカラオケのイメージが結びつかないという声があったが、「歌はうまいっすよ。もっとも、気分しだいで、最近の歌は歌わない(歌えない)ので懐メロです」だって。ま、まさか、演歌ギンギン!?


 mickeyさん  野狐禅です

 昨日、20年来の友人から電話があり、月末から四国のお遍路に出るとのことでした。自分でも言っていましたが、最近、周囲から見れば「未来世療法」などというオカルトっぽいことに凝っているそうです。Blog「双句」というのをやっていますので、お暇なときに覗いてみて下さい。紹介については、本人の了承を無理やり得ました(笑)。

 更新は気まぐれですが、四国遍路も3年目で、忙しい(?) 仕事の合間に400kmを歩いたそうです。今回は、気合を入れて6日間で150kmを歩くそうですが、私にも仕事を辞めて遍路に出ろ、とウルサイので、閉口しています。

 遍路の本を2冊と、歩くスケジュールというか宿まで指定したものをくれて、「行け」という酷い奴ですから(その紙は、どういうわけかすぐに見失いました)。
 しかし、野宿の話などを聞き、(お遍路で)自分に出会った、などと言われると興味はソソラレマス。

 遍路にでれば病気が治ると考えているふしがありますなあ。そういえば、肺ガンで四国遍路をして治したという落語家がいましたっけ。

 今日は、飲み会の予定だったのですが、その相手が風邪と花粉症のため、延期になりました。なんと軟弱な。別の懇親会の予定は無断欠席して、マッサージに行ってきました。鉄板みたいに固いとよく言われますが、固いなりにすっきりしました。

 そういえば、私に順調なときってあったかなぁ、と振り返ってみました。なかったよなぁ、というのが実感です。で、仕事から無理やり離されて、私がいなくても平気で会社は動いていますし、告知を受けて入院までの間の年末年始は、友人たちと何回も「お別れ会」で酔払っていましたので(もちろん会社は休んで)、うーん、ただの不良中年じゃん、と自己定義しています。不良ネズミだと、mickeyではなくて、「ねずみおとこ」かもしれないです。 

 達観なんかしていませんよ。時折、悟ったか、と思う時がありますが(^0^)。野狐禅です、はい。煩悩いっぱいです。


 野狐禅??? ゲゲ、これ、なんて読むの。のぎつねぜん・・?と思って調べたら、野狐禅(やこぜん)=悟ってもいないのに、あたかも悟ったような言い方 をすることだって。

 それでもって、今日は久しぶりにmiyaさんの昔話。
 「人が一年を感じるのは年末よりも、桜の時期であるらしいという広告コピーで、東北の桜が出ていたよ」といったら、「京都じゃないの」「ううん、確か東北の方だった」「東北といえばね」ということで、またまたバンドマン時代のおもしろい話をしてくれた。


 miyaさんの昔話   ホテルはどこ? 哀愁のラーメン

 サンマで有名な東北地方のある都市へ3日間ドサ回りに行ったときのことである。
 演歌のショーは昼夜2回で、8時すぎには終わる。
 当然、昼間の休憩時間に、地元の飲み屋を物色しておくのは常識。
 「ちょっと色っぽいおかみがやっている飲み屋を探しておいたんですよ」
 「お、それはいいね」
 といいつつ、毎度のことだから、おかみはにはさほど期待もせず、とりあえずホテルに戻ってからみんな(8人位)で集まって出かけた。
 
 カウンターと座敷があり、お酒も料理もなかなかおいしく、ヨタ話をしながらギャーギャー楽しく騒いだ。
 「ここは、サンマの産地ですよ。当然サンマを頼まないと通じゃないね。
 おねーさん、サンマの刺身2人前」
 「はあ?。今の季節はサンマの刺身ありませんよ。アレは秋でないと」
 「えっ、産地は通年で捕れるんじゃないの」
 「あんた達、どこから来たの?」
 「今朝、東京からですが」
 「もう本当に、都会の人はモノを知らないねー。はあー(ため息)。 この季節だと、イカなんかが旬ですねー」
 「どうしてもサンマ食べないと、私の立場が」
 「もう、しょうがないねー。サンマの開きならあるけど、それでいい?」
 
 「はいはい、サンマなら何でもいいです」
 「サンマの開きは、ご飯がほしいね」
 「私、骨についている、薄いところはがして食べるのが好きです」
 「あそこはうまいね」
 よた話。座敷の畳叩いて笑い転げ、さんざん飲み食いして、表に出て歩き始めたところで、みなの足がハタと止まった。

 「おれたち、今晩どこへ泊まるんだっけ。ホテルの名前は何だっけ」
 「わかんないよ。誰か覚えてないの」
 「どっちの方向か、わからないよ」
 「あ、人が来たからきいてみよう。すみません。私たちの泊まっているのはどこでしょうか」
 すると、その人が「おれ、あんたたち知ってるよ」という。
 ここでみんな大喜び。
 「おれたちもスターじゃん。ビータ(←旅のこと。バンドマン用語)一筋ン十年、
報われたねェ。おれたちも認められたんだよ」
 「そうじゃないよ。あんたら、飲み屋で一番騒いでたろ。おれたちもそこにいたんだ」
 「で、私たちはどこへ泊まっているんでしょう?」
 「知らないよ、そんなの」
 ズッコケ

 30分くらい歩き回って前を行く人に再びきいた。
 「おれたち、どこへ泊まってるんでしょう」
 「○○ホテルだよ。明日早いから早く帰れよ」
 「あ、マネージャー(←タレント事務所の営業マネージャー)、すみません。帰って寝ます」

 翌朝は6時出発。一同一斉に5時50分に起き出す。
 トイレと歯磨きをすませ、納豆でごはんを2杯食べてきっかり6時に出発完了!

