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SunChildさん (2006.3.4) |
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SunChildさんのブログは毎日訪問しています。遺族や患者の立場で、がん患者の医療向上のために活動してくださ
っていて、いつも感謝しています。彼女のブログにいくと、いつも勉強していて、それを私たちに示してくださり、いろいろな会合に出席した感想や内容をきちんと報告してくださいます。それは理解力と根気が必要で、彼女の聡明さ、強い意志がないとできないことです。その他の患者会も含め、地道な活動のおかげで、少しずつ前進していることがわかり、とても励みになります。
3月4日に書かれた内容を許可を得て、こちらに収録します。 |
【患者と遺族・・・立場の違い、目標の違い】
先日(SunChildさん2006年2月28日の日記参照)の厚労省の懇談会のあと、私が率直に思いを書いたら、お叱りを受けました。(書き方が生意気だったのかな〜〜〜(;^。^A
))。
まあ、そういうこともあるだろうとは思っていましたが、“所詮、患者でない人には、患者の気持ちはわからない”という、どうにも越えようのないご意見までいただいてしまい、落ち込んでしまいました。
私自身、それはよくわかっていますし、患者さんご本人にあまりご無理をさせてはならないと思っています。だからこそ、ロビィングとか、検討会傍聴など、体を使う部分で頑張ろうと思っているわけですし。
でも、患者でないものに、患者の気持ちはわからない、というのは、差別だなぁと思わずにいられませんでした。
だって、努力で補えることでもないし、言ってしまえば、「あなたが男だから、女の私の気持ちはわからない」とか、「国籍が違うんだから、理解しあうのは無理」というのと同じで、ソレヲイッチャアオシマイヨ・・・という、捨て台詞みたいなもんじゃないかと思うからです。
第1回がん患者大集会でのパネルディスカッションで、パネラーだった岸本葉子さんが
「私は、患者である私の気持ちは、患者でないあなたにはわからない、とは、口が裂けてもいいたくありません。そういう言葉を言った時点で、相手と自分の間に、越えられない壁を作ってしまうから」
という内容のことを(言い回しは違うと思いますが)おっしゃったのを、今でも覚えています。とても印象深かったし、ありがたいと思ったからです。
ただ、やはり、こういう活動を精力的に行っているような「患者ご本人」と、私のような「遺族」(私の場合、母に関しては家族で、父に関しては遺族です)では、行政に対して求めているものが違うと感じることは、少なからずあります。
「がん難民体験者」とか「遺族」になるまでは、わからない、知らない部分というのは、やはりありますから・・・。
こういう活動で私が知る限り、患者ご本人は、圧倒的に「長期生存者」がおおく、また、患者でないものは「遺族」が多いのです。
患者ご本人がこういう活動をなさっている場合には、「悩みのケア」に、その関心の多くが向かいます。
精神的に、悩みを共有できる、同じ立場の仲間の存在は、悩みの解消に役立ち、生きる希望も与えると思います。
患者会に所属していない人でも、がん専門の病院の待合室で、同じ病気の仲間に会うことは、「がん」という、なかなか普段の生活で話題にしないテーマを、ざっくばらんに話せると言うことで、精神的に救われている場合も少なくないと思います。
それに、一口に悩みと言ったって、その内容が多岐にわたることも理解できます。
治療法のこと、医師との付き合い方、再発への不安、生存率、後遺症、痛み・・・経済的負担や家族との意識の違いなど、ここに書ききれないくらいあるでしょう。
そういう部分を埋めるためにも、患者さんご本人の活躍はとても大切なことです。
そのこと自体を否定する気は毛頭ありません。
それに、「継続は力なり」といいますが、患者会活動を、5年・・・10年・・・20年と、長く続けていらっしゃる方もたくさんいらっしゃって、そういう方には、本当に頭の下がる思いです。
病を得てなお、同じ悩みを持つ他者のために・・・という活動は、尊敬こそすれ、否定する気など毛頭ありません。
だから、その部分に関しては、私の出る幕などないと思っているし、患者さんご本人が一番よくわかることだから、首を突っ込む気もないのです。
手が出せないのだから、口も出しません。
私が目指しているのはあくまでも、「遺族」だからこそわかる部分の、不備を補うこと・・・です。
私の父が亡くなったのは、あまりにも今と医療環境が違いますから、その部分でのうらみつらみなどありませんが、がんで家族を失うということがどういうことなのか、ということはわかります。
また、母のときにプチがん難民体験をしたことから、望む医療を受けたいと思ったら、それを実現させるためには、今の日本の医療制度の枠の中ではいかに大変か、ということも、わかります。
望む医療を受けられている今は、せめて、それぞれが望む医療を選択することが出来る社会にしたいと思って、こういうことをやっているわけです。
そして・・・患者会の仲間の死を、この活動を始めてまだ1年にもならないのに、何回も経験しました。
目前に迫る死を見つめてもなお、周りへの気遣いを忘れなかった仲間たち・・・。
自分たちに間に合わないことも覚悟の上で、それでも、体調の良いときは、検討会を傍聴したり、議員と面会したりしていました。
「愛する人に同じ思いをさせないために・・・」
亡くなる1週間前でも、医療の今後を心配していた人たちです。
私にとっては、かけがえのない人たちでした。
今、元気に、普通の生活を送っている仲間も、常に、そういう不安と向き合っています。
その不安は、本当の意味では、本人同士にしか共有できないかもしれません。
でも、見守ること、見送ることしか出来ない立場の人間も、同じように悲しく、つらいのです。
そして、仲間たちは、私たちのその気持ちも察して、明るく元気に振舞います。
私が代わりたいとすら思います。
こればっかりは、神様の決めることですが。
見つめる先が、違うのは致し方ないことです。
がんを体験し、生きていく者と、志半ばで去らなければならない者・・・そして闘病を支え、無念の思いを抱えて遺された者・・・。
生きていく不安と、遺族の無念では、国に求めるものの姿が違っても、それは当然のことです。
だからこそ、お互いの立場の違いを認め、それぞれの目指すものの実現のために協力し合えればいいと、私は思っています。
私が目指すのは、たとえ進行がんであっても「生き続けること(延命)が、貯金を食いつぶすことではないがん医療の実現」です。
患者本人が家族に「こんなにお金を使わせてごめんね」と、いわなくて済む社会の実現です。
気が遠くなるほど険しい道だと思いますが・・・。
一歩一歩、歩いて行くしかないと思っています。
(途中で挫折するかもしれませんが〜〜〜〜〜)
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