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 2006年8月

 

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8月 7日
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8月 5日
8月 5日
8月 3日 
ひとつの希望(エルビス)    
日本という国は        
日本沈没           
貧困             
がん対策基本法に対する附帯決議
本から学び、考える      
日本はなぜ敗れるのか     
バシー海峡          
おわった!!         
猫と神の共存する世の中    
便利なサイト         
  8月31日
8月30日
8月29日
8月27日
8月27日
8月25日
8月24日
8月24日
8月21日
8月18日
8月16日
女性はどうかな          
涙は人生のオアシス        
健康を選ぶ            
パソコンは東芝          
パソコン購入しました       
智恵と禽獣            
眼福               
再会まで元気であれかし      
医療制度             
自分の時間を生きていくのも粋・・・
官僚は員数を尊ぶべし       
         

 

 8月 31日 (木)   女性はどうかな

 

http://www.supporterscheerup.com/
ある男性のblogで紹介され
ていました。男性は、なんとなく元気がでるのですが、
女性にはどうだかわかりまん(笑)。次の便で、○○○ をおくります。

ほんとネットはなんでもありますなぁ。

 

 

 

 

 8月 30日 (水)   涙は人生のオアシス

 

http://torikainikki.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_5f08.html

「涙は人生のオアシス」というお題で、読みながら、
そうそう思い当たることがある、と紹介することにしました。
カラオケで一青窈「花みずき」などうたうと
ひとりでに涙がでてストレス解消になりますなぁ。
・・・朝日新聞はとっていないので、その記事は読んでいませんが、
たまにはいいことも書いてあるらしい(笑)。

女性にはつねに教えられる、というイタリアの諺を思い出しました。

さて、これから風呂に入り、湯船のなかでウルウルすることを思い出し、
涙を流してスッキリして眠ることにします。

ストレス解消になる涙とそうでない涙の2種類があるような気がしますが、
どんなものなのでしょうね。

 

 

 

 

 8月 29日 (火)   健康を選ぶ

 

今、起きました。昨夜、気持ちのよい酒を飲み、
十分な睡眠をとった朝はスッキリです。午前中休みをとりましたので、
朝風呂に入り、散歩がてら会社に行ってきます。

昨年は爪もみを毎日やっていましたが、最近、忘れています。
玄米食も1ヵ月でギブアップ(笑)。
安保先生は、肉は週に1度、食べたくなったときは食べるそうです。
食べないことのストレスがいけないとのこと。
養生もそれにこだわるとストレスになるそうですから、
「おっと忘れていた、やろう」と三日坊主の精神で繰り返すうちに
習慣になればいい、ということで再開することにします(笑)。
(この三日坊主の繰り返しで習慣にすればいい、というのは
中村天風の教えですが、野口体操等、いろいろ学んで忘れていました)。爪もみから再開することにします。

ガンが代替療法で治療できるかどうかについては、
どちらでもいいと思っています。
QOLがよくなるかどうか、を判断基準にしています。
先日も書きましたが、治療を受けることにした知人をみていると、
抗癌剤の治療を受けているいまの方がQOLは高そうですから
抗癌剤治療はダメとくくるのも無理がありそうです。
・・・よくわからない、というのが正直なところで、
判らないことは判らないままで、まあ、いいか、
といういい加減に流されています(笑)。
なんでもあり、には当然、抗癌剤の治療も入っていいはずですから、
先行き、抗癌剤の治療を受けるかもしれません。

「まっ、いいか」が口癖で、よく別物から
「その優柔不断でよく仕事ができるわね」
と呆れられますが、・・・

さて、これから風呂に入ります。
おはらしょうすけさん、が理想ですなぁ、私は。
宝くじにあたったら、そうしましょう。

 

 

 

 

 8月 27日 (日)   パソコンは東芝

 

パソコンは東芝dyanabook(Qosmio)を購入しました。

ちょうど東芝フェアをやっていまして、東芝から来ていた販売応援の人が、増設メモリーと初期設定の費用を店と交渉して無料にしてくれました。
それに目覚まし時計、携帯ストラップとか記念品をたくさん頂きました。

mori sanさんのコメントは養生の示唆に富んでいますね。
帯津先生とか安保先生の言説は前にも書きましたが、
養生訓として読めば参考になることが多いですねぇ。
私も、昨年4月に、日本ホリスティック協会に入会しまして、
毎月、いろいろな案内を頂きました
(更新はしなかったのでいまは会員ではありませんが)。
「ガン治療はなんでもあり」(帯津先生)というのは同感です。
なかなか娑婆の都合で養生に専念できないのが残念ですが、
そろそろそういう言い訳をしないで養生できるように
環境と心持を変えなくてはいけないですなぁ。
私も少しずつ工夫することにします。

