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| 私の治療経過と腫瘍マーカーの推移 |
| 2002年7月26日: |
肺腺がん(Adenocarcinoma)のため手術し、右下葉を摘出。 当初はIaといわれていたが、病理検査の結果、18×15mm pT1N1MO Stage IIA、 以後5FUを1日3回服用。 |
| 2003年3月〜 |
2003年3月以前は5以下だったのに、腫瘍マーカーが3月から上がり続ける。 |
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| 2003年8月: |
8月に40.5になり、
ついに治療をするということになる。PETでも検査したが明確には分からず、縦隔リンパ節再発の疑いで治療を始めた。 |
| 2004年3月: |
退院後は経過を見ていたが、2月に再び上がってきたので、ジェムザール単剤で治療を開始。細く長く続けばいいのだが。 |
| 2004年7月: | ゲゲッ、下がるペースが鈍った。 |
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| 2004年8月以降: |
15以下をジグザグで上下していて、なかなか10以下にならない。ジェットコースターみたいだけど、2回上昇が続くと薬を変えましょうという話になるから恐ろしい。神様、仏様、GEM(ジェムザール)様という感じ。1年はもったから、GEM様もう一踏ん張り頑張ってほしい。100歳以上生きるには、残り50年を1年に1剤として50種類、効かない薬が3つに1つあったとして150種類だけどさすがにそんなに選択肢はないよなぁ。というよりも、あと50年経つうちにはガンの特効薬が出ているのではないだろうか。 |
| 2005年1月以降: |
10.4まで下がったCEAは2005年5月には16.4になった。グラフ上限の14を超えたからまた作り直した。 そんなことを言っているうちに25.9になり、観念して薬を変更することにした。 |
| 2005年6月28日: |
次の薬タキソテールの治療が始まる。 |
| 2005年7〜8月: |
外来治療を希望したので、好中球が下がるDAY8〜10日に外来でノイトロジンの注射をすることになる。DAY11に外来診察。 いったん39.7まで上がって、効かないのかと思われたが、次に29.8まで下がる。3クール終了。 |
| 2005年10月: |
5クール目開始時の検査でCEA18.3に下がる。効かない3割に入ったと思っていたから、うれしかった。 |
| 2006年1月: |
1月10日は9,2。ついに10を割り込む。でも、これで下げ止まり。上がってしまったが、ジグザグでいけばいいか。 |
| 2006年4月 |
ついに、上がりが3.7。次回はもっと上がりそうということで、次の薬を検討することになる。イレッサかビノレルビン(ナベルビン)。副作用を見るため、2週間の入院が必要。 |

| 2006年5月: |
CEAが上がり始めても、タキソテールを12クール(5月9日まで)実施し様子を見たが、急な上がりになった。 |
| 2006年6月24日: | PET-CT受診。肝臓転移が発覚。 |
| 2006年6月30日: | 〜7月13日まで入院し、イレッサの副作用を検査。だが、8月22日の採血結果でCEAは84.6まで上昇。全く効かないことがわかったので54日目で中止。 |
| 2006年8月30日: |
〜9月8日まで入院し、変更したビノレルビン(ナベルビン)の副作用をみる。CT撮影で、肝臓のほか、縦隔リンパへの転移もわかった。8月30日より治療開始。ナベルビン1クールは1、2週目に40mg、3週目休みのサイクル。 しかし、骨髄抑制が強いため、3-4週目休みのサイクルになる。 |
| 9月5日〜 | 〜10月20日まで放射線60グレイ30日間の治療。 |
| 2006年9月〜 |
ナベルビン治療継続中、CEA横ばい |
| 2007年1月5日: |
CEAが上がった。これについて呼吸器外科と放射線科の医師の見解が違った。 |
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一般のグラフ(CEA) |
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| 上記の対数グラフ(CEA) | |
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腫瘍マーカー |
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| 2007年3月s |
3月12日から26日まで入院しラジオ波治療を受ける。マーカーが劇的に下がり、効果はあった。ナベルビン治療を続行。下記の3/12、3/26、5/9は、△▽病院の検査結果。 |
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