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◆はじめに
1年間でがん死亡率の一番多いのが肺がんです。
現在のがん死亡数は年間6万人で、がんの死亡率の第1位を占め、2010年には年間死亡者数は10万人を超えるだろうといわれています。
肺がんにかかった人のうち、約7〜8割は肺がんで亡くなるだろうといわれています。また、今、生きている日本人の15人に1人が肺がんで死亡するという計算になり、肺がんへの取組は国民全体の課題といえるかと思います。
肺がん治療の流れをおおざっぱに見ていき、薬物治療を行う腫瘍内科医がどのような役割をするかについて、また、肺がんの標準的治療、内科的治療に焦点をおいてお話します。
次に、最先端の分子標的治療薬についてお話をし、最後は治療法についての考え方、標準治療はどうかということを示した後で、一体自分はどういう治療をすればよいのか、どう考えればよいのか、あるいは主治医とどう話しあっていけばよいのか、を私の考え方をまじえてお話したいと思います。
◆肺がんの分類
肺がんは、非小細胞肺がん約85%(腺がん約60%、扁平上皮がんなど約20%、その他)、小細胞肺がん約15%に分かれます。治療法はこの分類によって治療を行っていきます。
<病期>
I・II期は早期肺がんで肺の中に病巣がとどまっています。
III期は、局所進行肺がんと呼ばれ、肺の外にリンパ節が広まったり、腫瘍が胸膜を破ってしまったり、胸水がたまったりし
ている状態です。IV期は進行肺がんと呼ばれ、血行性転移、遠隔転移をきたし、脳、骨、肺の別部分、肝臓などへ転移している状態です。
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非小細胞肺がんの早期の方は、手術の後に補助化学療法が行われ、最近では手術の一部として手術の後に抗がん剤治療を行うというケースも出てきています。
また、手術が難しい場合、あるいは手術をするよりも別の治療をしてから手術をしたほうがいい場合、化学療法や放射線療法を行います。このあと経過観察をするわけですけれども、残念ながら再発してしまうケースもそれなりにあるというのが肺がんです。
そして、再発してしまった場合、あるいは見つかったときにすでに遠隔転移がある場合は化学療法、抗がん剤治療が治療の中心になります。
小細胞肺がんは限局型と進展型があります。限局型は根治を目指して化学療法と放射線治療が行われ、その後経過観察が行われますが、そのときに再発することもあります。
進展型と再発に対しては化学療法が行われます。
化学療法は、肺がんのすべての病気にわたって使われます。
◆治療法分類−言葉の定義
がんの治療法の分類について、簡単に言葉の定義をさせていただきます。
まず、積極的治療と支持的治療がありますが、積極的治療はがんを直接やっつけるための治療です。具体的にいえば、三大治療と紹介されていますが、外科(手術)、放射線科、化学療法科がそれぞれ関わる手術、放射線療法、化学療法がこれに該当します。
これに対して支持的治療は、がんに直接作用するわけではないのですが、がんによる症状、あるいは治療に伴う副作用をやわらげるための治療です。これも極めて重要な治療ですので積極的治療と並んでバランスよく行っていく必要があります。目的は生活の質(QOL)を保って人間らしく生きることをサポートするための治療です。
もう一つ目的によって治療法の分類がされることがあります。
完全にがんをなくすことを目指す治療は、手術療法が該当します。
これに対して、完全にがんをなくすことは難しい場合がどうしても出てきてしまいますが、こういうときには、がんとうまく長くつきあう、がんは体の中に残ってしまうことは受け入れ、そういう状態をうまく長くつきあっていくことを目指す治療、これを広い意味で緩和的治療と呼んでいます。
うまくというのは、具体的にいえば、がんの症状、あるいは治療の副作用で苦しまない。長くというのは率直にいえば、延命治療ということになります。
緩和的治療というと、多くの方は狭いほうの意味として、終末期の患者さんに対して必要とされる治療ととらえがちですが、私としては広い意味での緩和的治療という意味でとらえています。
◆がんの治療の流れ
がんの治療の流れは、がんの診断がされて、最期死亡を迎えるまでの経過です。
最初に行われるのが積極的な根治治療。これに対して、最期の亡くなる寸前に行われる狭い意味での緩和的治療があります。主に、がんの治療はこの二つが注目されるわけですが、がんの治療はこれだけではないということを示したいと思います。