彩さんの日記はほのぼのとしていいですね。
毎日、楽しみにしています。率直で、すこし天然が入っている
(と思うのですが、もちろんいい意味です、はい)な書きぶりは
そのときどきの情景が浮かびますから衒いのないいい文章です。
彩さんが紹介されていた映画はみています。

夏川結衣(なつかわゆい)ですよ。かわゆい、ではないですか。
いま気づきました(笑)。

 

 

 

 

 8月 27日 (日)   パソコン購入しました

 

土曜日は、別物と一緒にパソコン購入に行ってきました
(完全に壊れてしまいました)。
夕方から設定等々で時間が流れました(笑)。
で、これは新しいパソコンからの初めてのメールです(^0^)。
我々も、yururiさんとmiyaさんのエピソードではないですが、
別物が私の娘と間違われました。・・・

パソコンはインテル、メモリーともに教えていただいたものにしました
(つもりです・笑)。

「死国」の主演女優は夏川結衣という名前です。
不評だった例の「87%・私の5年生存率」のあの女優です(笑)。
ドラマの内容はいただけないが、
例のごとく「彼女の場合は、まあ、許す」(笑)です。

バカの定義です。

私たちは知性を検証する場合に、ふつう「自己批判能力」を基準にする。
自分の無知、偏見、イデオロギー性、邪悪さ、
そういったものを勘定に入れて
ものを考えることができているかどうかを物差しにして、
私たちは他人の知性を計量する。
自分の博識、公平無視、正義を無謬の前提にして
ものを考えている者のことを、私たちは「バカ」と
呼んでいいことになっている。(内田樹・「ためらいの倫理学」)

これはある東大教授に対する言葉です。
彼は名指しで「バカ」と呼んでいます(笑)。

抗がん剤の治療を選択しないのが
勇気のあることかどうかはよくわかりません。

昨年12月にがん告知された人がいます。
すでに末期で、余命も月単位と告知されたようです。
彼は抗がん剤治療を勧められましたが、治療をせず
公私の身辺整理で残りの人生を過ごすことにしたそうです。

ところが、この1月に症状が急速に悪化したため、
肉親から○腸の切除手術だけは受けてほしいとの懇願により
治療を受けることにしたそうです。
検査の結果、切除手術はしなくてよく、
腸のなかにステントを入れてしのぐことができたそうです。

8月現在の彼は、結局、抗がん剤の治療を受けています。
病室で、楽器、絵を描く道具、たくさんの本に囲まれて
自由にすごしているそうです。
頭をまるめ作務衣を着て歩いていると、
お坊さんに間違われて頭をさげられてしまうとか。
「はじめの頃は癌を隠してほしいと口止めされていましたが、
今はもう隠さず前向きに治療したいという心境になった」
とある人から聞きました。

治療を選択しているいまの方が幸せのようです。

 

 

 

 

 8月 25日 (土)   智恵と禽獣

 

猫好きな人には腹の立つ記事です。
もう読まれました?
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/
(注:上記「きっこのブログ」8月21日、23日、24日を見てください)

猫殺しが書いた本は私も読んだことはありませんが、
彼女の本が原作の「死国」は観ました。
傑作とまではいいませんが悪い出来ではなかったですよ。
もっとも私は主演女優が好きで観たので
作品を批評する資格はありませんけれど。

しかし、坂東氏のような人はこれからもたくさん出てくると思います。
諏訪哲二の『オレ様化する子どもたち』のなかで、
先生に私語を注意されて居直る生徒たちの生態が書かれています。

生徒も「自分がこう思う」から
「これぐらいしゃべったって授業の邪魔にならねえだろう」などと
勝手なことを言っているのではない。
「自分がこう思うこと」が当然「まわり」のみんなにも
受け入れられるべきことだと確信するから主張している。
(中略) しかし、今や「客観的」と「主観的」の境界はなくなった。
主観と客観の近代の区別はもはや成立しない。
「自分がこう思う」ことはみんなも思っているに違いない
(あるいは、思うべきである)と子どもたちは確信している。
これが「オレ様化」した子どもたちの真実のひとつである。

とあるように、自我という視点から移行できない弊害というか、
寒々とした人間が成長してきています。
「飽食暖衣、逸居して教なくば即ち禽獣に近し」(孟子)とあるように、
禽獣が生まれてきている、と用心したようがいいです。

坂東氏のような人は特殊と考えて彼女を排除する、
というのもひとつの解決方法ですが、
根を洗うと彼女と同じ思考パターンの人が増えてきているように思えます。非難をあびるのを覚悟していると彼女は言っていますが、
きっこさんがいみじくも言っているように
「喧嘩を売っている」のですから、
上記の居直る生徒との距離はかぎりなく近い。

yururiさんは日経の担当者も○カ(=漢字はウマシカ)と言っていますが、
この記事が日経に載るということは、
「自分がこう思うこと」に対する絶対的な価値を認める伏流
世の中にあるかもしれない、を検討したほうがいいと思います。

