Home      
 

  がん患者は常に再発・転移の心配を抱え、再発したらそれなりに様々な問題があります。まず直面するのが医療費のこと、勤めている人は会社との対応や仕事のこと、生活のことなど。ここでは、病気以外の問題点について皆様からメールいただいた内容をまとめていきます。また、がんになっても3年以上経過しふつうに生活している方の話も伺います。(2006年1月) 
   
目 次

     
    会社への提言
    若い世代の病気
    どう乗り越えるか
    焦らない 
  会社の考え方
    患者と遺族 
     
     
     
     
     
     
     
 
 コプリさん (2006.1.23)  会社経営 

 馬酔木の花が好きというコプリさん (60代)。馬酔木には白やピンクの花があり、花言葉を調べてみると「あなたとの旅立ち・犠牲・献身」などでした。製造業の会社をおこし順調に歩んできたものの、2000年に取引先の都合で会社の主要事業が中国企業に奪われることが分かり、下請けの悲しさを味わいました。会社対社員、会社対会社は非情なものになってきているようです。しかし、日本人の優れた特質である開発力や技術をないがしろにし、財務優先に走るツケは将来必ず出ると思います。会社としての意見の底に、コプリさんの温かさが感じられる投稿です。 【おまけ】は、メールのやりとりで印象に残ったコプリさんの言葉を紹介させていただきました。


 
 【がん患者に対する会社の考え方】
 

  癌を告知された従業員が出た場合の会社の対応は、世間一般の所謂上場企業は、他の病気と同様の扱いをするのではないでしょうか。会社の戦力にならない社員を慈悲で、給料を支払い続けて雇い続けることはしないと思います。そして、癌患者の方々には厳しい意見ではありますが、企業のその対応は非難されるべきではないとも考えます。資本主義社会では、労働の対価が給与だと思うからです。

 癌だけではなく、事故による障害で働くことができなくなる場合もあります。私の幼馴染も、4年前ですが、一流企業のトップになる寸前に脳の障害で、記憶喪失になり、今も私を認識できない状態にあります。もちろん働ける状況になく、退職されているはずです(確認はしていませんし、できません)。プロ野球の選手も、相撲取りも、怪我でプレーができなくなれば、一貫の終わりと言うのが、プロスポーツの世界であります。

 働けなくなる場合のことを想定して、保険も含めて、個人個人がリスクマネージメントしなければならないのが、現状の資本主義を是認している日本国家と国民が選択した道だと思います。

 上述したことは、私が冷静に判定した現状です。もちろん、これでよいとは思ってはいません。

 私は、かつて女性社員の従業員のご主人が不慮の死を遂げられた時、給与を翌月から3万円アップして差し上げました。もちろん生命保険の補償金額は受け取られたでありましょうが、未だ独立していない息子さん2人を抱えておられましたから、将来への不安があるだろうと、金額は多少ではあったにしても、経営者として、私はそうしないと気が済みませんでした。

 これは零細企業だからできたことであり、普通の会社ではあり得ないことであります。そして、そんなことをするからということも一つの因として、私は最終的には全員解雇するという社長失格の憂き目にもあいました。仕事の大半を請け負っていた発注先が突然中国企業に切り替え、仕事を打ち切られてしまったのです。それでもくじけずにまた再出発しました。

 心ならずも心身の異常で働けなくなった人の生活保障に関しましては、個人の備えとしての民間保険がありますが、それだけではなくて、国として何らかの施策が必要かも知れませんね。働きたくても働けなくなる心身の障害というものは、誰にも起こり得ることです。

 でも、サラリーマンだけではなく、商売をしている人も、スポーツ選手も、全ての国民を想定したシステム作りをしないといけませんから、そう簡単に解決する問題ではありません。

 ●妻の親友が亡くなって感じたこと
 一昨年、私の妻が無二の親友を失いましたが、癌告知を受けてその主人の第一声が「お金がかかるなぁー」だったことで、非常に胸を痛めました。その主人は正社員でなくて働いていたから無理もないのですが、現実は、二重の苦しみ、三重の苦しみだったと思います。私達は経済的支援ができる状況ではありませんでしたので、メール交換、お電話とか贈り物で励ますしかありませんでした。
 妹さんが、かなり治療費を負担されて、よく横浜へ治療に行かれていました。生命保険の受け取りを妹さんにされたことを聞いていました。

 他の病と異なり、精神的なストレスも大きく、その上に多額の治療費が必要ですし、個人レベルでは私も何とかならないかと思っています。それでも、会社という立場からコメントすると致しましたら、このようになってしまいました。
 これからも考えてまいります。

 
 【おまけ】
 ●私のこと、癌という病気に対して思うことなど
 
人間誰しもですが、なかなか当事者の気持ちにはなれません。癌の方のお気持ちは分かりませんが、実は私も10年前から糖尿病で、インシュリンを毎朝注射している身です。糖尿病は、食事療法と運動療法ですが、食欲は昔から旺盛ですので、制限は辛いものがあります。運動は週3回はしていますし、毎日早足散歩を2時間していますので、これは優等生。癌患者の方が癌と共生するという考え方同様、糖尿病と仲良く付き合っているところです。人生は得たものがあれば、必ず何かを失っているはず。失ったならば、何か得たものがあるはず。美しい薔薇には棘がある……。そう言い聞かせながら、一所懸命生きているところです。だから、馬酔木の花が好きなのでしょう。

 「いのちの落語」を毎年1回主宰されている樋口強氏が出演されたラジオ番組をきいたことがあります。癌と真正面から闘う、克服するということではなく、むしろ癌と共に生き抜いて いくのだという姿勢に感動しました。
 そして、一番感動し、共感を覚えたのは、癌患者にとって、先輩の存在ほど説得力のあるものはないという言葉でした。ほかのどんな励ましや、医者の説明よりも、同じ癌の告知を受け 、生き続けている先輩の存在が何より説得力のある励ましだという言葉は、当事者でしか分からないものだと思いました。

 そして、この先輩の存在の大切さは癌患者の皆様だけのものではなく、人生の苦難に突き当たっている多くの人々にもいえることです。やはり非常な苦労に遭遇しませんと、人間の眼は内向きにならないのではないかと思います。
 
 正直に言って、死は怖いです。人間、恐らくは死ぬまで、自分の死は信じられないのではないかと思います。でも、その想いの強さ加減は年齢もあることでしょう。
 私は幸いにして、これ以上ない伴侶に恵まれました。こんな伴侶に巡り会えただけでこの世に生まれた意味と甲斐があったと思っています。経営で味わった絶望的な思いも ともに乗りこえることができました。妻がこれからの老後を大過なく生きていける見通しがたったなら死を受け容れてもいい……。ただし、今は死ねないぞ!
 真摯に生きるという意味ではみんなお仲間ですね。