Home       2007年目次 
  11/30 その後の報告 -3- 退院の準備
11/29 その後の報告 -2- 公団の下見
11/28 その後の報告です
11/14 近況報告です  by miya
11/6 退院  by miya
11/4 近況報告です by miya
 


 

 11月30日(金)  

 その後の報告 -3- 退院の準備

 

本日は退院後の注意などを先生に伺いました。もう先生は引っ越したことを前提としてお話をされている・・・。

けして無理をしない。たとえば歩いて5分ほどの商店街ぐらいならば行ってもよいが、免疫力が下がっているので風邪をひかないように外出はなるべく控えたほうがいいこと。病院へも徒歩15分でも歩かないほうがいい。歩くのは何か楽しいことに使ってください。体力をつけようとか、取り戻そうとか思わずにとにかく無理をしないことといわれてしまいました。

ゲゲゲ、そんなに弱っているのかと思いましたが、10月から入退院を繰り返し、ほとんど歩く生活をしていなかったのだから、無理もないか。ガクッ。

12月1日に退院したら、またみなさんの報告を入れさせていただきますね。
今回初めての方たちのお便りで、とても参考にしてくださっているということがわかったけれど、それもみんな村のお仲間のおかげとわかっています。いろいろな実例が詳しくわかるっていいことですし、そういうことを伝えていくということも私の励みになります。張り切りすぎず、無理をせずに、をこれからのモットーにします。

 11月29日(木)  

その後の報告 -2- 公団の下見 

本日は公団の下見に行ってきました。
静かな環境で、大満足。瞬間移動して引っ越したいぐらいです。

でも、10月からの入院中はほとんど動いていなかったので、8分も歩くとヒーヒーと喫茶店で一休み、心肺機能も筋力もすごく弱っていることを実感しました、戻ってきて主治医に話したところ、退院後、歩くのも無理をしない程度にといわれました。
なんせ、猫を見かけて座って撮影したところ、「た、た、立てない・・・」と抱えおこしてもらったぐらいです(笑)。

でも、あれだけ食欲がなかったのにお昼はラーメンを食べたんですよ。食欲は関係ないのかもしれません。

12月1日には退院するので、それからまとめますね。なんせノートだと自分で作成するのにすごく時間がかかってしまうので、やはり家のパソコンで作業したいのです。
励ましのメール、お見舞い、ありがとうございました。

 
 11月28日(水)  

その後の報告です  

ご無沙汰しました〜。
というわけで「ですます調」にしようと思ったのだけど、テンポよく「である」調で再開させていただきます。

9月から痛みが始まり、腎臓で腎ろう、肝臓から胆管ステントを通すという入院が続いたときには気分が滅入った。そして、現在の緩和ケア病棟へ続く道があったわけだが、ジェットコースターのようなというより、地底トンネルをさまよっていたという先の見えない日々だった。

私は、このHPで最期近くの日々をリアルに綴る気は毛頭なかったので、そういう日が近づいたらお仲間には申し訳ないが、フェードアウトするつもりでいた。がんになって終末期はこんなにつらいのかというのを読んでも、現在再発がんを抱えて生きている人たちにとっては落ち込むだけだと思っていたからだ。

病気をして知り合った友人たちにはどんなに感謝しても感謝しきれない。その方たちの見舞いや励ましがなければ、どんなにか暗くなっていたかと思うと、ありがとうを何万回言っても足りない。私の場合の感謝は、特に、友人たちがこれまで具体的なアドバイスをしてくれたからで、今回もそのことがすごく生かされた。このため、こんな私でも、まだまだみなさんに役立つ情報を提供できれば、HPを続けていきたいと思うようになった。

これまで読んでくださった方からの初めてのメールにも感激した。メールはすべてPHSに転送され、読んでいたが、一つ一つ返事を書くだけの気力がなかった。新たにメールをくださった方々の応援も支えになった。ありがとう、本当にありがとう。