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一つ大事なのが、完全に治すことができないとわかった後でも、我々がんの医療を行う者にとって、やるべきことはたくさんあるということです。がんとうまく長くつきあうために、抗がん剤治療を行ったり、あるいは手術、放射線治療を行ったりということが、いわゆる積極的緩和的治療になります。
また、QOLを保つための支持的な緩和治療も行うべきであり、そのバランスが重要なことになります。
もう一つ、忘れられがちなのは、積極的根治的治療の副作用を抑えることと、広い意味での緩和的治療です。ここで言いたいのは、がんの診断から最期を迎えるまで、すべての段階において、積極的治療も大事であるし、支持的治療も大事である。考え方としては、どちらかが大事というわけではなく、両方のバランスが重要であるということです。
ところが実情はといいますと、がんと闘う場としての一般病院は、根治的治療、あるいは積極的治療が行われています。それに対して、緩和ケア病棟という場所は、緩和的治療、支持的治療だけが行われている。残念ながら、この二つが完全に断絶してしまっているというのが、多くのがん医療の場で見受けられることです。積極的治療のほうは希望をもってやっていって抗がん剤をやりまくる。それに対して抗がん剤をやることはありませんといわれて絶望に落とされ、緩和ケア病棟に移るという悲しい構図が現在あります。この状況が
よいわけはなく、理想としてはバランスよく治療を行っていくべきでしょう。
この中で、外科医、放射線科医、内科医、緩和ケアを担当する医者がすべての場面において、力を合わせてやっていきましょうというのが理想とされています。
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◆腫瘍内科医の役割
こういうことを前提にしまして、腫瘍内科医がどのようにがんの治療に携わっていくかということを見ていきます。
抗がん剤治療を完全に行うというのが第一の仕事です。積極的な薬物治療、抗がん剤治療を行います。
もう一つは支持的治療も腫瘍内科医の大事な仕事であり、がん症状の緩和をしたり副作用のコントロールをしたりします。あるいはがんの患者さんも糖尿病や高血圧などいろいろな病気を抱えている人が多いので、そういう合併疾患を含めて体全体を治療するということです
(全身状態管理、合併疾患の治療)。もちろん精神的サポートも大事な仕事です。
他の仕事としては、臨床研究、臨床試験(新しい治療を開発する)をしていく。そして、最後にがん医療のコーディネートです。いろんなスタッフががんの医療には関わっていくわけですが、そういった人々と
手を携えてやっていくということが腫瘍内科医の一つの役割です。いまのところ残念ながら、腫瘍内科は他の外科、放射線科の先生と対立するような構図があちこちの病院で見受けられているわけですが、そうではなく、むしろそういう方達とチーム医療の一員としてやっていくという関係が必要ではないか。腫瘍内科医としては、患者さんの道案内であると考えています。
そして、チーム医療の一員として、外科医、内科医、放射科医それぞれが縄張り争いをして患者を取り合っているという場面を経験された方もいるでしょうが、そうではなく、真のオンコロジスト、バランス感覚をもって治療に取り組むという治療専門医、腫瘍内科医、外科医、放射線科医が最適治療のために、患者さんのために役割分担することが大事です。
具体的にいうと、適切な治療目標を設定して、全身治療・局所治療のバランス、積極的治療・支持的治療のバランス、そういったものを保ちながら、一番重要なのは、患者さんにとって、一番いいことは何なのかを考えながら常にやっていかなければならない。
◆早期の肺がん〜III期(手術ができる)
早期の肺がん、I期、II期、III期の一部ですが、手術で完全に切除できるもの、そういう人には手術が行われます。しかし、完全に切除した後でも、再発することがあります。
それはなぜなのかと考えると、手術でとりきれて、見た目は完全に取りきっているわけでありますけれども、後でもわずかながらがん細胞が体をめぐっている可能性がある。抗がん剤治療を手術の後に行うことによって体をめぐっているがん細胞を叩いてしまえば、再発を防げるのではないか。再発するかもしれない人に抗がん剤治療を行えば再発しなくてすむかもしれないということで考えられたのが、手術の後に行う抗がん剤治療です。
術後化学療法、術後補助療法といったりしますが、これをやるべきなのかどうかが今、世界中で議論されています。こうした議論に答えを出すためには、臨床試験を行う必要があります。
