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肺がんの手術をしています。
もう2年経ちますが、あいたた!と口に出して言える陽性?の
一直線の切り傷の痛みと、みぞおちまでの「中の傷」の気圧変化の度、
きゅ〜っとくる痛みはこれ以上、なくなることはないと検診時に必ず言われます。
「そっか〜神経痛みたいなものか」とおつきあいすることにしています。
そして、もう一つ、心の対処・・転移、再発の心配は・・
術前から明日の命は誰にとっても50%と思っていましたので
そのまま自然に考えています。
昔から来年の「今」はないかもしれないと思う私でした。
季節替わりの衣類や生活用品をもし私が広げることがなくても
分るようにと一目瞭然のメモを作るのも昔からのクセです。
要はおせっかい焼きということでしょうか?
癌になって一番大変だったのは、自分の気持ちへの対処ではなく
周りの人の不安を取り除く作業でした(ネッ、おせっかいでしょ?)
この季節は今回限り、今日一日と思うので、熱心に生きるのかも
しれませんね。
何を見ても聞いても読んでも「おぉ〜っ!」と思うの。
団塊の世代を少し下に見る世代です。
相棒と二人暮し。聞いて、見て、読んで、勝手なことを書いて、
パソコンと遊んで、フラを踊って、娘とメールや生電話で聞いたこと見たこと読んだこと
考えたことを話して、幼稚園の休みごとに一人でお泊りに来る孫をかわいがって、
美味しいものを食べに遠くまで相棒と出かけて、キョロキョロ面白そうなことを探して・・
そして・・・・そして、生きています。
痛むところがある人も、苦しい人も、憂鬱になってしまう人も、ネッ
生きているのね。
今日のお日さまを見ることが出来て良かったね、と思います。
私には、頼りにする宗教も何もありません、ただただ空を見上げられることは
すご〜く嬉しいことなのだと、喜んで(??変?)いるの。植物のタチかな?
コチラをサヨナラしたら木の上に居ることに決めてもいます。
ここに居ようという木をいつも物色している、ですから大きな木が切り倒されると
腹を立てています、一本減った〜!
やっぱり植物?
私の好きなものの一番が木。
よく生きていてくれたわね〜と思うので、太い幹を撫でさすり、
まだ頼りない幼木には抱っこしたいような気持ちにもなります。
季節ごとに見に行く街路樹もあちこちで相棒は心得たもの、
渋滞をおして、ただ点検?するだけにつきあってくれます。
相棒の赴任先に聴診器を買って行き私の好きなブナの水音を
聞こうとあてて歩き、それはちょっと?と言われたりもしていたの。
木は動かない、声を出さない分、補って余りある深さを持っていると私は思っています。
それぞれの木の思いは深いと。
それで人間を含む生き物が安心できるのだといつも思っています。
その日その日を丁寧に生き、丁寧にものを考えることが理想です。
ズボラで出たとこ勝負の私には遠い理想ですけれど・・・
好きだな〜と思う人や文章、それに音楽や絵や、緑たち、そういう全部を胸におさめて
考えたり書いたりしていると頭の中がとても
忙しくて自分の行く末を考える場所がないみたい。
どうも、手狭な脳みそでいけません。
でも、楽しい!
あ〜楽しかった!とアチラに行くのが目標かな?
誰でもモチロン私も辛いことや乗り越えられそうにない大きな山を見上げることも
あるけれど、取りあえず楽しいこと順に考えるといいのじゃないかと思っています。
楽し癖、面白癖、をつけるととってもラクですものね。 |