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<13>札幌時代
miyaさんの札幌在住時の話。
そういえば、札幌のホテルにも仕事で行ってたんだよ。仕事で行ったのは1月の末なんだけどね。いや〜、寒かった。
なぜ北海道に、日ごろあまりやらないハコ(一定の場所で仕事をすること)で行ったかというと、ギャラが破格で1年ほどするとだいぶお金がたまるので、ペンションでもやろうか、バンドなんかやってるより実業だよ、ペンションだ〜。 当時バンド仲間ではスキーに凝っていた。先輩など仕事がないと週に5日ぐらいスキーに行っている。そういう人たちの後押しもあって、「ぜひ成功してくれ」といわれ、札幌に出稼ぎに行った。
仕事先のホテルの人たちと世間話をしているとき、「なぜ札幌なんかにきたの?」ときかれた。かくかくしかじかで、大雪山の近くでスキーペンションでも開こうと思ってと答えると、ブァッファッファッファ
〜と全員声を揃えて笑い転げる。
「なんかおかしい?」
「旅館業のプロが教えてあげましょう。まず土地は安いので問題ありません。
しかし、土地の安い所は当然のことながら極めて辺鄙な土地柄、電気等のインフラは全くありません。
燃料は灯油でいいとしても、暖房器を駆動する電気はありません。灯油を運んでくるのにタンクローリーが必要で、特に厳冬期は、除雪をしなければ運べないので経費がうんとかかります。
ところで、一人でやるの?」
「先輩とか仲間もいるけど」
「それは趣味の人たちでしょう?」
「当然です」とmiyaさん。
「客の送り迎えはどうするの。冬は大雪山近辺から北美瑛駅まで車で4時間ぐらいかかるよ。冬期通行止めのところも多いし、除雪しながら行くんだよ。
それはいいとしても、よしんば客が迎えの車に乗れる4〜6人来たとしよう。食事つきで相場が9000円ぐらい。平日は全く客が来ません。すると月に30人未満の客しか来ない。仮に手伝い4人使って給料払う、4人分の宿泊設備も造らなければならない。シーツとかの乾燥室が要るよ。それは灯油でガンガン乾燥させなければならないよ。朝除雪しながらスキー場に送っていくんだよ。朝帰りたいという人も同時に出てくるよ。車2台要るよね。
北海道は建物維持費も高いよ。ハイ、計算してみようね。
今借りてる部屋で水道代と燃料代はいくらかかる?」
「1部屋で3万2000円……」
「そうすると建物全体でどれぐらいかかるかな。スキーシーズン終わったらどうする?誰も人はこないよ。候補地は他にペンションとかあるロケーションなの?」
「何もないです」
「それはビジネスとして不可能だから何もないのです」
というわけで、miyaさんは速攻で夢をあきらめた。バンドマンは変わり身が早い。バンドマンが始める商売はこのように甘い見通しだから、大体はうまくいかない。
■札幌に行く
さて、札幌に行った当初(1月末)の話に戻る。
冷蔵庫など家財道具を買おうと思ったら、「あんた、ばかだね〜、まず先にストーブ買わなきゃ。食品なんかは窓と窓(向こうは二重窓らしい)の間に置いておけばいいんだよ。冷蔵庫の方が中の温度は高いんだよ」。
豊平橋を渡って旧遊郭風(たぶん)だろうというような造りの通り。なぜそこに決めたかというと、すぐそこに公設市場があったからだ。市場大好き人間としてはぜひそこに住みたかったそう。ちなみに1階は電気屋。とりあえず石油ストーブ一式を買いに行って煙突をつけてもらい、灯油を入れると、暖かくなったが暖気が全部上に行ってしまう。
「なにか、こう足元が寒いんですが」
「なんでサーキュレータも買ってこないの、常識だよ」
「なんですか、それ」
「暖気を下に吹き出すファンだよ」
「はあ」というわけで下の電気屋へ行って購入してきた。「いや〜、極楽極楽」
「ところで、風呂はどうなってるの?」ときかれたので、「風呂はプロパンです」と答える。
「不安だね〜、ちょっと見せてね」
「湯船大きくていいでしょ。タイル貼りで」
「あんた、本当にバカだね。道外から来た人はだめだね。こんなんじゃ、入っているうちに冷めちゃうよ。凍る寸前の水を入れて沸かすんだから、浴槽がでかいといつ沸くか分かんないよ、プロパン高いよ。灯油の釜にしてもらいなよ」
灯油の釜にしてもらい、水をたっぷり張って沸かしたら沸くのに2時間以上かかった。