手術の後に化学療法(抗がん剤)をするグループと、化学療法をせずに経過観察するグループ、これに参加してくれるという患者さんをくじ引きで分けて、世界中で大規模な臨床試験が行われ、この3年間で注目される結果が次々と発表されています。
いろいろな結果が示され、イタリアの治験では抗がん剤治療に意味はないという結論ですが、他の多くのものは抗がん剤治療をしたほうが長生きするという結論でした。まとめると、いくつかの臨床試験で術後化学療法によって再発抑制する効果と延命効果が示されました。
治療内容は、シスプラチンという点滴の抗がん剤。最近の臨床試験をまとめたものだと、5年生存率、5年後に生きている確率は5%、44%の人が生き残るところを49%で5%上乗せがありました。100人中5人というのがはたして多いのか少ないのか。もっと当然数を増やさなければいけないと思うのですが、現状ではこのようになっています。
もう一つII期とIII期のある程度病期が進んだ患者に対して、抗がん剤治療が有効だろうということがわかってきたわけですが、I期の極めて早い段階の肺がんに対しては、あえてすることはないだろうとされています。
もう一つ副作用は抗がん剤治療の中ではそれなりに強く、臨床試験の中では1%程度、100人中1人の方が亡くなっているというような報告もされています。
5%の人がこの治療によって救われるかもしれない。けれども1%の人が命を落としている。そういう治療です。リスク(危険性)の割にベネフィットが少ない。それが多いと考えるか少ないと考えるかはみなさんの価値観によるところが多いので、この治療をすべきかどうかは今後肺がんの治療を受ける方がよく主治医と話し合って決めていただくことがあるかと思います。
もう一つ、日本ではまたちょっと違う状況がありまして、早期肺がんに対して、内服の抗がん剤であるUFTによる術後補助療法の有効性が示されています。
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続いて、局所進行肺がん。III期といわれますが、こうした病期の患者に対する治療法については、標準治療がこれだというように決まったものは必ずしもないというのが現状です。
大きく分けて、完全に手術切除できると判断される場合と、手術でとるのは難しいだろうと判断される場合があります。そもそもこの分け方自体でも議論がありますので、単純にはいえません。
完全切除できる場合には手術だけが行われたり、手術の後に抗がん剤治療を行ったり、あるいは手術の前にある程度とりやすいように化学療法を行ってがんを小さくしてから手術をしたり、放射線治療を加えたりといった様々な治療が試みられていて、いろいろな臨床試験が行われていますが、どれがいいのか、いまだに標準治療といえるものはありません。
完全切除が難しい場合は、手術が難しいということになりますので、抗がん剤と放射線治療が行われます。いずれの場合も、手術、放射線、抗がん剤治療、いろいろなスタッフが関わる必要がある集学的治療が必要です。
化学療法と放射線治療は、放射線治療だけよりも、放射線治療と化学療法を加えて行うほうがいいということがわかっていまして、化学療法の後に放射線をやるよりも、ちょっと副作用が強いのだけれども、同時に抗がん剤と放射線をやるのが有効だということがわかってきました。
どういう抗がん剤を使ったらいいのかというのは、いろいろな意見があります。
抗がん剤と放射線を同時にやる治療では、特に副作用が問題になってきます。抗がん剤だけでも副作用はありますし、放射線だけでも副作用があるという中で、両方やることの副作用、特に肺をやられてしまう肺臓炎、あるいは食道の粘膜がやられてしまう食道炎、これのコントロールが極めて課題になってきます。
◆進行再発の肺がん
遠隔転移のあるIV期の肺がん。あるいはIII期の肺がんでも放射線を当てることができない胸水のある肺がんの方、あるいは手術後あるいは経過観察をしている間に遠隔転移し再発してしまった肺がんの方々に対しては、局所治療でがんを制御することは残念ながらできないということになりますので、治療の中心は全身治療、化学療法になります。
化学療法をしても、がんを完全にゼロにすることはできませんので、目標はがんとうまく長くつきあう、緩和的治療という位置づけになります。
◆化学療法の流れ
<ファーストライン>
肺がんの化学療法としてどういうものが行われるか。
最初に使う化学療法を一次化学療法、あるいはファーストライン化学療法と呼んだりします。これに対して二次化学療法、三次化学療法というように後で使う薬はそう呼ばれるわけですが、最初に使う薬が特に重要で、白金製剤(プラチナ製剤)といわれる抗がん剤と、第3世代抗がん剤と呼ばれるもの、これをそれぞれ一つずつ使う、二つの薬を併用するというのが現在の肺がんの標準的な治療法です。これは臨床試験で延命効果とQOLの改善が示されていますので、化学療法にたえられる全身状態であれば、基本的には抗がん剤治療を受けることをおすすめします。