今回の件は、内容が内容で○カですけれど、
これよりも穏やかな事項であれば、
“がん”関連のブログ等でも見かけます。 
ホリエモンもそうですが、
一見かなり勉強しているように見える方のブログでも
「自分がこう思うこと」の絶対視をしている人、思いこみの強い人がいます。
客観的にみると、かなり変に見えることもあるのに、
本人は気付いていないし、そのことを指摘する人もいません。
そら恐ろしいのはこの「自己がこう思うこと」を絶対視する感覚です。

智恵は恐れから生まれる、という言葉があります。
自分でないものに対する恐れから
智恵は生まれますが(例えば、神、先生)、
彼等の恐れは「自我」を傷つけられることだけでしょう。
この恐れは智恵ではなく禽獣をつくるように思います。

 

 

 

 

 8月 24日 (金)   眼福 

 

昨日は、センチメンタルmickeyでした。
体調不良によるものです。忘れて下さい、はい。

今日は、午前中に用をひとつ済ませ、
人の仕事の邪魔をしながら時間をつぶし、午後休みをとり、マッサージへ。ここ1週間ほど体調不良で不眠と背中の腫れに悩まされていましたが、
マッサージで軽くなりました。
マッサージ屋に行くとちょうど取材中で、
地元の女性タレントさんが施術を受けているところでした。
残念ながら施術中の様子は拝見できませんでしたが、
キレイなお姉さんに会えてちょっと得した気分です。眼福、眼福。

午前中の用事と言っても10時に届く親展の宅急便を受取るだけで
後は仕事をする気にもなれずネットサーフィンをしていますと、
以下のことが書いてありました。

○○○御殿、○○騒ぎで司会をしているASが実は○○であり、
文化庁盗作大賞騒ぎはWYとイタリア画家との痴話喧嘩が発端らしい。

WYのオマージュの意味が別の響きを持ちますなぁ。
ASのキャンキャンした喋り、頭の回転の速さは
その職業というか其の手の趣味を持つ人にありがちなキャラですし、
盗作事件の訳の分らなさも男と男の痴話喧嘩とすると
あの不可思議さがなんとなく理解できる(気分になる)。

妄想でした(笑)。

昨日のyururiさん。「他人のことを見聞きしているといった感覚が強い。
これは、若いころからのことだから性格は変えられないみたい。」


どうもyururiさんはご自分の性格を特殊としているようですが(笑)、
日の下に新しきものなし、で古人の好んだ知的作法です。
ヘーゲルの表現を借りれば、想像的にしつらえた他者の視座に移行して
おのれ自身を振り返ることを「自己意識」といい、
そして「その自己意識こそ人間である」に該当すると解釈しています。
これは「考える葦」のもう一つの意味でもあります。

猫ネタでいうと「我輩は猫である」。
「土佐日記」などもこの自己意識で書かれたものですなぁ。
・・・このヘーゲルの定義した「自己意識」、
他者の視座に移行することができることがその人の「教養」とも言えます。

近ごろの子供は、教養がない、と感じることが多いのですが、
それは、知識がないという外形的なものだけでなく、
単純で、極端な断定を好み、他者の視座で(自分自身も含めて)
物事を見られないという厚みのなさがそう感じさせるようです。

上記の分析は内田樹「子どもは判ってくれない」に拠っております。

なにが申し上げたいのか、と言いますと、
○○さんは教養がありますなぁ、←  (*^_^*)グフフ、ほめられた 
と誉めているのであります(笑)。

 

 

 

 

 8月 24日 (木)   再会まで元気であれかし

 

採血の結果は残念でした。心配しないで下さいとのことですが、
それはもともと無理な話ですから、勝手に心配しています。

もっとも、もう少し深刻に、わが身の不運を嘆いていただかないと
心配する張り合いがありませんなぁ(笑)。
yururiさんの美意識の問題ですから、それには触れないでおきます。
ご自愛下さい。

今日、私が以前勤めていた会社の専務が退任されるとの知らせが、
ある人からありました。60代半ばであり、団塊の世代の少し上になります。その会社に勤めていたときはとくに可愛がってもらい
ビジネスのイロハを教えていただいた方です。
彼は営業(もともと商社マンであり、ニューヨークが
彼のキャリアのはじまりでした)で、
私は管理でしたから畑は違いましたが、なぜか気が合いました。
その会社の発展期でしたので、いま考えると
ふたりでいろいろと面白いことをしました(笑)。

単身赴任16年。東京に戻られるそうです。

仕事だけでなく、名古屋の錦でもよくふたりで遊びました。
今日はあのビルと決めて、最上階に上がり、片端からドアを開けて
「ごめん間違えた」と謝りながら一軒一軒品定めをよくしたものです。
追いかけくる店のママ、女の子の対応で、
「おい、あの店、良さそうだったな」と地上に降りてから
もう一度上がりなおして新規開拓したものです。
辞めて10年になりますが、どういう知り合いと聞かれると
彼は「飲み友達」と私を紹介しています。