 「おれたちも一流だね。駆け出しは10分じゃ準備できないんだよ」
 バンドマン生活が長いとそういうことだけがたけてくるのである。

 ■哀愁のラーメン 
 バスに揺られ、次の会場に12時頃に着いた。
 「ラーメン手配しておきました」
 「うれしいね、ラーメン食べたかったんだ」
 ルンルンで控え室に行くと、サランラップのかかったラーメンが準備されていた。
 ところがないッ。汁が1滴もないのだ。
 「お汁は、どこかに温めておいてあるんだよ。これに熱いのかけるんじゃないの」
 「すいません。ラーメンお汁がないんですけど、どこかにあるんですか?」
 「着いたときに、お腹空いてるといけないと思って、早めに出前頼んだんだけど、
麺が全部吸ったみたいだね。すみませんね」
 「いえいえ、お心遣いありがとうございます」
  
 「あれ切なかったね〜。汁のないラーメンを初めて食べたよ。
持ち上げると丼の形にラーメンがついてくるんだよ」
 このとき、つくづくドサ回りの悲哀を感じたそうである。


  3月14日(火)
たんぽぽさん、ちゅうさん
mickeyさん
診察日

 

 患者家族の方で昨年10月に手術をされた方から、メールが届いた。その内容がとてもありがたく、キャッキャッと喜んでしまった。「どれを見ても肺がんの困難さ、暗いイメージの情報ばかりで、めいっぱい暗くなって」いた時に、ここに出会って救われる思いがしたそうだ。「元気をいっぱいいただいて感謝していまーすという思いをお伝えしたくて」と書いてあって、免疫力がビュンとアップした感じがした。

 元気な闘病記って場違いな感じがしていたけれど、少しはお役にたてているのだと、そのことがうれしかった。これも協力してくださっている皆様のおかげ。本当に、本当にありがとうございます!!
 
 今日はたんぽぽさんから。たんぽぽさんは昨日「のど仏のちょっと下に、気のせいか膨らんでいる場所があって、息苦しいときにその場所が連動します。飲み込むときにもちょっと違和感あるし・・・。明日、見てもらいますが、気のせいだといいんですけど」と心配していた。再発転移!?と不安になるのはみんな同じ。だいじょうぶだろうと信じつつも、やはり心配だった。よかった。


たんぽぽさん  3月14日 大混雑

仕事に復帰して以来、初めての検診。
レントゲンは混んでいなかったのに、採血室は50人以上待ち。
でも、十分に暖房が効いた待合室で、たっぷり待ったので、血管も全開!
一発成功でした。

診察は、これまた、1時間以上ずれ込んでいる模様。
2:30の予約で呼ばれたのは4時近くでした。
「お待たせしました」と先生。
「朝からずっと診察を続けているんですか?」
「そうです。これ一本です」
「大変ですね・・・。手術の日の方が楽なんじゃないですか〜?」
「そうです。手術のほうが楽です。ははは!」

気になっていた、のどの違和感を訴えると、触診をして、
「ここにはリンパ腺はないので、ガンとは関係ないでしょう」とのこと。
「気のせい」と思っていていいですか?と聞くと、鎖骨に沿った部分を触り、
「ここがリンパ腺の一番上になりますので、ここが腫れてきたら、検査をします。
なんともないですよ」とのこと。
CEAは0.9。私はもともと、ガンがあるときから、
腫瘍マーカーに反応が出ないタイプだったのですが、
その頃とまったく、数値の変動がないようです。

疲れてくると、背中や首、肩が、板が入ったみたいに、重苦しくなるけれど、
マッサージにかかってもいいですか?と聞くと、
「やってもいいですよ」とのこと。

毎年6月に受けている人間ドック(去年のこのドックで
ガンが見つかった)を、今年はどうしましょう?と相談すると、
「詳しい検査はすべてしているけれど、
将来にわたって、継続的にデータを取っておくことは、
大事なことだから、受けても無駄にはなりませんよ」とのこと。

「それではお仕事、がんばって」と最後の言葉。
「きついですよ〜。肉体労働ですから」というと、
「何の仕事だっけ?」
「保育士です」
「そりゃ〜きつい!」と、言うことで、終わりました。

次回は6月6日。
嵐の新年度も一段落したころですね。


 たんぽぽさんのCEA0.9なんて、私にとっては夢の数字になってきた。
 ここで、ちゅうさんから送ってもらった大根餅の写真を大公開。おいしそう〜。


 ちゅうさん 3月14日 大根もち

茶色いのは焦げたのではなく、入れすぎたごま油!
私もVandaさんと同じで、鬼おろしがいいかな。
刺身のつまのようなだいこんをいれこんでも
美味しいと思います。
私が次に作るときは よくかき混ぜることが
鉄則だと思いました。
ところどころ上新粉の味がしたんだもの。
それからねぎは必須ですね。
このさい ねぎもいれ込んでしまおうかと
ずぼらなちゅうは思うのでした。
 


 miyaさんは、ちゅうさんの意見に対して、ねぎはぜひ薬味にと主張している(笑)。乾燥ホタテを細かく砕いて入れたらおいしいのではないかと言っている。ういろう、大根餅ときて、次のブームは何だろう。miyaさんは「おやきだ!」といっていて、以前に何回か作っているから、自信がある様子。

