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  I.Kさん
    30代 
    話:2003/11/11
     

  W.Sさんは肺がんでなく、胸膜にできたがんとのことでしたが。同じ胸の病気として話を伺いました。

 【きっかけ】

 私の病気は肺がんではなく、胸膜に沿ってがんができるという難病で、日本でもまだ事例が少ないそうです。なかなか病名がわかりませんでした。大学病院で1か月ほど検査入院し、病名はわかったものの、そこでは打つ手がないと言われ、ホスピスの病院を紹介するとまで言われ、絶望しました。

 そのあと何カ所かがん専門の大きな病院を回ってもだめで、駒込病院にきたときに、西村、森山先生が「体力があるから」と言って手術を引き受けてくださったのです。いま、こうしていられるのも本当に駒込病院の先生方のおかげだと感謝しています。病院の設備は、ここよりもよい所は他にもあるけれど、医師の技術は最高だと思っています。
 
 【やさしいが、こわいときもあった森山先生】
 森山先生の声は、廊下を歩いていてもよく聞こえ、あの声が聞こえてくると元気が出るような気がしました。宮崎へ戻ったらダイエットをするとおっしゃっていましたが、宮崎はおいしいお酒があるから、太るのではないかと心配しています(笑)。
 でも、私、森山先生に怒られた経験があるんですよ。

 私の手術は14〜15時間もかかった大手術で、手術後もダメージが大きく、ドレーンなどを抜くのも、他の患者よりも遅くて1週間くらいかかりました。手術後は回復を早めるために、歩け、歩けと言われますが、私は体が痛いこともあって、ついついベッドに寝たきりになっていたのです。

 ところが、ある朝、森山先生が血相変えてとんできました。どのような言葉で言ったか、はっきりとは覚えてはいませんが、こんなニュアンスでした。

 「もう病人じゃなくてけが人なんだから、リハビリなんです。歩かなきゃだめじゃないか」

 看護師さんも目を丸くするくらいの怒りようでした。後で看護師さんが「森山先生は患者さんに打ち込んでしまうので、ああした厳しい言葉になってしまったのです」と慰めてくれましたが、怒られたときはこわかったですね。まさか医者が怒るとは思っていなかったので。でも、同時に「これほどまでに患者のことを考えてくれているのか」と、先生の気持ちが伝わってきてうれしかったです。あのことがなければ自分は看護師さんたちに甘えて、治るのももう少し先になったと思うのです。痛かったけれど、それからは病院内を歩くようにしました。入院中は手術後も抗がん剤治療や温熱療法などをやり、特に、抗がん剤のシスプラチンは胸のむかつきがひどく苦しかったです。

 それ以降も2回くらい泣き言を言って、 「そんなことではもう治療しませんよ」と言われてしまいました。そのたびにがんばらなくてはと思いました。
 
 いまはK先生の担当です。K先生はやさしい、許容力がある先生ですが、どちらもいい先生で本当によかった。いまも痛みがあるので、いろいろ相談しながら治療していきたいと思います。

 【再発】
 リンパ節に転移したらしいということで、9月に約3週間放射線治療を受け、11月から抗がん剤治療を毎週続けていくことになっています。
 
 がんだとわかるまではタバコを吸っていましたが、いまはもうやめています。ほかに事例があまりないがんなので、この抗がん剤を使えば効くというデータがなく、手探りの状態なんです。アスベストを吸ってしまう仕事をしていた時期があったので、それでなったのかもしれないと思えてきます。いまはこの病気にかかっている人は少ないのですが、アスベストが増えているので、これからこうした病気が増えてくるだろうとテレビでも取り上げていました。

 【患者仲間の死】
 10月に私が退院した後、OさんとXさんが亡くなりました。Oさんは病気と積極的に闘うという姿勢がありましたが、病状が悪化して個室に移ってからは、部屋を訪ねて話していても、そのうち半目になって寝てしまうのです。最後のほうはほとんど寝ていたし、骨に転移していたのでものすごく痛がっていて、モルヒネの量も多くなっていました。あそこまでいってしまうと、本人の意志にもよるでしょうが、見ていて早く楽にさせてあげたいという気にもなりました。モルヒネを打つぐらいだったので、相当よくなかったのだと思います。

 退院後、2日ほどして上の病室にあがっていったら、もうOさんの名札がなかったので亡くなったことを知りました。その後に個室に入ったXさんは、まだ私が入院しているときに「変な夢を見た。家内が自分に向かってくる夢だった。どうもよくない気がする」といって気にしていました。そうしたら1週間後には亡くなってしまったので、夢が自分の死を予知していたことになります。自分の死期を悟るということが人の場合にも働くのかもしれませんね。

 いまは病気のため仕事をしていませんが、以前は介護の仕事をしていました。すると、多くのお年寄りは言うんです。「もう長く生きたからいつ死んでもいいんだ。でも死ぬのはこわいんだよね」。経験のないことはこわいのかもしれないと思いました。
 
 【これから】
 自分の病気は若いからまだ体力があるということもいえるけれど、若いから病気の進みが早いということもいえる。自分でもわからないし、なんともいえません。でも、何かこれからできること(仕事)を考えていきたい。