彼の好きな歌が河島英吾の「時代おくれ」です。
歌えと強制される(笑)うちに私の十八番になりました。

私の好きな詩に、

勧酒 于武陵

 

勧君金屈巵   君に黄金の盃を勧める
満酌不須辞   なみなみと注いだこの酒を断ってはいけないよ
花発多風雨   花が咲けば雨が降ったり風が吹いたりするものだ
人生足別離   人生別離がつきものだ

 

があります。
この詩は井伏鱒二の訳が有名ですね。

 

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 

この詩は別離の詩ですが、再会を約する詩でもあります。
元気であれかし、また、ふたりで酔っぱらおう、と約する詩であります。

河島英吾の「時代おくれ」をまた歌いたいものです。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~ada-kazu/new_page_148.htm

別れは過去を振り返るとサビシイモノデスガ、
次の再会という未来を前景にすると、
生きていたいという気持ちにさせてくれます。

 

 

 

 

 8月 21日 (月)   医療制度

 

週末はデスクトップが壊れてしまい悪戦苦闘していました。
いろいろと試してみましたが(いまも試していますが)、
もう買い換えないといけないようです(トホホ)。
で、パソコンと悪戦苦闘しながら疲れると寝る、
という週末生活をしておりました。

医療制度について良い意味でお祭りになっているサイトがありました。
http://www.yabelab.net/blog/2006/08/13-152908.php#more
さすがに法律家のBlogです。2chanのようにはならないですなぁ。

もうひとつ医療について(以前、紹介したことのあるサイトですが)
http://www.ny47th.com/fallin_attorney/archives/2006/08/18-133420.php#more

で、医療法人の株式会社化についてお題にしています。
参考までに。

CEAが6月は71、7月が横ばいの69です。やはり夏バテですかね。
私の場合は平均の人より進行が遅い(ドクター)ということですので、
のんびりと付き合っていきます。 

 

 

 

 

 8月 18日 (金)   自分の時間を生きていくのも粋・・・

 

ほろ酔いでいま帰宅しました。名古屋で11時に終わっても
自宅に戻ると午前様になります。

3人で食事をし、二次会のスナックではあと2人、
友人が親しくしていた会社の役員が合流しました。
私は初対面で、新しい出会いです。社長が30代前半でまだ若い。

いろいろな意味で若い人の時代だなぁ、とつくづく思いました。
ただ、若さゆえに小さな穴、大きな穴のようなものがみえてきます。
その穴のようなものを指摘して埋めていくのが、
私のこれからの仕事になるだろうなぁ、という漠然とした予感がありました。第一線で突っ走るという役割はすでに彼らのものであり、
先日、ご紹介されていた記事ではないですが、
「違う時間」の流れのなかでサポートしていくのが
50過ぎのおじさんの役目かもしれない。

通勤電車を降りて自転車置き場まで人の流れのままに歩かず、
ゆっくり歩いていると前を歩く人がいなくなります。
駐輪場に着くまで2分と違わないのに、人がいなくなります(田舎です)。
次の電車が到着するまでの数分間の静寂です。
自分のペースで誰かにぶつかりそうになる心配もありません。

なぜ、いままで、わずか数分のためにあたりまえのように
先を急いでいたのだろう、とあきれます。
ゆっくりしていますが、それでも次の電車に乗った人よりも前にいます。

50すぎたら世間の時間ではなく
「自分の時間」を生きていく(老いも含めて)のも粋かなぁ、
などとほろ酔いの酒がまわります。

 

 

 

 

 8月16日 ( 水)   官僚は員数を尊ぶべし

 

官僚は員数を尊ぶべし

昭和51年の予言
「いまに日本は、国民の全部が社会保障をうけられますよ。
ただそれが名目的に充実すればするだけインフレで内実がなくなりますからね。きっと全員が員数保障をうけながら、だれ一人実際は保障されていない、という状態になりなすよ、きっと。
健保がすでにそうでしょ。ガンになると、命がなくなったうえ三百万もとられるそうですよ。高校全入も員数くさいし、大学も員数だけはふえているけど、教育というその内実はネエ・・・・・」
(「一下級将校の見た帝国陸軍」・山本七平著)

この員数主義というのは、「数さえ合えばそれでいい」が
基本的態度であって、その内実は全く問わない
という形式主義をいいます。

予言どおりになっていますなぁ。
先日の社会保険庁の騒ぎなど、まさに員数主義の典型です。
員数主義は死なず、と笑ってしまいました。
あれは、社会保険庁ぐるみですよ。
民間からきた新任の長官の、
現場からみたら不可能な達成目標に員数であわせたのですから、
彼等の日常の事務処理の方法の延長です。庁ぐるみでないわけがない。