その腫瘍が小さくなる確率、奏効率は、30-40%。これを多いとみるか、少ないとみるか、多くの方は少ないと思われると思うのですが、100人中30〜40人程度ということになります。
がんが小さくならなくても延命効果が得られている可能性はりますので、必ずしもがんの大きさがすべてではないのですが、延命効果を判定することはできませんので、その代わりの指標としてがんの大きさを見ています。
白金製剤としては、シスプラチン、カルボプラチンなどから一つ。第3世代の抗がん剤とされる中から選ぶのが標準治療です。
具体的にいえば3-4週間を1コースと数え、それを4コース程度行うのが標準的な治療です。
3-4週間に1〜3回
抗がん剤を点滴投与する。最近は、点滴の日だけ外来通院していただく場合も多くなっています。ただ、シスプラチンという薬は、これはオーソドックスな古い薬ですが、これを使った場合には数日間水分の点滴を大量に行う必要がありますので、今の日本では入院で行うことが多くなっています。最近はシスプラチンをあえて使わずに外来化学療法を行うという場面が増えてきているのが現状です。
治療をしていくうえで重要なのは、効果と副作用をきちんと見極めることです。効果がないのに、つらい治療を続けていくのは、あまりメリットがありませんので、効果を見極めて、効果がないと判断された場合には治療を中止します。
効果は何だという話ですが、具体的には治療目標に近づくことです。これは、本質的には、単純にがんが小さくなるとか大きくなるとかで判断できるものではありません。QOLも含めて自分なりに主治医とよく話し合って考える必要があります。
効果判定に使うのは、多くはがんの大きさであったり、血液検査でわかる腫瘍マーカーというものであったりするわけですけれども、私はあえて一番目に「症状」をもってきています。症状を楽にするというのが治療の大きな目的でありますので、それをやはり効果判定として一番重視すべきだということです。
<セカンドライン>
1次化学療法が終わった後に行う治療をセカンドラインの化学療法といいますが、1次化学療法が無効であったり、あるいは1次化学療法がよく効いたのだけれども、その後経過をみているうちにまた大きくなってしまったというような場合にはセカンドラインの2次化学療法が行われます。それに使う薬は、主にドセタキセル、あるいはイレッサ、ゲムシタビンなどです。
◆抗がん剤の副作用
抗がん剤は副作用が当然のようにつきまといます。
代表的な副作用は吐き気、嘔吐、女性の方には特につらいのは脱毛があります。白血球減少は命に関わる副作用です。白血球減少に伴って発熱をきたす、ばい菌にやられてしまうというようなことが重要な課題で、他にも様々な副作用があります。
きびしい話ですが、必ず説明しなければいけないことは、肺がんの化学療法による副作用で死亡する確率は100人中2人位いるということです(国立がんセンター調べ)。
副作用対策ですが、患者さんの考えるべきことは、まず起こりうる副作用とその対策について、きちんと理解する。そのために、当然担当医からきちんと説明を受けなければいけない。こうやってきちんと知っておくことがまず何よりも副作用を軽くします。不安を軽くするといったほうがいいかもしれないですけれども、どういう副作用が起こるのかわからずに、この副作用が抗がん剤のためなのかもわからないまま副作用が出てくるというよりも、この時期にはこういう副作用が起こりうるという説明がされて、実際出てきたかなと思ってこの薬を使えば楽になるだろうと、薬を使っていくことで副作用を軽くすることができます。
また、気になる症状や、不安なことがあれば、すぐに病院に連絡をとれる態勢をとっておくことが理想であると考えます。
副作用対策についても、国際的なガイドラインで対処法が示されていますので、基本的にはこのガイドラインに従うべきだと考えています。
吐き気、嘔吐に関しては薬(ステロイド、5HT3受容体拮抗薬)を使います。あるいは白血球減少に対しては、白血球をあげる注射(G-CSF)を用います。白血球が減少したときに熱が出た、要するに、感染症でやられてしまったという場合には抗生
剤を使います。これらはすべてガイドラインで適正使用法が示されています。
日本ではガイドラインで示されている以上に過剰に治療が行われるケースが多いようです。本来なら入院する必要がないのに、白血球が減ったから入院しましょうというようなことをいわれることがあるようですが、実際にはたいていは外来、あるいは在宅で副作用対策はできますので、必要以上に入院するべきではないと思います。
