home  肺がん体験談に戻る
   
     
  M.K.さん
    58歳
    話:2003/9/8
     

  【きっかけ】
 もともと駒込病院腎臓内科の外来に通ってきていたんです。1998年にレントゲン検査、2000年に血液検査をしてもなんともなかった。けれども2002年4月レントゲンをとったところ、白い影が出ていたんです。このときの結果を6月の外来のときに知らされたというのがちょっと納得がいかないんですけどね。そういう結果が出たら、すぐに知らせてほしかったし、ふつうはそうするもんではないかと思います。

 それはともかく、今度は胸部外科へ。7月に10日間ほどあらゆる検査をし、腺がんのII期と診断されて切ったのが、私の肺がんの始まりです。
 
 7月17日、妹の誕生日に手術し、8月4日に退院しました。その後、傷の痛みはずいぶん長く続きましたよ。天気がぐずつくと神経痛のような痛みがあるので、傷の痛み具合で明日の天気がわかると笑っていたぐらいです。

 再発
 その後、外来でずっと診察を受けていたのですが、ある日どうも腫瘍マーカーが上がっているということになり、また検査が始まりました。どんどん上がっていって42くらいあるといわれました。

 3月にCTをとったら、小さいのが右肺にある。抗がん剤でやっつけようということになって治療を受けましたが、抗がん剤が合わなかったのか、すごく副作用が出て白血球が下がり、個室に入ったうえに外の空気と遮断されるという状態になりました。
 
 これではつらすぎるからと、K先生が薬を変えてくれたので、今度は副作用も下痢程度のものになり、2クールすませました。このとき1週目はスムーズに入ったのですが、2週目にはやはり副作用が出ました。4月半ば頃、個室から出て静養したけれど、体力を回復させるためにいったん退院。当時7kg体重が減りましたが、今は4kg戻しました。

 5月25日に再入院。これまでとは違う種類の抗がん剤を2クール(6週間)やって退院。効いたと思ったが、まだ少し残っているみたいだからと、8月21日に放射線治療のために再入院しました。25日から開始し土日曜を抜かして、地下3階に行って毎日放射線をやっています。ほんの1分足らず(としか思えない)の放射線治療、それだけでその日の予定は終わりということもあります。治ると思わないとやってられません。25日くらい治療するとのことですが、休みや祝祭日は放射線が休みになるので、ずっと続けてもらえたらなぁと思います。
 
 白血球が下がっていなければ週末は外泊許可が出るので帰宅し、家のことをするのですが、病院に戻ってくるのは本当にいやですね。自分ではなんともないのに、治療を受けなくてはならないのですから。病院なんて長くいるものではないですよ。本当に病気になってしまう。抗がん剤を続けていると体がボロボロになりそうな気がするけれど、さりとてほかに手だてもないから、とにかくよくなりたい、がんになんて負けられないと思って治療を受けるしかありません。

 放射線は喉より少し下の部分に当てているので、続けていると飲み込みにくくなってくるんです。これを滑らかにするために、緑色の飲み薬を毎食時前に飲まなければならない。他人が飲んでいるときにはおいしそうだと思ったんですが、これがめちゃくちゃまずい(笑)。9月に3連休があって、放射線も休みになったら、喉の調子が少しよくなりました。

 手術をしたときに、「全部切りましたよ」といわれ、これでだいじょうぶだと思いましたが、みんなそう言われるんですね。がんってそういう病気なんですね。再発したと聞いたときには最初のときより落ち込みました。でも、一生つきあっていく病気なんだと思っています。
 
 3月から出たり入ったりなので、患者さんの知り合いもだいぶ増えました。外来に来たときに病室まで上がってきてくれるのがありがたいし、うれしいです。でも、何人も続くと、「あー、疲れた」なんてね(笑)。私も早く外来で診療したいと思うんですよ。

 【原因として思い当たること???】
 がんになってみて思い当たるといえばストレスでしょうね。以前勤めていた会社で社長が難病にかかって半年くらいで亡くなったため、親族の会社に移りました。そこで経理をしていましたが、数年前に新入社員であーいえばこーいうという生意気な子が入ってきて、結構ストレスになりましたね。「あんたのおかげでがんになったんだよ」と言ったらポカーンとしてましたけどね(笑)。ストレスは確かに体に悪い。

 会社が忙しくて遅くまで仕事をしたこともよくなかったかもしれません。とにかくいまは無理をしません。 

  【森山先生へのメッセージ】
 森山先生は主治医でなくても、いつも声をかけてくれて、いい先生だったねー。先生が回診に来るととても雰囲気が明るくなって、私も元気になりました。森山先生が駒込病院をやめる2日ぐらい前にたまたま会ったとき、「宮崎へ帰ります。Mさんも元気になったら、宮崎へ遊びに来てくださいね」と声をかけてくれたけど、本当に行きたくなっちゃった。