員数主義は形式主義ですから、具体的にはふたつの形式をとります。
(1)「実数ではない、員数ではある」
(2)「実数ではある、員数ではない」

がん対策基本法は、実数では意味がない、しかし、員数ではある。
年金の未納者は実数ではないあるが、員数ではない(と報告する)。
といったところですか。日本という国は変わらない(笑)。

民間だと、倒産、破産という形で淘汰されますが、国にはそれがない。
淘汰されるときは国民全員を巻き込みますから、
彼等の責任は問われない。問われなかった前歴があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月 15日 (火)   ひとつの希望(エルビス)

 

一連のシリーズもこれを書いたらちょっと休むか終りにします(笑)。
別のお題を探すことにします。

2004年NHK正月の特番で犬養道子と養老猛司の対談があった。
そのなかで犬養道子がある少女の話をしていた。
その少女は、内戦の犠牲者であり、輪姦されエイズを罹患して
最後の時を迎えようとしていた。
内戦で報復が当然とされた殺伐としたなかで、
彼女は、自分を死に追い込んだ加害者を死の床で許した、
というのである。彼女は報復の連鎖をそこで絶ったのである。

この話を聞きながら、山本七平の「一下級将校の見た帝国陸軍」で
紹介されていたあるエピソードを思い出していた 
(以下の大半はこの本の要約と引用です)。
 

*************

「戦場に掛ける橋」で有名なクワイ川の「死の収容所」にいた
アーネスト・ゴードンが書いた「死の谷を過ぎて」に記された
エピソードである。
この収容所は、病死・餓死・処刑死1万6千といわれている。
そして戦争は終り、彼等は釈放され、帰国のためにバンコクに向かう。
そしてその途中収容所に送られる日本の傷病兵を
満載した車両とすれ違う。

ゴードンたちは、病人よりもむしろ「病物」として積まれていく人びとを見、「自国の兵隊さえあのように取り扱う日本軍が、
どうして敵国兵を人間として取り扱うことがありえようか」と思う。
そして勝者である連合軍側の将校も、これを冷然と見ている。

一瞬、ゴードンらは立ち上がり、夢中でかけよって
この傷病兵たちに、自分の水筒から水を飲ませ、包帯でその傷を包む。
連合軍側の将校は驚き「こいつらは、われわれの敵じゃないか。
その上あなた方は・・・」と大声で叫んでこれをやめさせようとするが、
不思議なことに彼らは、頑としてそれをやめようとしない------------

人の常識は、殺される立場にいた者は殺すことが平気、
残虐な扱いを受けた者は、残虐な扱いをするのが当然、
そういう人たちが一番強い復讐心をもっているはずだと。
だが、静かに思い起こせば、
人は、戦争直後に「特攻くずれ」という言葉はあり得ても、
「ジャングルくずれ」という言葉はなかったという
奇妙なことに気づくはずである。
また、収容所の暴力団も、その主力は、敗戦前に投降して、
あの極限の「地獄」を知らないものが多かった。

「この人たちはみな地獄を見たのだ。本当に地獄を見たものは、
そういうことはしないものだ」(宇都宮参謀副長)。

「そして、その常識からいえばあり得ない逆、
いわば奇跡に等しいこのことを、人間のこの一面を、
人は心のどこかで、無条件で信じている。
そして、それが信じられる限り、
パンドラの箱を開けたに等しいどのような世界にも、
ひとつの希望(エルビス)があるので」

犬養道子はこの少女にこの希望をみいだしていた。

しかし、・・・・

犬養道子はこの番組のなかでマザー・テレサを尊敬し、
彼女のもとで働こうとしたある日本人ボランティアの話も紹介していた。
彼女は、洗濯を指示されたとき、洗濯機はどこにありますか、と尋ねた。
「あなたの世話をしていられないから帰りなさい」
と追い返されたそうである。
ヒロイズムに酔ってボランティアを志願したであろうに、
そのときの彼女はどう思ったのだろうか。
自分の善意が相手から咎められるとは思ってもいなかっただろう。
・・・「洗濯機か」。
・・・マリー・アントワネットのケーキを日本人は笑えない。

いろいろと書いてきましたが、
私の言説が「洗濯機」でないことを祈るばかりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月 14日 (月)   日本という国は

 

中国と韓国の現政権が日本を仮想敵国としているのが不気味ですね。
この二国は政情不安があり、
日本を仮想敵国にして国内を纏めているだけだから、
という解釈をしてホカッテ置けと言う人がいますが、どうなのでしょうか。
この解釈の前提は経済至上主義のようですが、
そう高を括っていいものかどうか、私にはよく分りません。

