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  2006年3月
 
3月 21日
3月 16日
3月 15日
3月 14日
3月 13日
3月 12日
3月 11日

本の選び方
今を最大限に生きる
野狐禅です
癌は神様からのメッセージ
治療の経緯
遅かれ早かれ
私の(癌の)推移

  3月 31日
3月 29日
3月 28日
3月 26日
3月 25日
3月 24日
オバチャンの定義
企業の社会的責任ほか
あれこれ思うこと
連想ゲーム
「養病」(病を養う)
豹柄のマスク

 

206年 

3月31日 (金)    オバチャンの定義


「ふぐ」ですか。おめでとうございます。いいですなぁ。ここ2年ぐらい食べていないなぁ。
ふぐ刺しにふぐ鍋ですか。いいなぁ。
ふぐは、「てっさ」もいいですが、私は白子が堪えられない。羨ましいです、本当に。(^0^)
みなさんが手料理の話で盛り上がってみえますが、
なんというかこれもうらやましい限りです。いいなぁ。

あるコラムで書いてあった
「初めて彼女の手料理を食べた。一番おいしかったのは水だった。
これは口が裂けても言えない」
という状態が常態です。
(いまさら言えない)ので、遠くから指を咥えて読んでおります、です。

ところで、豹柄の隠れファンというのは(我ながらこだわっていますなぁ)
トラウマというか(^0^)、30年近くなりますが、
ある女性が、いまでいう勝負○○というのですか、……
という経験がありまして(++;)、好意的なのであります。
で、豹柄の大阪のおばさんにも好意的なのであります。

精神病医の名越康文先生が「14歳の子を持つ親たちへ」のなかで、
「オバサン」の定義を以下のようにしています
(「オバサン」と揶揄される「オバサン」の定義でして、
年齢によるおばさんの定義ではありませんので念のため)。

「彼女たちの話をよく聞いていて、彼女たちの情緒の使い方を見ていると、
まるで思春期を迎えていない少女と一緒なんですよ。

小学校の五、六年生からせいぜい中二までぐらいまで。
その頃の女の子というとキャアキャア言って、女の子同士で牽制したり、
見栄を張り合ったり、そのなかでいろいろと嫉妬したり・・・。
でも感情の使い方が非常に粗雑で、何にでも同じ反応をする。

つまり、前にも言ったように「むかつく」と「かわいい」しか言えない。
その時から情緒が止まってしまったまま、恋愛のようなものをし、結婚をし、
子供を産んで、そして一人前の大人になったと勘違いしている人たちが、
「オバサン」って言われる人たちじゃないかなと思ったんです。(中略) 

実は前思春期で・・・(中略) 成長していたらもっとお色気がある・・・・
お色気って言ったらおかしいな、ある成熟したエロティシズムがあって
おかしくないでしょう。

あの人たちにもエロティシズムはあるだろうけれど、
なんというか、あまりにも幼いエロティシズムだから我われに見え難い 
――名越康文「14歳の子を持つ親たちへ」より

という気持ちでみれば、そこはかとなく、可愛らしいものです、たぶん。

ですが、小百合リストである私めは、彼女を「オバサン」「おばさん」と言う人を、上記の定義から許すことはできないのであります、です、はい。(^0^)。
 


 

06年

3月29日 (水)    企業の社会的責任ほか


余りの歯の痛みに午後から早退しました。(T_T)。
肩の凝りが原因かと思いマッサージに行きましたがだめで、そのまま歯医者に直行です。
歯痛は、治療の効果でおさまっています。
触るだけで飛び上がりそうな痛みはどうして歯は特別なのでしょうかね。
私だけですか。

はるるさんの、「豹柄は流行おくれ」、という説は、にわかには信じがたく、
へぇー、へぇー、へぇー、へぇー、へぇーと5回です。私の誤解だったのでしょうか。(^0^)。

 でも、コッソリ・・・。豹柄は、実は隠れファンなのです、わたくしは、実は。

yururiさんはむくみが副作用の範囲でよかったですね。
肝腎の影響でなくてなによりです。
脂肪肝につきましては、私も人間ドックの度に指摘されておりますので、
相憐れむ次第です。入院中に5kg太り、そのまま高値安定しており、
それがお腹周りに集中しております。
これはあくまでも抗がん剤の副作用と言い張り、
運動しなさいなどという不埒なことを言う奴を封じ込めています。

