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 今冬は日本各地が異常気象の大雪で大変なことになっている。ニュース映像で流れる都市を見ると、2人とも「行った行った」と喜ぶのだが、その土地の観光地を見たことがないのは共通している。
 「う〜、寒い。これだけ寒いと温泉にドボンと入って雪見酒という気分になるよね」
 「温泉か、いいね〜」とmiyaさん。

 <17>鳴子温泉に行く
 温泉といえば、帰るとき、途中駅で寝台車で待つことがある。そこで、銭湯の場所をきいておいて入るのがバンドマンたちの楽しみであった。「なんといっても風呂後の酒はうまいからね」。
 
 東北の銭湯は、大体、浴槽がタイル貼りでなく、モルタルみたいな浴槽で縁が低かったのを覚えている。当時は、風呂を出た後、更衣室でみんなで横に並んで腰に手をあてて上を向いて牛乳を飲むのが楽しみだった(←そういうCMがあったような)。

 地元のおじいさんたちと浴槽で会話しても本格的な東北地方の方言なのでチンプンカンプン、話が全く通じない。でも、1度だけ「わげぇ〜おなごがさ」だけは分かった。楽しそうでいいおじいさんだったね〜、ずーっと地元で暮らしていて……いいね〜と懐かしさいっぱい。

 あるとき、宮城県鳴子温泉の手前、古川辺りで仕事しホテルもそこで宿泊することになったが、近くの鳴子温泉郷という観光名所に連れていってくれるというので、バンドマンご一行20人位バスででかけた。

 「なんで温泉が近いのに泊まらないのかね〜」
 「温泉郷なんか見たって、合羽橋の食品サンプル見て論評するのとどこが違うの」 
 これから先の話はすべてこの気持ちが基本に流れていることを理解しておいてほしい。

 鳴子に着くと、電柱に温泉付き町営住宅募集貼り紙があった。林業に従事すれば月の家賃1500円位と書かれている。
 「いいね、これ。バンドマンやめてまっとうな生活をしたいなぁ」
 「そうそう、何の因果で週に3回も寝台で寝なきゃならないんだ」
 とワイワイガヤガヤ。
 
 マジになったmiyaさんたちは、通りがかった町役場でとりあえずきいてみることにした。
 「仕事はきついですよ。家族を連れてくるのならば月給15万円、月家賃1500円で3LDKぐらいの住宅が提供されます。全戸温泉付きです」と役場の人。
 「仕事って何するんでしょう」
 「林業組合の仕事です。森林の管理等、体は結構きついですよ」
 「体力はおれたちだって十分あるよ。だって、ドサ回りに1週間も出るんだもの」
 「そういう意味じゃないでしょ」
 「だって、木に登ればいいんでしょ。木登り得意だったよ」
 「おまえ出身どこだよ」
 「○○県」
 「だから、地に足がついてない考え方をするのか」
 「そりゃ、そうだよ。木に登ってるんだから地についてないよ」
 「サルじゃないんだから、登ってるだけではどうしようもないよ。しかし、1500円で温泉付きは魅力だねぇ」
 「観光に貸すのではありません」。役所の人のトドメの一発を受けて、一同「考えておきます」
 
 ■鳴子こけし館にて
 「しかしねぇ、せっかく温泉地帯に来ているのになぜ温泉に泊まらないのか。また、マイクロバスで帰らなければいけないのか」
 そんな思いがかすかによぎったころ、鳴子こけし館に着いた。
 
 芸人さんである司会の人がいう。
 「こけし見てたって、ろくな芸しないのだから、ここでひとつ芸をしろよ」
 「研修で来ているフリをして、でたらめな解説していれば人が寄ってくるかもしれないよ。じゃ、みんな寄ってきたところでお疲れサンといって帰っちゃおう。miyaさんは顔つきからいっても、向いてそうだから、はいはい、スタンバってね」