◆小細胞肺がん
小細胞肺がんは、数は少ないのですが、肺がんの中の15%くらいを占める小細胞肺がんについて説明します。小細胞肺がんは非小細胞肺がんに比べて、進行は速いですけれども、化学療法や放射線療法の効果は大きいということがわかっています。限局型というのはある程度病気の範囲が限られていて、根治を期待できるものです。限局型に対しては抗がん剤と放射線治療を同時に行うというのが標準治療になっています。
進展型というのは、病気の範囲が広く、根治的な放射線治療ができないものですが、そういった場合には抗がん剤治療のみが行われ、具体的にはシスプラチンとイリノテカンという薬が使われることが多くなっています。
イレッサという薬の名前は肺がんにかかっていない人でも新聞などでよくご存じでしょう。分子標的治療薬ががん治療薬の一種として登場してきたわけですが、従来型の抗がん剤と何が違うのかを説明します。
分子標的治療薬は、がんの発生や増殖、転移、がんそのものの性質に関わる分子に狙いを定めて、その分子の働きを抑え
るように合成された薬です。狙いを定めるところから開発が始まります。
それに対して従来型の抗がん剤は、この世に存在する、海のものだったり、植物だったり、いろいろな物質だったり、いろいろなものがあるのですけれども、この世に存在する物質を手当たりしだい調べて、試験管の中でがん細胞と混ぜ合わせてがん細胞を抑える効果があるものを探し出す。その中で、人に使っても安全だろうというものを抗がん剤として開発してきたというものです。それらがどうして効くのかというのはあとから調べられることが多く、分子標的治療薬とは順番が逆になっています。
それに対して、分子標的薬というのは、どうして効くのかということを先に決めておいてそこから開発したということになります。
分子標的治療の効き方を説明します。増殖因子が受容体の細胞外の部分にくっついて受容体が活性化する。受容体の細胞内の部分である「チロシンキナーゼ」が活性化し、細胞核に信号が伝わり、がん細胞が増殖します。増殖因子、受容体、信号伝達物質などを標的とする分子標的治療薬が現在の主流です。
チロシンキナーゼを抑える薬には、イレッサ、タルセバ、白血病のグリペックなどがあります。乳がんのハーセプチンというのは受容体に対する抗体です。アバスチンは増殖因子にくっつきます。アバスチンはがん細胞ではなく、血管の細胞に作用することが想定されています。
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商品名 |
一般名 |
対象 |
承認状況 |
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イレッサ |
ゲフィチニブ |
肺がん |
承認 |
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タルセバ |
エルトリニブ |
肺がん |
2007年? |
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アバスチン |
ペパシズマブ |
大腸がん、 |
2007年? |
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肺がん、乳がん |
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ハーセプチン |
トラスツズマブ |
乳がん |
承認 |
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グリペック |
イマチニブ |
白血病、GIST |
承認 |
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リツキサン |
リツキシマブ |
悪性リンパ種 |
承認 |
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アービタックス |
セツキシマブ |
大腸がん |
? |
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タイカーブ |
ラバチニブ |
乳がん |
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現在、世界中で臨床試験が行われています。
その中で、イレッサ、タルセバ、アバスチンが肺がんの治療薬として開発がすすめられています。イレッサは日本で承認されています。タルセバはイレッサと似た薬ですが、2007年に承認される可能性があります。アバスチンは大腸がんで2007年に承認される見込みですが、肺がんに対する効果も認められています。