もともと日本という国は戦争する能力のない国です。
近代戦は補給ですから、戦争は誰が計算してもできない。
食糧、石油等の補給が続かない。戦闘はできても戦争はできない。
日本は太平洋戦争の時代から近代戦ができない国です。
計算すれば戦争ができない国ですから、
その計算を無視して戦争するためには精神論が補給を補うという
虚構を信じなくてはいけません。

石油、食糧そして情報は戦略兵器です。
とくに、食糧と情報は第二次世界大戦後の大国が
意識して戦略としています。
そして、このふたつを制したのがアメリカです。
この分野では日本は手も足もでない。
中国は食糧輸出国であるとともに輸入国でもありますから、
勢力図は入り組んでいます。

一部にはアメリカと日本は同盟国だから、
アメリカが日本を守ってくれるという人がいますが、どうなのでしょうか。
日本を守ることがアメリカの国益である限りにおいてはそうでしょうが、
無条件に彼らが日本を守ってくれると考えるのはナイーブすぎます。

アメリカは唯一の超大国ですから、
日本の政府・官僚の事大主義にはぴったりの相手です。
アメリカにはゴマをするが他は無視する。
こちらにはそのいうつもりはなくても、隣国には腹立たしい存在でしょうね。

書いているうちに雑然としてきましたが、
資源なく食糧の自給もできない日本という国には戦争をする能力はない、と思い定めていろいろと方策を考えていくしか道はない、と思います。
誰かに守ってもらう、という発想は、守ってもらう国の都合の話で
すから、そう都合よくいくわけがない(笑)。

平和主義を唱えれば平和が訪れる、
相手は攻撃してこないというのも、
自分の見方を相手に押し付けているだけですから、
日本の国内では通用しても外に通用するとは思えませんし。

なぜ、誰が計算しても
(aiaiさんがテキサスの油田地帯を走行して思われたように)
負けると計算できる戦争を日本が始めたか、
その明確な答えを日本人が持っていない以上、
靖国問題、憲法改正問題がいつか来た道へ歩むことにならないとは
誰も言えないでしょう。

空気に支配されやすく、水をかける人を非難する国民性がありますから
どうなることやら。
 

***

8月15日は終戦記念日ですね。
いつ頃からですかねぇ、敗戦を終戦と言い換えるようになったのは(笑)。

 

 

 

 

 8月 13日 (日)   日本沈没

 

「日本沈没」
懐かしい映画がリメイクされてヒットしているようですね。

日本沈没という整理の仕方もひとつの方法ですが、
日本占領という視点で整理してみると見えてくるものがあります。

まだ、占領体制が続いている。
その誰かを「体制」とすると、マスコミは体制の宣撫班になります。
彼らの原則は、体制に有利、のみですから、
「常に本当の問題を隠して、民衆の目を別の方向に向けさせるよう、
あらゆる情報を統制した上で、あらゆる誘導を行う」(山本七平)

ことをしています。
ですから、「その実態は情報の提供という意味での報道とは
全く別だということです」(同)。


情報のハタラキは提供という面だけでなく
隠蔽という側面があることを忘れてはいけないでしょう。
これを一言で表現すると「報道されないことは実在しない」
とでもなるでしょうか。

いまの日本はまだ国家総動員法の時代の体制のままである、
と言い切ったのは野口悠紀雄です。
「1940年体制−さらば戦時経済(単行本)」↓amazonの本紹介にリンク
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4492393951/250-9734876-1442620?v=glance

解説では、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~NKSUCKS/1940nen.html
が分りやすい。

○HKとか朝○新聞は中立とか反体制といいつつ、
その宣撫班としての体質は変わっていないでしょう。

山本七平の次の言葉は、今も示唆に富んでいます。
 
 

いわば「原住民」をある程度は、軍隊を動かすように動かしうる状態にもって行き、宣撫班が直接間接に与える指示しか見ず、指示された通りにしか動かないようにしてしまうわけである。(山本七平)

 

 

 

 

 


 

 8月 12日 (土)   貧困

 

ワーキング・プアの問題は、NHKでも取り上げられたそうですが、
残念ながら私は見ていません。
    NHKスペシャル「ワーキングプア〜働いても働いても豊かになれない」

日本の全世帯の10分の1が生活保護レベル以下の生活水準であり、
その割合が進行しているとのこと。
この階層がガンになったらまともな治療を
受けることができるのかどうか。
中間層でもガンの治療か家計か、と悩むわけですから、
治療を受ける選択肢もはじめからないのかもしれない。

「勝ち組」「負け組」の議論をしているときに、
どうも「負け組」のなかにすら
このワーキング・プア層は入っていないようです。
所得格差の拡がりが問題になっていますが、
その議論からもはずれているようです。

これは「勝ち組」・「負け組」とか「所得格差」という切り口で
考えるものではなくて、ズバリ「貧困」の問題でしょう。

日本という国の1割以上の世帯が「貧困」の問題に直面しており、
中間層も働き手(あるいは家族)がガンも含めて長期の治療が
必要な病気になると、この層へ転落する可能性が高くなる。