 次はmickeyさん。仕事が順調なときに病気になったように思えたので、「人生観は変わりましたか」とたずねたことに対して答えた内容である。mickeyさんもはるるさん同様、1ヵ所にまとめた(3回掲載したらコーナー設定!)。ミッキーマウスにかけて、 「ミッキーハウス(mickeyの部屋)」。「ハァ?」と疑問に思ったり、「ハァ〜」とため息をついているような雰囲気を出したのだけど、ダメ!? 結構、かわいいと思うのだけど。(写真はK病院の梅の木)


mickeyさん  3月14日  癌は神様からのメッセージ

 人生観はどうなのでしょう。よくわかりません。 
 咳が出ますが、癌ですから当然ですし、癌は神様からのメッセージと考えれば、生き方を変えろということですが、どういう生き方をすればいいのか、正解のないことを考えることになりそうです。
 王陽明が、死ぬ直前まで、淡々と弟子に講義して、討伐の仕事をし、客死したのを理想としています。彼は、肺結核で吐血しながらも、洞窟で講義し、戦場にでかけました。

 いま生きていることがそれだけですごいことだと知ることができただけでも、癌になったことは神様からの贈り物かもしれません。小林秀雄が「役に立たない神様は捨ててしまえ」と喝破したそうですが(私は原文を読んでいません) 、彼なら言いそうです。
 2年前と今では、人生に対する見方が変わっています。価値観が変わったことは確かなようです。

 どう変わったか、日々の生活のなかで自分の反応をみながら、それを大切にしながら確認している最中といったところです。
 嫌だと思うことはしないほうがいいようだ、というのか最近わかったことです。

 なにがなんだかわからないことばかりですけれど、周囲の人たちと微妙に感覚がずれてきている自分を大切にするしかないようだ、とは思っています。ズレてきている自分の感覚しか私には残っていないようです。


 がんにならなければ違う考え方をしたかもしれないけれど、今はmickeyさんのいおうとしていることがわかる。神様からの贈り物といえるまでには達観できないものの、なんらかのメッセージであったとは思う。
 
 ところで、今日は抗がん剤1週間目の白血球を上げる注射の日だった。
 そんなことより前回と同じ所に復活した毛嚢炎が大変なことになっていた(笑)。口内炎がほんのポチッとできても、口全体が腫れ上がったような気がするが、まさにそんな感じで、股にゴルフボールをはさんでいるみたい。タコの吸い出し(←懐かしい!!)でもあればすっきりするかなぁと思っていたら、今朝、自然爆発した。大変だ、診察でS先生にきいてみなきゃ。

 7:15に病院へ行ったら3番で、採血の順番は1番だった。初めての技師さんは失敗して手の甲にブスリ。「親からもらった血管だから文句は言えないわねぇ」だって。
 
 診察室に入ると、白血球の数字があまり下がっていないので、先生は注射(ノイトロジン)をやめようかと思っていたところだった。
 「今日はどうしようか。(注射を)やめてもいいですよ」
 「先生、だめなんです。毛嚢炎がひどくなっちゃって、松本に行ったとき、2日間薬を忘れていったんです」
 「そんなの、忘れる人がいけないんだよ」
 「それがね、膿んできたので昨日あわてて薬(抗生剤)をもらいにいったんです。今朝は血も出て、膿(まじりの血)がドドドと出て」(←かなりオーバー)
 「それでか、それで上がってるんだ。フ〜ン」
 「だから注射を打たないと、もしかしたら免疫力が下がって大変なことになるかも」
 「まぁ、大変なことだけどね」
 「今日はそれに確定申告をしなければいけないから(ここで声を潜める)悪くなると困るのです(ヒソヒソ)」
 「ま、今日は打っておくか。炎症のせいで上がったのかもしれないね」
 「先生、毛嚢炎をなめたらいけないですね。体の状態が弱ってるときに復活する。水虫と同じで治ったと思ってもずっとつけてないとだめなんですね、場所が場所だけに痛いよぅ〜」
 「まぁ。しょうがない。WBC(白血球)が2500・・・」と言いつつ、カルテに採血結果を記録し始める。
 「WBC・・・アレ!?」
 「World Baseball Classicだね」
 「」 

 「先生、私のHP、肺がんの人が投稿してくださるようになって元気なサイトになってきたの」
 「よかったね〜」
 「うん〜」 
 ここでカルテの文字を見ながら話しかける。
 「先生、Pltって何ですか」
 「血小板(platelet)です」
 「それも必要な数字ですか」
 「じゃ、書いておこう(といって、カッコ書きをする)。こんなにサービスのよい人もいないです。ケフラール(抗生剤)でよくなってるんだね」 

 「昨日もらったんです。それで、今朝爆発していたからビックリしたんです」
 「いや、排嚢した後はよくなるんですけどね。汚いのが出た後は」
 「中性脂肪を抑えるため、ベザトールももらってきて飲み出しました。肺がんで死んだんじゃなくて、中性脂肪のために、yururiさんは不幸にも……となっちゃうといけないから」
 「それはありえるね。笑えないです。僕の肺がんの患者さん、再発はしていなかったのに行き倒れちゃった」
 「でも、白血球が下がっているときにウォーキングしたり運動したりしない方がいいでしょ」
 「やるなっていってやめる人じゃないでしょ。ちゃんと書いておいてね。(レコーダーのマイクに顔を近づけ大声で)やるなっていわれてやめる人じゃない(笑)」

 ここで、カルテの画面に1字間違いを発見して指摘。
 「厳しいね」
 「だって、先生、このままのるんだから、きれいな日本語にしておかないと恥ずかしいよ」
 「(傷が)悪くなったら入院の可能性もあるよ。まぁ、とりあえず様子を見ますけど。熱が出たりとかね」
 「熱は昨日37℃だったのが、たった今36.3℃まで下がりました」 
 こんな会話をして戻ってきた。でも、中性脂肪、コレステロールともに下がっていてよかった。