露骨にあきれる女性陣には「触りたいのか」と、
訴えられる寸前の言動にて忘れさせています・・・です。

私の場合、癌になるまで不養生の典型でしたから脂肪肝と言われ、
やっぱりなあ、と思いました。
酔払って帰れないとカプセルに泊まり、そのまま会社への生活をしていましたから。
また、部類の肉好きで野菜は除けていました。魚もだめ、でした。

節制するだけでも身体への負担は少なくなっています。
野菜も好んで食べるようにしています。
偏食王でしたから、変わったものです。
世間の常識に適う生活をすることが私の場合は養生かもしれません。
内臓には、その内臓の色と同色の豆を食べるといいそうですよ。

昨日、企業の社会的責任について書きましたが、経団連の意識というかおもしろい分析がありましたので、ご紹介しておきます。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/010/index.html
もう一年以上前から経済産業省で「企業価値研究会」が開催されています。
堤さんの事件、日本放送の事件等を踏まえて討議されているのですが、
それを前提とした経団連の調査のようです。

「今回の分析では、社会貢献や地域社会との共生への積極的な取り組みが、企業価値(株式時価総額)に対して中立的であり、株主と株主以外のステークホルダーの間で、価値の配分をめぐってコンフリクトがないことが明らかになった

と結論付けています。
私個人としては徐々に企業側の意識は変わってきていると思っています。
ただ、社会貢献や地域社会との共生に積極的に取り組むことが企業価値を高める、
株価にプラス要因になることがあきらかになればよかったのですが、
一般投資家の意識以上のことを企業はしませんので、
これでもとりあえずはよし、とするのが妥当かもしれません。

企業がCSRに取り組むときに一番問題になるのは、コストであり、
直接収益に結びつかない活動は、そのコストを負担して
企業競争に勝てるかどうか、です。その視点から見ると、
積極的に取り組むことが少なくてもマイナスではなかったというのは、
企業のCSR担当部署にとっては他部署からの非難を受け流すことが
できるという意味でよかったかもしれません。しかし、微妙な結論ですなぁ。

この分析とは別におもしろいと思うのは、先日、CSRのセミナーに行ってきたのですが、
先端事例として紹介されていたのが「資生堂」であり、その責任者の部長は女性でした。このあたりに資生堂とカネボーの今日の差があらわれているようです。
(この経団連の調査については、カネボーを監査していた中央青山監査法人の
ホームページで紹介されていました。
中央青山も存亡の危機に立たされたことにより変わりつつあるのかもしれません。)

 

06年

3月28日 (火)    あれこれ思うこと


「それにつけても金の欲しさよ」とつぶやくことも多いこの頃ですので(^0^)、
たいそうなことは言えませんが、社会に教養がなくなってきている、というのが実感です。
それでいて稚拙な主張だけは一人前の若者が増えているようです。
これは若者だけでなく大人もそうであり、
そういう意味では若者は大人のコピーと言えるかもしれません。

いま、CSR(企業の社会的責任)が言われています。
社会貢献している企業に投資しようという動きが海外にありますが、
これからは日本でもそういう動きが少しですがはじまっています。
団塊の世代が退職して投資家として再び脚光をあびるとき、
社会貢献している企業への投資ということで投資先を選別してくるのではないか、
と期待している人もいます。
株式投資ブームは負の部分だけでなく、
企業の社会的責任を果たしている企業への投資という意思を示すことができるものです。そういう投資行動をする人が増えてくれば、経済合理性を求めるのが企業ですので、
動機は別にしてどう社会に貢献するか、ということを考えるようになると思います。

公益通報者保護法が4月1日から施行されますが、
まず、法律を守ること、反社会的な行動をとると、
企業はマイナスのキャッシャフローを生むという初歩的なところから
はじめることになるかと思います。
つまり、いかに法律という基本的なことすら村社会は無視してきたか、ということです。

先日の東横インの社長が舌禍で騒動を起こしたとき、
「まあ、なんと正直ないい人なのだろう」と私も失言してしまい、
「私は嫌、許せないから絶対に泊まらない」と叫んだ女性がいて咎められました。
困惑しつつ、おれも大そうなことを言いながら五十歩百歩かもしれないと・・・。
たぶん、こういう女性たちが社会を変えていくのかもしれないと頼もしく思いました。

