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一連のシリーズもこれを書いたらちょっと休むか終りにします(笑)。
別のお題を探すことにします。
2004年NHK正月の特番で犬養道子と養老猛司の対談があった。
そのなかで犬養道子がある少女の話をしていた。
その少女は、内戦の犠牲者であり、輪姦されエイズを罹患して
最後の時を迎えようとしていた。
内戦で報復が当然とされた殺伐としたなかで、
彼女は、自分を死に追い込んだ加害者を死の床で許した、
というのである。彼女は報復の連鎖をそこで絶ったのである。
この話を聞きながら、山本七平の「一下級将校の見た帝国陸軍」で
紹介されていたあるエピソードを思い出していた
(以下の大半はこの本の要約と引用です)。
「戦場に掛ける橋」で有名なクワイ川の「死の収容所」にいた
アーネスト・ゴードンが書いた「死の谷を過ぎて」に記された
エピソードである。
この収容所は、病死・餓死・処刑死1万6千といわれている。
そして戦争は終り、彼等は釈放され、帰国のためにバンコクに向かう。
そしてその途中収容所に送られる日本の傷病兵を
満載した車両とすれ違う。
ゴードンたちは、病人よりもむしろ「病物」として積まれていく人びとを見、「自国の兵隊さえあのように取り扱う日本軍が、
どうして敵国兵を人間として取り扱うことがありえようか」と思う。
そして勝者である連合軍側の将校も、これを冷然と見ている。
一瞬、ゴードンらは立ち上がり、夢中でかけよって
この傷病兵たちに、自分の水筒から水を飲ませ、包帯でその傷を包む。
連合軍側の将校は驚き「こいつらは、われわれの敵じゃないか。
その上あなた方は・・・」と大声で叫んでこれをやめさせようとするが、
不思議なことに彼らは、頑としてそれをやめようとしない------------
人の常識は、殺される立場にいた者は殺すことが平気、
残虐な扱いを受けた者は、残虐な扱いをするのが当然、
そういう人たちが一番強い復讐心をもっているはずだと。
だが、静かに思い起こせば、
人は、戦争直後に「特攻くずれ」という言葉はあり得ても、
「ジャングルくずれ」という言葉はなかったという
奇妙なことに気づくはずである。
また、収容所の暴力団も、その主力は、敗戦前に投降して、
あの極限の「地獄」を知らないものが多かった。
「この人たちはみな地獄を見たのだ。本当に地獄を見たものは、
そういうことはしないものだ」(宇都宮参謀副長)。
「そして、その常識からいえばあり得ない逆、
いわば奇跡に等しいこのことを、人間のこの一面を、
人は心のどこかで、無条件で信じている。
そして、それが信じられる限り、
パンドラの箱を開けたに等しいどのような世界にも、
ひとつの希望(エルビス)があるので」
犬養道子はこの少女にこの希望をみいだしていた。
しかし、・・・・
犬養道子はこの番組のなかでマザー・テレサを尊敬し、
彼女のもとで働こうとしたある日本人ボランティアの話も紹介していた。
彼女は、洗濯を指示されたとき、洗濯機はどこにありますか、と尋ねた。
「あなたの世話をしていられないから帰りなさい」
と追い返されたそうである。
ヒロイズムに酔ってボランティアを志願したであろうに、
そのときの彼女はどう思ったのだろうか。
自分の善意が相手から咎められるとは思ってもいなかっただろう。
・・・「洗濯機か」。
・・・マリー・アントワネットのケーキを日本人は笑えない。
いろいろと書いてきましたが、
私の言説が「洗濯機」でないことを祈るばかりです。 |