 病院でバッタリとご近所の人に挨拶された。卵巣がんで手術、抗がん剤治療をしたのだそうだ。がんの人は身近に増えているなぁとあらためて感心した。


  3月13日(月)
WBC疑惑の判定にポカ〜ン/たかこさん、mickeyさん
 

 

 

 

 WBCのアメリカ戦で、イチローが先頭打者ホームラン。バンザーイ。でも、三流審判が自分のジャッジを覆すという愚行に出て、結局はアメリカに逆転負けした。タッチアップという、基本中の基本をきちんとできないプロの野球選手がいるか? 審判はたとえ自分のミスでも判定を覆さない。アメリカびいきといわれても仕方あるまい。

 ハイライトシーンでタッチアップ後の走塁を見たが、ほとんど同時で、コンマ何秒というところだろう。アメリカの良識が疑われる。あれが逆だったならば日本の抗議は受け入れられないはず。

 でも、一つだけ不満があるのは、あの犠打をとったのは元マリナーズで、「かわいそうなほど弱肩」として知られたランディ・ウィンだったことだ。マリナーズのウイークポイントといわれ、あの人に渡ったらほぼ得点されるのをあきらめたものだった。だから、きちんとタッチアップすれば必ず得点できた。

 相手チームの情報をきっちり把握していれば、彼にボールが飛んだ時点で、冷静に走れたはず。現に気の毒なほどの制球力で、ボールはそれたから、悠々とホームインできた。日本の3塁走塁コーチは何をしていたのだろう。9回表でイチローは敬遠されたから、アメリカ側にはこういう場面でのイチローは強いとわかっていたのに(笑)。

 事前情報を収集し作戦をたてることが重要だということ、そして、どのように抗議されても有無をいわせぬタイミングでスタートすることも必要だ。限りなくグレーであれば、白黒どちらに転んでも文句はいえない。
 でも、アメリカと互角の試合をしたので、今後の楽しみが増えた。(20:00up

 【追記】 これをアップしたら、疑問が到着。
 「ランディ・ウインの硝子の肩を3塁コーチャーが知っていたら・・・と言うのは、どうなんだろうかと思います。3塁コーチャーは多分タッチアップOKかどうかを走者に伝えるだけが役割で、スタートのタイミングをコンマ秒単位で指示出来はしないと思いますから・・・。
 タッチアッププレーは選手が経験的に体得しているタイミングで為していると思います。
 そういう意味では、今回の場合、浅いフライでもあっただけに、西岡選手は過去の経験値よりも微妙に早くスタートしたかも知れません。ビデオを見る限りは同時スタートように思いますが、アメリカチームと主審は、その微妙なスタートの早さを感じたのだと思います。でも、判定を覆した審判の行為には今もって極めて不信を感じます。今晩は寝れないかも知れません」
 
 
確かにそうかもしれない。でも、ウィンの肩に関する情報があれば、捕球したのを確かめて一瞬遅らせたかもしれない。MLBでは、ウィンがレフトのとき、浅い犠牲フライでも敵チームはつっこんでいた。不眠は体に最もよくない。すんでしまったことなので、頭を切り替え、明日考えましょう! 後を連勝すればいいのだ。って、イチローがあんな目に遭っていたら、私は大荒れだったかも。 (21:00up

***

 今日は、たかこさん。膠原病という病気のことでいろいろやりとりしていたけど、その内容からアメリカの医療のことがとてもよくわかる。がんという病気も大変だけど、膠原病もまた治療法が確立していない。たかこさんの治療経緯を読むと、どんな病気も楽なものはないなぁと痛感させられる。
 現在までに早く追いつかなきゃ。
 
 それと、たんぽぽさんの昨日のメッセージを受け、mickeyさんからさらに詳しい状況が届いた。 
 mickeyさんは、自分の病気を冷静に分析しているような気がする。


 たかこさん  05年10月2日 アメリカの医療費と医療保険

 アメリカの医療費はとても高額で、医師は患者の保険加入の有無とその種類も考慮して治療方針やそのための検査を進める必要があります。少し前ですが、日本から来た留学生がアメリカで末期癌と診断され、2週間入院して、診察・検査・手術・そして1回目のキモセラピーを受けたところで、日本から加入してきた旅行者保険の満額1000万円を超えてしまった、ということもありました。

 アメリカの医療保険について、私は個人加入の医療保険に入っています。
 10年前に膠原病を発症する前から加入していたものです。
 これはとても大事なポイントで個人加入の場合、既往歴、特に癌や心臓病、難病を持っていると、まず100%加入を断られます。加入後発症した場合は、追い出されることはありません。

 ということで、今加入している保険を解約したら、高額医療費消費者の私を受け入れてくれる保険会社はないので、たとえどんなに保険料が値上がりしても(毎年1、2回は値上げされる)今のこの保険にしがみついている必要があります。加入者の年齢と何百種類もある保険のタイプによって加入金は異なりますが、私の場合、年間の保険料$5000と年間の自己負担額が$5500を越えた時点で、そのあとは100%保険によって支払われます。
 そしてそういう保険の使い方した翌年は保険料がボンッと値上げされます。
 病気になることを予想していたわけではありませんが、比較的適応範囲の良い保険に加入していたため、家を売らずにここでの治療が可能となっています。

 今年もとっくに自己負担免除状態になっており、保険会社のブラックリストに載っていそうです。・・・保険屋のセールスマンみたいになってしまいました。


mickeyさん  3月13日  治療の経緯

 Vbの告知をするとき、担当医は私の治療プランを外科と相談したそうです。私の場合は遠隔のリンパに明確な転移がありましたから、手術するのは難しかったようです。医者、病院によりVbでも切るところはあるようですね。