◆イレッサ
イレッサですが、標的になるのはEGFRというもので、1日1錠の飲み薬です。日本では2002年7月、世界で一番はやく
、手術不能または再発非小細胞肺がんの治療薬として承認されました。日本人の奏効率は約30%で、抗がん剤とほぼ同じ程度になります。副作用は、皮疹、下痢、肝障害、そして社会問題となったのが肺障害です。
イレッサの肺障害報告では、発症率は約5%、死亡率は約2%、100人にイレッサを使えば2人が亡くなってしまうということです。2%というのは抗がん剤治療の死亡率と同じ程度です。マスコミの報道ではイレッサはものすごく危険で、他の抗がん剤よりも危険であるかのような論調が目立ったのですけれども、冷静に見てみれば通常の抗がん剤と同程度です。しかし、2%が低いとはいえませんのでやはり危険な薬であるということには変わりありません。
どういう人にこの肺障害が起きるかということも調べられていて、肺腺症合併とか、男性喫煙者の方は特に高いということがわかっています。
最初のうちは夢の新薬と言われていたのが、だんだん悪魔の薬のような雰囲気になり、中にはイレッサの承認を取り消すべきだというような主張も出てきました。
こういう善悪を決めつけるセンセーショナリズムは、過剰な期待や過剰な不安を煽るだけで、患者さんに利益をもたらしません。
◆リスクとベネフィット
バランスが重要だと思います。イレッサは日本人によく効く薬であり、多くの患者さんにベネフィットをもたらしているというのは疑いのない事実です。しかしながら、臨床試験ではイレッサの延命効果は現在のところ、明確に示されていません。たいていの場合、副作用は比較的軽いのですが、重篤な肺障害をきたすというリスクもあります。すべての薬がそうですが、リスクとベネフィットのバランスが重要です。
イレッサが効きやすい人と肺障害を起こしやすい人というのは研究でわかってきています。女性、腺がん、非喫煙者はイレッサが効きやすい。それに対して喫煙者などはイレッサが効きにくいばかりでなく、肺障害を起こしやすいこともわかっています。
具体的にいえば、女性非喫煙者の腺がんの人にはイレッサを積極的に使うべきだろうと考えます。
これに対して、男性のタバコを吸う人、タバコを吸ってがんになった扁平上皮がんの人などは、本当にリスクとベネフィットを判断して、基本的にはイレッサはあまり積極的には使わないと思います。
イレッサが女性、腺がん、非喫煙者によく効くというのは、どうしてかということが最近になってわかりました。遺伝子が関係しているらしい。EGFRの遺伝子に傷がついて肺がんになった人たちにイレッサがよく効きます。
がん細胞にEGFRの遺伝子変異があるかどうかで、イレッサの効果が左右されるということです。
変異があると80%の人に効く。変異がないと10%の人にしか効かない。今後は遺伝子の検査をすることによって情報を選択する時代です。
ここでいう遺伝子変異というのは、がん細胞にだけみつかる遺伝子変異であって、親から受け継ぎ子供に遺伝するものではないので、注意してください。がんの性質を判断するのにEGFR遺伝子検査が重要だということです。
イレッサの延命効果が明確には示されていないと先ほどいいましたが、イレッサあり・イレッサなしで比較した臨床試験を、東洋人に限って解析すると、延命効果が認められる、という結果も報告されていますので、東洋人ではイレッサの延命効果はあるのだろうと推測されます。
国立がんセンターで私たちが行った研究でも、イレッサが承認される前に肺がん治療を受けた患者さんと、イレッサ承認後に肺がん治療を受けた患者さんの比較で、イレッサによる延命効果が強く示唆されています。この延命効果は、EGFR遺伝子変異のある患者さんで顕著で、世界で初めてEGFR遺伝子変異と延命効果の関係を証明することができました。
過去にイレッサが承認される前に、肺がんの治療をされた人のうち、EGFRの遺伝子変異があってイレッサを使わない人と、EGFR遺伝子変異があってイレッサを使った人とを比較してみたところ、およそ生存期間が2倍、1年ちょっとだったのが2年半くらいに延びているということがわかりました。これは完全な研究とはいえないのですが、世界で初めてイレッサ延命効果を証明したといえます。
イレッサは、日本人の肺がん患者に延命効果をもたらしているということは、ほぼ間違いありません。特に、EGFRの遺伝子変異がある人たちには明らかな延命効果があると考えられていますので、EGFR遺伝子変異のある患者さんには積極的にイレッサを使用すべきでしょう。