それで、浴槽に入り、タイルによりかかっていたら、背中の方からタイルを伝わって外の寒さがジンジンと伝わってくる。
「いいよ。すぐ春になるよ」と言ったら、「北海道は5月まで暖かくなりません」といわれてこけた。ちなみに、水道代と灯油代はたっぷりかかった。
札幌には約半年いた。公設市場に毎日いそいそと出かけ、やれホタテだのツブ貝を夕方楽しみに買って調理をしてから雪の中、仕事に出かけていた。仕事を終えると一目散に帰宅し、一杯やるのを楽しみにしていた。「北海道は素材がいいねぇ。特に魚はいいねぇ」
ただし、近所の公設市場内の店では冬、レンコンが入手できず、「タケノコの水煮じゃ駄目なの」と八百屋さんにいわれ、「まあいいや」とレンコンはあきらめた。レンコンが大好きなのである。
レンコンだけではなく北海道では真鯛がとれないことも分かった。ホテルの結婚式では鯛を出すのに、明石から取り寄せるので千歳空港まで取りに行っていた。
(「変ねぇ、青森陸奥湾に鯛はあるはずなのに」とyururiつっこみ)
ホテルの結婚式では、“お頭付きの鯛の刺身”はテーブルに置くなと指令が出ていた。
「ちゃんとお盆の上でサービスして取り分け、すぐに戻ってくるんだぞ。また明石から取るのは大変なんだから(←半身ずつ使うので鯛2匹で4盛り使える)。テーブルに置くとすぐに箸で目をつつく奴が必ずいるからな(←そうすると午後の部で使えない)。おまえ、目つつかれたら明石まで自費で買いに行くんだぞ(笑)」とボーイが念を押されていた。
(子供時代のyururiはお魚の目をつつくタイプだった。レストランで出るパセリもバラバラにして残しておく。2度と使えないから)
ホテルの人たちと顔なじみになり、調理場に遊びに行っては「どんなものが入るの」「何作っているの」と好奇心旺盛にきいていた時に、キッチンの外で打合せしている会話を耳にはさんだものである。
■あやうくまともな仕事につく話
話は続く。
ようやく少し暖かくなってきた。たまにはススキノのジャズ喫茶でも行ってくるか。昭和55年5月5日のことだった。なぜこの日を覚えていたか。近所の郵便局で看板を立て、連番の消印を押す会をしていたから。
ホテルでの演奏の仕事は夜8時から10時半位までで終わる。昼間はすることがない。11時前にジャズ喫茶でも行こうと歩いていたら、「にいちゃん、にいちゃん」と声をかけられ、「にいちゃんじゃないけどおれのこと?」ときくと、「そうだよ、いい若い者が昼間何をプラプラしてるんだよ。いまごろの時間、プラプラしたら仕事なんかしてないんだろ」
「まあ、一応は夜にしているんだけど」
「夜の仕事じゃどうせろくなもんじゃないだろう。世間に顔向けできる仕事なのか」といかにもあやしいあんちゃん。
「あんただって人のこと言えた義理ないじゃん。そんな格好でプラプラして」
「そんなことはないよ。おれは仕事で人材確保の仕事を昼間からしているんだから。プラプラしてるんなら、おれの紹介する仕事しない?」
ジャズ喫茶に行く予定があったのだが、おもしろそうだから立ち話。
「で、仕事って何。暴力団の構成員とか使いっパシリとか危ないのは駄目だよ」
「劇場の仕事だよ」
「札幌に劇場なんてないじゃん」
「すぐ先に行くといっぱい劇場があるんだよ」
「劇場で何するの」
「大道具というか小道具というか道具関係だよ」
「道具関係なんてやったことないよ」
「簡単なんだから。それに全国を回れるよ」
「劇場って現地音響とか現地照明頼めばいいじゃない」」
「いやそうじゃない。座付きの専属よ」
「ズバリ何するの」
「布団の上げ下ろし」
「なんで劇場で布団の上げ下ろしするの、劇場なんか泊まれないでしょ」
噛み合わないトンチンカンな会話が繰り返され、結局、ストリップ劇場で布団を敷く役ということが分かった。
「女の子にいっぱい囲まれて幸せだよ」
ストリップ劇場の布団敷きはまっとうな仕事なのかぁと思ったが、「私は事情があって、札幌を離れられないんですよ」といって丁重にお断りした。
夜、仲間に話をしたら、「いい話じゃないか、おれが20代そこそこだったら、日本中を旅して転々と場末を回って、いい小説が書けるね、場末評論家にもなれるな」。
「そんな才覚があったらバンドマンやってねぇよ」
「十分おれたちも場末回ってるよ」
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