 実は、告知を受ける前の骨シンチで脳に転移の形跡がありましたので、ステージWの可能性も指摘されていました。入院してすぐに脳の検査をしましたが、幸い転移が認められなかったのですけれど。

 私の場合は、(W期の可能性のある)Vbの診断、というのがより正確な告知内容でした。W期の可能性もありましたから、はじめから手術はプラン外だったようです。いまでも、頭痛がすると、転移か、とひやりとすることがあります(入院早々外科で診察を受けたときに、前の診断から1ヵ月も経っているのですから、転移していたら瘤になっていますよ。わからないから経過観察にしましょう、と言われました)。

 後からわかったということは、みつけるのが難しいほど小さかったということだと思いますので、たんぽぽさんの場合、ご自分の免疫で解決できたってことで結果オーライだったのでしょう。手術という選択が失敗ならば、Vbでは手術しない、という理由の症状がすでに出ているはずですから、気にする必要はないのではないように思えます。

 昨年(2005年)8月に頚部リンパが腫れていましたが、リンパが腫れるということは癌とリンパが闘っているということで、他に転移がみられなかったら、自分のリンパを信頼して応援する選択もあるな、というのが、抗がん剤での治療を受けないと選択したときの気持ちです。リンパの働きが悪いから癌になったので、こういう考え方はナンセンス、と否定するドクターもいますけれども。

 再燃の折、ドクターに「余命半年の告知を受けると生前に保険金を受けとれる保険に入っているのですが、余命はどれぐらいですか?」と尋ねると、「いつでもお金が必要と判断されたら申し出てください。書きますから」と言われました。翌月の検診から数値が下がりはじめていましたので、診断書を依頼するきっかけを失いましたが、長生きしても返せとは言われないようなので、あの時すぐに書いてもらえばよかった、と不謹慎なことを思ったりします(請求するには保険会社の専用の診断書が必要で、取り寄せている間に数値が下がりました)。


  3月12日(日)
Part2

しげじじさん、たんぽぽさん、mickeyさん

 松本から戻ったら、しげじじさんから、カエルに関してのメッセージが届いていて、わかる、わかる、この気持ち〜〜。
 松本市内でカエルでまちおこしをしている「なわて商店街」でたいやきを売っていて、カエルの形をしたカエルやきというのがあればいいなと思ったが、その場合もどちらかから食べようか悩ましい問題になる。たいやきはタイがかわいそうとは思わないけれど、カエルやきはやはり罪の意識を伴いそう。


 しげじじさん 3月11日 かわいそうで食べられない  

実は夕べから、とっても、悩んでいます(笑)。昨日、かみさんがどこかの物産展でのお土産って、カエルさんのおまんじゅうを持って帰りました。
yururiさんの話を知っているので、
家族のカエルへの反応がすごいです。

でも、問題!!
かわいそうで、食べられないのです(笑)。
後頭部がかけたカエルちゃん。右半分だけになったカエルちゃん。
あ〜〜〜想像したくない(汗

そのままにしても、カビはえるか、乾燥カエルですよね。
冷凍庫で冬眠させるか?それでも、そのうちミイラになっちゃうよね。

どこの名産かわかればいっぱい買ってきて、食べられるかな?
その時は、一口でパクッ!!
可愛そうか?美味しそうか?どちらを優先しよう?!?!


 たんぽぽさんからはmickeyさんへのご挨拶。たんぽぽさんも、結果としてはIIIbだったということをあらためて思い出した。私も最初はIaの診断だったのに術後はIIa。後から病期が変更になると、少なからずショックを受ける人もいるだろう。でも、そこでめげても、病期が軽くなるわけではないのだから、気にしないことが一番。たんぽぽさんも、再発していないのだから、病人ではない。元気でいこう!!


たんぽぽさん 3月12日 初めまして、mickeyさん

「肺腺がん」「Vb」と私と同じですね。
やはりVbだと、切らないのですね。

1月末の診察で、手術をした外科医に戻りましたので、そのときに聞いてみました。
「V期以上は手術をしないと、術前の説明では聞いていましたが、
(この段階ではTbといわれていた)
もし、始めからVbと判っていたら、切らなかったんですか?」って。
「切りました」と即答。
なんかそれ以上、突っ込めない感じでした。
ま、もう切っちゃったんだから、良いんですけど。
切る、切らないの判断がどこにあるのか、私が調べた限りでは出てきませんでした。

あさって、診察です。久しぶりの採血。
一番遅い時間で予約を入れてもらったので、
午前中、仕事をして午後半休をもらって行きます。
保育園の仕事って、午前中が勝負ってところがあるので、
午後の方が休みを取りやすいのです。

はるるさんの子どものいじめの話。
「この子ってこういう子」というイメージを作ってしまうのも、
それを覆してやれるのも、大人の言動にかかっていると、保育園の年代では思います。
担任の価値基準って子どもにとって絶対のものらしい。
トラブルの多い子ほど、無理してでもほめるところを探す。
きっちり叱って、良いことをしたときは、きっちりほめる。
これが実に難しい。そして根気が要ります。

最近、夕方になると、室内にいても息切れがしてきます。
そういうコンディションで、この作業は実にきつい。
でも、こういうことを延々とやっていることが
私の仕事だから、頑張るしかないのですけど。

金曜日はいよいよ卒園式。
普段のジャージというわけには行かないので、
去年の卒園式で来た洋服を引っ張り出さなきゃ。
でも、きっとぶかぶか。ブラ再開もその日かな。


 それで、アンサーメッセージというわけではないけれど、mickeyさんからも到着。
 SunChildさんが悩んだ問題について明快にバッサリと切ってくれた。世間の常識人、良識ある人はこうでなくちゃね〜〜。


 mickeyさん  遅かれ早かれ

 癌患者は、「遅かれ早かれ人間は死ぬものだ、私は早かれらしいけれど」、という人生の視点を強制的に持たされた人と定義していいのかもしれません。

 その視点が脳に加わったときに、脳のなかでどういう変化を起こすかは、一人一人違うように見受けられます。それはそれでいままでの人生の歩み、抱えている状況が違うのですから、当然だと思います。