肺障害のリスクはあるわけですが、そのリスクを上回るベネフィットが期待できる場合には積極的に使っていくべき薬だと考えます。承認を取り消すというのはリスク-ベネフィットバランスを理解していない短絡的な考え方です。遺伝子変異などによる個別化治療が今後重要になってくると思います。
◆タルセバ
タルセバは基本的にはイレッサと同じ薬です。
不思議なことに、イレッサでは延命効果が示されなかったのですが、タルセバでは延命効果が示されたということで、ヨーロッパ、アメリカ、カナダではイレッサが使えない状況になっていて、代わりにタルセバが承認されています。
日本では逆で、イレッサしか使えない状況ですが、2007年にはタルセバが承認される可能性があります。タルセバが承認された場合、イレッサとタルセバをどう使い分けていくのかはこれからの議論です。
タルセバの方が薬の量は多めの設定になっていますので、気になるのは副作用です。特に、肺障害がどうかということは今後注意してみていかなければなりません。
最後は治療法選択の考え方について。
リスクとベネフィットのバランスが重要ということです。前提としては、がんの治療にはすべてリスクが伴うということです。リスクもあればベネフィットもある。
治療法選択の前提条件となることとして理解していただきたいのは、ベネフィットというのは治療目標に近づくということですので、何よりも治療目標が明確でなければベネフィットという考え自体がありえないということです。
セカンドオピニオンでやってくる患者さんにその治療目標は何だときいてますかときくと答えられない方がいらっしゃる。なんのためにやっているかわからない治療を受けている人がいるのですが、そういう治療は有害無益であろうと思います。
もうひとつリスクとベネフィットと単純にいいますが、単純に数字でわかるものではなく、それは患者さんの受け止める価値観によって違ってくるということです。リスクとベネフィット、どちらが大きいと医者が決めるものではない。何がいいたいかといえば、治療目標と価値観をきちんともって、患者さんと医療者側で共有する必要があるということです。それがないうえでは治療法を選択することはできません。
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効果も副作用もやってみなければわからないということがよくあると思うのですが、これを予測するのがエビデンスです。エビデンスに基づく医療が、いまの医療の原則になっています。エビデンスというのは質の高い臨床研究によって示された統計学的な事実です。
例えばタルセバの内服をすることは何もしないよりも命が長くなりますよということですが、これは絶対的な真実ではないということに注意してほしいと思います。統計学的、あるいは確率的な優劣、可能性としてどちらが高いかという程度のものです。
医学、医療というのは、不確実であるということを前提にした考え方であり、この中で相対的に一番いいものを選んでいこうという考え方がエビデンスに基づく治療です。
医者は絶対的な真実があるという教育を受け、教授の言葉を絶対的な真実として究極の医師像を目指してきたという経緯があるわけです。それに対して、患者もそういう医者を信じて、お医者様と呼んだりしてきました。
絶対的な真実に基づいて完璧な医療をしてくださる存在としてのお医者様がいたわけです。幻想の中で信頼関係があって、その中で医療ミスは隠されてきたのが前近代的な医療の姿でした。
ところが医療ミスが盛んに報道されるようになり、お医者様というのは完璧な存在としてはいないのだということがわかってきました。これは事実ですのでそれがわかったのはいいことだと思います。
ところが今まで過信を続けてきた裏返しで、医療不信に陥っているのが現在の状況だと思います。お医者様はとても信じられないということで、患者さんが何を信じるようになったかというと、マスコミのいっていること、特にNHK、みのもんたです(会場笑)。
なぜみのもんたなのか。みのもんたには医者として学ぶべきこともたくさんあると思います。ココアを飲んで血液サラサラが体によいとズバッといいます。これに対して医者はどういうかというと、だらだらと難しい言葉を並べ立てます。事実がどうであるかという以前にわかりやすいことが重要だと思います。
医者が難しい言葉をいうよりも、いまはみのもんたがわかりやすくいうと信じるということです。ただ体にいいとみのもんたがいうのだけれど、体にいいというのは実際のところなんなのかということは、本当は問われなければいけません。わかりやすさは重要だけれども、危険性もはらんでいるということです。
新聞報道などではセンセーショナリズムが今、蔓延しています。いいことも悪いこともはっきり書き分けて、悪いことを徹底的に糾弾するという姿勢が顕著です。