「がんに対しては、患者もマスコミも大げさな言葉を使って騒ぐけれど・・・」
というyururiさんの発言は見識だと思います。
治療法の存在すら不明な病気があり、不明ですから選択する治療法すらない。
癌の場合は、治療法の存在は合理的な範囲で証明されており、
そのなかで効果のありそうな治療法の選択肢も与えられている。
そういうことを前提にしながら、主張すべきことは主張していく、
ということが大切なのでしょう。
癌もまた「常時のみ」として人の病気の一形態として扱わないと、
騒げば騒ぐほど「死の病」としてのイメージが騒いだ人に戻ってきます。
そして、余計なことに苦しむことになるように思われます。

 

06年

3月26日 (日)    連想ゲーム


はるるさんの豹柄のマスクについての質問は、仮面とマスクの勘違い、ということで
追加説明は不要ということでいいですよねぇ。

どんな豹柄と言われても、豹柄に違いがあることすら私には解らない。(^0^)。
でも、豹柄のマスクは大阪で普通かどうかには興味がありますね。
豹柄のマスクにバーバリー柄のブラウスを着ていましたね、その女性。

バーバリーと言えば、年末に会社の女の子から、お手製のパーバリーもどき(柄)の
ちゃんちゃんこを貰って重宝しています。両手が自由でそれでいて暖かくいいものです。

彼女も身内に転移のあった癌患者(母親)がいて、丸山ワクチンが効いたそうで、
元気なようです。(丸山ワクチンもまだまだ現役なのですね)。

先日、その彼女から私が飲んでいるダイエット用の健康食品
(癌にも効果があるそうですが)の名前を聞いてきました。
「母からの伝言です」と言っていましたが、本当は本人が聞きたかったのではないか、
と疑っています。(^0^)。

ダイエット用の健康食品ですが、私には効果がないらしく、体重は高値安定しています。
腫瘍マーカーは横ばいだったとある女性に報告すると
「やはり、日々飲んでいるものが効いているのですよ!
あと、蓄積された栄養と  f^_^;  よかったね」
と返信がありました。

癌に直接効果のある健康食品はない、というのが信条ですので、飲んではいますが
その効果とするのは納得いかない。

因果関係を考えなしに求めるのは軽信で、その判断力は買い物のときにこそ
活かすべきです。

とくに、「蓄積された栄養と」(お腹まわり)、と言われるのは心外です。
 

 

06年

3月25日 (土)    「養病」(病を養う)


<前回書いた「分けが解らない」について、「訳が分からない」ではないかとの疑問が出てことに対して>

「訳が分からない」が正解でしょうね。(ものごとがそうなっているのがわからない。)
「分けが解らない」だと、ひとつのものを2つ以上に分けた理由がわからない、となり
「どうしてこちらの道を選択したかわからない」ということになりますかね。
ほとんど使われませんよね。
「分け」は仕分け、区分けなどと使いますが、「分け」単独で使うのは誤用です、
と本人がキッパリ。

そのときの気分ですが、分けることが解ることの基本と思っていますので、
よくこの当て字を使ってしまいます。書き癖です。

「養病」(病を養う)という言葉が最近のお気に入りです。養生+治療と解釈しています。
「養病」は、「山紫水明の地で病を養う」などと使われます。
中国の古典では、時折、みかけます。漢方などの考え方は、
たぶん、この養病だ思います。「心身の学」という言葉がありますが、そんなところです。
人は全体が重要であり、病を得たとしても、
全体からその病に対処することが大切という考え方です。
分けることによって解ることもありますし、分けることによって解らなくなる、
という側面もあります。分化は成長ですが、
(内面的な)統一がなければ倒れてしまいます。
木の成長と同じです。

安保徹先生の免疫学をよく読むのですが、その考え方は、東洋の古典と同じではないか、と思う時があります。安保先生は、ガンの原因はストレスと明言していますね。

ストレスがあってもなくても病気(ガン)になる。ひとりひとりの個性によって違いますが、
必要以上のストレスがかかったときにガンになる、という見解です。
バランスの問題といってもいいかもしれません。
それを自律神経の作用から血液の状態の数値を示して説明されています。

安保先生の場合、養生訓として読むと参考になることが多いですが、
治療という観点からみると「おじさん、いいすぎ」って言うのが多いですなぁ(笑)。
前提になる条件(成立する条件)の提示なしに、結論が断言されますので、
本によって矛盾することを平気で書いていますね。