自己責任という言葉が流行したおかげで
「貧困」が「自己責任」にすりかえられて
問題を直視することができなくなっています。


日本における「貧困」の問題
・・・考えれば考えるほど拡がりと根の深さがあります。
自らを振りかえっても人ごとではない。

 

 

 

 

 8月  8日 (火)   がん対策基本法に対する附帯決議

 

いま、がん対策基本法案に対する参議院の附帯決議を読んでいました。

「附帯決議とは、法律の条文の中には盛り込めなかったものの、
今後の努力の目標や、政府が力を入れて取り組む事項を、
与野党で確認し正式な議事録に載せるもの」
ですから、法律の条文に盛り込めなかった論点が
浮き彫りにされています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/07/dl/s0728-13j.pdf

法律に折り込めよ、って突っ込みを入れながら読むと、
論点がよくわかります。
法律の条文よりもおもしろいことが多い。

 

 

 

 

 8月  7日 (月)   本から学び、考える

 

◇「虜人日記」を読み始めたところです。
人により読んで心に残る箇所が違うようです(笑)。

こうした本から何かのノウハウを学ぼうとする人たちが、
私はここに書かれている人たちとは違う、
という意識でこの本を読むのならば、
逆に、この本に書かれている失敗を繰り返すことになるように思います。
自分はその境遇になったときそうならない、というのが前提ですから。

<ここで、長野県知事選で田中康夫氏が負けたことに関して、mickeyさんは、国と地方について、このように分析した↓>

会計の初歩から考えてみると、
国の資産に比べ負債が大きくなりバランスシートが崩れています。
いままでは同じ日本人のポケットの移転でしたが、
国民の預金残高が昨年戦後はじめて減少し、
負債額が国民の預金残高よりも大きくなりはじめたのですから、
借金する相手が変わります。
海外になるわけですが、そうなれば一気に社会が変わることになります。
・・・すでに地方自治体を助ける能力を国は失っています。
切り捨てられていくでしょうね。

誰かが書いていましたが、税金の多くは公務員の給与になります。
財政が破綻して増税といいながら、
その計画では公務員の給与は年率数%(確か、3%近かった?)
 の昇給があるそうです。
・・・メガバンクの利益がバブル崩壊後の預金者からの
所得移転であることは誰もが知っていることですが、
それと同じことが起こりそうです。

・・・そして、行き詰ると、精神論を持ち出してくるのでしょうね。
数字は確定要素です。
資産の確定要素と負債の確定要素のバランスが取れなくなったときに
もちだしてくるのは、精神論という不確定要素です。
これは日本人の伝統ですから。個人としては頷けることも多いのですが、
この「現実的解決を各人の心理的解決に置きかえよう」(山本七平)は、
社会とは、しばしば現実的解決と心理的解決が逆行するもの」(同)
ですので、精神論が政府からではじめたときは
末期症状とみていいでしょう。

 

 

 

 

 8月  7日 (月)   日本はなぜ敗れるのか

 

◇山本七平の「日本はなぜ敗れるのか─敗因21カ条」を読み終えました。小松真一著「虜人日記」(読み始めたところです)の書評という形で
雑誌「野生時代」に連載されたものです。暗然とした気分になりました。

(悲惨な引用のため略←興味ある方は読んでください)

第二次世界大戦で戦死したとされている日本人の多くが
餓死、病死であることは語られることはあまりありません。
遺族の気持ちを考えたら語られることはこれからもないでしょう。
靖国問題、映画になった戦艦大和など語られる戦史では見事に削除されています。

山本先生の本の大半は読んでおりその発想法、考え方には
馴染んでいるつもりですが、この本は小松真一の書評という形で、
ふたりの共作のように迫ってきます。
ふたりとも「冷静な批判的な目で、しかもジャーナリスティックにならず、
すべてを淡々と簡潔、的確に記して」
(「虜人日記」についての山本先生の論説)います。

第二次世界大戦での日本という集団がどういうことをしていたのか、
このふたりはひとつひとつ法則まで昇華させていますから、
現在の日本の状況、身近な状況に当て嵌めていくとぴたりとあい、
同じことを繰り返しているのがわかります。

 新聞は新聞として独自の調査をし、国民が判断を誤らぬよう、自らの責任で正確な数字を発表する義務があるとは、昔も今も考えていないわけである。

私の新聞や公共放送に関する考えは山本先生の影響です、はい(笑)。
期待していない。

形式化した軍隊では「実質よりも員数、員数さえあれば後はどうでも」という思想は上下を通じて徹底していた。員数で作った飛行場は、一雨降れば使用に耐えぬ物でも、参謀本部の図面には立派な飛行場と記入され・・・

