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2006年1〜3月
3月31日
3月30日
3月20日
3月 6日
1月 8日
1月 4日
ウイダーもとても豊富
四国ガンセンター
恐るべしマイコプラズマ
レジもイライラ
しみじみ
1年目のアドバイス


 06年3月31日(金)    ウイダーもとても豊富

ウイダーですが、こういった商品は前にいたドラッグストアの方が
品揃えも良く、値段も安いのでスーパーではあまり売れません。
こういったパウチ商品は種類が多いですねえ。
味はわからないのですが、この種類のなかでもウイダーは価格は
他の商品より高めだったと思います。
そのためか他の安い商品のほうが売れていたと思います。
季節はやはり夏が売れ行き良かったです。夏ばてしないようにでしょうね。
名前は忘れましたが安くてダイエットに効果ありみたいなのもあるんです。
けっこう売れてましたね。
味さえまずくなかったら安い方がいいといった感じですね。
ただ名前はウイダーが知られてますよね。あとアミノバイタルとか。
私一度も飲んだことないんですよ。今年の夏ちょっと飲んでみようかな。
 



 06年3月30日(木)    四国ガンセンター

遅くなりましたが、
しげじじさん、無事3年を迎えられおめでとうございます。
記録更新お願いします〜〜。私もあとを追っかけたいものです。

***

ちょこっと実家の松山に帰省しました。
今まではJRだったのですが、今回はバスに。
松山に入って、あれっ、あの立派な建物は?
屋上の看板に目が・・・・。

「四国ガンセンター!」
そうか、移転するっていってたわ。
なんて立派な。(O_o)WAO!!!
前の病院は改装したとはいえ、私が子供の頃からありました。
中学校のごく近所でした。
中学のおり、友達のお母さんが入院したので
一度その友達といっしょに病院に行きました。
お母さんが退院してかれこれたったころ、
友達からお母さんは乳がんだったと告げられました。

私の周りで初めて癌になった人です。今でも元気にされています。
いつもと同じ明るく気丈だった友達のことなど、当時のことが思い出されました。
4月1日より私が乗ったバスが病院前に停まるという。
交通の便もちゃんと考えてくれてたのはうれしい。
HP(四国ガンセンター)を見ると緩和ケア病棟もありとのこと。
患者、その家族にとってますます希望の病院になってほしいものです。
だって田舎は高度医療を受けられる病院が少ないもの。


 06年3月20日(月)     恐るべしマイコプラズマ

しっかり風邪をひいてしまってやっと完治かなというところです。風邪ひき始めから17,8日もかかってしまいましたよ。(x_x)
咽がちょっと痛いかなと思い、病院でもらってる風邪薬を飲み、3日目のどの痛みはだいぶ取れてきたかなと思いました。

そしてその日マンモグラフィーの検査日でした。
3年ほど前この検査をしたことがありましたので、この検査なら楽なものとたかをくくっていました。
胸を挟む検査ですがちょっと痛いぐらいの感覚だったからです。
ところが今回の技師さんは「どうですか?」「まだいたくありません」
「どうですか?」「はい痛いです」で撮影してくれると思いきや、痛いと言ってるところからもう一段締め付けたのです。
声にならない声で「もう限界で〜〜す」(涙目、涙声)
「はい、頑張ってくださいよ〜〜」と写真のスイッチを押しに走る技師さん。
早く走れ〜〜〜!!!
1回の撮影で背中を触ると汗でびっしょりでした、上半身は当然裸です。
このとき技師さんにハンカチを取ってきていいですか、背中の汗拭きたいんですといえなかったことを後で後悔しました。
そのまま計4回の撮影をうめき声を上げながら続けました。
こういう状態になるのは私だけではないはず。ならば、あらかじめタオルを用意してくださいとか言ってくれるのが親切というものではないのでしょうか。

あとでなんか不満がふつふつと起こってきました。
その2日後、咳が止まらなくなり近所の主治医の内科へ。
咳がひどいからレントゲンと血液検査。
血液検査でマイコプラズマに陽性反応が出ているし、微熱もあるから、点滴しましょうと。