抗がん剤と放射線治療が寿命を縮めるといいながら、あるところでは、
その効果がある人がいる、と書いています。
代替医療の広告塔として利用されているところもあり、科学者としては脇が甘いし、
社会的にみて利用されたり誤解されたりすることによって害があるかもしれない、
との危惧を持っています。
(さすがに医学雑誌に掲載されている論文は、データの限界を示していますが)。

また、石鹸を使わず水で洗えば健康にいい、というところなど、加齢臭で、
このおじさん、そばによると臭いだろうな、と周囲に同情してしまいます。(^0^)。

安保先生に治療を期待すると、人は死んで完成される、などと言われ、
びっくりする人もいるでしょうね。
それでも、ハウツー物のジャンル(養生訓)として読む分にはいいことも書いて
ありますから、「いいとこどり」しています。(^0^)。
 

 

06年

3月24日 (金)    豹柄のマスク


今日、病院の待合室で女性が豹柄のマスクをしているのをみました。
流行しているのですか?
大阪のおばちゃん風でもなかったし、へぇー、へぇー、へぇー、3回です。

レントゲンは異常なく、2月のCEAは18で横ばいでした(1月17.4⇒2月17.7。
小数点以下は面倒なので切り上げることにしています)。
1月から咳が続いていたので、横ばいが意外でした。
帰りに採血と1ヵ月分の咳止めを貰ってきました。

担当医がまた変わります。1年の付き合いでした。癌になってから2人目。
今度で3人目になります。

今の担当医は、いい先生で、私の好きなようにさせてくれたのですが、
次の先生はどうなのでしょうかね。

「引継ぎのときに、私の考え方を伝えて下さいね」とお願いしたら、
「もちろんです。伝えないと分けが解らないですから」という答えが返ってきました。
分けが解らない」という言葉には、こちらも苦笑するしかありませんでした。
次の先生もいい人だといいのですけれど。

いま、これを書いていて、昔の同僚から電話が入りました。
お父さんが胃がんで余命3ヵ月の宣告を受けたそうです。
どうしたらいいでしょうか、と相談を受けました。3点ほどアドバイスしておきましたが、
自分が癌になったからでしょうか、身近で、家族が癌になっている人、
本人が癌になっている人の話をよく聞きます。
癌は「常時のみ」(珍しくなく常のことである)になったのでしょう。

この同僚(もう40歳)からは、Mickeyさんと出会って人生を間違えた、
とたまに恨みごとを言われますが、まあ、それもまた人生さ、と笑って誤魔化しています。(^0^)。

 

 

06年

3月21日 (火)    本の選び方


「巨人の星」の世代ですので、今日の世界一は感涙ですなぁ。 

GYAOで「あしたのジョー」を今月一杯やっているもので、暇があると視ています。
「あしたは、どおっちだ」というセリフは泣かせます。
「巨人の星」「あしたのジョー」といい漫画があの頃はありました、うん。

私の読書、本の選び方ですか。

縁ですかねぇ。好きな作家がいるとその人の作品を手当たり次第に読んでいきます。
そうすると、その縁でこの本も読んでみたいとなることが多いので、
だんだん拡がっていきます。平たく言うと、雑学です。
ベストセラーもハウツウものも、おもしろければ、と食いつく節操のなさ、です。

平均よりも量だけは読んでいると思いますが(速読のハウツウものは何冊読んだこと
か、最近は、うーん、消費としての読書ですかね。
がんになってからは、投資としての読書から、ただ愉しむための読書に変わったようです。ちなみに、いま同時並行で読んでいるのが「維摩経講話」と「論理と集合のはなし」です。

DVDも良く観ます。もちろん、韓流ものです。入院中は、DVD三昧でした。
シム・ウナのファンで壁紙は彼女です。(^0^v)。
 

 

06年

3月16日 (木)    を最大限に生きる

 
野狐禅ですが、良寛は好きですね。

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。
死ぬる時節には死ぬがよく候。
これはこれ災難をのがるる妙法にて候。

