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miyaさん(←団塊の世代)の生まれたときは、まだ戦後そのもの。昔の紺屋橋周辺に住んでいたが、東京駅手前の某駅や、その手前の駅前などは雑然としていたそうだ。
本当にガキンチョが多く、彼らは近所でも鼻水たらして遊び回っていた。ベルトに棒を差してチャンバラをしたり、路地裏を走り回っていた時代のこと。
さて、来年から小学校という頃、幼稚園というものがあるので入りたい人は抽選するよという案内が届いた。
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とにかく子供が多く、とても施設が間に合わないから、抽選というわけだ。miyaさんはおふくろさんと一緒に抽選会場へ行き、ガラガラポン。
「赤玉です。残念でした」
(以降、抽選のことを赤玉ポットンワインと言うようになった)
10人抽選して3人しか入れない狭き門であった・・・。
「教育機関で、赤玉ポットンワインは、今から思うとまことに手抜きだ」 |
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ちゅうさんちの猫の写真を借りました。
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これ以降、miyaさんの人生はくじ運に見放された。成人してからも、区の行事で7人中5人当たるクジにも外れ、憮然としたこともある。商店街の抽選でさえ、毎回ティシューだけである。
抽選以後、幼稚園入学組とは疎遠になり、相変わらず路地裏走りで小学校入学まで過ごした。
小学校の入学式も、近所のガキどもがごまんといて、ランドセルしょって晴れがましかったのを覚えているそうだ。「実に半世紀以上昔のことと気が付き、愕然とした」と語っているが、当時のことは実によく覚えている。
ランドセルを買いに行ったときに、『小学1年生』という雑誌が当たり、それ以降ついつい購読してしまった(←結局、損をしている)。
それと、学研で出していた科学雑誌も買い、それぞれ付録を楽しみにしていた。
教科書も当時は指定書店(といっても近所の書店)で自前で購入し、小学校1年の理科の教科書巻頭、地球の断面、月の詳細図などは今でも詳細に覚えているそうだ。
入学式は母親がついていったが、その後、学校に親がきたというのは授業参観以外に記憶はない。
小学校入学式に買ったものは、ランドセル、筆箱、鉛筆、ナイフ、消しゴム、(升目が書いてある)算数の罫線の太いノート、名札だった。給食の食器入れの袋は母親が作ってくれた。
小学校の校門そばには、文具店兼模型店兼書店があり、くだらないもの、例えば、消しゴム(いろいろな消しゴムがあった)、エンピツ(ちびた鉛筆に挿すキャップなど
を含む)や、ゴム動力飛行機(これは名人と自負している。特にスカイホークという名称のものが一番飛んだ)など随分購入した。
だが、小学校は既に廃校になり、記憶だけになってしまった。
住んでいた所も、数年前の法事の折り、集まった数少ない親戚でちょっと覗いてみようと行ってみたのだが、「たぶん、この辺りだった」とか、「いえいえ、このビルの非常階段の辺りだ」とか、もう皆目見当がつかなかったそうだ。
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