これなど某厚生労働省の施策(員数主義)の説明のようです。

 人間という生物の社会機構の基本とは、実は、食物を各人に配給する機構だという事実を。(中略)つまるところは、人の口に食物をとどけることが、
社会機構の基本であって、これが逆転して機構のために食物が途絶すれば、この機構は一瞬で崩壊する。


北朝鮮がなぜあんなことをするのか飢えを中心に考えると
理解しやすいかもしれません。
北朝鮮の食糧を握っているのは中国のようです。

 

 

 

 

 8月  6日 (木)    バシー海峡           

 

広島、長崎、東京大空襲、日本人として忘れてはいけない出来事です
ただ、戦史では無視されていますが、「バシー海峡」もまた悲惨です。
ここでは戦闘らしい戦闘はなく
ただ日本の輸送船団がことごとくアメリカの潜水艦に沈められたところです。

http://www.aa.cyberhome.ne.jp/~museum/21944data/441011wadatumi.htm

数十万の兵隊が海の藻屑と消えました。
そして、日本の戦史からも消えています。

この海峡については山本先生の「日本はなぜ敗れるのか」で、
小松真一著「虜人日記」が敗因二十一カ条のひとつに
「バアーシー海峡の損害と、戦意喪失」としていることの内容を
解説しています。

しかし、これはアメリカ軍に沈められたといえ、
日本人の手によって殺されたといっていい内容です。
詳細は、省きますが、これからも形は変わっても
日本人の集団は同じことをする、させるだろうな、
と暗然とした思いになります。

 

 

 

 

 8月  5日 (水)    おわった!!

 

http://column.chbox.jp/home/kiri/archives/blog/main/2006/08/03_054106.html
の解説(切込隊長BLOG)もおもしろい。

TBSとか周囲のタレントの対応をみていると、
あれは自分の首を絞めているだけで、
これからどうなっていくのか、生温かくみています。
宣撫班の伝統は崩れていないですなぁ。
感想としては、やっている、やっている、おなじことをやっている、ってところです(笑)。

「予定稿」とは違った結果になったときに「予定稿」は修正せずに事実を修正したり
言いかえによって事実を隠蔽するのは
マスコミ(宣撫班)の常套手段ですが、
今回の件は、関心が高いだけにどういうふうにTBSがこれからさばいていくのか
興味深いです。

 

 

 

 

 8月  5日 (土)    猫と神の共存する世の中

 

8月からしばらく山本七平の著作を読み返すことにしました
(故人で読み返すことしかできないことが残念ですが)。

「日本人とユダヤ人」から読み返しているのですが、
内容は古くなっていないのは、
最近の再出版の多さから分かるように、さすが、という感想です。
この「日本人」のなかで、
 
 

 このカリスマという言葉は、驚くなかれ、近ごろは日本のジャーナリズムにまで登場している。
 しかしどうも孫引きらしく、「贈物・下賜品」という原意を知らずに誤用されている場合もあるから注意してほしい。

 

とありました。
どこかの誰かが(笑)怒ってみえましたが、
この本が出版された30年前といまもかわらないようです。

古い本ですが、当時の時事に言及している箇所を読むと、
主人公は変わっても同じパターンの繰り返しに笑い出してしまいました。

また、漱石に言及した箇所で
 
 

 この世界には猫は住めても神は住めない。
皮肉なようだが、旧約聖書には猫という言葉が全く出てこないのと対蹠的である。
 猫は主人公だけれど神のいない世界、神が主人公だが猫はいない世界、このふたつの世界に同時に住めると思う人がいたら狂人であろう。

 

とあり、なぜ、猫がでてこないのだろう、と知りたくなりました
(猫好きの方が多いですから、知っている方がみえれば教えてください)。

 

 

 

 

 

 8月   3日 (木)    便利なサイト

 

「いろいろな国で全文を読めるサイトがあるのだが、
海外にも日本の青空文庫のように奇特なサイトがあるのかもしれない。」


とありましたが、その奇特なサイトのご紹介です。
というより、米国、英国のこの手のインフラはすごいらしくて、
多くの人がそれに比べて日本は、という嘆きのもとになっています。
英語が苦手なので使うことは少ないですが、できる人には
宝庫でしょうね。

http://www.noguchi.co.jp/newDB/member/ (←超オススメ)

懲りずにチェックです(笑)。
http://goisu.net/cgi-bin/psychology/psychology.cgi?menu=c054
私の場合は、「普通にダメな人」で、
「あなたの場合、もうずっとダメなままで良いような気がします」でした(笑)。
仕事中にみつけて、我が意を得たり、でした。

王さんの記者会見は、やつれていて痛ましかった。
そういえば、柴田恭平が肺がんの手術をしたそうですねぇ。
多い・・・。
私の場合、2004年の年末に告知されたのですが、
2001年の10月に内視鏡で検査をしたときにはみつからなかった。
まだ、手術できる状態でみつかったというのはよかったのではないかなぁ、
などと自分と比してそう思います。