 「患者じゃないのに、患者の気持ちがわからない」という人は、同じ癌患者同士ならば、「おまえにはおれの気持ちはわからない」と言い放つのでしょうか。
自分の存在感を、周囲を否定することでしか示すことができない人はどこにでもいるものです。私はそういう人に会うと、「おこちゃま」と心のなかで呼んで相手をしています。

***

 先週、3ヵ月ぶりに床屋に行きました。精算のとき、「60歳以上ですか」と聞かれました。60歳以上だと割引があります。「まだ・・・ですよ」と答えました。還暦を過ぎているようにみえるらしいです。(T_T)。はじめての経験ではないので、慣れてはいます。見た目を考えると初老と自己紹介するのも気が引けました。(ほぼ全白髪です)。

 入院してすぐに、便秘になり、5日ぶりのお通じで病室のトイレを詰まらせたことがあります。担当の看護師さんを呼んだり、設備の人を呼んだりして恥ずかしい思いをしたことがあります。
 入院中、便秘には悩まされ、ドクターからもらった便秘薬を欠かせませんでした。
 病室のトイレは洋式で、ふんばれないから、と旧館の外来用のトイレによく行きました。軽い切れ痔になりました。

 入院当初は、空きベッドの都合で他の3人が女性の4人部屋でしたので、余計に閉口しましたね。私が入院していた階では、1部屋4人ですが、男女に分けられないときもあり、私のあと、男3人に女性1人ということもありましたね。

 昨日は、以前勤めていた会社の元同僚達との飲み会でした。私を含めて5名で、他の4
人は妙齢な女性たちです。20歳で入社した最年少の子も34歳、すでに全員がその会社を離れ、昨年の8月から、ときおり、その輪のなかに入れてもらっています。
 女性陣はパワフルで、カラオケは貸し切り状態。唄と雑談で楽しいひと時を過ごしてきました。メンバー全員私が進行がんであることを知っていますからこちらも気楽で、「数値が下がるなんて不思議よねぇ。おとなしく療養しているようとは思えないし、どうして?」と返答に窮することも平気で聞いてきます。切れることのない女性陣の会話を聞かされ、心地よい(?) 疲れで帰りは午前様、昨晩はよく眠れました。
 来週は、飲み会の予定が2件入っていますです、はい。

***

 昨日会ったお姉さま方の中に保育園で給食を作っている人がいて、たんぽぽさんの話はおもしろく読ませて頂いています。
 「とんでもない子どもたちが現れてきますよ、これからは」と内田樹がどこかで書いていました。「オレ様化する子どもたち」を読んでいて、 今の子どもたちの実態に愕然とした覚えがあります。
 養老孟司 が「こどもは自然と一緒です。子育ては手入れ、です」という主旨のことを繰り返し言っています。
 先日から折に触れて、「14歳の子を持つ親たちへ」とか「希望格差社会」とか教育論に近いものを読むことが多いのですが、じっくり腰を据えて、大人の責任として考えていく課題だと思います。


 それから、3月10日に大根もちを作ったVandaさんに、電気釜の中になぜ小皿を入れるのかきいたところ、「小皿を入れるのは、芋が鍋底に焦げ付くのがいやだからです。水は鍋底に入れます。カボチャの場合は小皿を入れる余裕がないし、 皮が焦げても問題ないから小皿を入れません」。試してみてください。


  3月12日(日)
Part1
カエルちゃん尽くし

 ★写真集なわて通り商店街」「観光した所」「大きな写真で見て見て!!
 
 yururi歩けばカエルに当たる。初めて降り立った松本では全く知人がいないので、仕事の翌日は観光をしようと考えた。
 ホテルで「信州松本」という案内図をもらい、松本城でも……などと何気なく見ていると、これは!!。
 「カエルの町なわて通り/縄手のカエル/うるおいとほほえみをカエルまち」
 もう内心は狂喜乱舞。
 「こ、これはどこにあるのですか」ときくと、ホテルから徒歩でも行ける場所だった
 
 翌朝はのんびりするどころか、朝食も開始時間の7:00にそそくさと食べ、8:00にはホテルを出発しカエルの商店街となっていた「なわて通り」にスタコラサッサ。商店街が開いているはずはないから、開店前を撮影し、一人で舞い上がる。ここにも、あそこにもカエル、カエル、カエルのオンパレード。

 この後、松本城へ。松本城の木造天守閣は現存する城郭としては日本最古だそうだが、空が青々としていたせいもあり、見事な美しさ。赤い埋橋の近くのベンチで一休みしたが、後ろの梅園はまだ1輪も咲いていなかった。

 出張前に東京が暖かかったから、軽装で行くつもりだったが、miyaさんから信州をなめてはいけないといわれ、半コートできたものの、この日はコートが不要な暖かさ。
 その後、徒歩で開智学校へ行き、すぐ近くの県宝・旧松本カトリック教会司祭館を見る。ここで足が疲れ、タクシーに乗って、松本民芸館を目指す。ホテルの観光案内を見ていて、なぜかとても行きたくなった 所だ。運転手さんが「あれが美ヶ原」などと遠くの峰を説明してくれて、美しさに感激した。

