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<12>イタコとフェルマー
かれこれ20数年前のバンドマンの頃、陸奥横浜へどさ回りに行った。スケジュール表には横浜と書いてあったので「近くていいや、帰りに中華街でおいしいもの食べて帰ろう」と思っていた。すると、なぜか夕方4時に上野駅集合。
miyaさん「なぜ横浜に行くのに上野なの?」
「何いってるの、陸奥横浜だよ」
miyaさん「陸奥横浜で中華はどうするの」
「だから〜、陸奥横浜といってるじゃないか。中華はないんだよ。はい、寝台、寝台」
走れ幌馬車並みに揺れるからな〜などとブツブツ言いつつ、寝台車に乗るのなら、刺身とか酒とか買わなきゃとなって、上野駅だと松坂屋地下に行き、刺身盛り合わせなど生ものとお酒を買って乗りこむ。
「ビーター(旅=どさ回り)一筋は伊達じゃないよ。素人は乾きものだけど、プロは生ものなんだよね」「そんなこと自慢してどうする」「情けないね〜」「だから世間から、士農工商犬○○バンドといわれるんだよ」などと言いつつ(ちなみにバンドマンのランクもあり、イモ、サバ、三流、サラリーマンとなる。ずば抜けている人は「ガイキチ」と高く評価され、尊敬される。「あの人はガイキチだから」というようにいう。サラリーマンには申し訳ないが、決まったことしかやらないバンドマンは最低にランクされる。しかし、今はもうこんなことは言わない。あくまでも昔の話)
朝早く陸奥横浜に到着。朝から帆立鍋が出たが、寝不足、二日酔いぎみにもかかわらずバクバク食べた。
昼の部が終わると夜の部までは休憩時間になる。このときに関係者が恐山に連れていってくれた。恐山では「イタコの口寄せ」とかで死者を呼んでもらえるという。
miyaさんは、「よし、フェルマーを呼んでもらおう。フェルマーの最終定理についてききたいことがあるから」といった。
イタコのおばあさん「フェルマってなんじゃい。人の名前かい」
「1600年ぐらいのフランスの人だよ」
するとおばあさん、けなげにも呼び出しを始めた。
「うーん、ムニャムニャ。フェルマは今、先祖の供養をしていないと非常に怒っておる、成仏できないと言っておる」
どうもそれがお約束の文句らしい。
「遠い国だから、力が弱いぞ……なんたらかんたら……」
「おばあさん、それ日本語じゃんか」
だが、途中でふと気がつき、もしかしたらこれは、故人の供養に来る人達に対して、故人を忍ぶための儀式ではないかと思い始め、「先祖の供養はちゃんとしますので」といって丁重にお金を渡した。
案内してくれた人によると「昔、青森県には眼病の人が多く、失明する人がいたんです。そういう人たちの自然発生的な失対事業と考えてもらえばいいでしょう。ただ、目が見えなくなると他の感覚がとぎすまされてくるので、いちがいに嘘ばかりとはいえないこともあるようですが……。霊と話をするなどというのは観光事業の宣伝文句と考えてください。でも、あまりこういうことは言わないでください」
今は眼病が多いということはないので、イタコも年寄りばかりらしい。だんだんすたれるか、新しく占い横丁みたいになるかもしれない。
miyaさんはあのとき気の毒なことをしたので、恥知らず、世間知らずのバンドマンの所業として許していただきたいと言っている。
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