| |
|
<21>場末歩き
|
好天に誘われて、午後、miyaさんは場末歩きに出かけた(その間、私は仕事ガンバルの巻)。
王子、東十条、十条界隈をプラリプラリとめぐってきたといって赤い顔をしてご機嫌で帰ってきた。
十条から東十条へ出る道の途中で、場末劇場の殿堂「篠原演芸場」の前を通り、祝花の多さに「大衆剣劇は不滅だね〜」と感激したそうな。
|
→篠原演芸場(昔は、場末感とトイレの香りが漂っていたが、今はきれいになったそう)の祝花。 |
|
 |
写真をクリックすると大きなサイズに
|
|
昔、ドサ回りをしているとき、岡山の某新聞社が経営する山の上のヘルスセンターに、今はもう亡くなった国民的歌手の仕事で行った。仕事を終え、何だか疲れてステージの脇でぼんやりしていたところ、普段やっている剣劇一座の人から声をかけられた。
「あのー、失礼ですが、この仕事で幾らぐらいもらっているのですか」
「この仕事は3並びです」
「うちの一座でいかがですか、1回の定席で、かなりの金額になりますよ」
「でも、カツラかぶって、国定忠次とかやるんでしょ」
「国定忠次は座長の役です。はじめはその他の役です」
「じゃー、すぐに切られて死んでしまうの」
「舞台の最後にやる歌謡ショーの、電子オルガン弾きがいないんですよ。それに、移動の時、道具運び、力仕事する人も欲しいんですよ」
わかったことは、基本給が5万円/月位、後の収入は、歌謡ショーのおひねり生活。先方にいわせると、赤いビーズの上着なんか着てやるとおひねりバンバン。はねたあとは、ご贔屓の宴会に顔出し(ご祝儀あり)。ただし、宿泊は舞台の上だということだった。
「力仕事は、私、不調法なもので」と丁重に断った。
後で、一杯飲み屋でみんなに話したら、
「あんたにはぴったりの仕事」
「あんたは演歌のフィーリングが世界一」
「場末評論家のあんたには適職。でも、俺達だってあんまり変わらないね。むしろ開き直りがある分いいね」
「そうやってトラックで全国を回るのも悪くはないかもしれないね」と、一同しみじみとお酒を飲んだ。
そんなことを思い出しながらmiyaさんは、帰りに王子の立ち飲み屋で、おでんと熱燗を飲んで帰ってきた。経営者のおばさんもすでにいなくて、モダンなにいちゃんがカウンターにいた。1年半ほどいかないと変わってしまうなぁと嘆息。ちなみに食べたのは、昆布、大根、こんにゃく、薩摩揚げ、ちくわと酒2杯で1000円少々。昼酒飲めるのが場末の醍醐味
ですとニコニコ。
|
たいそうご機嫌で、今日の日記にこのことを付け加えてねというから、「おんどりゃ〜、あたしゃ、仕事してるんだよ。トットと自分で書きな」というニュアンスをオブラートにくるんで言ったら、miyaさん歴史上初めて最初から最後まで、写真説明まで添えて自分でシコシコ書いてくれた。
ところで、miyaさんの国定忠治が見たかったのに残念。miyaさんは顔がでかくて絶壁頭なので、以前「あんた、時代劇に出たことない?」ときかれたことがある。時代劇のヅラが似合いそうな顔なのだが、絶壁だからどうなることやら。その意味でも絶壁頭のプリモプエルちゃんには妙に親近感を覚えるようである。 |
 |
|