3日間点滴し熱は下がったものの、体のしんどさ・気管支のジージーという音がなくなるまでには2週間もかかってしまいました。
肺の機能がやっぱり以前とは違うのかなあ、だから治り難いのかなあと。

手術して1年は経つのに咳のおかげで、また1年前の痛さを思い知らされました。
肺炎にならなかったからよかったと思うべきなのでしょうが・・・・。
初めてのマンモの時は女性の技師さん、今回は男性。
女性技師さんのやり方でもちゃんと撮影できたのです。
男性技師さんとは撮影前に「オペはしていますか」「はい」「何の手術ですか」「肺ガンです」
のやりとりがありました。だから余計に見落としがあってはと思ったのでしょうかねえ。
気遣いがほしいと思った検査でしたねえ。

ほんと周りからみたら滑稽な格好ですよ。
絶対私と同じ思いをした人は多いはず。
被害者連盟を作りたいぐらいです。(`へ´)プンプン

私がふせってる間にゆるりさんのHPでは新しいお仲間がたくさん増えてるではありませんか。♪ d(⌒o⌒)b♪
みんな大きなショックを受けたままで人生終わらせたくないというか、腹をくくって生きてやるぜみたいな、共通の思いを感じずにはいられません。
癌友の輪\(・o・)/ワア!というか、
(^^)// ハクシュです。



 06年3月6日(月)    レジもイライラ

 小銭を出すのに時間がかかるお客さんなんてよくある光景です。
 998円てな金額で1枚ずつ確認しながら出すお客さんもいらっしゃいますもの。まだあれば良かったのですが、最後に1円足りないわと1000円札だされたときゃあ、ずっこけですよ。(笑)

 出すのに時間がかかるなと思ったお客さんのときは、出してもらってる間に後ろのお客さんの商品をスキャンしておくとその待ち時間に全部できたりするので前のお客さんがお会計終わったらすぐ後ろの人のお会計に入れるので、それでご勘弁をという感じですね。

 前の職場でドラッグストアのレジしてたころ、「小銭だしてかまわん?」とお客さんが言うので、後ろに誰もいなかったからいいですよというと、なんと小銭別に50枚ずつ円柱状に包んだお金を何本も出された時には、「申し訳ありません、確認に時間がかかりますので全部というわけにはいかないんで」とお断りしたこともあったり。レジの仕事は少しは慣れてきましたが、見るのとやるのは大違いっていうのは、この仕事にもありますね。

 始めは山盛りのかごをドンと置かれた時にゃ、どーしよー、時間かかってお客さんに怒られないだろうかと思ったものです。
 必死でスキャンするあまり割引シールを見落としたり(~_~メ)。でもちゃんと謝ると人がいい地域なので「こっちこそ少しの額なのにごめんね」なんて逆に言われたりしてます。

 スキャンや機械操作の速さは若い子にはかなわないけど、少しでも早く正確にと張り切ると肩が凝ったり目が疲れたり。
 思うようにはいかないものです。



 06年1月8日(月)    しみじみ

 詳細はわからないのですが医学は日々進歩してるのですね。
 ネットに出ていた情報です。
 「オリンパス、肺がん早期発見の遺伝子診断技術を開発――2008年実用化目指す(日経)」
 これを受ければもっと多くの人が肺ガンを防げたり、早期発見になるのであればうれしいことです。

 昨年春ごろに、どこかの製薬会社と大学の共同開発で、癌に調節働きかける抗がん剤が5年後をめどに開発予定の記事が出ていました。これなら副作用が激減するだろうと。
 ほぼ1年経ちましたのであと4年なんでしょうか。
 このことを退院後の検診の時、入院病棟に行き、同じ病室だった患者さんに話しました。初対面の患者さんも抗がん剤治療をしておられました。明るい感じの方でしたが、「でも5年後かあ、生きとるやろか」とおっしゃいました。

 半年でも数ヵ月でも早く実用化になれば、副作用と闘っている多くの人が苦しまなくてすむのに。ノーベル医学賞をあげるべきだと思うのは私だけでしょうか。そりゃ飲めば100%癌が治る薬なんてあればもちろんそれを開発した人はノーベル賞でしょうが・・・・。(未来)

 