 そこで、miyaさん、おもむろにガラスケースの前に立つ。ケース内に入っているこけしを指さしながら説明を始めた。
 「ええー。鳴子の伝統こけしについて説明させていただきます。左側の肩の丸いのが前鳴子様式のこけしで、鎌倉時代よりも以前の物を指します。こちら側の肩のちょっと張ったものが後鳴子様式のものです。鎌倉時代、壮大天皇(←いません)が鳴子に来られたという説があるのです。詳しい資料は東洋文庫にあります(←嘘)

 特徴はこの肩の丸みですね。この柔らかい丸みは宇宙の広がりを表現しています。角ばった部分は緊張した宇宙空間を表し、その後の戦乱を予測しています(←大嘘)」

 周囲のサクラ連中も心得たものである。
 「先生、その赤い色とこちらの赤い色は微妙に色が違いますが」
 miya先生「顔料の違いですよ。前鳴子様式は、この奥に酸化鉛の産地があり、こけし職人がその赤に憑かれて、積極的に使用しました。後鳴子様式はそれが尽きちゃったから、陸奥の国から運んでいます。この酸化鉛を運ぶ道を、鉛街道といいます。名残は花巻の奥に鉛温泉や新鉛温泉があることでわかりますね」と嘘八百。
 司会の人は芸人さんだから、合いの手を入れたりして座を盛り上げる。

 「やっぱり東大の先生のいうことは違うね〜」
 「あの人はこけしの研究一筋45年だからね〜」(←miyaさんはそのとき30代初めだったが、そんなことは分かりゃしない。
 「ドイツのなんとか学校で日本こけし民族学博物誌を学んできたらしいよ」(←ねぇよ、そんなの)。
などと嘘ばかりを聞こえよがしにいう。

 中学生の団体がゾロゾロと集まり始め、人垣ができてきた。みんな真剣に聞き入り、メモを取る中学生まで出る始末。
 いちだんと盛り上がるでたらめ講釈。

 会館の人は何事だろうと見に来たのだが、miyaさんが調子にのって説明していたので、人垣をかき分けて青くなって飛んできた。

 「困りますよ。そんな嘘言わないでくださいよッ。さっきからきいていたら、前鳴子だの後鳴子だの、そんなものありませんよッ。鎌倉時代のこけしだなんて、こけしは江戸時代ですよ……。最近のものばかりですよ」

 それで、案内してきた人は「なんであんな人たち連れてくるんです」と注意を受けていた。
 「なんなんですか、あの人たちは」
 「バンドの人たちです」
 けれども、バンドの人たちは悪びれることもなく、「お疲れ〜」と涼しい顔。
 「大体バンドマンをこけし館につれてくるという発想が不思議だよね」
 「そうだよ。疲れてるんだから、ほっとけばいいんだよ」

 途中古川まで戻るときに、昔の寺子屋跡のようなものに立ち寄ったが、引率者から「変なことするのは絶対やめてください」と言い渡され、「はい、はい」とおとなしく見た。「要するに、昔の建物と昔の人を見せたいわけだね」

 それにしても、なぜそんなばかげたことをするのか。
 旅が続くと、人間関係や環境の変化、仕事(←仕方なくしている)のストレスで疲れ、イライラして、「こんな飯、まずくて食えねぇよ」などとマネージャーに喧嘩を売る人も出てくる。

 司会の芸人さんは旅慣れているから、皆を盛り上げる術を心得ていて、みんなはそれに乗っかってワーッと気分がハイになれば、午後の仕事をして勢いをつけて宴会になだれこむというパターンである。

 演歌だから、ブルーな気分の方がいいと思うだろうが、そうなると人間関係が険悪になってくる。カンバンも「(あのバンドマンたち)暗いんだよ〜」とぼやく。だから、そう言われないように、機会があるたびに盛り上がるのである。

 おもしろうて、やがて哀しきバンドマン。

(2005年12月25日)