入院しているとき、良寛の言葉を、スクリーンセイバーにしていました。
解説者は覚えていませんが、こんな内容の解説がありました。

 災難に逢うときには災難に逢え、死ぬときには死ね、食えなかったら食うな、などと説くのは、仏教で重視する「今を最大限に生きる」ことを説くものである。
 「過去を追うな。未来を願うな。過去はすでに捨てられた。未来はいまだ来たらず」
(『中部経典(ちゅうぶきょうてん)』)というのと同じことである。災難に逢い、死に面している「今」を生きることの中には過去が読み込まれ、未来への対処が織り込まれているのであって、災難を避け、乗り越える努力を精いっぱいしてきたことが前提にある。

 病気になったら医者にかかり、養生し、生きるための手だてを充分につくさなければならない。食えるための方策と努力を最大限に考えるのは当然のことなのである。そのうえで、「今」の現実の問題として、死や災難が私のうえに襲ってきている。

 これは良い悪いの問題ではない。いやおうなしの現実のことがらである。
 このときに「ああしておけばよかった」と過去を振り返って愚痴を言ってもしかたがないし、「こうなってくれないかな」といたずらに未来を夢みても無益であろう。
 この現実、この「今」を自分が生き抜かなければならないのだし、その覚悟をみずからにせよ、と言っているのである。

ニーチェ流の表現をすれば、「善悪の彼岸」に投げ出されたのが、癌になった状態かもしれません。

そこに残されたのは、「今を最大限に生きる」ことしかないのかもしれません。
でも、それに気づくことができたのは、癌からGiftのように思えます。
癌じゃない人を差別する気持ちはありませんが、この「今を最大限に生きる」という言葉の意味を
しみじみと味わえるのは癌患者の特権でしょう。
 

 

06年

3月15日 (水)    野狐禅です


昨日、20年来の友人から電話があり、月末から四国のお遍路に出るとのことでした。
自分でも言っていましたが、最近、周囲から見れば「未来世療法」などというオカルトっぽいことに
凝っているそうです。Blog「双句」というのをやっていますので、お暇なときに覗いてみて下さい。
紹介については、本人の了承を無理やり得ました(笑)。

更新は気まぐれですが、四国遍路も3年目で、忙しい(?) 仕事の合間に400kmを歩いたそうです。
今回は、気合を入れて6日間で150kmを歩くそうですが、私にも仕事を辞めて遍路に出ろ、
とウルサイので、閉口しています。

遍路の本を2冊と、歩くスケジュールというか宿まで指定したものをくれて、「行け」という酷い奴ですから
(その紙は、どういうわけかすぐに見失いました)。
しかし、野宿の話などを聞き、(お遍路で)自分に出会った、などと言われると興味はソソラレマス。

遍路にでれば病気が治ると考えているふしがありますなあ。
そういえば、肺ガンで四国遍路をして治したという落語家がいましたっけ。

今日は、飲み会の予定だったのですが、その相手が風邪と花粉症のため、延期になりました。
なんと軟弱な。別の懇親会の予定は無断欠席して、マッサージに行ってきました。
鉄板みたいに固いとよく言われますが、固いなりにすっきりしました。

そういえば、私に順調なときってあったかなぁ、と振り返ってみました。なかったよなぁ、
というのが実感です。で、仕事から無理やり離されて、私がいなくても平気で会社は動いていますし、
告知を受けて入院までの間の年末年始は、友人たちと何回も「お別れ会」で酔払っていましたので
(もちろん会社は休んで)、うーん、ただの不良中年じゃん、と自己定義しています。
不良ネズミだと、mickeyではなくて、「ねずみおとこ」かもしれないです。 

達観なんかしていませんよ。時折、悟ったか、と思う時がありますが(^0^)。
野狐禅です、はい。煩悩いっぱいです。

 

06年

3月14日 (火)    癌は神様からのメッセージ


人生観はどうなのでしょう。よくわかりません。
咳が出ますが、癌ですから当然ですし、癌は神様からのメッセージと
考えれば、生き方を変えろということですが、
どういう生き方をすればいいのか、正解のないことを考えることに
なりそうです。
王陽明が、死ぬ直前まで、淡々と弟子に講義して、討伐の仕事をし、客死したのを理想としています。彼は、肺結核で吐血しながらも、
洞窟で講義し、戦場にでかけました。

いま生きていることがそれだけですごいことだと知ることができただけでも、
癌になったことは神様からの贈り物かもしれません。
小林秀雄が「役に立たない神様は捨ててしまえ」と喝破したそうですが(私は原文を読んでいません。) 、彼なら言いそうです。
2年前と今では、人生に対する見方が変わっています。
自分でもよく変わりませんが、価値観が変わったことは確かなようです。