 06年1月4日(月)    1年目のアドバイス

 今年ははやくから四国も雪でびっくりしております。
 これぐらいの寒さで大騒ぎなんですから、私は四国・九州・沖縄以外では住めないなあと思いました。
 仕事には貼るカイロを背中、つま先に貼り付けて行ってます。
 インフルエンザの注射も30年ぶりぐらいにしました。
 
 【痛みはいつまで続く?】

 2005年2月10日肺腺癌のため、右中葉を摘出しました。右胸下から背中にむけて20センチほどの痕になりました。
 2週間後の組織検査で1A、取ったリンパから癌細胞は認められなかったということで3月上旬に退院して現在にいたります。

 手術後の1週間ほどは個室でベッドが電動で体を起こしてくれるのでこれには助かりました。
 ほんと参ったのは痛くてぐっすりと寝れないことでした。
 上を向いて寝れば背中が痛い、バスタオルをぐるぐる巻いて右の背中の下に入れ、左を下にしてもまた我慢できずに、上を向く。

 痛み止めの座薬を入れて2時間ほどは寝れた!ぐらいであとは寝たような寝てないような状況はきつかったです。

 退院時はまだ痛みはありますが、痛み止めはなくても我慢できる程度でした。家事をすると痛くなり、横になり、そしてまた起きての繰り返しでした。
 痛みが出るのが少なくなったと感じはじめたのは術後4ヵ月ぐらいでしょうか。現在術後10ヵ月たまに痛いぐらいになっています。ゆるりさん、たんぽぽさん同様右乳房の痺れのような感じのほうが痛みより治りづらかったように思います。今も違和感のようなものがあります。

 【咳はいつまで続く?】
 手術後2週間ぐらいしてから咳が出始めました。実は2004年の12月ぐらいから乾いた咳が続いており、実際この咳は肺ガンとは関係ないアレルギー性のものだったのですが、咳が続いたせいで1月の上旬肋骨にひびが入ったのです。

 ひびとはわからない私は、肋間神経痛?
 とにかくかかりつけの内科の先生のところへ行きました。
 「これはひび入ってるねえ。レントゲン撮ってもひびはうつらないと思うけど、咳も出てることだし、撮ってみよう」ということで撮りました。
 「やっぱりひびは写らないねえ、ひびはとにかく湿布して動かさないようにでいいんだけど、それよりこの影が気になるんだ、今から時間あいてない?」
 近くの病院に行ってCTを撮ってきてほしい。そして、CT画像を見て、大きな病院で精密検査を早急にと段取りが組まれ、あれよあれよいうことに。
 
 という流れで手術の時にはひびは治りかけの状態でしたので、咳が出始め、やばい!って感じでした。
 そして、4ヵ月間は悩まされました。話をすると咳がでました。体を起こしていると咳がでました。
 咳をしないために横になりました。横になると咳がでないのです。だから夜寝てる時は咳はでないのです。

 そして案の定、わき腹にピキッ!と痛みが走り一瞬息が出来ない状態。また、肋骨にひびでした。わき腹を押さえて咳をしてました。
 どうなることやらと心配でしたが6ヵ月後には咳が減ってきたなと感じるようになりました。
 10ヵ月後の現在、まだ咳は少しだけ出ています。

 【無理をしない!】
 これは健康な方でもそうですが今回つくづくそう思いました。
 この2年間仕事が力仕事だったもので体がきつく、それでもなんとか続いていたのですが、もう限界かなと転職を考えていた時の発病でした。パートですからすっぱり辞めました。
 病気で辛いはずの入院なのですが、手術までの10日ほど仕事しないとこんなに体が楽なの?今までの私の頑張りは何のためだったの?
 不景気だから辞めたら再就職がたいへんということで頑張ってきましたが、頑張ればいいだけじゃないなあと後悔しきり。
 術後、半年でごく近所に店がオープンし、そこでパートですが採用になり、体には気を遣いながら現在にいたります。

 【寒さ対策】
 この冬の季節になって、だんだん少なくなってきた右胸の痛みが少ない頃よりは多くなってきました。先生が冬は痛みを感じる人が増えるよとはおっしゃっていたのですが、ほんとそのとおりです。
 体を冷やさぬようにカイロは必需品です。
 他に良い対策法があれば教えてくださいませ。