 |
mori san(燦)さん (2006.1.18) |
|
2002年7月、睡眠が浅くなり、9月に咳き込むようになったので10月に病院へ行きました。そして12月に告知された病名は「小細胞肺がん」。mori
sanさんも、「初日の気管支鏡検査の苦しさは筆舌に尽くせない!!こんなに、辛いのなら2度と病気にならないぞ〜と決意させるには充分の迫力です」と書いています。2003年1月から入退院を繰り返しながら、化学療法を4クール(CDDP+VP-16)+放射線療法(胸部50グレイ2003.1/15〜2/28)を実施。治療を終え、退院できたのは7月2日でした。かつてこんなに大きな腫瘍を見たことがないと主治医にいわしめたほどでしたが、腫瘍は完全に消失。発病から3年。定期的に経過を見ていますが、異常は見られず、元気です。
一番大事な事、それは本人が【必ず治ると思う事】と自身のHP肺ガン闘病記に記しています。
イラストはmori sanの好きな花、山吹です。(男性 50代) |
【医者嫌いの私ががんという病気になって・・・】
晴天の霹靂! 生まれてこのかた感じたことのない衝撃。
がむしゃらに、情報を集める自分、1日5000枚もがん関係の文献や情報をプリントしたという方がおられましたが、その当時、その行為はすごく理解できました!!
“藁をも縋る気持ち!”そして、私の病気“小細胞肺ガン”は5年生存率数%!(゚ロ゚;)~
ギエ〜〜「本当かよ!」
眼が点になり、暫くすると、「アーー俺は死ぬんだ」と思ったものでした。
今は、この生存率について、いかにいい加減か、よくわかります。
90〜100歳でも俗に言う、“往生死”でも生存率のデータに加味されるのですから……
■1. サバイバーを見習う
一番の、情報は、同じ病を克服された方の体験記、闘病記です。これらには、大いに救われ、有益であったことを、ここに書いておきます。
皆さん、なるべく、多くの【生還者】の情報を得てください。
そして、自分をその生還者の生活、マインドを接近させるのです。
ここに、すごく印象的な文を引用します。
この文は、何処に書いてあり、どなたかは忘れ、うろ覚えですが
|
「私は60代の夫婦です、お父ちゃんは、長年、真面目に、真面目に、酒屋を営み、遊ぶ事もしないし、酒も、タバコもやりません、そんな、お父ちゃんが、がんという病気に罹ってしまいました。
医者の見立ては、末期で、余命幾ばくもないとのこと・・私は悲しくて、悲しくて、なす術もなく、ただただ、お父ちゃんが、愛しいし、不憫で、不憫で、その時私にできることは、身体をさすり、揉むことでした。毎日毎日、病院に出かけては、ひたすら、何時間も、何時間も、もみ続けました。
(省略)
それから・・私の気持ちはおとうちゃんに通じたらしく、何と!がんが消滅したのです。 |
と、このような、内容の文章でした。(おとぎ話のような内容ですね)
多分、川竹さんのところに掲載された体験記だったかも知れません。
そうか、血流を促せば助かるかも知れない――これを読み、どうせ死ぬなら、私も身体を揉んで、揉んで、温めて、温めてやろうと、成功するかは不明でしたが、はっきり、ここに闘病の目標ができたのです。
病室では、妻にマッサージ、主治医の許可を取り、外部から鍼灸師の往診、乾布摩擦、治療の合間には、少々ふら付く身体ではあっても、温泉通い、行けない時は、自宅で半身浴等々。
後半の抗がん剤の(多分)副作用での下肢の冷えには上記の何をしても、無駄。冷えは治まらず、思案の果てに、刺絡療法を受け、体中がポカポカ。やったね!この時の、喜びは大変なものでした。
このように、身近な、サバイバーのお話を参考にすることが、長期生存の近道だと、今は確信しています。
近年では化学療法も飛躍的に進化しています。積極的に化学療法を受けることも重要ですが、これが、長期に及ぶ場合、我々が本来持っている、自己免疫力の“おつり”をいかに減らさず、増強するかが、生死を分かつと思いますし、免疫増強を詠う多くの、健康食品の存在が、ここに成果を示し、悪徳業者が蔓延る要因になっています。
健康食品については、身近な体験者に聞いたほうが良い選定ができるかも知れません。
■2 精神状態
病気になるということは、体が休みたいと言う信号であるとすればある意味では、心の深いところで、あ〜これで休めるんだという、安堵の気持ちになったことも事実です。反面、凄い絶望、この両方の気持ちに揺れました。
■3. 医療費の問題
医療費については、私はがん体質であると思っていましたので、随分前からがん保険や終身保険の成人病特約や大手取引先の社員並の保険に加入し、発病時、入院時、大きな保障を得られたことは幸いでした。
その意味では、余り効果が期待できない治療に金を使ったことは否めません。
当時死ぬと思っていたので、ジャンジャン使い、不謹慎ですが、死ねば、私にとっては莫大な?保険が下りるので、マッいっか〜で、今は、スッカラカン、少々反省していますが、何よりも、悪名高い、小細胞肺ガンで今も元気に暮らせていることに、自分自身とても、驚き、そして、多くの方々に心より感謝しています。
■4 病気以後の変化
この病気に罹り、変わったことは、とても多く、まず、人は必ず死ぬという事実を身近に感じることができたこと、当たり前ですが……俺には無関係という生き方をしてきたことを思えば、発病してよかったのかも知れません。
■5. そして・・がん患者への気遣い
他のBBSで知りあった方が、がんの知り合いを見舞うことは気が引ける。それは、必ず、死ぬ人に(と思っていた)、どんな、顔で、何を話せばよいか、わからないという正直な書き込みがありました。
私も発病前は同じ気持ちで、病院に行くのは気が引けて、自宅に、お見舞いを届けたりしましたが、これは、大きな間違いであることがわかりました。
がん患者には、普通に、オ〜元気そうじゃないか?
早く、元気になれよ、一緒に、ゴルフに釣りに、飲みに、行こうじゃないか
と、たとえ、息たえだえな状況でも、がん患者はこれがうれしいんですよね。
特に末期の患者さんほどこの傾向が強いのではないでしょうか?
私も、お見舞いには感激したものです。
今後、誰かが入院したら、速効で行くでしょう。
ただ、化学療法中は骨髄抑制状態などあり、お見舞いは、感染症など危険が伴いますので、必ず、病院か、ご家族に、都合を聞いて行くべきでしょうし、他の病気でも、お見舞いは先方のご都合を聞いていくべきでしょう。
突然の訪問は、控えるべきだと思います。
こんな、タイミングさえ、自分が入院するまで、わかりませんでした
【今後の仕事について】
私は、電気設備関係の、自営を長年営んでいました(過去形)。
病気を機に、新規一転、従来の拠点は閉鎖し、新たに仕事を始めました。
と言えども、経験を全て利用しないことはもったいないと思い、以前から懇意にしていただいた方々のお世話になりつつあります。
以前と同じ状況に戻ることは、再発のリスクを伴うと思いますので、贅沢ですが、取捨選択した仕事内容で、収益よりも、健康優先ということになるでしょう。
ただ、発病前に感じた苦労も、発病してみれば、取るに足りないことに気づきました。
ただ将来に対する漠然とした不安はありますが、多少のストレスは良しとしましょう
私も、「この病気に発病したことを感謝しています」に近づく自分に驚いています。
|