どう変わったか、日々の生活のなかで自分の反応をみながら、それを大切にしながら
確認している最中といったところです。
嫌だと思うことはしないほうがいいようだ、というのか最近わかったことです。

なにがなんだかわからないことばかりですけれど、周囲の人たちと微妙に感覚がずれてきている自分を
大切にするしかないようだ、とは思っています。
ズレテきている自分の感覚しか私には残っていないようです。
 

 

06年

3月13日 (月)    治療の経緯 


Vbの告知をするとき、担当医は私の治療プランを外科と相談したそうです。
私の場合は遠隔のリンパに明確な転移がありましたから、手術するのは難しかったようです。
医者、病院によりVbでも切るところはあるようですね。

実は、告知を受ける前の骨シンチで脳に転移の形跡がありましたので、
ステージWの可能性も指摘されていました。入院してすぐに脳の検査をしましたが、
幸い転移が認められなかったのですけれど。

私の場合は、(W期の可能性のある)Vbの診断、というのがより正確な告知内容でした。
W期の可能性もありましたから、はじめから手術はプラン外だったようです。
いまでも、頭痛がすると、転移か、とひやりとすることがあります
(入院早々外科で診察を受けたときに、前の診断から1ヵ月も経っているのですから、
転移していたら瘤になっていますよ。わからないから経過観察にしましょう、と言われました)。

後からわかったということは、みつけるのが難しいほど小さかったということだと思いますので、
たんぽぽさんの場合、ご自分の免疫で解決できたってことで結果オーライだったのでしょう。
手術という選択が失敗ならば、Vbでは手術しない、という理由の症状がすでに出ているはずですから、
気にする必要はないのではないように思えます。

昨年(2005年)8月に頚部リンパが腫れていましたが、リンパが腫れるということは癌とリンパが
闘っているということで、他に転移がみられなかったら、自分のリンパを信頼して応援する選択もあるな、
というのが、抗がん剤での治療を受けないと選択したときの気持ちです。
リンパの働きが悪いから癌になったので、こういう考え方はナンセンス、
と否定するドクターもいますけれども。

再燃の折、ドクターに「余命半年の告知を受けると生前に保険金を受けとれる
保険に入っているのですが、余命はどれぐらいですか?」と尋ねると、
「いつでもお金が必要と判断されたら申し出てください。書きますから」と言われました。
翌月の検診から数値が下がりはじめていましたので、
診断書を依頼するきっかけを失いましたが、長生きしても返せとは言われないようなので、
あの時すぐに書いてもらえばよかった、と不謹慎なことを思ったりします
(請求するには保険会社の専用の診断書が必要で、取り寄せている間に数値が下がりました)。
 

 

06年

3月12日 (日)     遅かれ早かれ 


癌患者は、「遅かれ早かれ人間は死ぬものだ、私は早かれらしいけれど」、
という人生の視点を強制的に持たされた人と定義していいのかもしれません。

その視点が脳に加わったときに、脳のなかでどういう変化を起こすかは、
一人一人違うように見受けられます。
それはそれでいままでの人生の歩み、抱えている状況が違うのですから、当然だと思います。

「患者じゃないのに、患者の気持ちがわからない」という人は、同じ癌患者同士ならば、
「おまえにはおれの気持ちはわからない」と言い放つのでしょうか。
自分の存在感を、周囲を否定することでしか示すことができない人はどこにでもいるものです。
私はそういう人に会うと、「おこちゃま」と心のなかで呼んで相手をしています。

***

先週、3ヵ月ぶりに床屋に行きました。精算のとき、「60歳以上ですか」と聞かれました。
60歳以上だと割引があります。「まだ・・・ですよ」と答えました。
還暦を過ぎているようにみえるらしいです。(T_T)。はじめての経験ではないので、慣れてはいます。
見た目を考えると初老と自己紹介するのも気が引けました。(ほぼ全白髪です)。

入院してすぐに、便秘になり、5日ぶりのお通じで病室のトイレを詰まらせたことがあります。
担当の看護師さんを呼んだり、設備の人を呼んだりして恥ずかしい思いをしたことがあります。
入院中、便秘には悩まされ、ドクターからもらった便秘薬を欠かせませんでした。
病室のトイレは洋式で、ふんばれないから、と旧館の外来用のトイレによく行きました。
軽い切れ痔になりました。