緩和ケア病棟で、日本でも有数のレベルと思われる緩和ケアを知ったとき、このことはしっかりと伝えていきたいと考えるようになった。私にしても目からウロコの内容は、たぶん他のみなさんも体験者でなければあまり知らないことだろう。

書きたいことは山ほどあり、なぜ緩和ケアにきたのかという経緯も書かねばならない。なぜ「ねばならない」のかといえば、患者として「見放される」というつらさはこれから先、再発がん患者の誰かがいつかは同じ体験をしなければいけないことかもしれないと考えるからだ。そのときに冷静に対処してほしいから・・・。

現在の緩和ケアと、過去の続きと二部構成で書いていく予定だが、病院は12月1日には退院できることになった。病院からは退院日を指定することはなく、薬の調整がうまくいくようになれば、患者のほうからいつでも退院の希望を言い出してよいというものである。

それから、11月23日に病院近くに公団の空き室を見つけたので、速効で申し込み、年内引っ越しを決めた。連休中だったので、日頃公団をチェックする人もお休みを決め込んでいたのかもしれない。公団フリークの私としては、この日にデータがアップされたばかりで、こんなに条件に合う物件は他にはないと喜んだのだが、書類を受け取りに行ったmiyaさんは「なかなか空き室が出ない人気物件ですよ。よかったですね」といわれたそうだ。これで病院まで徒歩15分、全国有数の商店街にも近く、部屋面積は広くなるのに家賃は7万円も安くなるというハッピーな環境だ。仕事はほとんどやめるので資料は引き取ってもらい、すっきりトレンディーライフをするつもり。

高層マンションの眺めを楽しみ、ベランダで花火を鑑賞したり焼き鳥パーティをしたりしたのも1年目だけ。東と南がガラス一面になっている絶景かなの環境も日当たりがよすぎて寝室は空かずのカーテン(笑)。4回引っ越すたびに階が上がっていったので、天国へ近づきすぎてもいけないと思い、今回は2階までおりてきた。病人がいる家庭には手頃な階かもしれない(笑)。というわけで、年内引っ越しという多忙な行事が加わった。無理せずにするのでご心配なく。

 11月14日(水)  

近況報告です  by miya

11月13日に緩和ケア科のある病院に入院しました。

緩和ケアというと、私達(yururiとmiya)はもう治療法がないので早く楽にしてあげるよというスタンスの所だと思っていたのですが、医師の説明を聞いて納得しました。
緩和ケアというのは、患者が普通の生活を送れるように積極的な治療をするところだということです。ですから、不快な症状を取ることもするし、予防措置も講じる。そこで終わりだという認識は改めて欲しいといわれました。

yururiは、胆管ステントの処置以来、腹部の不快感、異常なだるさ、食欲の不振、急な発熱でずーっとうずくまる生活をしていました。当然、思考は悪い方へ行きます。

緩和ケアの病棟に入院して、副腎皮質ホルモンを補う処置と、オキノームで劇的に症状が改善され、起き上がることや、食欲も出てきました。
今後は、外来で治療が出来るように、いろいろな薬の組み合わせを試して、症状をコントロールし退院する事を最初の目標にしましょうとうことで患者、家族は納得しました。
現在の治療としては、最善の選択肢です。退院できるようになったら、また次の方法を考えましょうということになりました。

ご心配をお掛けしましたが、身体も考え方も良い方向へ向かっています。

とりあえず簡単ですがお知らせまで。
 11月6日(火)  

 退院      by miya

明日(11月7日)に、とりあえず退院することになりました。
 
 11月4日(水)  

 近況報告です  by miya

yururiは只今、胆嚢ステントの処置をしたため入院しています。体のだるさがとれないためしばらく入院しています。
メールを下さった方に、ご返事が出せずに心苦しく思っています。
復調しましたら、必ずご返事いたしますのでしばらくご猶予の程を。