 40分ほど見て、バスで再びなわて通りへ。好天の土曜日だから、お店の人たちは期待したようだが、まだ観光シーズンではないので、やや客は少ない感じ。とにかくこれはカエルを見て笑ってもらおうという商店街。生き返る、よみがえるのだという熱い思いが、衰退していた商店街の「まちおこし」に込められていた。カエルまつりが6月にあるそうで、帰ってからmiyaさんに「6月、松本へ行こうよ」と騒ぎ立てた。

 前日の仕事でも、気骨がある人たちに出会えて土地への印象度はグングンとアップしていたけれど、蜂の子がおいしいから今度ぜひといわれたのには閉口した。でも、町の名所旧跡も素晴らしいし、運転手さんがすすめてくれた日本司法博物館、日本浮世絵博物館のほか、日本民族資料館、松本市はかり資料館、松本市美術館、松本市立考古学博物館など見所いっぱい。美ヶ原温泉や浅間温泉など温泉だってある!!
 よ〜し、また、行くぞ〜〜。1日にして松本ファンになったのであった。


  3月11日(土)
mickeyさん、ヨロシク♪ 
はるるさん、
たんぽぽさん、Vandaさん

 私は仕事に行く場合、ほとんど観光しないけれど、今日は土曜日だし、午前中は観光をしようと思ったのがラッキーだった。yururi歩けばカエルに当たる。な〜んてことが本当に起こってしまった。それで、この報告は明日!!(食事DATAも、カエルの写真も明日ね)

 今日は、mickeyさん(東海地方在住)の肺腺癌体験記。
 mickeyさんが初めてメールをくださったとき、「51歳、初老の男性です」と書いてあったから、mickeyさんが初老ならば、私は中婆だ(ミドル・ババ)〜とガクッときた。mickeyさんは本名を出したいぐらい美しい名前の持ち主。小さいころ呼ばれていた「ミッキーマウス」が現在のHNにもなっている。

 「療養生活での心得ということですが、ひとつだけ、お通じの調子を気にかけています。yururiさんの“食事MEMO”は、何を食べられたかよりも『お通じあり』に反応してしまいます(^0^)」だって。
 「お通じあり」と書くのは当初抵抗があったけれど、入院中は必ずきかれることなので書くことにしている。それにしても、このごろほとんど便秘をしないで快調なのは、毎朝のジュースのせいかもしれない。特にリンゴがいい!!(バナナからリンゴへ浮気・・・)

 問い合わせに答えて。
 ジュースを作るのは、N社製のファイバーミキサーを利用している。同社の通販で購入した。お茶の粉砕器がついているので、無農薬茶を買ってきて毎日飲み、朝夕使っているから元はとったはず。

 「果物だけだと、ドロドロになるので、市販のジュース(ヤクルト等の野菜ジュース)で水の代わりに割っています」とmiyaさん。記録の効果で、漢方薬もまじめに飲むようになった。体重を毎日計るだけでやせるというダイエット法もあるから、毎日意識するのがいい効果を生むのかも知れないが、体重だけは書けるレベルではない(←いつになるやら)。


mickeyさん   私の(癌の)推移

 2004年12月22日に告知を受けました。
 検査の途中でドクターから前振りがありましたので、それなりに覚悟はできていたつもりでしたが、少しうろたえました。

 肺腺癌(ステージVb)で、外科手術はしないとの方針でした。
 年末のため、入院は年明けということでしたが、2005年1月19日まで待たされました。
 3月4日まで入院していました(当日の朝、ドクターから退院の打診があり、その日の午後には退院です。地方病院ではベッド数が足りなく、外来ですむ人はすぐに退院させられます)。

 腫瘍マーカー (CEA) が2月初めには120ありましたが、3月初めには50に下がっていました。治療方法は、抗がん剤の投与と放射線です。

 退院後1ヵ月は治療を休止し、外来で4月から5月まで抗がん剤の治療を続けました。CEAは5月には9まで下がりました。あとは、1ヵ月に1度の経過観察となりました。

 退院してすぐに風邪を引き、咳き込んでいました。CEAは6月に19、7月末には40となり、右頚部リンパ線が腫れて、さわると二筋のしこりがありました。超音波で調べると、脇の下、足の付け根のリンパも腫れていました。

 ドクターから治療の再開をすすめられました。その折、点滴による抗がん剤投与、経口による投与(イレッサ)、そして、対症療法と3つの選択肢を示されました。
 対症療法を選択しました。

 CEAは、9月(34)、10月(27)、11月(25)、12月(21)、2006年1月(18)という推移をしています。
 右頚部リンパの腫れもなくなりました。病院では、毎月のレントゲンと採血、3ヵ月に1度、造影剤を使ってのCT検査をしています。

 仕事は告知されてすぐに休職し、3月の治療休止期間は体調のいい日を選んで出社していました。本格的な仕事復帰は、7月16日からで、月に1度の検診以外は(風邪で数日休みましたが)、ほぼ毎日出社しています。残業はほとんどしませんが、定時の間は机の前にいます(煮詰まると、100mほど離れた公園に散歩に出ますけれど)。

 2月は風邪が長引いて体調もよくなく、たぶん、CEAも上がっているだろう、と予想しています。自分に都合が悪いことは、考えないようにしていると、忘れるようです。結果は3月の検診日(24日)に教えてもらえます。

 3月に入り、2ヵ月ほど続いていた風邪もなんとか治まりました。咳は出ていますが、いまの体調は悪くありません。


 特に治療をしなくてもCEAが下がったという事実に目をパチクリ。これってスゴく元気が出る事例ではないか。悠々と、淡々としているmickeyさんの応援団第1号になっちゃおうっと。

 それから、「大阪のおばちゃん はるるさん」コーナーのタイトルイラストは、あくまでもイメージなのでそのあたりご理解を!!
 他の人も「ゲラゲラモード」だったらしいけれど、はるるさんにも大受けしたようでよかった。
 はるるさんはPartI、PartII。