入院当初は、空きベッドの都合で他の3人が女性の4人部屋でしたので、余計に閉口しましたね。
私が入院していた階では、1部屋4人ですが、男女に分けられないときもあり、
私のあと、男3人に女性1人ということもありましたね。

昨日は、以前勤めていた会社の元同僚達との飲み会でした。
私を含めて5名で、他の4人は妙齢な女性たちです。
20歳で入社した最年少の子も34歳、すでに全員がその会社を離れ、
昨年の8月から、ときおり、その輪のなかに入れてもらっています。
女性陣はパワフルで、カラオケは貸し切り状態。唄と雑談で楽しいひと時を過ごしてきました。
メンバー全員私が進行がんであることを知っていますからこちらも気楽で、
「数値が下がるなんて不思議よねぇ。おとなしく療養しているようとは思えないし、どうして?」
と返答に窮することも平気で聞いてきます。
切れることのない女性陣の会話を聞かされ、心地よい(?) 疲れで帰りは午前様、
昨晩はよく眠れました。
来週は、飲み会の予定が2件入っていますです、はい。

***

昨日会ったお姉さま方の中に保育園で給食を作っている人がいて、
たんぽぽさんの話はおもしろく読ませて頂いています。
「とんでもない子どもたちが現れてきますよ、これからは」と内田樹がどこかで書いていました。
「オレ様化する子どもたち」を読んでいて、 今の子どもたちの実態に愕然とした覚えがあります。
養老孟司 が「こどもは自然と一緒です。子育ては手入れ、です」という主旨のことを繰り返し言っています。
先日から折に触れて、「14歳の子を持つ親たちへ」とか「希望格差社会」とか
教育論に近いものを読むことが多いのですが、じっくり腰を据えて、
大人の責任として考えていく課題だと思います。
 

 

06年

3月11日 (土)     私の(癌の)推移


2004年12月22日に告知を受けました。
検査の途中でドクターから前振りがありましたので、それなりに覚悟はできていたつもりでしたが、
少しうろたえました。

肺腺癌(ステージVb)で、外科手術はしないとの方針でした。
年末のため、入院は年明けということでしたが、2005年1月19日まで待たされました。
3月4日まで入院していました(当日の朝、ドクターから退院の打診があり、
その日の午後には退院です。
地方病院ではベッド数が足りなく、外来ですむ人はすぐに退院させられます)。

腫瘍マーカー (CEA) が2月初めには120ありましたが、3月初めには50に下がっていました。
治療方法は、抗がん剤の投与と放射線です。

退院後1ヵ月は治療を休止し、外来で4月から5月まで抗がん剤の治療を続けました。
CEAは5月には9まで下がりました。あとは、1ヵ月に1度の経過観察となりました。

退院してすぐに風邪を引き、咳き込んでいました。
CEAは6月に19、7月末には40となり、右頚部リンパ線が腫れて、さわると二筋のしこりがありました。
超音波で調べると、脇の下、足の付け根のリンパも腫れていました。

ドクターから治療の再開をすすめられました。
その折、点滴による抗がん剤投与、経口による投与(イレッサ)、そして、
対症療法と3つの選択肢を示されました。
対症療法を選択しました。

CEAは、9月(34)、10月(27)、11月(25)、12月(21)、2006年1月(18)という推移をしています。
右頚部リンパの腫れもなくなりました。
病院では、毎月のレントゲンと採血、3ヵ月に1度、造影剤を使ってのCT検査をしています。

仕事は告知されてすぐに休職し、3月の治療休止期間は体調のいい日を選んで出社していました。
本格的な仕事復帰は、7月16日からで、月に1度の検診以外は(風邪で数日休みましたが)、
ほぼ毎日出社しています。残業はほとんどしませんが、定時の間は机の前にいます
(煮詰まると、100mほど離れた公園に散歩に出ますけれど)。

2月は風邪が長引いて体調もよくなく、たぶん、CEAも上がっているだろう、と予想しています。
自分に都合が悪いことは、考えないようにしていると、忘れるようです。
結果は3月の検診日(24日)に教えてもらえます。

3月に入り、2ヵ月ほど続いていた風邪もなんとか治まりました。
咳は出ていますが、いまの体調は悪くありません。