もうひとつ、ゼロリスク信仰という言葉をきいたことがあるかと思うのですが、リスクはゼロでありうるという信仰であります。マンションは崩壊しないのが当然だというのもゼロリスク信仰ですが、人々はいつのまにかこういう信仰をもつようになりました。
イレッサの話につなげると、イレッサは危険だから承認を取り消すべきという議論が巻き起こったわけですが、ここではベネフィットの視点が完全に抜けていました。
話がずれますが、最近の話題で、米国産牛肉は絶対危険で国産牛肉は絶対安全と思っていらしゃる方も大勢いることでしょう。マスコミの論調はそうですが、実際のところ、科学的に説明すると、どちらの危険性もゼロに近いがゼロではないというのが正しい言い方だと思います。
国産牛肉も絶対安全とはいえないわけで、BSEに限らず、未知の病原体が含まれる可能性もあるし、米国産牛肉を食べてBSEになる確率もゼロではないけれどもゼロには近い。どちらがいいのか。私は吉野家の牛丼は好きなので食べますが、価値観の問題だと思います。
なにごとにもリスクはあるということ。重要なのはリスクとベネフィットのバランスです。
◆エビデンスに基づく医療(Evidence-Based Medicine)
こんな時代、患者の信じているものと、医者が本義とするものがずれてきているという状況になって、これの架け橋となるものがエビデンスというように私は考えます。
医療者はみのもんた並みのわかりやすさでエビデンスを伝えるべきだと思います。
エビデンスというのは患者さんと医療者の共通言語であると理解してください。
エビデンスに基づく医療=EBMというのは、エビデンスと医者の専門性、そして、一番重要な患者の価値観、という3つの要素が統合されたものです。
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患者さんの価値観は軽視されがちですが、やはり重要なのは患者さんの価値観であるということは忘れてはいけません。
◆医療とはなんなのか。
ヒポクラテスの時代、
ヒポクラテスは2400年前の紀元前の人ですが、理念、根拠、目的を明確に示していました。2400年前の人がそれを明確にしていたというのはオドロキでしょう。
それに対して、日本の前近代的医療はどうだったかというと、医者が自己満足のために医療を行ってきたということで、理念も根拠も目的もなかったという時代がありました。
そこに登場したのがEBM、エビデンスに基づく医療であり、エビデンスという共通言語によって医療の近代化が行われました。
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5. Human-Based Medicine (HBM) |
そこは一つの通過点であり、私が理想とするのは、「人間の人間に拠る人間のための医療」(HBM)です。理念も根拠も目的も人間にあるのだということを忘れずに医療をやっていきたいと考えています。
時代の流れはヒポクラテスから前近代的な医療を経て、EBMの時代になってきています。その先に人間の幸福を目指す医療があるだろうと考えます。
◆HBMの実践
(1)医学の限界を知る
まずは医学は完璧ではないということを理解してください。
(2)生老病死ときちんと向き合う
人間は生老病死を抱えもつ存在であるということも理解してください。
(3)医療は自分のものであるという自覚を持つ
医療はお医者様にしてもらうものではなく、自分自身が主体的に関わるものであるということ。
(4)治療目標を明確にし、共有する
治療目標を明確にしなければ、治療の方針もたてられないし、治療の意味もなくなってしまう。
(5)最低限のエビデンスを知る
難しいことですけれども、エビデンスというのを知ってください。
(6)人間として語り合う
人間として医療者、家族と十分に語り合って、最善の医療を目指すということ。
(7)人間としての幸福を目指す
その目的は人間の幸福です。
言葉でいうと簡単ですが、非常に難しいテーマです。
7年ほど前に映画になったパッチアダムスの映画を観て私は感動しました。
パッチアダムスがいった言葉を最後に紹介します。「健康とは幸せかどうかで決まる」。健康とは、病気の対立語ではない。病気がなくても幸せでなければ健康ではない。病気があっても幸せであれば健康である。
病気を抱えているからといって、健康でないということではない。幸せを目指せば健康になれる。幸せはすべての人に平等に与えられた権利であって、誰でも幸せになれるし、だから誰でも健康になれる。病気があってもなくても健康というものはそういうものだとパッチアダムスはいっています。
ご清聴ありがとうございました。 |