 はるるさん  3月11日  PartI ワッオー

本当の私は、北海道生まれでモンゴル系といいますか??
目が細く色は白いのですが、口は小さく太っています。
若いときイヤヤナーと思いましたが仕方のないことなので性格だけでも良くなろうと・・・
でも、時々「笑顔がいいね」「凄く優しそうで明るい」といって下さる方がいるので、
それを信じています。

私は女性を観察するのが好きです。
秋田美人は2つにわかれます。
(1)モンゴル系の色白、鼻筋がとおり、口が小さく、きれいな色をしています。
(2)目がくっきりしていて丸顔。

移住者の多い北海道は秋田系の人が多いようです
性格はおおらか・辛抱強い・純粋。
大阪は目が大きい、そして九州や四国からの方が多いです。色黒だけど顔立ちがいい。
太閤さんも徳川さんも目は大きいでしょう・・・?


 はるるさん  PartII 無いものねだり

私のお友達には目がクッキリした人が多い。
主人も・・・。でも、歳をとったら奥目になりかけである。
私も脂肪か水分がたまって半分あげたいね〜と。

私は、大阪、北海道のノリで生き抜いている。
子供を叱る時「何をやっているの!、駄目でしょう」
「何でそんなことするの??」と標準語で言い切ると、とてもダメージを受けるようで
「駄目やんか〜・・・何でそんなことするんよ〜それはあかんやろう??」
とではだいぶ違うのである。
1度失敗したことがある。
とても口達者の子にさんざん言われ倒されて、4〜5人の女子が不満を言っている。
あまり長いこと言い続けるので、こんなところでぐじゃぐじゃ言わんと、その子に
「何を言ってるの!!
自分もするときあるでしょう!!!(後は*○△◇・・・・メチャクチャ
江戸っ子弁やら・極道の妻やらを熱弁し、もうなりきって・・・・)」
その場はみんなポカーンとしている。
自分もあまりにも上手にいきすぎてポカーン。
その後、「上手!!すごい!!」と、パチパチと拍手までする始末。
家に帰って言われたら大変だ・・・。
「なんていうの〜」と、紙まで持って追いかけてくる・・(笑)。

子供のイジメはきつい。
はなくそほじりの子に飛んでいって声をかけるのも
「はなくそマン」といわれ悲しい目をしていたのを思い出すから。

足がないよというのは、あまりに、ぎゃあぎゃあ泣いて皆から嫌われていたから。
大爆笑の中、顔を涙でグチャ・グチャにしてつられて笑っていた子も
その後は大声で泣かなくなりました。

次回から大阪のおばちゃんに戻ります。
えーっ   今回も前回も変わらない?  ショック!! (はるる)


 次のたんぽぽさんからは2日分到着!!
 私は今日の特急で、あまりにも眠くて、ズズッとずり落ちたら帽子がぬげて、ウィッグもずれてしまった。ギャ〜〜、周囲に誰もいなかったからよかったけれど、列車で寝るのは要注意だと思った。


 たんぽぽさん 3月10日 うれしい知らせ

先月、職場の先輩(たぶん50代なかば)が、人間ドックの喀痰検査で、「再検査」に。
私の知っている限り、20年以上はタバコを吸っています。

2度の再検査の結果、完全に「シロ」になりました。
はじめに「再検査」といわれた日から、ぴたっと禁煙していたとのこと。
医者は「喫煙の影響で疑わしい結果が出ていたのでしょう」と言われたようです。
「ほっとしたら、タバコが吸いたくなった」と、本気なのか冗談なのか言ってましたが、
とにかく、よかったです。

あと、ひとり、別のガンの疑いで再検査中の友人がいます。
彼女の無事を祈るばかりです。


 たんぽぽさん 3月11日 初披露?

ちびまるこちゃんのおじいちゃん状態から、
だいぶ伸び、地肌は透けて見えない程度に、伸びてきました。
でも、まだまだ、外出時は、ウィッグまたは帽子。

今日は、ビールの配達が来たときに、思い切って何もかぶらず出てみました。
お金のやり取りをすませ、ぱっと私の顔を見た配達のお兄さん。
ちょっと、視線がくぎ付けっていうか、じっと見てるかも・・・って感じがしました。
気のせいかも。気にしすぎかも。
やっぱりまだ、このままじゃ、外には出られない!


 Vandaさんは早速大根もちを作ったそう。これから作ろうという人の参考までに。
 このごろ料理好きな男性が増えているのかなぁ。miyaさんによれば、「早炊きというのは、余熱をしないという意味。スイッチを入れるとすぐ炊飯を始めるモードにしてください」とのこと。
 しげじじさんから届いた話は、カエルのネタなので、明日、私のカエル報告と一緒にします!!


 Vandaさん 3月10日 大根もち

炊飯器で次のことをした。
いずれも、皮付き丸のままで、水50cc入れて炊飯スイッチオンだけ。
(1)サツマイモ(釜底に小皿)
(2)ジャガイモ(釜底に小皿)
(3)カボチャ半分

全部上手にゆがけてるし、食べるときまで保温状態なのがよい。
カボチャは、丸食以外に、つぶしてポタージュスープにした。
今夜大根もちに挑戦予定。

***

<その夜>
大根もち作った。おいしかった。
早炊きにすると、5分くらいでエラー表示して停止するので普通の炊き方にした。
確かに焦げていた。でも薄い焦げなので、お皿にとって伸ばして、切って、フライパンでごま油で焼いたら、いい食感でよかった。
大根は鬼おろしにしたほうがいいと感じたので、竹製の鬼おろしを見つけてこよう。